第十二話目~夏祭りのかき氷~
うだるような夏の昼下がり、ディシディアは団扇を煽ぎながらアパートのベランダに腰掛けていた。みーんみーんと元気よくセミたちが大合唱し、それが暑さを加速――させるような錯覚を得る。
森の中は常に高い木によって日光が緩和され、その上湿気は少ない方だった。その環境に慣れ切っていた彼女にとっては、高温多湿の日本の夏はまさしく地獄の釜のようにも感じられる。
「あ~……暑い。死にそうだ」
「大丈夫ですか? はい、麦茶ですよ」
いつの間にか横に来ていた良二が麦茶の入ったコップをスッと寄越してくれる。中には氷がたっぷりと入れられており、受け取るとカランと小気味よい音を立てる。
ディシディアはごくごくと喉を鳴らしながら麦茶を煽り、盛大に息を吐いた。
「……ふぅ。生き返るようだ。この国は少しばかり暑すぎやしないかい?」
「それには同意です。しかも湿気が多いのでムシムシしますよね」
「あぁ。正直、すぐに風呂に入りたい気分だよ」
ディシディアの着ているキャミソールは彼女の汗でピットリと体に張り付いている。団扇で風を送っているものの、すぐには気化しないのでどうしてもべたつく感じが出てしまう。
しかし問題は、彼女の服がうっすらと透けていることにある。体は子ども体型ではあるように思えるが彼女自身は立派な成人である。服を持ち上げ団扇で風を送っているのを見て、良二は思わず顔を背けた。そのままだと、色々と大事なものまで見えてしまいそうな気がしたからだ。
が、当の彼女は暑さからか思考能力が上手く働いていないらしい。ぐったりとベランダの桟に体を預けながら、悩ましげに唸った。
「暑い……蒸し焼きは好きだが、自分がなるのは嫌だな……」
「大丈夫ですか? とりあえず、水分補給はちゃんとしておきましょうね」
良二はすぐさま立ち上がってコップに麦茶を注いでくれる。その甲斐甲斐しさに内心感謝しながら、ディシディアはまたしても麦茶をグイッと飲み干した。
プハッと気持ちよさそうにコップから口を離した彼女は、顔に張り付いた髪を払いつつ良二の方に体ごと向きなおる。彼女の顔が不敵に歪んでいるのを見て、良二は思わずグッと体を強張らせた。
「何なら、一緒に水風呂でもどうだい?」
「遠慮しておきます。一応言っておきますけど、俺は男でディシディアさんは女性なんですから……」
顔を真っ赤にして呟く良二。そんな彼を見て、ディシディアは小さく笑いをこぼした。
「別にいいじゃないか。この幼子のような身体に興奮するわけじゃあるまいし」
「いや、前にも言いましたけど、こっちには色んな人がいるんですよ。だから、そう簡単に思わせぶりなことを言うのは……」
「ひょっとして、君はそういう類の性癖を持っているのかい?」
「違いますよ!?」
と、大声で突っ込みを入れたところで、良二はへなへなとその場にへたり込んで頭を抱えた。
「暑いんですから、叫ばせないでくださいよ……」
「すまない。にしても、どうして今日に限ってエアコンが壊れているんだい?」
ディシディアはジト目で部屋の隅に備え付けられているエアコンを見やった。
この間中華街から返ってきた後故障が発覚し、今に至る。正直、最悪と言ってもいいタイミングだった。
何せ、今日は快晴。雲一つない青空だ。その上、湿度が高い。密閉されたアパートの一室はサウナのようなもので、二人は寝苦しさのせいで早く目覚めてしまったほどだ。
ディシディアは畳の上に大の字になって、天井を見上げた。気のせいか、天井が動いているようにも見える。おそらく暑さのせいだろう。ディシディアはそう自己完結して、目を閉じた。
――と、その時だ。どこからか、軽快な音楽が聞こえてきたのは。リズミカルな打楽器の音と、トリルを効かせた管楽器――おそらくは横笛か何かの類型だと思わしき音色が響いてくる。
人よりも優れた聴覚を持つ彼女の耳はそれを敏感に察知する。ディシディアは気だるそうにしながらも立ち上がり、きょろきょろとベランダから辺りを見渡した。
すると、なにやら人がある場所へと向かっているのが見える。だが、ここからでは遠すぎてよく見えない。
ディシディアは宙に指を走らせ、ポツリと呟く。
「《距離という概念を打ち消せ、大地の神々よ。汝らの慧眼は全てを見通すものなり》」
直後、彼女の瞳が緑から紅色へと変色した。それと同時、彼女の視力がグンッと上がる。
今使ったのは《視力強化》の魔法である。千里眼とは違い、自分の目を増強するものなので視界にあるものしか捉えられないが、千里眼よりもより正確に位置と状況を理解することができるのが利点だ。
強化された視界を通して見えてくるのは人々の行列と、中華街で見たような出店だった。さらには提灯が飾られ、街をこれまた幻想的に彩っている。やぐらの頂上では複数人が立っていて、音楽を奏でていた。さらにその下では、楽しそうに踊っている者たちの姿が見える。
「なぁ、リョージ。彼らは一体何をやっているんだい?」
「何って……どこのことをいっているんですか?」
良二は顔をしかめながら、グイッと体を傾ける。そこでようやく彼は魔法が使えないことを思い出したのか、ディシディアはポンッと手を打ちあわせた。
「そうだった。リョージ。ちょっとしゃがんでくれ」
「? はい」
言われるがままそっとしゃがみ込むと、ディシディアがそっと額をくっつけてきた。
良二は彼女の理知的な顔が近づいてきたのについドキリとしてしまったが、狼狽える間もなく、彼の脳裏にある映像が浮かぶ。それは、先ほどディシディアが見たものだ。
《記憶共有》――断片的なものしか伝えられないが、それでも十分だったようだ。
良二は「あぁ」と頷き、額を離した。
「ちょうど夏祭りをやっているみたいです。よかったら……はい。わかりました」
「察しがよくて助かるよ」
とは言うものの、これまでのパターンから言って、彼女が興味を持ったことに首を突っ込まなかったためしはない。良二は苦笑しながら出発の準備にかかる。
一方でディシディアも新しい服に着替え始めた。今日は淡いピンク色のシャツと、フリルで飾られたスカートだ。彼女はアルテラにない種類の服が特に好きらしい。特にこのように造形に凝ったものが大好きなようだ。彼女は鼻歌まじりに袖に腕を通していく。
一方で良二も英字が書かれたシャツとハーフパンツを合わせる。今日も至ってラフな格好だ。彼はそもそもこういったスタイルが好きらしい。
やがて着替え終えた二人は足早に玄関へと向かって家を出た。とは言え、彼らからのアパートからは見えないほど祭りの会場は離れているのだ。歩けば、相当な距離になる。
夕暮れ時になって日差しは多少緩和されたとはいえ、まだまだ苦しいことに変わりはない。ディシディアはちょいちょいと良二の服の裾を引っ張り、右の脇に移動させた。
「なぁ、リョージ。一つ提案があるんだが……あちらまで、魔法で飛んでいった方がよくないか?」
「……正直、賛成したい気持ちで山々ですけど、ばれたらまずいんじゃないですか?」
しかし、ディシディアはチッチッチッとメトロノームのように指を振って否定した。
「大丈夫。ばれる心配はないさ。なぜなら……人気のないところに転移するからさ」
言いつつ、ディシディアは無理矢理彼の体を引っ張って路地裏へと引きずり込んだ。そうして、人の気配がないことを確認してからスッと右手を掲げた。
刹那、そこに淡い黄色の光が宿る。温かくて、優しい光だ。
ディシディアはそっと良二の右手を掴み、ギュッと握った。
「《地の精霊よ。風の精霊よ。我らを彼方へと運びたまえ。汝らの権能は我らの力とならん》」
詠唱を終えた直後、眩い光が辺りを包みこむ。良二はあまりの眩しさゆえ咄嗟に目を庇う――そうして、光が止んだころに目を開けるとそこは……今までいた路地裏とは違う、また別の路地裏だった。
ここが祭りの会場近くだと気付いたのは、祭囃子と人々の喧騒が聞こえてきたからだ。彼はハッと辺りを見渡して、自分の腰元辺りで微笑んでいるディシディアを見やる。やや得意げにしている彼女を見て、良二は「降参だ」と言わんばかりに両手を上げた。
「流石、ディシディアさんですね」
「ふふ、大賢者とは名ばかりじゃないよ? まぁ、こんなことで威張っていては大賢者と疑われるかもしれないけど」
そう彼女は言うが、ずぶの素人である良二にも彼女の優秀さが理解できた。
先ほど手を握られた時、力の奔流が流れ込んでくるような感じがしたのだ。おそらく、あれが『魔力』と呼ばれるものだろう、と良二は思う。
力強く、今まで感じたことがないものだった。今もその余韻が流れる手を見つめつつも、良二はすぐに彼女の後を追う。路地裏を出ると、もう祭りの入り口が見えてきた。すでに人で賑わっており、活気に満ちている。
地元の祭りなので、そこまで規模も大きくはない。出店の数も、人の数も平均以下だ。
けれど、ここにいる人たちは誰もが楽しそうに笑っている。規模など問題ではない。楽しめるか、楽しめないか。祭りとは、そういうものだ。
言わずもがな、ディシディアたちはこの祭りを楽しめるだけの要素を兼ね備えている。その証拠に、ディシディアは目を丸くしてこの状況を眺めており、すぐにでも遊んでみたいようだった。
が、そこでぐ~っという聞き覚えのある何かが唸りを上げる。その発信源であるディシディアはわずかに頬を染めながら腹部を押さえた。
「すまない。何か食べてもいいかな? できれば……冷たくてさっぱりしたものがいい」
「それなら、いいものがありますよ。こっちです」
そう言って彼が連れていったのは――かき氷屋だった。額にバンダナを巻いたガタイのいい店主が一人で切り盛りしている。一つ三百円――まぁ、妥当な方だろう。カップも大きい方だし、シロップもかけ放題。これ以上を望んでは罰が当たるというものだ。
ディシディアは店頭に並ぶ色とりどりのシロップを見やって感嘆の声を漏らす。見慣れぬ機械からは白い何かが勢いよく飛び出してきている。カップに山盛りにされたそれを受け取った子どもたちはキャッキャッとはしゃぎながらシロップをかけていた。
ディシディアは前の子どもたちが捌けたのを見計らって、店主の方へと歩み寄る。
「すまない。一つ頼む」
「あいよ! 三百円ね!」
ディシディアは首元に掲げていたがまぐちの財布から三百円を取り出す。このがまぐちの財布というのは実はダミーであり、中は例の不思議空間となっていて彼女の全財産が詰まっているのだ。
「はい、お待ち!」
数秒もせずに渡されたのは、カップに山盛りにされた白いふわふわの何かだ。指でつついてみると、とても冷たい。彼女はすぐにそれが氷を削ったものだと気付いたようだ。
「……なるほど。こうやってかければいいのかい?」
おそるおそる、赤色のシロップをかける。すると、純白の氷が徐々に染まっていく。
十分シロップをかけた後で、ディシディアは屋台から少し外れた人通りの少ない場所へと向かった。シャッターが閉められた店の前で立ち止まった彼女はふと良二の顔を見上げる。
彼はニコニコと笑いながら、カップを指さした。
「さぁ、溶けないうちに食べてください」
「あぁ。では、いただきます」
彼女は先がスプーン状になったストローを掴み、そっと氷を持ち上げ口に入れた。
たちまち、口内を冷気が満たしていく。
甘く、ふわりとした舌触りだ。淡雪のように舌の上で溶けていくかき氷は、食べていくうちに体の内から涼を届けてくれる。この季節にピッタリの食べ物だ。
「あぁ、体の中からひんやりとしていくよ……ところで、リョージはいいのかい?」
「え? あっ!?」
その言葉に、彼はハッとして口元を押さえた。どうやら、素で忘れていたらしい。
ディシディアは嘆息しながら、スプーンで氷を掬い彼の方に差し出してみせる。良二はやや戸惑いを見せたが、彼女は慈愛に満ちたまなざしを向ける。
「ほら、食べたまえ。美味しいものは分け合った方がもっと美味しいからね」
「……それもそうですね。じゃあ、いただきます」
良二はカプッとスプーンにかぶりつき、幸せそうに顔をにやけさせた。
ディシディアはまるで親鳥のように彼へかき氷を食べさせてやりつつ、ふっと頬を緩めた。彼女から見れば、彼はまだまだ子どもだ。普段は対等に接しているとはいえ、この時ばかりは母性本能が働いたのか、妙に甲斐甲斐しく食べさせてやる自分がいることに苦笑しながらも、ディシディアはその作業を続けた。
が、良二は数口食べると静かに立ち上がり、満足げに微笑んだ。
「ご馳走様です。お礼と言っては何ですが、オススメの屋台グルメを買ってきますよ」
「本当かい? ふふ、そう気を遣わなくてもいいんだよ?」
しかし、良二はフルフルと首を振った。
「いや、ちょうど俺も食べたいと思っていたんで。でも……」
と、彼は屋台が密集している場所を見やる。そこは特に人が集まっており、ディシディアには酷だろう。それに、今はかき氷を持っている。落としでもしたら大変だ。
良二はしばし考え込んでいるようだったが……やがて静かにそちらへと踵を返した。
「ちょっと買いに行ってくるので、待っていてください。知らない人についていったらダメですよ?」
「わかっているよ。そう心配するな。私は君よりも大人なんだから」
またしても同じようなことを言う彼女に手を振り、良二は足早に人混みの中へと消えていく。一方で、残されたディシディアはかき氷に舌鼓を打っていた。
この世界の料理の面白いところは、一見簡素に見える料理でも十分な工夫が凝らされていることだ。宮廷料理のように手が込んでいるわけではない。しかし、そこには確かに人を引き付ける『何か』がある。これはあちらの世界では稀有なことだった。
アルテラにも美味い料理というのは存在した。だが、それは当然手が込んでいるものに限っての話だ。簡素な料理――それこそディシディアが森で食べていたようなものは、ハッキリ言ってマズイ。マズすぎるくらいだ。
おそらく、同じ材料を使って食事を作れと言われたら、間違いなくこちらの料理人の方が素晴らしいものを作るだろう。あちらでは食事というのは娯楽的側面がそこまで強くなく、あくまで生存のため、健康のためという意味合いが強かった。
良薬口に苦し、という言葉が示す通り、健康にいいもののほとんどはあまり美味しいとは言えない。だが、こちらの料理人たちはそれらを少しでもおいしく食べられるように工夫する。あちらには、それがないのだ。
かろうじて宮廷料理や縁日で出るような料理は娯楽的な意味合いが強かったが、それでもこちらの料理には到底及ばない。調理法も、食材の下ごしらえの仕方も、大半はこちらの圧勝だろう。
ディシディアはカップの下に溜まったシロップをストローで啜る。キンキンに冷えたシロップは非常に飲みやすい。おそらくそのまま飲めば甘すぎて吐き出してしまうだろうが、氷が融けているおかげでいい塩梅に仕上がっている。
ディシディアは最後の一滴まで満喫したのち、そっと唇をストローから離して辺りを見渡した。だが、まだ良二はこない。
おそらくまだまだかかるだろう。そう思った時だった。
どこかで、ワッと歓声が上がったのは。
「……何だ?」
聞こえてきたのは、屋台があるのとは逆の方向だ。それもかなり遠いところで歓声が上がっている。どうにも好奇心をくすぐられたらしきディシディアがそちらへと歩み寄っていくと、複数の男たちが踊っているのが見えた。
ディシディアは小さい体をさらに深く沈みこませ、人ごみを抜けて最前列まで歩み出る。すると、ちょうど目の前に来ていた男がクルリとバク宙を決めた。
刹那、再び歓声が上がる。それを受けてさらにボルテージを上げたらしき男はカポエイラのような動きで縦横無尽に地を這ったかと思うと、今度は縦の動きを取り入れ始める。瞬きすれば、決定的瞬間を見過ごしてしまいそうな、そんな緊張感が辺りを支配する。
若い男は口の端に笑みを浮かべながらまたしてもバク宙を決めた。しかも、今度は連続でだ。これにはディシディアも驚いたようで、盛大な拍手を送る。アルテラにも、これほどの軽業師は数えるほどしかいなかった。
「ラスト!」
踊っている男とは別の男が声を張り上げた。直後、中央で踊っていた男の動きがさらに加速する。片腕を支点にして体をコマのように回したり、はたまた逆立ちをしたかと思うとその体勢のまま腕の筋力だけを使って跳躍をしたりと、次々とトリックを繰り出していく。
そうして、最後は得意のバク宙にひねりを入れた形で――幕を閉じた。割れんばかりの拍手を受けながら、男はぺこりと頭を下げる。その時、彼が着ているシャツに見慣れぬロゴが描かれているのを見た。しかも、他の男たちのシャツにも同じようなものがある。
それが彼らのロゴなのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
やがて男たちはその場を捌けていき、次第に他の観客たちも去り始める。それに倣って、ディシディアも戻ろうと――して、ひくひくと頬を動かす。
なぜならば……先ほどまでいた場所を、すっかり忘れてしまっていたのだ。
いつの間にか屋台のある場所からかなり離れた場所まで来てしまっていた。しかも人はますます増えてきていて、人に慣れていない彼女は頭を殴られたような錯覚を得る。
もしやこのまま戻れないのでは……?
「ねぇ、君。大丈夫かい?」
ふと、後方から話しかけられてディシディアはビクッと飛び上がった。そうしておそるおそる後ろを見やって――ほっと胸を撫で下ろす。
そこにいたのは、先ほどまで踊っていた男だった。額に鉢巻を巻いており、首からはチョーカーをぶら下げている。良二よりも二、三歳ほど年上だろうと思わしき彼はしゃがみこんで優しく微笑んできた。
「さっき、俺たちのダンスを見てくれた子だよね? お父さん、お母さんとはぐれちゃった?」
「馬鹿、アツシ。よく見ろよ。その子外国人だぞ? 日本語わかるかよ」
ツッコミを入れるのは、彼の仲間と思われる長身の男性だ。その横にいる中性的な少年はややぼんやりとした目で虚空を見つめていた。
アツシと呼ばれた青年は今さらながらディシディアが日本人とは違う容姿をしていることに気が付いたようで、戸惑ったように目を泳がせた。
「え、えっと……ア、アイムジャパ……」
「いや、日本語で結構だよ」
その言葉に、アツシと呼ばれた青年と先ほどツッコミを入れた青年が同時にずっこける。中性的な少年は驚いたように口をポカンと開けていた。
「ま、マジか。俺アホ丸出しじゃん。ま、いいや。迷子かな? 俺たちでよかったら手を貸すけど、大丈夫?」
言われて、ディシディアは顎に手を置いた。見たところ、この男たちからは善意しか感じられない。数百年を生き、各地を巡ってきた勘が告げていた。彼らは安全だ、と。
その直感に従うことにしたのか、彼女はコクリと頷く。
「あぁ、頼む。ちょっと友人とはぐれてしまってね。できれば、助けてもらえるとありがたい」
「りょーかい。ジンさん。迷子センターってどっちだっけ?」
「あっちだ。本部兼迷子センターだから、そこに行けば安全だろうよ」
彼が指差すのは、会場の出入り口付近にあるテントだ。それを受け、アツシはふっと微笑む。
「わかった。じゃあ、おいで。えっと……」
「ディシディアだ」
「そっか。ディシディアちゃんか。俺は中島敦。アツシって呼んで。ってなわけで、ジンさん。俺ちょっとこの子送ってくるから」
「おう。コータ。俺たちは買い出しに行くぞ」
ジンと呼ばれた長身の男性とコータと呼ばれた中性的な少年はどこかへと去っていく。彼らを見送った後で、ディシディアはアツシと共に迷子センターへと向かっていった。