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第百三十二話目~お家クッキング・カレー!~

 ちょうど日も沈むころ、ディシディアと良二は二人して台所に立っていた。今日は久しぶりに一緒に料理をする時間である。二人は終始楽しげに談笑しながら料理を作っていた。

 良二が作っているのはカレー。彼は鍋に真剣な顔つきで向かい合ってぐるぐるとお玉で撹拌している。一方のディシディアは丁寧な手つきでレタスを千切り、サラダの盛り付けを行っていた。


「……ふぅ」


 彼女は悩ましげな吐息を漏らして良二の体にもたれかかり、チラリと彼の顔を見上げる。良二は自分の腕にかかる重さと温かさを感じながら優しく微笑んだ。


「どうしました?」


「いや、いい香りだと思ってね。まさか、カレーがこんなに手軽に作れるものだとは思わなかったよ」


 ディシディアは彼と密着しながら台所の端に置かれているカレールーを見やる。固形のルーを湯に入れるだけでカレーができあがるという代物だ。

 てっきりスパイスを何種も用いて作るものだと思っていただけに、驚きは大きかったようだ。実際、良二がカレールーを買ってきて取り出した時は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたほどだ。


「カレーって言ったら日本の家庭ではかなり出る料理ですからね。俺は一人っ子だからよくわかりませんでしたけど、大家族のところは週に一回必ず食べていたらしいですよ」


「そんなに? 飽きないのかな?」


「飽きないのがカレーのいい所ですよ。それに、トッピングとかもすれば色々と味に変化が生まれますから」


 良二はどこか得意げに言いながらお玉を使ってカレーを掬い、小皿の上に注ぐ。ふーふーと息を吹きかけてよく冷ましてから口に運び、満足げに頷く。


「いい出来です。舐めてみますか?」


 どろりとしたカレーが注がれた小皿をひょいと差し出してくる良二。けれどディシディアはフルフルと首を振り、彼の手を押しのけた。


「いや、食べる時の楽しみにとっておくよ。もう私の方もできるからね」


「おぉ……ッ!」


 彼女が示してきたサラダの皿を見て、良二は思わず身をのけぞらせた。

 自分がやる時ももちろん盛り付けの美しさには気を配るのだが、凝り性のディシディアにかかればより高次元のものに引き上げられている。

 レタスは万遍なく皿の上に散らされ、トマトが円を描くように置かれている。真ん中の部分にはスライスチーズが乗せられ、皿の脇には茹でブロッコリーが綺麗に配列されている。これはもはや芸術品の域だ。

 良二が感動していることが伝わったのだろう。ディシディアは口の端を不敵に歪めながら胸元に手を当てる。


「どうだい? 私も中々やるものだろう?」


「えぇ、正直驚きましたよ」


「ふふふ、これからは盛り付けを担当させてもらおうかな?」


 薄い胸をえっへんと張ってみせるディシディアの顔はやはり誇らしげだ。良二はしばし皿に魅入られていたが、やがて静かに身を起こしてご飯を盛り付けたさらにルーを注いでいく。

 お玉を持ち上げるとカレールーが滝のように流れ、空気に混じってスパイシーな芳香を醸し出す。ディシディアは居間へと向かいかけていた足を止めてごくりと喉を鳴らしながらそちらへと向き直った。


「あぁ……待ちきれないよ。早く食べよう」


「はいはい。今行きますよ」


 良二は山盛りのカレー二皿を持って居間へと向かう。ディシディアは彼を視界の端に納めた後でサラダをちゃぶ台の上に配膳し、ドレッシングを取りに冷蔵庫の方へと急転換。そそくさと向かってフレンチドレッシングと麦茶を手に戻る。

 良二はすでに座布団の上に腰掛け、テレビのリモコンに手をかけていた。夕方のためテレビはニュースくらいしかやっていないが、それくらいの方が逆にいい。

 外も寒くなってきているからか、カラスたちの鳴き声も聞こえない。ただ、部屋の中を夕焼けが赤く照らすだけだ。そんな中で二人は向かい合って視線を交わし、そっと手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


 二人はスプーンを手に、まずはカレーを口にする。これまで食べてきた店の料理に比べるとだいぶ素朴ながら、どっしりとした味わいだ。目の覚めるような美味さと言うよりは徐々に徐々に美味しさが体の中に染みわたっていく感じ――どこか懐かしい味わいに、ディシディアは目を細めた。


「うん。美味しいね。これまで食べてきたカレーとはまた違って面白みがあるよ」


 麦茶を煽って口の中をサッパリさせながらそんな感想を漏らし、スプーンでルーを微かにかき混ぜる。

 中に入っているのは豚肉、じゃがいも、にんじん、玉ねぎといったシンプルなものだ。スライスされた豚肉は臭みもなく非常に食べやすい。ジャガイモとニンジンは柔らかすぎず、固すぎない。ほくほくとしていて野菜の甘みがしっかりと感じられた。

 玉ねぎはやや溶けてどろっとしているが、これがルーとご飯に中々に合うのだ。具材をスプーンの上に無理やり乗せてご飯と掻きこめば、自然と顔が綻ぶ。

 味の調和に関してはこれまで食べてきた中で一番だろう。平凡だが、いくら食べても飽きない味わいだ。

 時折サラダを食べると舌がリセットされてまた一から楽しめる。フレンチドレッシングがかけられたサラダはサッパリあっさりとした味わいで箸休めにはこれ以上ないほどうってつけだ。

 シャキシャキとしたレタスも瑞々しいトマトもコリコリとした歯ごたえのあるブロッコリーも絶品。チーズを混ぜることでより一層味がマイルドになり、けれどチーズのコクによって一口ごとにインパクトが生まれる。

 これもお気に召したらしく、ディシディアは無我夢中でカレーとサラダを頬張っていた。良二はフードファイター顔負けの勢いを見せる彼女を見て苦笑しながらティッシュを取り、彼女の頬についていたルーを拭ってやる。


「そこまで喜んでもらえるなら、いくらでも作りますよ。カレーなら簡単ですから」


「あぁ。頼むよ。いくらか種類があるのだろう?」


「もちろん。今日はポークカレーですけどビーフだったり、チキンだったり、それから冬野菜をふんだんに使ったり……あ、辛さも調節できるから色々と幅がありますね。トッピングも色々で、チーズをかける人や醤油やソースをかける人。面白いところだと、チョコレートを削ってかけるらしいですよ」


 語る良二の顔は非常に活き活きとしている。なにせ、この日のために色々と情報収集をしてきたのだ。こういった食べ物の話題にディシディアが食いつくのはよく知っている。案の定真剣に聞き入っている彼女を見て、内心ガッツポーズを取った。


「面白そうだね。挑戦し甲斐がありそうだ」


「是非してみてください。今のディシディアさんなら、辛いものもイケるんじゃないですか?」


 ちなみに今日食べているのは中辛だ。これまでディシディアと接してきてわかったのだが、彼女は辛さに耐性ができつつあるらしい。と言っても激辛料理はまだ無理だ。せいぜいピリ辛、旨辛など辛さが旨みの補強になっている場合なら食べれるようになっている。

 それは彼女自身自覚しているらしく、コクリと確かな頷きを寄越してきた。


「たぶん……イケると思うな。こちらに来て味覚がだいぶ変化してきたからね」


「ひょっとしたら、今度はワサビも食べれるようになっているかもしれませんね」


「かもね。最初に食べた時は驚いたよ。鼻にツーンと来る調味料を食べたのは初めてだったからね」


 鼻の頭を押さえて顔をしかめるディシディア。その愛嬌たっぷりな顔を見て良二は照れ笑いを浮かべつつ、最後の一口を口に運ぶ。

 彼女もほぼ同時に最後の一口を口に入れ、チラリと台所の方を見やる。彼女がいわんとしていることはなんとなくわかった。


「おかわりですよね? いいですよ。今日は多めに作ってますから。カレーもご飯も」


「察しがいいね。助かるよ」


「もう数か月一緒に暮らしているんですから、当然ですって」


「ふふ、そうだね。いつもありがとう……っと、別にそのお礼ではないが、ちょっと動かないでくれ」


 ディシディアはのっそりと立ち上がり、自分の方に身を乗り出してくる。良二は一瞬だけ身を強張らせたが、彼女の慈しみがこもった目を見てほぅっと息を吐く。

 そうこうしている間にも彼女の白魚のような指は良二の唇――の横に伸び、付いていた白米を掠め取る。

 唖然とする良二をよそにディシディアは身を起こし、


「君もまだまだ子どもだね。ごちそう様」


 ペロリ、と舌を舐めてから台所へと向かっていく。良二はそんな彼女の後姿をぼんやりと見ていたが、ようやく自分が何をされたのか脳が理解を開始し――


「ッ!?」


 顔を真っ赤にして頬に手を当てる。慌てふためく彼など気にも留めず、一方のディシディアは悠々と山盛りのご飯にカレーをかけていた。


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