第百二十五話目~飯テロ少なめ! フクロウカフェとおまけの飴玉!~
どじょう鍋を食べて大満足で店を後にした二人は、てくてくと仲見世を歩いていた。けれども、タイミングが悪かったのだろう。すでに店のほとんどは閉まっており、買い食いができそうな雰囲気ではない。
「むぅ……残念だね。今回はお預けか」
「すいません。ちょっと順番を間違えたかもしれません」
「謝らなくていい。次に来るときに遊べばいいさ」
ディシディアは未だ口内に残るどじょう鍋の余韻を感じながら答える。すでに数十分以上経過しているが、あの味を思い出すだけで涎が溢れてくる。
今回はどじょう鍋だけだったが他にも『ナマズ鍋』や『どじょうの唐揚げ』など数々のメニューがあった。次に来るときにはそれを試してみても面白いだろう。
そんなことを考えながらディシディアは仲見世をきょろきょろと見渡す。もう夜になっているからか、観光客の姿もチラホラとしか見えない。けれど、見ごたえがないわけでは決してない。
浅草寺の近くにある五重塔や、浅草から少し離れたところにある東京スカイツリーはライトアップされ、あたりを明るく照らしている。新旧の『塔』はどちらも幻想的な風景であり、見ているだけで心洗われるようである。
「美しいね……まぁ、今日はこれが見れただけでもよしとするさ」
ディシディアは白い息を吐きながら腰に手を当て、満足げに胸を張る。すでにどじょう鍋を食べたおかげか、ほとんど腹も減っていなかったのだ。おそらく、仮に買い食いすることができたとしても、満喫することはできなかっただろう。
満腹の時の食事ほど辛いものはない。これは、二人がよく知っていることだ。
「さて、そろそろ帰るかい?」
「いや、まだまだ時間はあるので、そう焦らなくて大丈夫ですよ。浅草に来ることなんて滅多にないですから、もっともっと見て回りましょう」
「そうかい? なら、お言葉に甘えようかな」
彼女は喜びを隠しきれないのか耳をピコピコとさせていた。そうして、クルリとその場でターンし、良二の方へと向き直る。彼女はすぐにでも探索に乗り出したいらしく、その場でパタパタと足踏みしていた。
「じゃあ、ちょっと戻ってみましょうか」
言いつつ、良二は『仲見世』を出て『新仲見世通り』へと戻っていく。そこはまだまだ店が開いており、人の入りも少なくない。飲食店などもあるが、こちらは食べ歩きではなくイートインが中心だ。
もちろん、それだけではない。外国人向けのお土産屋なども多数そろえられており、歩いているだけで退屈しない。実際、ディシディアはそれらの全てに興味を示していた。
行きは演芸ホールに向かうという決まりがあったためあまり足を止めるわけにもいかなかったが、今は自由だ。ディシディアはあちらの店に行ったかと思えば、また別の店へとふらふら立ち寄る。
その度に財布に手が伸びるのだから、余計性質が悪い。
「ディシディアさん。無駄遣いはダメですよ」
たまらず良二が声をかけると、ディシディアはむっと頬を膨らませた。彼女は上目づかいで見上げてくるが、良二はサッと手を前に突き出してその視線を遮った。
「ダメなものはダメです。あまり買いすぎても、置く場所がないでしょう?」
「む……それは……そうだが……」
良二の住んでいるアパートはお世話にも広いとは言えない。二人で暮らしているとどうしても生活スペースなども限られてくるため、現在家には最低限の必需品と貴重品しか置いていない。
確かに豪遊してお土産を買ってもそれを置く場所がないなら最悪の場合タンスの肥やしになってしまう。それだけは避けねばならないことだ。それは彼女自身、重々承知している。
「……わかった。今回は控えよう」
そっと財布を仕舞いこむ彼女に優しく笑いかける。ディシディアはまだ何か言いたそうにしていたが、彼の柔和な笑みを見て強張っていた表情を緩めた。
「今回はお土産と食べ物はなしだな。とりあえず、何か面白そうなものを見て回るとしよう」
「それなら、俺もお供しますよ」
「よし、決まりだな。何か面白い店を探すとしよう」
すっかり気分を入れ替えたらしきディシディアはてくてくと陽気に歩きはじめる。その切り替えの早さに感心しながら良二は後を追い、また勝手な行動をされないようしっかりと手を繋いだ。
ディシディアは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにニヘッと笑って強く手を握りしめてくる。小さくて柔らかい手の感触を感じながら、良二も彼女と共に探索に乗り出した。
「さてさて、何か面白いものは……」
視線を彷徨わせるディシディア。よほど楽しみなのか、ふんふんと鼻息を荒くしている。浅草に来てからは新体験の連続だったため、否応なく期待値が上がっているのかもしれない。
ここまで浅草を堪能する者は観光客でもそうはいないだろう。お上りさんであるということは明らかだったが、それが逆に微笑ましく思える。良二も彼女に負けじと視線を巡らせ――ある一点で、はたと目を止めた。
「あれ? 何だろう?」
「? どうしたんだい?」
「いや、あれ……」
と、良二が指差した場所では人だかりができている。だが、あまりにも人が多すぎて何が何だかわからない。ディシディアは一瞬首を傾げたものの、良二の手を引っ張ってそちらへと急行した。
「さぁ、皆さん。よかったら、見ていってください!」
人だかりの中心から声が聞こえてくるが、ディシディアの身長では人の壁に遮られてその奥を見ることは叶わない。彼女はしばしうんうんと唸りながら背伸びをしていたが、そこで良二がトントンと肩を叩いた。
「あの、よければ肩車でもしましょうか?」
「いいのかい?」
「えぇ。俺でよければ」
良二はすぐさま跪き、彼女が乗りやすいよう体勢を整える。ディシディアはすぐさま彼の肩に足をかけ、太ももでしっかりと彼の首元をホールドした。そうして落ちないようにしっかりと彼の頭に手を置いた後で、
「いいよ。頼む」
「はい。了解です」
グッと良二の体が沈み込んだかと思うと、一拍置いて静かな挙動と共に彼が立ち上がった。すると、先ほどは見えなかった人混みの奥の方がハッキリと見えるようになり、ディシディアはようやく人だかりができていた理由を知る。
人だかりの中心にいたのは一人の女性と――白い翼を持つ、大きな鳥。
全体的に丸いフォルムをしており、羽には斑点模様がある。見たことがない鳥だが、瞳は綺麗な金色をしており、どこか野性的な鋭さを讃えていた。その愛らしくも威厳のある佇まいに、ディシディアは息を呑む。
「フクロウカフェ、今なら空いてま~す! よければどうぞ~!」
「フクロウ?」
「あの鳥の名前ですよ。もちろん、色んな種類がいるみたいですけどね」
良二は先ほどフクロウの姿を確認していたのだろう。そう答えながら、近くに置いてあった立て看板のところへと歩み寄る。そこには彼の言う通り、様々な種類のフクロウの写真が飾られていた。
「ほぅ……ッ! 面白そうだね」
「入り……ますよね」
「わかってるじゃないか。じゃあ、一旦下ろしてくれ」
「はい。じゃあ、気をつけて下さいね」
ゆっくりと体をしゃがめる良二。ディシディアはややよろめきながらも彼の体から降りることに成功し、改めて視線の先に続く階段を見やる。どうやら、フクロウカフェというのは建物の二階にあるようだ。
二人はやや細めの階段を上り、厳かな造りの扉に手をかけた。そうして扉を開くとそこには――見たこともないような植物とオブジェが並んでいた。
「な、こ、ここは……ッ!?」
ディシディアは外観との違いに目を丸くしてしまう。けれど、良二は笑いながら肩を竦めた。
「これは作り物ですよ。別にジャングルに飛んだわけじゃありませんから」
「わ、わかっている。ただ、その……驚いただけだ」
ディシディアの耳は軽く赤くなっている。それは決して外が寒かったからではないだろう。彼女はすたすたと先を進んでいき、レジらしき場所へと進む。だが、そこに店員の姿はない。仕方がないので、良二は備え付けのベルを押した。
「は~い。おまちくださ~い」
そんな声とともに、パタパタという忙しない足音が後ろから聞こえてくる。何事かと見れば、そちらからはスタッフと思わしき女性がやってきているところだった。
赤いエプロンをかけた女性はぺこりと頭を下げてみせる。やはりこういったところで働いているからだろう。髪はショートにまとめており、清潔感を漂わせていた。
「いらっしゃいませ。フクロウカフェへようこそ! ご来店は初めてですか?」
「はい。そうです」
「わかりました。では、当店の説明を少しさせていただきますね」
女性はピンと背筋を伸ばし、コホンと咳払いを寄越す。
「まず、当店ではフクロウたちやその他の動物たちの展示を行っております。料金は八百九十円の前払い制。ワンドリンクは無料ですが、二杯目からは追加料金が発生しますので、ご注意ください。それと、フクロウたちには基本触れてもいいですが、手の甲で触れるようにしてくださいね?」
ディシディアたちが頷くのを見て、女性は次の言葉を口にした。
「ただし、まだ人に慣れていない子たちもいます。その子たちには触れないようにお願いします。あと、ちゃんと手を消毒してくださいね?」
「うむ、わかった。これを使えばいいんだね?」
消毒液のスプレーを手に吹きかけ、ゴシゴシと手を擦り合わせるディシディア。良二も代金をレジに置いてから彼女の後に続き、よく手を消毒した。それを見た女性店員はそっと胸を撫で下ろし、左の方を手で示す。
「触ってはいけない子にはあのように注意書きがしてありますので、気をつけてください」
「え……おわっ!?」
何気なくそちらを見た良二は仰天してしまう。置き物かと思っていたが、本物のフクロウが手の届く距離にいたのだ。その子は驚く良二を見て不思議そうに首を傾げている。別段層に凶暴そうに見えないが、確かに止まり木には注意書きが貼られていた。
「さて、これで説明は以上です。では、楽しんでいってください」
「はい。ありがとうございます」
良二たちは小さく一礼して後方を見やる。そちらにはすでに大勢の客がやってきており、フクロウたちと触れ合っていた。誰もが楽しそうにしており、非常に微笑ましい雰囲気である。
「おぉ、この生物は何だ?」
ディシディアが見ているのは大きなケージ。そこには鼠色をした大きなモフモフの毛玉が転がっている。何やら蠢いているようにも思えた。
「あぁ、これはチンチラですよ。よかったら、触ってみますか?」
チンチラとはげっ歯類の一種でネズミを一回り大きくしたような感じだ。が、尻尾は毛で覆われており、パッと見は巨大な毛玉である。
先ほどの女性店員はチンチラをケージの中から出して軽く手招きし、ディシディアに歩み寄るよう告げた。それに従って前に出た彼女は何かを請うように手を皿のようにして構える。
と、すぐさまそこにチンチラが乗せられた。それと同時、ディシディアの顔がぱぁぁ……と輝く。
「おぉ……温かい。手が小っちゃいよ、リョージ!」
チンチラの足は非常に小さい。それがぺちぺちと掌の上を叩く感触は極上だ。モフモフのチンチラはたまにディシディアの顔を見て、ひくひくと鼻を動かす。ディシディアもチンチラの方に顔を寄せ、これまで見たことがないほど無邪気な笑みを向けてみせた。
「やぁ、はじめまして。君は小さくて、可愛らしいね」
言葉が通じているのか、チンチラは嬉しそうに毛で覆われた尻尾を振ってみせた。その愛らしい様に、ディシディアのみならず良二もデレ~っと顔をにやけさせてしまう。
「へぇ、可愛いですね」
人に慣れているらしく、良二が頭を撫でても嫌そうな顔一つしない。どころか、むしろ嬉しそうに良二の手に頭を擦りつけてきた。
「お気に召してくれましたか? よければ、ご案内しますよ」
女性店員の誘いを断る理由はない。二人が同時に頷くと彼女はニコリと微笑んでからチンチラをディシディアから受け取り、今度は良二の方に差し出してみせる。
「お兄さんは、いかがです?」
「じゃあ、お願いします」
そうして先ほどのディシディアと同じように手を皿のようにし、チンチラを受け止める。良二は少々腰が引けていたが、すぐにチンチラの可愛さにやられてしまい先ほどと同じく顔を弛緩させる。
「ふふふ、いい子だね」
ディシディアは先ほど教わった通り、手の甲でチンチラの頭を撫でた。ふわふわの毛並は心地よく、そんじょそこらの毛布など敵わないと思ってしまうほどだ。
「じゃあ、そろそろお預かりしますね」
女性店員は良二からチンチラを受け取り、その子をケージに戻してから順路を案内してくれる。メンフクロウやシロフクロウ、ワシミミズクなどが一列に並んでいる様は圧巻だが、こちらを襲ってくる気配は一向にない。
これなら安全だ――二人が同時に思った直後だった。
――バサッ!
「ひえっ!?」
力強い羽音とともに、足元から何かが現れる。良二は思わずのけぞり後ろにあった壁に激突してしまったが、涙で滲む目で何とか足元の物体を見やる。
それは――とても巨大なフクロウだった。軽く見積もっても高さは四、五十センチはある。顔も強面で大きく、目はギョロっとしている。おそらく、子どもがこのフクロウを見たならば数日は悪夢でうなされるだろう。
そんなフクロウが、良二の足元でバサバサと羽ばたいているのだ。彼はガクガクと恐怖に震えたが、助け舟を出すように女性店員がやってくる。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。この子は『カラフトフクロウ』のほっぺちゃんって言って、とても人懐っこい子なんです。ほら」
言いながらそのフクロウの頭を撫でる彼女に、良二は頬をひくつかせた。だが、フクロウはその強面からは想像もできないほど幸せそうな表情をして目を細めている。
「ほら、触ってみてください」
「む……では、失礼する」
「ディ、ディシディアさん! 危ないですよ!」
良二は制止をかけたが、ディシディアは構わずにそのフクロウの頭を撫で――すぐににまっと口元を緩ませた。
大きく見えた顔だが、ほとんどは羽毛だ。撫でようとするとふわっと羽毛に手が埋まり、やがて小さな頭の感触が返ってくる。首元の毛は高級羽毛布団顔負けの手触りだ。ふわふわで、それでいて滑らかである。
「リョージ! リョージ! すごく気持ちいいよ! ほら!」
「で、でも……」
ディシディアはフクロウの毛並に驚いているようだったが、良二は完全に腰が引けていた。
実を言うと、良二は動物が若干苦手である。小動物は平気なのだが、ある程度大きく考えが読めそうにないものは苦手な傾向にある。アメリカでチョウザメに怯えていたのはディシディアもよく覚えていた。
――だが、触った今だからこそ断言できる。今触らなければ、一生後悔すると。
「ほら、怖がらなくていいから。大人しいよ」
ディシディアは諭すような口調になって囁いてくる。良二はゴクリと息を呑み、やがて諦めたように首を振った。そうしてそろそろと手を伸ばし――フクロウの首元に触れた。
刹那、フクロウが急に首を転換。反射的に、良二は手を引っ込めてしまう。
「お兄さん。怖がらないでください。この子もお兄さんが怖がってると不安になりますから」
「わ、わかりました」
女性店員からの後押しを受け、良二は一旦呼吸を整えた。そうしてしばらく落ち着いてからフクロウの首元に手をやり、こわごわ撫でる。すると、確かに上質な手触りが返ってきた。
「あ……これは……」
とろんと目を潤ませる良二。確かに、この手触りは何物にも代えがたい。
まさしく夢見心地になっている良二とディシディアを見て、女性は嬉しそうに笑い声を漏らした。
「気に入っていただけましたか? 他にも色々な子がいますよ。ほら、こちらにはグリーンイグアナちゃんやナイルオオトカゲちゃんも」
「ヒィッ!?」
またしても小さな悲鳴を漏らす良二。女性が手で示す先には一メートル以上はあろうかという巨大なオオトカゲとケージに入れられた四十センチほどのイグアナが控えていた。そのあまりに凶暴そうな見た目に、良二はまた身をのけぞらせる。
他のフクロウたちは怯える彼が面白いのか、興味深そうに覗き込んでいた。もちろん、ディシディアも彼を見てクスクスと笑う。
「ふふふ、怯える必要はないよ。こちらが誠意を持っていれば、攻撃してくることはないさ」
長年の経験によるものなのか、ディシディアは次から次へとフクロウたちへと触っていく。面白いことに一羽ごとに触り心地が違うのだ。
ふわふわだったり、ふかふかだったり、すべすべだったり。もちろん、喜び方もまるで違う。目を細めたり、嘴をカチカチ言わせたり、プルプルと体を震わせたりと非常に愛らしい。
「あぁ……癒されるようだ。この子たちは最高だな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、それとこちらには激レアな白いモモンガやアルビノの蛇さんもいますよ」
「アルビノ……?」
「簡単に言うと、メラニンが不足している生物のことです。肌が白くて、瞳が赤いのが特徴です。ほら、見てください」
と、店員が指差すケージの中には真っ白な蛇。目は燃えるように赤く、穏やかながら神々しさを讃えている。その様相に、ディシディアは息を呑む。
「……美しい」
「でしょう? ただ、この子は人にあまり慣れていなくて、触れないんです。ただ、昔から白い蛇にはご利益がある、というお話がありましてこちらには賽銭箱がありますよ」
「おぉ、そういうことなら是非入れてみよう」
ディシディアは軽く背伸びをして賽銭箱に小銭を入れ、ぺこりと頭を下げる。すると、蛇は少しだけ鎌首をもたげて頷いた――ように見えた。
「ちなみに、フクロウは不苦労とも書きまして、触ると苦労がなくなるという験担ぎにもなっているのですよ? よかったら、存分に堪能していってくださいな。では、私はこの辺で」
一通り見て回ったからだろう。彼女は頭を下げ、別の客の元へと向かっていく。ディシディアたちは彼女に手を振り返してから、近くにいるオオフクロウの頭を撫でた。
このフクロウは特別人懐っこいらしい。頭を撫でるともにゅっと体を縮ませてフルフルと体を震わせる。その愛らしい様には良二たちもすっかりやられてしまっている。
――が、それ以上の衝撃が二人を襲った。
「……ピィ」
オオフクロウの隣にいる小さなメンフクロウが、なんと欠伸をしたのだ。小さな声付きで。
ディシディアたちは一瞬顔を見合わせた後、ハッとしてその子の方を見やる。
「りょ、リョージ。私の見間違えでなければ……この子は欠伸をしなかったか?」
「た、たぶんしてましたよ。今俺たち、ものすごくレアなものを見たんじゃないですか?」
「……ピゥ」
そんなことを言っている間に、またメンフクロウが欠伸をする。眠そうに目を細め、ふわぁっと嘴を開いた。その異常なまでの愛らしさに、ディシディアはギュッと胸の辺りを握りしめる。彼女はこれまでに見たことがないほど感極まった表情をしており、フクロウには我が子に向けるかのごとき慈愛に満ちた表情を向けていた。
「リョージ! しゃ、写真! 写真だ!」
「は、はい!」
慌ててスマホを取り出し、カメラを起動。しかし、カメラの機能は使わない。どうしてもぶれてしまうからだ。そのため、動画機能を利用。
そして待つこと数十秒。
「……ピ」
またしても、メンフクロウが可愛らしい欠伸をした。その様はバッチリビデオに納められ、二人はそれを見て顔をにやけさせる。
「あぁ……可愛いな。可愛いな……」
どうやらフクロウたちへの愛が限界へ達したらしい。ディシディアは「可愛い」を連呼しながらモフモフと撫で擦っている。こんなにときめている彼女を見るのは初めてだ。
普段は大人びた様相を見せているが、ちゃんと女の子らしい部分もあるらしい。だらしないほど顔をにやけさせるディシディアと、それを横目で見ながら自分も顔を弛緩させている良二。
二人はしばらくフクロウたちと戯れていたが――やがて時間というのはやってくるものである。良二はスマホを取り出し、ハッと目を見開いた。
「ディシディアさん。そろそろ、時間ですよ。電車が来ます」
「えぇ……まだいいだろう? もっとこの子たちと触れ合いたいんだ」
ディシディアはオオフクロウとメンフクロウの頭を同時に撫でながら呟く。良二もまだまだこの子たちと遊んでいたいのは山々だが……ここは心を鬼にして首を横に振った。
「……耐えてください、ディシディアさん。次、また来ましょう」
「くぅ……すまない。二人とも。また来るよ。約束だ」
ディシディアは愛おしげにフクロウたちの頭を撫でる。どうやら、完全にハマってしまったらしい。彼女が食べ物以外で初めてどハマりした瞬間だった。
「じゃあ、行きましょう」
「あぁ……じゃあね、みんな。また会おう」
名残惜しそうに手を振るディシディアと良二。と、そこに最初の女性店員がやってきた。
「お帰りですか? では、こちらをどうぞ」
差し出されたのは二つの飴。良二たちはそれを受け取り、彼女に対して深々と頭を下げる。
「色々ありがとうございました。また来ます」
「絶対に来るよ。あの子たちはもう私の友達だからね」
「えぇ、ぜひぜひ来てください。本当に、ありがとうございました」
二人は彼女に別れを告げ、外へと歩み出す。後ろ髪を引かれるような思いはあったが、このままでは一生ここにいる羽目になってしまう。
二人は振り返ることなく駅の方へと歩を進めた――が、
「し、しまった!」
突如、ディシディアが声を張り上げた。何事か、と周りの人々が振り返る中で、ディシディアはわなわなと震え始める。
「ド、ドリンクを飲むのを忘れていた……」
「あっ!」
思えば、フクロウたちと戯れるので精いっぱいでドリンクを飲んでいなかった。確か、自販機で自由に買えるようになっていたはずなのに、フクロウたちにしか目が行ってなかったのだ。
「……もう戻れませんよね。仕方ないですよ」
「一生の不覚だ……これは、また来るしかないな」
「もしかして、狙って忘れたんじゃないですよね?」
「そんなわけないだろう?」
などと言いつつ、もらったばかりの飴を口に放り込む。
ミックスキャンディーは市販のものだが、普通よりも甘く感じる。
おそらく、これは胸に感じている充足感のおかげだろう。
心の持ちようで、味というのは随分と変わる。
ミックス味のキャンディーは、いつもより十倍以上も甘く感じられる。
じんわりと甘い味が口の中で広がっていくのと同じく、二人はある種の感動が体中に満ちていくのを感じながら駅へと歩いていった。