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第十三話目~ソーチードッグ~

 てくてくと本部テントの方に向かいながら、ディシディアは隣にいる青年を見上げた。良二よりも背が高く、すらっとしている。おそらくダンスをやっているからだろう。体も引き締まっており、華奢というよりは筋肉質な印象を受けた。

 彼はディシディアの視線に気づいたのか、ふっと口元を緩めて語りかけてくる。


「大丈夫。すぐに見つかるから」


 どうやら、ディシディアのことは子どもだと思っているらしい。まぁ、それも当然だろう。彼女は見た目的には小学生にしか見えないのだから。

 しかし、それを否定するとまたややこしいことになることはわかっている。自分がエルフだということは、良二とだけの秘密だ。だからこそ、彼女は年下扱いされることを甘んじて受ける。

 ディシディアはおさげの先を指で弄びながら、青年の着ているシャツに視線を移した。


「ところで、そのロゴは君たちのチームのものなのかい?」


「あぁ、そうだよ。俺たち、地元でダンスチームやってるんだ。と言っても、大きい大会ではまだ優勝したこともないし、せいぜいエキストラのダンサーとして呼ばれるくらいさ」


「あれほど上手いのに? むぅ……あれだけの実力があればすぐに有名になれそうなものだが」


「ハハッ! ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。まぁ、上には上がいるってことさ」


「……確かに、そうだね。でも、上があるから目指せる場所があるんじゃないかい?」


「君、本当に小学生? 何か、ウチのばあちゃんみたいなんだけど」


 その言葉にディシディアの頬がピクッと動いた。けれど、彼女は至って平静を装って乾いた笑いを浮かべてみせる。

 と、そうこうしているうちにいつの間にか本部テントに到着しており、そこにいる町内会の会長と思わしき老人が二人を交互に見渡した。


「すいません、この子迷子みたいなんですけど」


「そうか。じゃあ、名前を教えてくれる?」


「ディシディアだ。ディシディア・トスカ」


「ディシディア……外人さんかい。にしては、日本語が上手だね……っと」


 男性はマイクを手に取り、スピーカーの音量を上げてから、迷子放送を入れる。スピーカー越しに自分の名前が呼ばれるのはいささか恥ずかしいものだったが、ディシディアはそれよりも今自分の目の前にあるマイクに興味津々のようだ。


(限定的な距離とはいえ、拡声機能付きか……魔法とは違うが、こちらも利便性が高そうだ)


 大賢者としての血がうずくのか、耳がピコピコと動いている。彼女は目を皿のようにしてマイクを凝視しており、若干楽しそうにも見えた。


「さて、そろそろ来るころだと思うけど……あ、来た!」


 ふと、アツシが声を上げる。それに反応してディシディアは彼が指差した方向に目をやるが――そこにいたのは、先ほどの男二人組だった。彼らは両手に何かを抱えている。どうやら食べ物であるようだが、人数が合わない。メンバーは三人だけのはずなのに、彼らは四つも持っていたのだから。


「おう、アツシ。ご苦労さん。ほら、これ」


「ありがとう、ジンさん。はい、ディシディアちゃん」


 アツシの手から、紙袋に包まれた何かが渡される。確かな熱さを感じながら、ディシディアは男たちに頭を下げた。


「ありがとう。では……」


「いや、金は要らねえよ。サービスだ」


 ジンがぶっきらぼうに言った。彼はひらひらと手を振って、快活そうな笑みを浮かべている。

 しかし、ディシディアは財布へと手を伸ばす。やはり、ただで奢ってもらうのは悪いと思ったらしい。だが、財布に突っ込もうとしていた手は、アツシによって押さえられた。


「いいのいいの。子どもは遠慮なんかしなくて。ほら、熱いうちに食べないと」


 言われて、左手にある紙袋へと視線を移す。そこに入っているのは――ふわふわのホットケーキのようなものと、それに包まれたフランクフルトだった。アメリカンドッグのように完全に密閉されているわけではない。さながら、生地がフランクフルトをくるんでいる感じだ。そのフランクフルトの上にはたっぷりとケチャップがトッピングされている。

 少し顔を近づけるとふわりと甘い匂いが漂ってきて、ディシディアはごくりと喉を鳴らした。

 彼女はやや戸惑いがちにアツシたちを見上げる。彼らは一様に笑みを浮かべながら、手で紙袋を示していた。

 彼らの行為を無下にすることこそが最大の不敬――そう考えたディシディアは、改めて頭を下げる。


「そういうことなら、ありがたくいただくよ。では、いただきます」


 とは言ったものの、どう食べればよいかわからない。串に刺さったフランクフルトを持ち上げようにも、そうした場合には生地が落ちてしまう。

 しばらく彼女がそれと格闘していると、アツシが自分の紙袋を指さしてみせた。


「こうやって食べるんだよ。ほら」


 彼は紙袋をスライドさせ、先端からちょこっとフランクフルトと生地を覗かせる。そうして、大口を開けてばくっとかぶりついた。


「なるほど。ありがとう。では、改めて」


 彼女はアツシのやり方に倣ってスッと紙袋をスライドさせる。すると驚くほど簡単にフランクフルトと生地が袋の外へと顔を出してきて食べやすくなった。

 ディシディアは小さな口を目いっぱい開けてかぶりつき――幸せそうに破顔した。

 ホットケーキ生地は甘い。と言っても、砂糖がたっぷり入っているわけではなく、仄かな甘みを感じる程度だがそれがフランクフルトと意外にも合う。優しい甘みがフランクフルトのジューシーな塩味と混じり合う。そこに時折ケチャップの酸味が顔を出してきて、いかんともしがたいハーモニーを生み出すのだ。

 彼女はぱくぱくと食べ進めていって、新たな味が顔を出してきたことにハッとする。

 断面を見てみれば、フランクフルトとホットケーキ生地の間に、もう一つの層がある。そこに敷き詰められていたのは、とろとろのチーズだ。

 メインではないが、これは陰の主役とでも呼ぶべきものである。チーズが加わることで味に深みとコクが生まれる。元々チーズとフランクフルトの相性は抜群の上、ホットケーキ生地とも驚くほど調和がとれている。乳臭い風味もなく、非常に食べやすいものだ。

 ディシディアは口内に感覚を集中させるように目を閉じた。すると、案の定味覚が鋭敏化される。

 生地はモチモチしており、かなり噛みごたえがある。その上フランクフルトも長いので、中々に食べごたえがある料理だ。腹もちもよさそうであるし、特に運動後に食べるものとしてはこれ以上ないほどのものだろう。

 また、ケチャップにはわずかながらタバスコがかけられている。しかし、ホットケーキやフランクフルトと合わさることで辛さがやや緩和され、辛いものが苦手なディシディアでも食べやすいものとなっている。


「美味いだろ? ソーチードッグって言うんだ。俺が好きな屋台フードだよ」


 ジンがどこか自慢げに言う。ぶっきらぼうに見えたが、根はやさしい男なのだろう。

 ディシディアは笑みを浮かべながらソーチードッグを頬張っていく。かなり熱いので舌を火傷しそうになるが、手が止まらない。アツアツの料理というのは、そういうものだ。

 彼女は指についていたケチャップまで舐めとり、改めて男たちに頭を下げた。


「いや、とても美味しかったよ。どうもありがとう」


「喜んでもらえたようなら何よりだよ。よかった」


 ディシディアは持っていた紙袋と串を本部近くのゴミ箱に――


「ディシディアさん!」


 ようとしたその時、聞き慣れた声が耳朶を打った。ハッとしてそちらを見やれば、良二が走り寄ってきているところだった。よほど必死に探してくれていたのだろう。ディシディアは肩で息をしていた。

 そんな彼を見て、ディシディアは穏やかな笑みを湛えつつ手を振った。


「やぁ、リョージ。この方たちが私をここへ案内してくれたんだ」


 良二はようやくアツシたちの存在に気づいたようで、ごほんと咳払いをしてから深々と頭を下げる。


「どうもありがとうございます。助かりました……それより、ディシディアさん。言ったじゃないですか。動かないでくださいって」


 普段の彼からは想像もできないほど厳しい声だった。その迫力に思わず飲まれてしまったディシディアは肩を縮ませる。しかし、良二は構わず続けた。


「今日はこの人たちが助けてくれたからよかったですけど、もしかしたらもっとひどいことになっていたかもしれないんですよ? ちゃんと考えてください!」


「……すまない。ちょっと、舞い上がっていたようだ」


「……とりあえず、無事で何よりです。皆さん、本当にありがとうございました」


「いやいや。それじゃあね、ディシディアちゃん。よかったら、また見にきてね」


「あぁ。君たちも本当にありがとう。この恩は一生忘れないよ」


 ディシディアは彼らに手を振りつつ、良二の後をついていく。彼は、以前として険しい表情をしたままだった。額には汗が浮かんでおり、相当焦っていたことがうかがえる。

 ディシディアはバツが悪そうに頬を掻きながら、ちょいと彼の服の裾をつまんだ。


「なぁ、リョージ。怒っているか?」


「もちろん。怒っています。ディシディアさんは自分は強いって言っていますけど、それでも女の子なんです。もっと自分を大事にしてください」


「……女の子、か。思えば、私のことをそう言ってくれる者というのは久しくいなかったな」


 ライノスたちも、もちろん自分を大事にしてくれていた。心配もしてくれていた。だが、それはあくまで『大賢者』としてのディシディアだ。世界でも希少な存在の大賢者に何かあったらそれこそ世界全体の損失になってしまう。そう考えてのことだ。

 そうしていつしか、周囲のディシディアの認識はエルフの少女から大賢者へと変わっていったのだ。周囲が大事にしていたのは彼女であって、彼女でない。大賢者という肩書があるから、心配してくれていたにすぎないのだ。

 久々の扱いを受けたことにむず痒さを覚えながら、ディシディアはぺこりと頭を下げた。


「……すまない。リョージ。今回は、私が軽率だった。反省するよ。ただ……ありがとう。そこまで私を必死になって探してくれて」


「……俺も、ちょっと熱くなりすぎていました。ただ、今後も無茶は控えてくださいね?」


「もちろんさ」


 そう言って、ディシディアはそっと彼の手を握る。温かく、それでいて大きな手だ。

 久々に得る胸の温かさを感じながら、ディシディアは彼の手を少しだけ強く握った。まるで、その温もりをもっと感じようとするかのように。


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