第百二十話目~当たりつき? 揚げタコ焼き~
翌朝、ディシディアと良二は文化祭へと赴いていた。今日はあらかじめ許可を取っているため、二人で一緒に来ることができたのだ。
昨日は疲れて眠ってしまっていたディシディアも一晩ぐっすり寝たら体力が回復したらしく今日はピンピンしていた。昨日の反省を活かしてか、モコモコのセーターを着て防寒対策を取っている彼女はスキップ気味に良二の先を歩いていく。
「ほら、リョージ。置いていくよ」
彼女はくるっとその場でターンしてこちらへと振り返ってきた。その反動で彼女のおさげがふわりと揺れる。彼女は相当興奮しているのか、頬が軽く上気していた。
「そんなに慌ててもお店は逃げませんよ。というか、まだまだ全然人もいませんし」
あたりに視線を巡らせながら答える。今の時刻は午前九時。だが、まだ人の入りはほとんどない。二日目は一日目よりも早めに一般開放するのだが、大半の人はお腹を空かせたお昼時にやってくる。そのことを知っていた良二は彼女に早めに出発することを提案したのだが、結果は大成功だった。
「さて、今日はどこに行こうかな……流石にステージを見続けるのはな……どうせなら、別のものを見てみたい気もするが……悩ましいな」
ディシディアはパンフレットと睨めっこをしていた。その横顔がとても愛らしくて良二はまた頬を緩めてしまうものの、彼女にはばれないようサッと口元を手で覆い隠す。
最近、彼女はよく自分をからかってくるのだ。別にそれは嫌なわけではなく、むしろ好意的なものであるのだがやはりこそばゆい。
良二は一旦咳払いをしてから、スッと身を屈めてパンフレットを覗き込んだ。
「とりあえず、行き当たりばったりで行きましょう。そっちの方が面白そうじゃないですか」
「それもそうだね。綿密に計画を練るのもいいが、気の向くままに歩くのもいい。では、行こうか」
パンフレットをポシェットに仕舞いこみながら、ディシディアがそっと手を伸ばしてくる。良二はそこで手を握り返したが、そこでふと彼女は申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「それにしても、昨日はすまなかったね。私だけ疲れて眠ってしまって。重かっただろう?」
「まさか。軽かったですよ。それに、俺だって男なんですからね? ディシディアさんくらいなら軽々と持ち上げられますよ」
グッと力こぶを作ってみせる良二がどこか可笑しくて、ディシディアはクスクスと笑いを漏らしてしまう。が、すぐに目尻を下げて、彼の手に自分の手を重ねた。
「そうだね。君は立派な男の子……いや、男だ。ただ、もう少し鍛えた方がいいかもしれないな」
やや硬さの足りない力こぶをつつかれ、良二はポリポリと頭を掻く。何でも屋のバイトをしていると力仕事をする場面は多々あるが、それでもまだ自分は細い方だ。部活をしている者たちには到底及ばない。
「まぁ、あまりムキムキになられても困るけどね。暑苦しい誰かさんを思い出してしまうから」
「それって、昔旅をしたご友人のことですか?」
「あぁ。いい奴だったよ。これ以上ないほど馬鹿でお人よしで……暑苦しかった」
少々キツイ言葉を並べているが、そこに嫌悪感は含まれていない。おそらく、そうやって悪態を突き合えるだけの仲だったのだろう。
ディシディアはしばし懐かしむように目を細めていたが、何かを思い出したかのようにふっと口角を上げ、良二の顔を見上げた。
「一応言っておくが、リョージ。君は今のままでいなさい。その方が、私は好きだ」
「はは……ありがとうございます。というか、やっぱりディシディアさんの過去って気になりますね。というか、あちらの世界の話をもっと聞きたいです」
「聞きたいのなら、いつでも話してあげるよ。ただ……正直なところ、私は大賢者になってからはほとんど祠の中に閉じ込められていたから、そこまで語れないかもしれないが、構わないかい?」
「全然いいですよ。っと、それはさておき、そろそろ着きますよ」
彼が指差す先は中庭。こちらにはすでに人が集まりつつある。おそらく、近所に住んでいる人たちが朝飯を食べに来たのだろう。
無論、ディシディアたちもその類だった。
せっかくの祭りだ。家で食べるのもいいが、どうせなら祭りでしか食べられないものを経験しておきたい。これは誰でも一度は考えることだろう。
「よし、リョージ。行きたいところがあるのだが、いいかな?」
中庭に到着するなり、ディシディアが服の袖を引っ張りながら言ってきた。良二は首を傾げながらも、とりあえず首肯する。
「ありがとう。こっちだ」
ディシディアに手を引かれるまま、良二は先へと進んでいく。と、前方に一つの屋台が見えてきた。そこでは金髪のチャラチャラとした服装をした男が声高に宣伝している。
良二は一瞬だけ頬をひくつかせたが、そんな彼をよそにディシディアは先へと進んでいく。すると、金髪の男がこちらに視線を向けてきて、パァッと顔を輝かせた。
「あ! 昨日のお嬢ちゃん! 来てくれたんだ!」
「うむ。昨日はちょっと用事があって来れなかったが、約束だからね。食べに来たよ」
「嬉しいなぁ……ありがとう! ところで、今日はお兄さんと一緒なんだ?」
良二は男に軽い会釈を寄越し、改めて二人を見やった。
ディシディアは男と親しげに話し合っており、男の方もかなりフレンドリーに接していた。彼女のコミュニケーション能力の高さに驚きつつも、良二はチラと屋台の方を見やった。
「ところで、ここでは何を売っているんです?」
「よくぞ聞いてくれました! 揚げタコ焼き! 今ならおまけしておくよ!」
「よし、じゃあ、買った!」
「毎度あり!」
ディシディアは威勢よく三百円を彼に渡す。と、男はグッとサムズアップをしてから屋台の方に飾られているポップを指さした。
「味はどうする? ちなみに俺のオススメはめんたいマヨネーズ! ほっぺが落ちるほど美味しいよ!」
「じゃあ、それを一つ頼むよ」
朝早くからだというのにものすごいテンションの高さだ。ディシディアは穏やかにそう返し、良二と顔を見合わせる。
「面白い子だろう?」
「えぇ、元気な子ですね……若いなぁ」
眼前の青年からは十代特有の若さを感じる。二十台に突入している良二からすれば、その勢いは少しばかり羨ましくもあった。
が、そこでディシディアがふんと鼻を鳴らす。
「君だってまだまだ若いじゃないか。私から見れば、二人とも子どもの域だよ」
百と九十歳のディシディアが言うと言葉の重みがまるで違う。良二は申し訳なさ気にぺこりと頭を下げ、バツが悪そうに頬を掻いた。
「はい、お待たせ!」
そんな折、再び青年がやってきて紙の箱に入れられたたこ焼きを渡してくれる。そこには揚げタコ焼きが五個入っており、その上にはピンク色のソースと薄い黄色をしたマヨネーズがかけられていた。
「揚げタコ焼きか……普通のタコ焼きとは違うのだな」
「もっちろん! それにウチのは特別製だからね!」
青年は大仰な身振り手振りを交えて告げる。どことなく道化らしさを思わせる彼に対してディシディアはそっと手を振った。
「色々とありがとう。では、堪能させてもらうよ」
「ありがとね! じゃ、デート楽しんで!」
後ろから聞こえてくる青年の大きな声を聴きながら、二人は中庭の端にあるベンチへと向かっていく。その途中で、ディシディアがいきなり腕を組んできて良二はビクッと身を震わせた。
だが、彼女はニヤニヤと笑いながら、
「ふふ、デートなら、これくらいは当然だろう?」
「ディ、ディシディアさん……」
ここでは人目がある。良二のゼミ生たちもここから遠くないところにいるし、顔見知りも屋台を出している。
見られたら、またあらぬ噂が立ってしまう――。
そんな考えが脳裏をよぎったが、チラとディシディアの顔を見てしまったのが運のつき。彼女は目を潤ませながら、悲しそうに目を伏せた。
「……私では、嫌だったかな?」
「嫌じゃないです! ただ……その……恥ずかしくて」
「君らしい答えだな。じゃあ、とりあえずはこれくらいで勘弁してあげよう」
ディシディアは良二からそっと身を離し、ベンチへと腰かける。それから、割り箸をパチンッと割って手を合わせる。
「いただきます」
まずは一番大きなたこ焼きを口に入れる。瞬間、彼女は声にならぬ声を漏らした。
外は油で揚げられているためか非常にカリッとしてるのに、中はトロッとしている。そこに濃厚なマヨネーズとめんたいソースが絡み実に強烈な味わいを醸し出す。
「普通のタコ焼きもいいが、こちらもいいな。カリッとしていて、実に香ばしい」
「俺も食べていいですか?」
「もちろん。熱いから気をつけるんだよ」
「はいはい」
子ども扱いしてくる彼女の言葉を軽く受け流しつつ、差し出されたたこ焼きを口に入れる。噛んだ瞬間カリッという快音が口の中で鳴り響き、続けてトロトロの生地と弾力のあるタコが口の中で踊った。
生地には刻んだ紅しょうがを加えているのだろう。キリッとした旨みがあり、味が引き締まっている。
「めんたいソースと言っていたか。マヨネーズとの相性もいいし、中々イケるね」
早くも二つ目を口へと放り込んだディシディアが感想を漏らす。彼女は咀嚼しながら頬に手を当てている。初めて食べる料理に感動しているのか、目はとろんとしていて夢見心地のようだった。
「ところで、さっきの呼子の人とはどこで出会ったんです?」
「ん? 昨日ちょっとね。君のところに向かう途中声をかけられたんだ」
「なるほど……いや、ずいぶん仲がよさそうでしたので、てっきり以前に会っているのかと」
「おや、妬いているのかい?」
「別に。そんなんじゃありませんよ」
これ以上追及されるのを塞ぐため、たこ焼きを口へと放り込む。ディシディアはまだ何か言いたそうだったが、彼があまりにも美味しそうに食べているのでまた食欲が湧いてきたらしい。
最後の一個をひょいっと口へ入れ――お、と目を丸くする。
「おぉ……これは当たりだ」
「? どうしたんです? 何か入ってたんですか?」
「あぁ! 凍ったタコが……」
「いや、それ単に火が通ってないだけですから!」
「何!?」
文化祭などでは割と起こる事案であるが、ディシディアにとってはこれが当たりの証だと思っていたらしい。真実を知らされた彼女は愕然として体を震わせる。
「そ、そうだったのか……知らなかった」
彼女はしょんぼりとしてお腹をさすっている。先ほどまで大喜びしていた彼女とは大違いのテンションだ。
言わぬが花、知らぬが仏……そんな言葉が良二の脳裏をよぎるのだった。