第百四十四話目~奇怪! 米とサーカス・前篇!~
閲覧注意!
今回はウサギや虫を食べます! 苦手な方はご注意ください!
時刻は午後の六時。学校を終えて合流した良二とディシディアは高田馬場駅へと赴いていた。良二は見慣れぬ街の景色を眺め、一方のディシディアは良二から借りたスマホを凝視している。
これから行く店の場所を探しているらしく、時折呻いては頭を掻いている。少々入り組んだところにあるようで、彼女は戸惑いを隠せていない。
が、やがて固くなっていた表情が緩む。彼女は良二の服の裾をちょいちょいと引っ張り、告げる。
「わかったよ。それじゃあ、行こうか」
「えぇ。のんびり行きましょう」
現在二人がいるのは早稲田口。人の流れはそれなりに多いが、ディシディアたちはその間を縫うように進んでいき横断歩道を渡る。と、左の方に何やら怪しげな看板が見えた。
そこには黒い文字と獣を模した文字でこう書かれている。
『獣出没注意』……と。
ゴクリ、と良二の喉が鳴る。どうやら、相当緊張しているらしい。対するディシディアはその様を見てクスクスと子どものように笑う。
「そう緊張することもないんじゃないかい? 別に食べられないものが出るわけじゃないんだから」
「それはそうですが……イマイチ耐性がないので」
などと軽口を交わしながら二人は細い路地を進んでいく。そこからしばらく進むと右手に下り坂が見えてきて、そちらに視線をやれば先ほど見た物と似たような看板が設置されていた。
到着までの所要時間約一分。かなり早い到着に苦笑しながらも二人は店の前へと立つ。入口は厚いビニールの膜のようなもので遮られており、良二はそれを片手で払ってディシディアに中へ入るよう促す。
「いらっしゃいませ!」
段差を越えて店の中へと足を踏み入れると同時、左側にあったドアから従業員の男性がやってきた。額にバンダナを巻く彼はにこやかに微笑みながら頭を下げる。
それに対し、ディシディアはピースサインをもって応えた。
「二人だが、席はあるだろうか?」
「はい! カウンター席ですが、よろしいですか?」
確認のため、後方を振り返る。良二は肯定を示すように軽く頷いていた。それを見て、ディシディアも男性の方へと向き直る。
「大丈夫だ」
「かしこまりました! それでは、どうぞ!」
彼はドアの方へと歩み寄って開け、入室を促す。まずはディシディアが中へと足を踏み入れ、良二がそれに続いた。
「おぉ……これはなんとも珍妙な」
「ちょっと、妖しい感じがしますね」
二人は思い思いの感想を漏らす。ディシディアはコートをハンガーかけながらカウンターを見やる。そこにはいくつもの巨大なプラスチック製の容器。中に入っているのは酒のようだが、もちろんただの酒ではない。
底に沈んでいるのはマムシ、タツノオトシゴ、はたまたヤモリなどかなり豊富な品ぞろえだ。一番マシに思えるのは赤唐辛子がたっぷりと浮いている酒。普通はこれも珍しい部類に入るだろうが、マムシ酒などに比べるとそこまででもない。
「いらっしゃいませ。おしぼりとメニューをどうぞ」
二人が席に腰掛けると、女性店員がおしぼりとメニューを持ってきてくれた。二人はおしぼりで手を拭きながら、女性の顔を見る。彼女は二人を見渡してニコリと微笑み、静かに口を開いた。
「当店のご利用は初めてですか?」
「はい。そうです」
「では、メニューのご説明を。こちらが通常メニューで、こちらがお鍋のメニュー。それからこの薄い紙が本日のオススメとなっております」
と、彼女が広げてくれたメニュー表を見て良二は掠れた声を漏らす。しかし、それも無理はないことだ。
メニューにあるのは『ヤモリの唐揚げ』や『ダイオウグソクムシの丸揚げ』。はたまた『ラクダの豚ペイ焼き』や『ウサギの塩麹唐揚げ』など見慣れぬ言葉が多数並べられている。
比較的聞き慣れた料理だけでなく、聞いたことも見たこともないような品が並んでいる。生半可に知識がある分、良二は抵抗があるようだ。
が、ディシディアは大して気にした様子もない。『ダイオウグソクムシ』や『ラクダ』などに対して変な先入観を持っていないからこそ、彼女はケロッとした様子でメニューを指さす。
「とりあえず、私はお冷で。リョージはどうする?」
「……お任せします」
「じゃあ、このサソリ酒とやらを頼むよ」
サラリととんでもないものを頼まれたような気がしたが、良二はもはやそれすら耳に入っていないようだ。彼はしばしメニュー表を凝視していたが、やがてそっと席を立つ。
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきます。適当に頼んでいてください」
動揺が隠しきれないのだろう。彼の額には脂汗が浮かんでいる。それがわかっているディシディアは特に引き留めるでもなく、彼に微笑みかけてメニューを今一度見やる。
正直、どれが美味しいのかはわからない。が、一つだけわかることがある。
確実に、ここでしか食べられない品があるということだ。
だからこそ、彼女はグッと息を呑んで手を上げて店員を呼び注文を開始。面白そうな食べ物を適当に頼んだところで、良二が帰ってきた。
「大丈夫かい? 無理そうなら、店を変えようか?」
「い、いや、大丈夫です。ジビエとは聞いてましたが、ここまでとは思っていなかっただけで」
その言葉は紛れもない本心だ。本当に嫌ならば、すでに店を後にしている。それでも残っているのは恐怖と共に好奇心が同居しているからだ。
知的好奇心は何物にも抑えられない。また、抗いようもないのだ。
(何事も挑戦、か……)
心の中でかつて聞いた言葉を呟きつつ、今一度おしぼりで手を拭う。徐々に気持ちが落ち着いていき、思い出したようにお腹が空いてきた。この調子なら、大丈夫そうだろう。
「失礼します。お冷とサソリ酒、お待たせしました」
「おぉ、ありがとう」
ディシディアにはグラスに入ったお冷。良二には小人が使うのではないかと思うほど小さなコップに入ったお酒が出される。
女性店員はそれらと共にお通しである小鉢を二人の前に置き、思い出したように別のテーブルに置いていた酒瓶を持ってきた。
なんとそこには……無数のサソリが底に沈んでいる。良二は慌てて自分の前にあるコップを見つめるが、サソリが入っていたとは思えないほど透明で澄んでいる。香りもよく、あまり違和感は覚えなかった。
「こちらはサソリ酒です。元々『スコーピオン』というお酒があってサソリが浮かんでいたりするのですが、私たちのところではそれを集めてこのように大量のサソリを底に沈めています。ウォッカベースですので、好きな方にはオススメですよ」
良二はその説明に舌を巻く。女性だから虫は苦手だろうと勝手に思っていたが、こういった店に勤めているだけあってやはり流暢に解説してくれる。
解説を聞けば料理の味はますます向上するものだ、と二人は思う。何も知らないままに食べるのと『こういうものだ』と説明されて食べるのでは話が違う。二人は去る女性店員に軽く会釈し、それぞれの飲み物を手に取って掲げた。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
カチン、とコップを打ち合わせ、良二はサソリ酒を煽る。刹那、喉が焼けるような感覚。
かなりアルコール度数は高く、辛口だ。全身がカァッと熱くなり、全身の細胞が活性化するようだ。
思わず目を見開く良二だが、味自体は悪くない。いや、完成度は相当高い。
飲み口は案外軽やかで、とてもじゃないがサソリが入っていたとは思えない。メニューを見るにサソリには滋養強壮の効果もあるらしい。ならばおそらくこの体の火照りはそれだろう、と彼は結論付ける。
「リョージ。これもイケるよ」
チラリと横を見ればディシディアがモツの味噌煮を美味しそうに食べている。良二もそれを見てモツを一切れ取り、口に入れた。
使われているのは牛モツ。これが甘めの味噌と絡められてコクを増している。散らされたネギによってあっさりとした後味になり、しかもサソリ酒とも合うときている。案外、先入観を捨てればこの酒もイケるものだ。
そう思ってモツを食べ終えるのとほぼ同時、カウンターから店員が皿を差し出してきた。
「お待たせしました。こちら、カエルの皮炙りでございます」
「……え?」
一瞬、意識が遠のく。耐性ができつつある……と思ったら予想外の不意打ちを食らってしまった。丸い皿の上には大きめの薄い何か・・・・・・説明によるならば、カエルの皮が二枚ほど重ねられている。脇にはマヨネーズが添えられており、それをつけて食べるらしい。
「おぉ、これまた面白そうだね。では、頂こうかな」
「ディ、ディシディアさん!?」
何のためらいもなく手を伸ばすディシディア。彼女はまず一枚を口に入れ、驚きに目を見開く。
てっきりカエルっぽいぐにゃぐにゃして気持ち悪い食感がするかと思ったがそうではない。パリパリに炙られた皮はザクザクとした歯ごたえで、目を瞑ればカエルだとはわからない。
軽く塩が振ってあり香ばしい風味だ。意外に臭みはなく、食べていると徐々に慣れてきた。
マヨネーズをつけるとますます味が強烈になり、いいおつまみへと変貌する。正直、お冷なのが非常に残念なところだ。もし、ここにビールでもあったら……とディシディアは歯噛みする。
それは良二も同じようで、最初はビクついていたが今ではバリバリと食べている。一瞬気に入ってもらえなかったかと不安に思ったがそんなことはないと今更ながら思い知り、ディシディアはそっと胸を撫で下ろす。
「お待たせしました。こちら、ウサギの塩麹唐揚げでございます」
続いてカウンターからやってきたのは大ぶりの唐揚げ。だが、それは鶏ではなくウサギだ。良二はまたしてもビクッと体を震わせるが、唐揚げが醸すいい匂いに頬を綻ばせる。
「では、実食といこうか」
「は、はい」
ディシディアと共に良二もおそるおそる箸を伸ばして一つを取る。マヨネーズやレモンなども添えられているが、まずは何も付けないで食べるのがいいだろう。二人は同時に口に放り、ハッと口を押える。
ウサギと聞き、少々身構えていたがそれは間違いだった。
身はプリッとしており、歯を押し返すほどの弾力。鶏肉などとは比べ物にならないほど力強い旨みと野趣が感じられる。麹の効果によって臭みなどは完全に消失しており、揚げられているからか香ばしさもプラスされている。これまたかなりの完成度だ。
「美味しい……これもビールに合いそうだな……くっ」
苦々しげにお冷を煽るディシディア。見た目が完全に幼女なので、こういった場ではビールが頼めない難点があるのだ。悔しそうにしているディシディアを横目にサソリ酒を煽る良二だが、そこにもう抵抗感の様なものは見当たらない。やはり、食べれば考えは変わるのだ。
「いや、いいさ。とりあえずはこれを食べよう」
ディシディアは自分に言い聞かせるようにしながらウサギの唐揚げを食べ進める。マヨネーズをつけてもレモン汁をかけてもイケた。それらによって味のグラデーションが一層際立ち、食べていて飽きない。
何も知らなければ、これはウサギだとわからないだろう。二人が一心不乱にそれを食べ進めていると、今度は二つ、皿が寄越された。
「お待たせしました。こちらワニの天ぷらと……六種の虫食べ比べセットでございます」
「虫!? 虫!? ちょ、ちょっとディシディアさん!? 何頼んだんですか!?」
「いいじゃないか、ここでしか食べられないんだから」
平然と言い放つディシディアを見て良二は空いた口が塞がらないようだ。が、それでも何とか置かれた料理を見やる。
一つは大ぶりな天ぷら。ワニらしいが、これまたウサギと同様で傍目からはわからない。
だが、虫は別だ。断じて、別だ。パッと見て一瞬で虫だとわかる。種類まではわからないにしても、百人が百人『これは虫だ』と証言してくれるだろうと思うほど、虫感が全力だ。
「今回用いているのは蜂の子、イナゴ、カイコにタガメ。それからゲンゴロウとバンブーワームです。バンブーワームは竹の中にいる幼虫だとお考えください」
「聞きたくない! 聞きたくないですよ!」
解説が加われば加わるほど目の前にあるこれらは紛れもなく虫なのだ、という事実が押し寄せてくるようで良二は絶叫する。店員はそんな良二に温かい眼差しを向けている。こうなる客は少なくないのだろう。そんな感じがした。
「そう取り乱すこともないだろう? ほら、美味しそうだよ?」
「どこがですか!? だ、だってほぼそのままじゃないですか!」
何かに混ぜられているならばいい。だが、ほとんどがそのままだ。茹でられたり佃煮にされていたり、はたまた揚げられたりしているがそのままなのでやはりビジュアル的にはキツイ。
特にバンブーワーム。これが一番ヤバい。
「完全に幼虫ですもん……足とかついてますし。目が合っちゃいましたよ……」
良二は半泣きになって机に突っ伏す。ディシディアは何かフォローをしようとしているようだったが、とりあえずは出来立てを食べることを選んだらしい。彼女はすぐさま、ワニの天ぷらを取って彼に差し出す。
「ほら、じゃあこれを食べなさい。これなら、大丈夫だろう?」
言われて、良二は静かに首肯する。ワニの天ぷらは見た目的には嫌悪感や恐怖感は湧いてこない類のものだ。相も変わらず穏やかな視線を向けてくれているディシディアに笑いかけ、あ~んと口を開ける。
と、アツアツの天ぷらが口の中に入り込んできた。はふはふ、と熱そうに口をパクパクさせる彼を横目に、ディシディアもワニ天を口に運んだ。
「ッ!? これは……!?」
食感としては魚と鶏肉の中間。肉感はあるが、固すぎず柔らかすぎない。適度な歯ごたえとパンチのある旨みだ。ワニのビジュアルからは想像もできないほど癖がなく、獣臭さやエグみは皆無。
むしろ、思ったよりもさっぱりしていて食べやすい。付け合せのチリソースをつけると味ががらりと変わった。
甘辛いチリソースによって味がキリッと引き締まる。衣もサクサクで、完成度は言わずもがな。ワニだと思って食べると、その意外性がより強調された感じになった。
「へぇ……美味しいですね」
「うん。これならいくらでも食べられるよ。今度、家でも作ってみるかい?」
「い、いや、やめてください」
ディシディアのことだ。普通にやりそうだから怖い。美味しいのだが、このまま食べ続けると自分の価値観がガラッと変わってしまいそうな気がしたのだ。
だらだらと汗を流す彼をよそに、ワニ天を平らげたディシディアは虫へと視線を移す。確かに多少――いや、かなり……相当……正直言うととてつもなくグロテスクな見た目だが、店で出された品だ。別に毒が入っているわけでもないだろう。
「た、食べるんですか?」
躊躇なくバンブーワームを手に取るディシディアに、良二は問う。と、彼女は取ろうとした体勢のまま、ニヤリと口角を吊り上げた。
「もちろん。実を言うと、私は昆虫食には経験済みだからね。以前旅をした時、とある集落でご馳走になったものさ。確かあの時はゴランバランの丸焼きとキュレピーのスープ。あ、ゴランバランというのはこちらの世界で言うクモに似た生物でキュレピーはちょうどこのバンブーワームを数十倍に……」
「ワーッ! ワーッ! 聞きたくないです!」
身の毛がよだつような話をサラッとしてみせるディシディアにカルチャーショックを覚えながらも、良二はやはり彼女から目が離せない。ディシディアはもったいぶるようにバンブーワームを値踏みしてから口へと運んだ。
そして、その大きな目をさらに大きく見開く。
「おや……? 案外、イケるね……うん、美味しい」
そう呟いたかと思うと、ディシディアはぱくぱくと虫を頬張っていく。良二はあんぐりと口を開けていたが、彼女があまりにも美味しそうに食べるもので少々物欲しそうな目になってしまう。
「食べるかい?」
それを見越したディシディアに言われ、ぷいっと顔を背ける。と、眼前に奇怪な体をした化け物――もといバンブーワームが顔を出した。
「ヒッ!」
「ほら、食べてごらん。美味しいよ?」
突き出してきたのはやはりディシディアだ。彼女は手招きしながら良二を誘う。それに乗りたいのは山々だが、このバンブーワームが中々の強敵だ。
イメージとしては、カブトムシの幼虫を細くした感じである。長さや大きさは青虫のそれだ。が、肌色をした奇妙な姿はやはりグロイ。静止していると今にも動き出して『キシャーッ!』という奇声を上げそうなほどだ。
良二はまるで注射を嫌がる幼子のようにイヤイヤをしていたが、ややあってディシディアがはぁっと深いため息をつく。
「リョージ。いいことを教えてあげるよ。見た目だけで判断してはダメだ。そして、怖くてもいいから挑戦してみなさい。ダメでも私は別に怒らないし、これ以上は勧めない。それに、私が保証しよう。これは美味しい、とね」
「む……ぐぅ」
そう言われると、弱い。何より、彼女の頼みなのだ。
「……わかりました! 俺、食べます!」
「その意気だ!」
良二は気合を入れるように腰に拳を構え、バンブーワームを手に取る。またその見た目に目が行きそうになるが……
「ッ!」
ギュッと目を固く瞑り、口に入れる――と、軽い塩味が感じられた。
「……あれ?」
おかしい。そんなはずはない。今、自分が食べたのは紛れもなくバンブーワームだったはずだ。
ならばなぜ、スナック菓子のような感じがしたのだろう?
不思議に思い、また食べる。今度は目を開けていても食べられた。
揚げられたバンブーワームはサクッとしていて、スナック菓子のようだ。見た目こそ不気味だが、味を見れば確かに悪くない。むしろ、下手な料理よりもイケる。
虫と聞いて感じていたエグさや野暮ったさはない。確かに、これは美味しかった。
「どうだい? 食べてみるとその良さがわかるだろう?」
諭すように言われて、思わず頭を掻く。自分の浅慮さを恥ずかしく思いながら、良二は次の品へと手を伸ばす。
それは、イナゴの佃煮。これはごく一般的な料理だ。だから、比較的簡単に口に入れられる。バンブーワームという強敵を倒した今の良二には、易しすぎる相手だ。
カリッとしていてどこか香ばしく、ほろ苦さと甘さが同居する。肢や翅はパリパリカリカリ。中に入っている内臓などは意外にもコクがある。ここにもしご飯があれば、数杯は食べられているだろう。
見た目こそ強烈だが、味は素朴でくどくない。
「リョージ、リョージ。こちらもイケるよ」
と、彼女が指さしているのは蜂の子の甘露煮。これもやはり幼虫系ということもあり見た目はグロテスクだが、バンブーワームほど巨大じゃない。これならば、十分食べられる。
おそるおそる口に入れると、ふわりとした甘みが口の中に広がった。ねっとりとした濃厚な甘みは癖になる。おつまみとしてもご飯のおかずとしても活用できそうである。
元々蜂の子は虫料理の中ではかなりメジャーな方だ。だからある程度美味しいとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
ぷちぷちとした食感は食欲をそそる。すでに考え方が塗り替えられつつあることに、二人は何の違和感も抱かなかった。
二人が次に手を伸ばしたのはゲンゴロウ。これは素揚げだ。ザ・甲虫といった感じのそれを、二人は同時に口に入れる。
「いたっ!」
刹那、ガリッと、そしてジャリッという食感。ディシディアは無事だったが、良二は砕けた甲殻で口の中を傷つけてしまったらしい。痛そうに顔をしかめる良二とは違う理由で、ディシディアも顔をしかめていた。
ゲンゴロウはよくも悪くも『虫』と言った感じだ。エグみと苦味があり、ガリガリゴリゴリとした食感がそれに拍車をかける。これまでは調理を施して虫らしさを極限まで減らしているような印象を受けたが、これはもう虫らしさを全開にしている印象を受けた。
塩をつければ多少はマシ。だが、あくまでマシ、程度なのだ。
「うぅ……口直ししよう」
と言って良二が口にしたのはあれほど嫌がっていたバンブーワーム。彼はしばし咀嚼した後で、クワッと目を見開く。
「お、俺、今普通に虫食ってませんでした……?」
「食べてたね。虫を食べた口直しに虫を食べるとは、君も極まってきたんじゃないかな?」
「う、うぉおおおお……ッ!」
何やら戸惑いがあるらしく、良二は頭を抱えてしまう。その気持ちは少しだけ理解しつつも、ディシディアは次の品へと手を伸ばす。それは、カイコ。
幼虫状態ではない。が、蛹かと言われればそうでもない。おそらく、その中間だろうと結論付けてディシディアは口へと放った。
カリ……とした食感と共に、ねっとりとした甘さが口の中に広がる。正直、コクと奥深さならばこの中でピカイチ。濃厚で、けれどしつこくない。これぞ理想の味付けだ。
甘辛く煮ているカイコの味は抜群で、虫らしさは皆無。いや、ゲンゴロウを食べた後だからそう感じるだけかもしれないが、この美味さだけは間違いない。
この中ではトップクラスの出来栄えだ。ディシディアは破顔しながら、残された虫料理――茹でられたタガメを見やる。と、カウンターから店員が顔を覗かせ、小さなパンフレットの様なものを差し出してきた。
「タガメはこの手順で食べてください。はさみとスプーンで解体してくださいね」
「おぉ、助かるよ。ありがとう」
パンフレットと小型のハサミ、スプーンを手に取る。そうしてパンフレットをチラチラ見ながらタガメを器用に解体していく。
まずは翅を広げ、お尻の先端をハサミで切る。次にタガメを裏返し、お尻からお腹に賭けてハサミを入れていく。上に行くほど固くなっていくが、斬れないほどではない。なんとか胸部まで割開き、次の手順に移る。
「何々……? 左右共に脇に分けて斜め上にハサミを入れる……?」
説明文通りに解体していき、タガメのお腹を開く。すると、白っぽい内臓が露わになった。後は、これをスプーンでこそげ取って食べるだけ。
丹念にスプーンで擦り、ばくっと頬張る――すると、口の中に訪れたのは内臓特有の苦みや虫らしい泥臭さではなく、さながら果実のような清涼感だった。
「……え? いや、おかしい……」
もう一度掬って食べる。だが、結果は同じ。フルーティーな味わいが口の中にふわりと広がり、ついつい目を丸くする。
彼女は困惑しているようだったが、そこに先ほどの女性店員がやってきて解説を入れてくれる。
「その匂いはタガメのフェロモンによるものです。タガメのフェロモンはラ・フランスという梨の香りによく似ているんですよ」
「ほぉ……面白いね。リョージも食べてごらん?」
「ん? あ~……ん」
良二は何か考えごとをしていて唸っているようだったが、差し出されたスプーンにかぶりつき、内臓を舐めとる。感覚的にはカニ味噌のようなのに、フルーツのような味わいがあるのはやはり意外性に溢れている、と二人は思う。
「さて、まだまだ頼んでいるからね。いっぱい食べようじゃないか」
「……もちろんです! もうここまで来たんですから、お腹いっぱい食べていきますよ!」
良二はいい意味で吹っ切れたらしい。いや、ともすればやぶれかぶれと言っても過言ではないだろう。人間、行くところまで行くとブレーキが効かなくなるものだ。
ディシディアは気合十分の彼の頬に手を当て、
「その意気だ。さぁ、一緒にお腹いっぱい食べようじゃないか」
と、慈愛に満ちた笑みを浮かべるのだった。
さて、今回書いたのは実際にあるお店です。つい昨日『米とサーカス』さんというところにお邪魔してきました。というわけで、ディシディアさんたちにも行ってもらったわけです。
驚くべきことに意外と書く量が多くなってしまったので前編後編で分けています。ひょっとしたらこういった食べ物が苦手な人もいるかもしれませんが、その際には飛ばして下さって構いません。
お店へのリンクは明日のあとがきに書こうと思います。ツイッターには実際に行った時の写真(撮り忘れあり)がありますので、確認してくださいませ