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第十四話目~嵐を呼ぶリンゴ飴~

 時刻は間もなく七時。祭りもピークに入り、人が徐々に増え賑わいを増していっている。そんな中――ディシディアと良二は中心部から足を遠ざけて、帰路に着いていた。

 というのも、あまりの人の多さにディシディアが拒否反応を示したからだ。特に、彼女は小柄で大人からすれば視界に入りにくい存在である。そのため何度か――怪我はなかったものの接触はあった。それに疲れたらしき彼女は帰るという選択肢を持ち出してきたのである。

 ディシディアは相当疲れたのか、ふらふらとおぼつかない足取りをしている。数百年森の中でひっそりと暮らしていたのだ。いきなり都会の喧騒の中に放り込まれたならば、誰でもこうなるのが必然だろう。

 それがわかっているのか、良二は彼女を庇うようにしながら道の端へと手を引いていく。錆びたフェンスの辺りに寄った後で、ディシディアは額から落ちる汗を手の甲で拭った。


「……やはり、まだ慣れないね。以前の中華街ほどではないが……」


 祭りというのはよくも悪くも人を興奮させてしまう。実際走り回る子どもや話し込んでいて周りが見えていないカップルなどがうじゃうじゃいる。ディシディアから見れば、彼らはまさしく森にひしめくモンスターだ。当然、ストレスのかかり具合も並ではない。

 彼女は小さく肩を回す。その顔はわずかに歪んでいた。


「どこかぶつけましたか?」


「ちょっとね。でも、気にしないでくれ。あざにはなっていないようだから」


 それを示すかのように、やや服をはだけさせて肩を露出させる。確かにあざにはなっていないようだったが、少し赤くなっている様子だった。


「とりあえず、早く人のいない場所まで行って……例のあれで帰りましょうか」


「そうだね。ここでは……どうにも人の目を引いてしまうだろうから」


 辺りを見渡して、苦笑するディシディア。多少中心部から離れているとはいえ、まだまだ人は多い。ここで魔法など使おうものなら、すぐに注目の的になってしまうだろう。


「まぁ、いいさ。存外私はこうやって歩くのが好きなんだ。だって、色々なものが見えるからね。魔法だと一瞬で飛べるから便利ではあるが、それだと情緒がない。こうやって大地に立って歩いているから、見知らぬ人や物と出会うことができるんだ」


「ですね。というか、前々から思っていたんですけど、ディシディアさんってあまり魔法を使わないですよね」


 ディシディアは良二にしかわからぬよう小さく頷いた。

 事実、彼女はこちらに来てからというもの魔法の使用を極端に押さえている。

 別に魔力の補充に時間がかかるというわけではない。魔力というのは一種の生命力のようなもので、それは寝ているだけである程度回復する。さらに、食物からも摂取することができるのでよほど強力な――それこそ国一つ滅ぼすほどの強力な魔法でも使わない限りは魔力切れという事象とは縁遠いものである。

 また、魔法がこちらの世界においては人目を引きすぎるものだということも理由としてあげられるだろう。しかし、彼女が魔法を使わない理由としては少しばかり違う。

 ディシディアが魔法を使わないのは、こちらの世界に馴染もうとしているからだ。電子機器と格闘し、見慣れぬ文字を解読するために四苦八苦し、必死に知恵と経験を貪ろうとしている。その成果は、確かに実りつつあるものだ。


「私の師匠の話はしたと思うが、かつてよく言われていたんだ。『魔法とは便利なものであるが、我々を最も堕落させるものである』とね。確かに魔法があれば、大抵のことは片付いてしまう。でも、それに頼りきりだと魔法がない時に何もできないだろう? 自然と共に生きる風の民だった彼ならではの言葉だよ」


 そう告げるディシディアは、どこか誇らしげだった。その嬉しそうな横顔を見ているだけで、彼女がどれほどその師を敬愛していたのかが伝わってくる。


「いい人だったんですね」


「あぁ。とても。たぶん、君と波長が合う人だと思うよ……まぁ、それはさておき、私はこの世界にはしばらく滞在するつもりだから、文化にも慣れておかねばならない。郷に入っては郷に従え……だったか。この使い方で合ってるかい?」


「えぇ、大丈夫ですよ」


 その言葉にディシディアはほっと胸を撫で下ろし、再び足を踏み出した。良二もそんな彼女の横につき、人にぶつからぬよう細心の注意を払いながら進んでいった。

 すでに夜も更けてきているので、吊るされた提灯が何とも幻想的な様相を醸し出す。ディシディアは目を丸くしながら辺りの出店に目をやった。

 この前の中華街と同じように食べ物の出店も多いが、今回はもっと娯楽的な感じがする。

 彼女はふと近くでやっていた出店を覗き込む。大勢の人々がしゃがみ込み、おそらくハリと思われるものを持って薄いピンク色の何かをカリカリと削っている。


「か、た……ぬき?」


 かろうじてひらがなの読みはできるようになった彼女は店の名を呼ぶ。良二は彼女の学習能力の高さに改めて感心しながら、補足を入れる。


「はい。型を数枚もらって、針でその型の通りに削るんですよ。で、上手くやれたらお金がもらえるんです」


「ほぅ。面白そうだ。まぁ、今日はやらないが参考にしておくよ」


 よほど疲弊しているらしい。好奇心旺盛な彼女が挑戦よりも帰宅を選ぶとは。

 しかし、その目の光は消えていない。どころか、ギラギラと不気味に輝いていた。


「先ほどチラシを見たが、明日もあるらしいからね。ふふ。その時にやるとしよう」


 すでに参戦は決まっているらしい。こうなった彼女はてこでも動かないのだ。


「じゃあ、明日は早めに来て色々とやってみましょうか」


「いいね。ふふ、私の腕を見せてあげるよ。こう見えてもかつてゴーレムの里では名職人の友人だったんだ」


 それは別に彼女の手柄ではないと思うのだが、妙に誇らしそうだ。良二は負けじとむっと唇を尖らせて力こぶを作ってみる。


「俺だってこの世界でずっと暮らしているわけですからね。負けませんよ」


「言うじゃないか。では、明日を楽しみにしておくよ」


 二人は顔を見合わせて、不敵に笑い合った。ハッキリと言ったわけではないが、どちらも勝算があるらしい。互いに自信を体から漲らせていた。


「ところで、先ほどのような屋台はそう珍しくないようだね」


 彼女の言う通り、地元の祭りにしては屋台の種類が充実している。先ほどの型ぬきをはじめとして射的、輪投げ、はたまたくじ引きなど様々だ。

 その上お面を売っているところや水笛を売っているところまであるのだから、小規模ながら楽しむには十分すぎる場所である。

 同時にそれらはディシディアの好奇心を刺激してくれるものだったらしく、彼女は終始楽しげにしていた。


「む? リョージ。あれは何だい?」


 彼女が指をさしたのは、小さな屋台だ。店先には真っ赤な風船のようなものが棒に刺さった状態で陳列されている。その特徴的なシルエットを見て、良二はすぐに頷いた。


「あれはリンゴ飴って言うんですよ。食べますか?」


「美味しいのかい?」


「それはもちろん。食べてみて損はないと思いますよ」


 ディシディアはその言葉を聞くなり、行列の最後尾に並ぶ。回転率が速いので、すぐにも買えそうだ。


「そういえば、私はこちらの世界に来てからまだマズイものを食べていない。何か心当たりはないかい?」


「ない……ことはないですけど、マズイものを食べたくはないでしょう?」


 しかし、彼女はフルフルと首を振る。


「いや、せっかくこっちの世界に来たんだ。どうせなら清濁併せて楽しみたい」


 この点はやはり彼女の性格によるところが大きいだろう。よくも悪くも、彼女はチャレンジャーであるのだ。その心意気を受け取った良二はしばし首を捻っていたが……何か思いついたらしい。彼は口元を不気味に吊り上げていた。


「どうやら、期待しておいてもよさそうだね」


「先に言っておきますけど、泣かないでくださいよ?」


「大丈夫さ。私は君よりも大人だ。そう簡単に涙など流さないよ」


「はい、次の方!」


 などと談笑していると、いつの間にか自分たちの番が来ていた。ディシディアはすぐに店先により、近くにあった大きなリンゴ飴をピッと指差す。


「これを一つ頼む」


「あいよ! 四百円ね! 毎度あり!」


 ディシディアが代金を渡すと、店主はサッとリンゴ飴を渡してくれた。予想よりも重く、ズシッとした感覚が伝わってくる。彼女はすぐに店先を離れ、手元にある赤い大玉をジロジロと興味深そうに観察し始めた。

 匂いを嗅いでみれば、やや甘い匂いがする。指先でつつけば、固い感触が返ってくる。これまでに食べてきた料理とは、まるで別種だ。

 観察を続ける彼女に、良二が解説を入れる。


「リンゴ飴っていうのは文字通りリンゴを飴で加工したものですよ。祭りと言えばこれ! っていう人も少なくないくらいには人気です」


「確かに、色合いが綺麗だし夜空に映えるね。風流だ」


 ディシディアはリンゴ飴を天にかざしながらそんなことを言う。良二はそんな彼女が人にぶつからないかハラハラしていたが、当の彼女はすでにリンゴ飴しか見えていないようだ。彼女はこわごわ舌を出して、ぺろりと舐めてみる。

 予想通り――甘い。それも、とてつもなく甘い。それでいて、いつまでも舐めていたいと思ってしまうくらい後味がいい。


「今度は齧ってみてください。固いから、口の中を怪我しないように」


「む。わかった……」


 ディシディアは息を呑み、リンゴ飴で最も齧りやすいと思われる上の部分から齧りついた。だが、飴のコーティングは思ったよりも厄介だ。相当の力を入れなければ、噛み砕けない。

 しかし――ディシディアは歯に込める力をグッと強めた。森の中で固い食物を食んできた彼女にとっては、その固さもまるで意味をなさない。ディシディアはリンゴ飴に大きなクレーターを残し、口を離した。


「これは……いけるな」


 口内にある欠片を咀嚼しながらディシディアが耳を上下させる。

 リンゴはやや酸っぱい味がする品種が使われており、強い甘味を持つ飴との相性は完璧だ。同時に食べることでちょうどいい味になり、さらに味に重厚感が生まれる。

 だが、リンゴ飴において一番特徴的なのがその食感だ。

 飴のガリガリ、リンゴのシャリシャリ感。二つの異なる食感が至福をもたらしてくれる。

 リンゴはジューシーで、噛むと甘酸っぱい蜜が溢れ出てくる。それが食欲を増進させ、また食べたい、と思わせてくれる。

 ディシディアはまたしてもリンゴ飴にかじりつく。時折味を確かめるためにリンゴだけ食べたり、飴だけをかじったりしているのだが、やはり一緒に食べるのがいいと気付いたのだろう。

 またしても無我夢中でがっついている彼女を見て、良二はクスリと笑った。


(こうしていると、本当に子どもみたいだよな……)


 良二には妹――いや、兄妹すらいないが、もしいたらこんな感じなのだろう、と思う。


「む? どうしたんだい?」


 どうやら視線を向けていたことに気づかれたらしい。ディシディアはほっぺたをハムスターのように膨らませながら問いかけてきた。


「何でもありませんよ……って、ちょっと待ってください。もしかして……種ごと食べてませんか?」


 良二は彼女が持っている棒を凝視する。普通なら、リンゴの芯が残っているはずだろう。だが……芯どころか、リンゴの破片すら見つからなかった。


「? いや、種も芯も食べるものだろう?」


 口の中に残っていたものを嚥下し、そんなことを言ってくるディシディア。その言葉に、良二はフルフルと首を横に振った。


「いやいや、普通は食べませんよ。それにしても、よくここまで綺麗に……」


「美味しかったからね。というよりも、君たちの地域では種や芯は食べないのか。私たちのところでは全部余すところなく食べていたんだが……」


 粗食を第一にしているエルフ族の食事は量が少ない。そのため少しでも空腹感を補うために果物の実や皮だけじゃなくて芯や種までも食べる文化が残っているのだ。

 良二は久々のカルチャーショックに驚いていたようだが、満足げにしているディシディアを見て、小さく息を吐いた。


「まぁ、人それぞれですよ。探せばこっちにもそういう人はいるかもしれませんし。さ、そろそろ帰りましょう。もういい時間ですからね」


「あぁ、そうだね。腹も膨れたし、明日のこともある。今日はゆっくり休もうじゃないか」


 先ほどまではリンゴ飴の事で頭がいっぱいだったというのに、今は明日の勝負のことを考えているらしい。相変わらずの切り替えの早さに感心しながらも、良二は挑発的な笑みを浮かべてみせた。


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