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第百二十一話目~はし巻とサプライズ計画~

「なかなか進まないな」


 ずらりと並ぶ人の列を見て、ディシディアは退屈そうに呟いた。それなりに早く来たというのに、かなりの人が並んでいる。おそらく、一般客が来る前に楽しもうという魂胆なのだろう。

 並んでいるのはほとんどが大学生――中でもカップルらしき組み合わせが多かった。


「まだかかりそうですね。疲れてませんか? 俺が場所とっておきますから、休んできてもいいですよ?」


「いや、大丈夫だよ。昨日のことがあったから心配してくれているのかい? そこまでか保護にならなくても、自分の体調は自分が一番わかっている。もし危なくなったら、その時は頼むよ」


「はい、わかりました」


 良二は朗らかに答え、ひょこっと列から顔を覗かせて前方を見やる。

 二人が並んでいるのはお化け屋敷の列だ。やはりこういった体験型のイベントは人気があるらしく、予想以上の賑わいだ。てっきりもう少し早く入れると高をくくっていた二人は小さくため息を漏らす。


「もう十時か……結構早いですね」


 並んでからすでに三十分以上が経過している。けれど、列が捌ける気配はまだまだない。

 元々、回転率はそこまで高くないのだろう。大学の一室を借りきっているだけだそうなので、それも当然と言えば当然だ。

 それにしても、列は校舎の外まで伸びているあたり相当混雑していることが伺える。これはまだまだ時間がかかりそうだ。


「暇ですね……」


「そうだね。まぁ、いいさ。待つのも楽しみの内だからね」


 ディシディアは飄々とした調子で呟き、空を眺める。良二もつられて空を見上げて、大きな欠伸をした。


「お疲れかい?」


「ハハ……すいません。ちょっと眠くて」


「君は準備を頑張っていたようだったからね。本当に、ご苦労様」


「ありがとうございます。それだけで救われますよ」


 良二の脳裏をよぎるのはこれまでの苦労の日々。

 文化祭で焼き鳥屋をやると決まってからというもの、苦労の連続だった。

 夏休み明けで本調子に戻っていないというのに、ほぼ残業の重労働。

 良二は別にゼミ長などではないが、色んな方面に顔が効くということもあり頼りにされていたのだが……いかんせん、投げやりな部分が多かったのは否めない。


(大変だったなぁ……肉の発注にポップの作成に……)


「りょ、リョージ? 泣くほど大変だったのかい?」


 ほぼ無意識のうちに良二は涙を流していた。彼は慌てて涙を拭い、力ない笑みを浮かべてみせる。


「いや、成功したのが嬉しくて、つい……」


「君は根っからの苦労人だな。辛かったろうに。たまには肩の力を抜きなさい。まだまだ君は子どもなのだから、困ったときは周りに助けを求めていいんだよ?」


「あ、あの、今優しい言葉かけないでください。泣けますから」


 とうとう良二は目元を押さえてくぐもった声を漏らし始めてしまう。ディシディアはそんな彼の背を優しく撫でさすった。


「可哀想に……これからは私も何かできることがあれば手伝うよ。なにせ、私たちはもう家族じゃないか」


「はい……ありがとうございます」


「ほら、もう泣きやみなさい。せっかくのお祭りだ。楽しまなくてはね」


 良二はディシディアから受け取ったハンカチを受け取り目元を拭うとズズッと鼻を啜り、目を真っ赤にしながらも何とか声を絞り出した。


「ありがとうございます。ちょっと席を外しますので、場所取っていてくれますか?」


「あぁ。気をつけていってきたまえ」


「知らない人について行っちゃダメですよ?」


「わかったわかった。帰りにお土産を頼むよ」


 などと軽口を言い合う二人。良二はふっと淡い笑みを浮かべて手を振るなり、そそくさとその場を後にしてしまう。ディシディアは彼の後姿を見送った後で、小さく俯いた。


(そういえば、私はまだ彼に何もできていないような気がするな……)


 家事は担当している。けれど、それは居候としての礼儀であって、別段彼の役に立っているわけでもない。

 思えば、こちらに来てからすでに数か月以上が経過しているが、彼に何かをプレゼントしたことがないような気もした。いつもいつも、自分は与えられる側だったのだ。


「むぅ……流石にこれはいただけないな」


 クッと唇を噛み締め、額に手を置く。

 かつて大賢者と呼ばれた自分が今やこの体たらく。友人たちや師匠がいたら何と言われていたかわからない。

 彼女はしばし唸っていたが、やがて決意を込めたまなざしを持って前方を見やる。


「……よし、決めた。今度、彼に何かサプライズを用意しよう。しかし、何がいいだろうか……?」


 まず脳内に浮かんできたのは良二の好きなものだ。彼はアメコミを特に好んでいる。以前アメコミのキャラのコスプレをした時には大いに喜んでくれたものだ。

 が、もう一回それをやってもインパクトには欠けるだろう。なら、別の何かと合わせてやった方がいいに決まっている。

 だが、何を?

 良二はいつも他人を優先してしまう。だから、いつもディシディアのやりたいことに合わせてくれていた。もちろん、自分の意思を持っていないわけではないのでどうしてもやりたい時には主張してくれたが、そういった例は極めて稀だ。

 彼のことだ。金を与えても喜ばないだろう。そういう男だ。

 なら、候補としてあげられるのは彼の好きな映画のDVDや漫画。だが、イマイチこれといったものが思い浮かばない。

 ディシディアはしばしうんうんと唸っていたが――いきなり、ピンッと長いエルフ耳が動いた。


「そうだ! レーコや珠江たちに聞けば早いじゃないか」


 彼女たちは良二ととても親しい。それこそ、自分が来る前からの付き合いだ。きっと有益な情報をもたらしてくれるだろう。


「他に知っていそうな人物は……大将。マスター……ヤスくらいか。同性の意見も聞いておきたいから、一応こちらも回っておこう」


 ディシディアはすぐさまポシェットからメモ帳を取り出し、そこに今思いついた人物たちの名前をカリカリと書き連ねる。


「よしよし、とりあえずは文化祭の祝勝祝いということにしておこうか。ふふ、彼の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ」


「浮かぶって……どうしてですか?」


「それは君の……って、リョージ! 帰ってきていたのか」


 ほぼ反射的に答えかけてしまったディシディアは咄嗟に口を塞ぐ。一方の良二はキョトンと首を傾げていたが、フルフルと首を振って手元にある紙のお椀の中を見下ろした。


「あ、そうそう。お土産買ってきましたよ。はい、はし巻です」


「はし巻……? ああ、確かに割り箸に何かが巻きつけられているね。これは何だい?」


 ディシディアは椀の中にあるクレープ生地のようなものが巻かれた箸を見やる。そこにはお好み焼きのソースと共にマヨネーズや青のり、鰹節などもトッピングされている。

 見た目も愛らしく、テイクアウトにはうってつけの品だ。良二はそれを熱心に眺めている彼女に向かって、説明を寄越す。


「はし巻って言う料理で、簡単に言うとお好み焼きを箸に巻きつけた料理ですよ。まぁ、食べた方が早いです。冷めないうちに、どうぞ」


「うん。それもそうだ。いただきます」


 小さく呟き、箸を持ち上げる。と、見た目に寄らずズシッとした重みが返ってきた。どうやら何重にも巻きつけてあって、生地の中には色々と具材が入っている。

 ソースの芳しい匂いが鼻孔を突き抜け、そこには青のりや鰹節の豊かな風味も混じっている。それによって香りに奥深さがプラスされ、意図せず喉が鳴った。

 口内には唾が溢れ、食欲も体の底から湧き上がってくる。すでに期待度はマックスだ。ディシディアは目をキラキラと輝かせながら耳をピコピコとさせている。もう我慢できないらしく、彼女は観察するのも忘れて一気にかぶりついた。


「――ッ!」


 刹那、彼女はニッと口角を歪めた。

 生地の中に入っているのはみじん切りにされた紅ショウガ。これによってキリリとした刺激が加わり、味に変化が生まれるのだ。

 千切りにされたキャベツはしなしなとしたものではなく、シャッキリとした食感を残している。いいものを使っているのか、仄かに甘い。この野菜の甘みがあるからこそ、他の具材とのバランスが保たれている。

 ここに濃厚なソースとマヨネーズが強烈な味わいをプラスし、青のりと鰹節が香りの相乗効果を織りなしている。簡単そうだが、意外にもしっかりとした造りだ。


「ほぉ……これは面白い料理だな。箸に巻いてあるから食べやすい」


「お好み焼きだと持ち運びできにくいですからね。それに、ちゃんと差別化もしてありますよ」


「お好み焼き……か。私はまだ食べたことがないな」


「あ、そっか……じゃあ、今度作りますよ」


「ありがとう。楽しみにしているよ」


 もぐもぐとはし巻を咀嚼するディシディア。彼女はそのまま食べ進めていたが、あるところに来た段階で驚きに目を見開く。


「これは……チーズか?」


 はし巻から口を離すと、びろ~んと糸が伸びた。これは間違いなくチーズのもの。はし巻に包まれてトロトロになったチーズはこれ以上ないほどの旨みを醸し出す。


「よかった……気に入ってくれたみたいで」


 ディシディアは満面の笑みを浮かべながらもぐもぐとはし巻を頬張っている。よほど夢中になっているのだろう。列が進んでいるのにも気づいていないほどだ。

 このままではひんしゅくを買ってしまうため、彼女の背を軽く押して先に進んでいく。そうして後者の入り口付近にたどり着く頃にはディシディアもはし巻を食べ終わっており、良二は空になった容器と箸を受け取って近くのゴミ箱に放る。


「は~い。次のグループ、ご案内しま~す」


 落ち武者の格好をしたスタッフがやってきて、ちょうどディシディアたちのところまでを一グループとしてくくって中へと誘導する。外からだとわからなかったが、お化け屋敷がある部屋以外もそれらしい雰囲気作りを目指しているのか壁はところどころ崩れていて、クモの巣も張っていた。


「ふむふむ……ここは素晴らしい出来だ。作り物とは思えない」


 ディシディアは感心したようにきょろきょろと辺りを見渡していたが、そこで良二が苦虫を噛み潰したような顔になっていることに気づく。さりげなく視線を向けると、彼はこれ以上ないほどバツが悪そうに額に手を置き、


「……すいません。この建物、元々すっごくボロいんです」


 と、苦々しく告げるのだった。


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