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第百二十九話目~雪景色と爆弾おにぎり~

 朝、ディシディアは自分に語りかけてくる声を耳にして目を覚ました。すでに暖房は付けられているのか、部屋の空気は少し暖かい。けれど、布団の中はもっと快適だ。ディシディアは小さく唸りながら布団にくるまる。

 が、良二は構わずに彼女の体を揺らしながら声をかけ続けた。


「ディシディアさん。起きてくださいよ、ディシディアさん」


「うぅん……寒い……もう少し寝せてくれ。まだ六時にもなっていないじゃないか……」


「そんなことより、見てもらいたいものがあるんですよ。ほら!」


 余りにも彼が興奮しているので、仕方なしにのそのそと布団から這い出てぐ~っと背伸びをしてみせる。彼女はしばし目をゴシゴシと擦ってから、とろんと潤んだ瞳で良二の顔を見つめてきた。


「やぁ、おはよう。今日はやけに元気だね」


「これを見たらそうなりますよ」


 と言いつつ、彼が指差すのはカーテンが閉められた窓。ディシディアは首を傾げながらカーテンを開けた後、クワッと目を見開いた。


「これは……何だ!?」


 視界に映るのは一面の銀景色。ふわふわとした白い綿の様なものが降り注ぎ、車のバンパーや木の上に積もっている。

 眠気が吹き飛んでしまったらしき彼女はキラキラと目を輝かせながら窓を開けようとする。が、良二がすんでのところでそれを止めた。


「開けたら寒いですよ」


「っと、すまない。それにしても、あれは一体何だい? 見たことがないものだが」


「あぁ。雪って言うんです。ディシディアさんの故郷にはありませんでしたか?」


「雪……ふむ。ホロと似たようなものか」


 ディシディアは腕組みをして大きく頷きながら頷く。

 アルテラは地球とは反対側にある世界だ。だから、文化や種族などは違うが天候などはほとんど同じ。呼び方などは違うが、そこまで差異はないのである。


「雪を見ているとちょっと気分が上がりますよね」


「あぁ。私もホロは大好きだ! よかったら、遊びに行かないかい?」


「そういうと思って、準備してますよ」


 良二はサッとマフラーと手袋をディシディアの方へと差し出してくる。彼女の好きそうな民族風のものだ。彼女は嬉しそうにそれを受け取ったかと思うと、澄んだ瞳で良二のことを見つめてきた。

 彼はすぐに顔を真っ赤にして頭を掻き、


「だ、大丈夫ですよ。見ませんから」


 が、ディシディアはいたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、ちょいっと服の襟を引っ張ってみせた。


「何なら、見てもいいんだよ?」


「な……ッ!? み、見ませんよ!? 俺はやることがあるので、失礼します!」


 顔を真っ赤にして去っていく良二。彼の初心な反応を見るのもディシディアの楽しみだ。


(確か、彼のような子を草食系男子……と言うのだったかな? 私としては別に見られても構わないのだが……)


 などと考えつつ、ディシディアはパジャマを脱いで下着姿になるなりタンスから着替えを出していく。ここに来たころはまだ数着しかなかった洋服も、今ではどれを着ようか悩んでしまうほどある。


「よし、決めた」


 今日は長袖のセーターとロングのパンツだ。少なくとも、これなら防寒対策はバッチリである。彼女は何枚にも服を着こんだ状態で、マフラーと手袋を装着。感覚を確かめるようにポンポンと手を打ちあわせてから、台所にいる良二の方を向いた。


「リョージ。もういいかい?」


「はい。下ごしらえはできましたので、大丈夫ですよ」


 彼はすぐさまエプロンを脱ぎ捨て、自分も着替え始める。すでに準備は整っているらしく、後はコートとマフラーなどを着こむだけ。良二も彼女と同じくパンパンと手を打ちあわせた後で部屋の隅に置いてあった鍵を手に取った。


「じゃあ、行きましょうか」


「あぁ。楽しみだ」


 言うが早いか、ディシディアは一目散に外へと駆けだしていってしまう。良二も苦笑しながらその後を追い、キチンと部屋の鍵をロックしてから雪で滑りやすくなっている階段を駆け下りた。


「おぉおおおお……ッ! 絶景だ……ッ!」


 視界に映るのは白、白、白。降り積もった雪によって辺りは全て白く染まっている。車などは積もった形によってかろうじてそこにあるというのがわかる程度だ。


「おぉ、ふわっとしているな。気持ちいい」


 ディシディアはこんもりと積もった雪に手を触れ、クスクスと笑う。良二も彼女の傍に歩み寄って中腰になり、その雪を両掌で掬った。


「見ていてください。面白いものを見せますから」


 良二はしばし雪を揉む。ディシディアには見えないよう、彼女の視線よりも手を高くして、だ。


「何を見せてくれるのかな? 楽しみだ」


「もうすぐできますよ……ほら!」


 そう言って彼が見せてくれたのは――雪でできたウサギだった。彼はいつの間にやら小石と小枝をどこかで調達していたらしい。その完成度はかなりのもので、パッと見てすぐにウサギとわかったほどだ。

 ともすれば、この白ウサギは今にでも動きだしそうなほどである。ディシディアは感心したように頷きながらちょんちょんと雪ウサギの背中をつついた。


「やはり君は手先が器用だね。何とも可愛らしいことだ」


「ありがとうございます。ディシディアさんも、何かできますか?」


「もちろん。ほら、見ていてごらん」


 彼女は一旦息を止め、きょろきょろと辺りを見渡す。どうやら、この場にいるのは彼女たちだけのようだ。それに、気配も何も感じられない。考えてみれば、まだ六時前だ。それにこの寒さである。ほとんどの人は割と遅めに起きることだろう。


「よし、これならばイケそうだ」


 彼女は一旦地面に手を付き、ニヤリと口元を歪めた。かと思うと、ピンク色の小さな唇が微かに動き、聞いたこともない言葉の羅列が綴られる。良二は一瞬不思議そうに首を傾げたが、次の瞬間起きた奇妙な出来事に目を丸くする。

 なんと、ディシディアの足元の雪が密集し、形を成していったからだ。ゴシゴシと目を擦ってみれば、その正体が何であるかはすぐにわかった。


「小人……ですか?」


「ご名答。中々やるだろう? 私はあまり得意ではないから、せいぜい数十体程度しか操作できないけどね」


 言いつつ、ディシディアは肩を竦めつつ足元の小人を撫でる。ちゃんと目や鼻の形もハッキリとしており、髪なども生えている。その姿はどことなくディシディアに似ていた。

 身長三十センチほどの雪の小人はピンと背筋を伸ばしたかと思うと恭しく礼をしてくる。それがあまりにも自然な動作だったので思わず礼を返してしまった良二を見て、ディシディアはしたり顔で手を打ちあわせた。


「喜んでもらえたようで何よりだ。原理としては私の魔力を雪に練り込んだ……簡単に言うと『ミニチュアゴーレム』だ。可愛いだろう?」


 ディシディアが手を振ると小人はクルリとその場でターンしてみせる。続けて彼女が手をぱんぱんとリズミカルに打ち鳴らすと、ぎこちなくダンスのステップを取り始めた。その姿は先ほど見せていた凛々しさとはまるで違うユーモラスなものである。

 良二はそれをジィッと見つめていたが、ややあってフルフルと体を震わせた。


「ふ……ハハハッ! 可愛いですね!」


「だろう? まぁ、こんな所だ。やろうと思えば、形はどんなものにも変えられるよ」


 パチンッと指を鳴らすごとに小人は姿を変えていく。ウサギ、犬、はたまた小型のドラゴンなどなど。良二は雪の玉を吐いてくる小型ドラゴンを掌で制しながら、おそるおそるディシディアに問いかけた。


「この子、触ってみてもいいですか?」


「もちろん。ただし、噛まれないようにね」


 雪のドラゴンは言葉がわかるのか、わざとらしくつららでできた牙を見せつけてきた。が、ディシディアから軽く叱られ、しゅんと俯いた後ゴロンと転がって服従のポーズを取ってみせた。


「じゃあ、失礼します」


 そっと腹を撫でると、やはり元が雪でできているためかふんわりとした感触が返ってくる。けれど、芯の方は微かに温かい。おそらく、それが魔力と呼ばれるものだろうと良二は直感的に察した。

 ディシディアはニコニコとしている良二の肩を叩き、ドヤ顔で告げる。


「ところで、リョージ。少々面白いものを見せてあげようか」


「おぉ、お願いします!」


「よろしい。いい返事だ」


 ディシディアはまたしてもしゃがみ込み、地面に手をついてまた言の葉を並べた。すると、またしても雪たちが形を成してディシディアたちの前に集まっていく。その姿を見て、良二はハッと息を呑んだ。


「こ、これはまさか……ッ!」


 期待をにじませる彼を視界の端に納めながら、ディシディアはグッと親指を立ててみせた。


「そう。パチモンさ。疑似的だが、パチモンバトルと行こうじゃないか」


 彼女が生成したのは以前プレイしたゲームに出てくるモンスターたち。その数合わせてジャスト十二。現在の二人の手持ちを反映したものだ。

 良二は自分の相棒たちが顕現したように感じているのだろう。自分の方にやってきたパチモンたちを愛おしげに撫でる。もちろんそれはディシディアも同じようで目尻を下げて相棒たちの体を抱きしめていた。

 ――が、二人は思い出したように向きなおり、互いに視線を交わす。


「じゃあ、やりましょうか」


「あぁ。望むところだ。前回の雪辱を晴らしてみせよう」


 二人の言葉に合わせて、雪でできたパチモンたちがズラリと並ぶ。

 まさかゲームでやっていることが現実でできるとは思っていなかったのだろう。良二は感動に震えているようだったが、すぐにキリッと眉を吊り上げる。


「よし、いけ! ニャヒーッ! 君に決めた!」


「ならば、いけ! ロ・カカ!」


 猫の姿をしたパチモンとフクロウの姿をしたパチモンが歩み出て、対峙する。こうして、変則的なパチモンバトルが幕を開けた。


 ――そうして十分後。そこにはすっかり汗だくになった二人の姿があった。


「いや……楽しいですね、これ!」


「だろう? あちらの世界ではよくやっていた遊びさ」


 ディシディアは誇らしげに胸を張る。興奮して熱くなっているのか、彼女はマフラーを取り払っていた。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」


 残念ながら、今日も学校があるのだ。良二の提案にディシディアは頷き、二階へと続く階段を上る。


「ところで、今日の朝ごはんは何だい?」


「もう作ってありますよ。たぶん、気に入っていただけるかと」


 言いつつ部屋の鍵を開ける。すると、暖房がつけっぱなしだったせいかすっかり温まった部屋の空気が流れ込んできて二人はだらんと身体を弛緩させた。


「いいね……まぁ、運動した後だから少々暑く感じるな」


 ディシディアはパタパタと手で顔を煽ぐ。良二はそそくさとコートを脱いでハンガーにかけたかと思うと、冷蔵庫の中から何かが乗った大きな皿を取り出した。

 乗っているのは……大きくて丸いおにぎりだ。その大きさたるや、ディシディアの拳よりも大きいほどである。前面に海苔が貼られており、中の様子を伺うことはできない。


「む? それは……おにぎり、かな?」


「えぇ。ただし、爆弾おにぎりです」


「ば、爆弾!?」


 サッと身構えるディシディア。しかし、良二はそんな彼女を宥めるように「ははは」と陽気に笑う。


「別に爆発するわけじゃありませんよ。ただ、たくさんの具材が入っているんです」


「ふむふむ。では、いただこうかな……」


 と、ディシディアは手を伸ばしてくるが、良二は彼女の手を軽く叩いた。


「まずは手を洗ってからです。俺も行きますから、食べるのはその後です」


「それもそうだね。悪かった」


 ディシディアはぺこりと頭を下げ、洗面所へと向かっていく。良二も一旦爆弾おにぎりが乗った皿をちゃぶ台の上に置いてから洗面所に向かってうがいと手洗いを済ませ、今へと戻る。すでにディシディアは気を効かせてお茶を出してくれていた。


「では、食べるとするか」


「ですね。いただきます」


「いただきます」


 二人ともよほど腹が減っていたのだろう。サッと手を伸ばし、いきなりかぶりつく。


「お、これは鮭か」


「はい。鮭フレークをたっぷり入れたんです」


「うんうん。運動の後にはしょっぱいものが欲しくなるからね」


 にこにこと笑いながら爆弾おにぎりをほおばるディシディア。鮭フレークのキリッとした塩味がじんわりと体の中に染みわたっていくようだ。

 たっぷりと巻かれた海苔も風味があり、ただ中身をわからなくしているだけではない。味の面でもキチンと役割を担っていた。

 冷蔵庫に入れて時間を置いていたためか海苔のパリパリ感はなくなっているが、何十にも重なっているおかげで歯ごたえが増している。軽く塩が振られているのか、白米の甘さも引き出していた。

 ディシディアは上機嫌でさらに食べ進めていく――と、ハッと目を見開いた。


「今度は昆布の佃煮か。これも美味しいね」


「やっぱり運動すると思ったんで比較的味が濃いものを入れてますよ。楽しんでください」


「もちろんだ」


 バクバクと食べ進めながらお茶を飲む。少々味が濃いのが気になるところだが、疲れている身体にはちょうどいい上にお茶を飲めば口の中はリセットされる。

 その見た目に反してかなり食べやすい一品だ。握り具合も抜群で、噛むと口の中でほろりとほぐれていくようである。


「っと、今度はおかかが出てきた。本当に面白い料理だね」


 ディシディアは心底楽しげに言うが、良二は渋面を作っている。たまらずに、彼女は良二へと問いかけた。


「? 何か問題があったのかい?」


「いや、自分で作っているので何が入っているかは大体わかってしまうんですよね……」


 彼はガックリとうなだれながら頭を掻く。自炊をするものにとって、これは共通の悩みだろう。

 弁当にしろ、爆弾おにぎりにしろ、どんな具が入っているのかを予想するのも楽しみの一つだ。しかし、自分で作るとなると話は別だ。


「……まぁ、いいんですけどね」


「可哀想に……今度作り方を教えてくれないかい? そうしたら、私が作ってあげるよ」


「ッ! いいんですか?」


「もちろん。おにぎりなら私にも作れそうだからね」


 ドンッと胸を叩いてみせるディシディア。そんな彼女に対し、良二はぺこりと律儀にお辞儀をする。


「じゃあ、レシピを後で教えますね」


「あぁ。頼むよ。ありがとう」


 二人は言葉少なに言って、再び爆弾おにぎりを食べていく。

 疲れている二人にはそれでも少なかったのだろう。数分もしないうちに、二人の皿は空になっていた。


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