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第百十五話目~ペルシャ料理! クスクスと羊のハーブ煮込み!~

 さて、ガドガドを食べてすっかり調子を取り戻したらしき二人はまた散策に移っていた。お祭りだからか、来ている子どもたちは楽しげに走り回っている。ディシディアは何度かぶつかりそうになっていたが、その度に良二が咄嗟に抱き寄せてくれる。

 次第に二人は密着する形になっていき、ディシディアは彼の腰に手を回した状態で先へと進んでいった。少々窮屈だが、悪い気はしない。彼の温かさは心地よく、とても安心感があるものだからだ。

 一方の良二はわずかに頬を上気させている。一応、ディシディアは子どものような体型だが成人している。ここまで密着されると女性らしい柔らかさや甘い匂いが漂ってきて、精神衛生上よろしくない。

 けれど、当のディシディアはそんなことなど知ったことか、と言わんばかりに密着してくる。良二は頭を掻きながら、思考をどこかへと追いやるべく周囲の店を見回した。

 ちょうどピークを過ぎたのか、行列はそこまでない。これならば、どこの店でもあっという間に買えるだろう。

 ただ、問題は何を買うかである。ざっと見ただけでも十以上の屋台があり、それぞれ違った品を提供している。値段はどれも似たようなものだが、質は違うだろう。これが実に悩ましい。


「次は何を食べようかな?」


 ディシディアはガドガドを食べて上機嫌になっているのか、のんびりとした口調で呟く。けれど、目だけは異様な輝きを保ったままだ。

 食欲が減退するどころか、増進されている。ここら辺は流石としか言いようがないだろう。


「でも、決めるのって案外難しいですよね……」


「ふふ、リョージ。君もまだまだだね。ある必勝法があるんだよ」


 ディシディアは挑戦気味に言い放つ。その様子からすると、相当の自信があるようだ。良二はそれならば、と彼女の言葉を待つ。

 ディシディアはわざとらしく溜めを作り、ピッと人差し指を立ててドヤ顔で続ける。


「こういう時はね……行列ができている店を狙えばいいんだよ」


「おぉ……って、それ、案外普通じゃないですか?」


「何!?」


 ディシディアはギョッと目を見開く。まさかそう言われると思っていなかったのだろう。彼女はガクガクと震えてガックリとうなだれる。


「そうか……ま、まぁ、いい」


 フンッと鼻を鳴らし、そっぽを向くディシディア。へそを曲げたわけではないだろうが、その可愛らしい仕草に良二はまた頬を綻ばしてしまう。

 普段は大人びているくせに、たまに子どものような面も見せてくれる。これも彼女の魅力の一つだろう。

 などと良二が考え込んでいると、ディシディアがハッとして自分の服の裾を引っ張ってきた。


「あ、リョージ。あれはどうだろうか?」


 彼女が指さしているのは――ペルシャ料理のお店だ。店頭には色黒の男性が立っており、料理を盛り付けている。中々に繁盛しているようであり、これまた行列ができていた。

 先ほどの彼女が言っていた法則とも見事に合致する。それに、良二もペルシャのことはあまりよく知らない。料理も見慣れぬものばかりであり、むしろ行かない理由が見つからないほどだ。

 ディシディアはごくりと喉を鳴らす良二を見て、勝ち誇ったように薄い胸を反らす。


「よし、では決まりだな」


 やや足を速め、最後尾に並ぶ二人。ここも相当回転率が速い。店にいるのは店主とその妻と思われる女性、そして彼らの子どもと思わしき人物だけだ。しかし、このイベントは初めてではないのだろう。見事に役割分担がなされており、待たされる時間は極端に少ない。

 数分もせずに最前列へと到着した二人は改めてメニューを見て、店主の方へと向き直った。


「えっと……クスクスと羊のハーブ煮込みを一つ」


「はい! 毎度!」


 店主は威勢よく応え、紙の皿の上に何やら粒状の黄色い何かを盛り付け、その上に羊の煮込みと思わしきものをかけた。香辛料のスパイシーな香りはガドガドでテンションの上がった胃に突き刺さり、また腹の虫を騒がせる。

 店主は腹を押さえるディシディアに温かな笑みを向けながら、そっとクスクスを差し出した。


「さぁ、どうぞ」


「ありがとう。ところで、一つ質問があるのだが、クスクスとはどういうものなんだい?」


「クスクス? 簡単に言うとパスタの一種だよ!」


「パスタの一種?」


 言われて、ディシディアは皿を覗き込む。煮込みの下にある小さな黄色い粒はとてもじゃないが細くて長いパスタとは似ても似つかない。

 ディシディアはその珍妙な見た目に首を傾げたが、そこで良二がトントンと肩を叩いてくる。


「ほら、ディシディアさん。後ろ、つかえてますから」


「ッ! っと、しまった。では、失礼した」


 店主に一礼し、ひとまずはその場を去る。そうして、池のほとりまでやってきたところで、ディシディアは今一度クスクスに目を落とした。

 スプーンで持ち上げてみると、結構ぽろぽろとしているのがわかる。非常に粒が細やかで、砂粒と同じかそれ以下の大きさだ。もし落としてしまえば、拾い上げることは相当困難だろう。

 羊のハーブ煮込みはどうかと言うとコロコロとしたクスクスとは対照的にとろみがあり、よくクスクスに絡むようになっている。事実、すでに一部のクスクスは煮込みの汁をたっぷりと吸っているようだった。

 中に入っているのはおそらくラム肉をひき肉にしたと思わしきものとみじん切りのたまねぎとキャベツだ。よく煮込まれているらしく、トロットロになっている。それが日の光を浴びて煌く様はある種幻想的だった。

 その蠱惑的な光景に、二人はまたしても生唾を飲みこむ。煮込みには香辛料がふんだんに使われているのか、スプーンで撹拌するたびにすさまじいほどの香りを放つのだ。それは人間の本能を刺激するような、力強いものである。

 先ほどのガドガドを挟んだおかげで、ちょうど舌は味が濃いものを欲している。ディシディアはそっと手を合わせ、


「いただきます」


 一礼するなり、スプーンを使ってクスクスと羊の煮込みを掬う。パッと見た感じは、カレーのようにも思える。クスクスがご飯代わりで、煮込みがルーだ。


(案外、ルーツは似ているのかもしれないな)


 良二はそう考察する。香辛料がたっぷりと使われている点も酷似しているし、完全にお門違いというわけでもないだろう。

 対するディシディアはというと、それらをまじまじと眺め、それから口へと放り込んだ。

 刹那、これまでに感じたことがない食感が舌を占領する。

 コロコロプチプチとしたクスクスが舌の上で踊り、そこにとろりとした煮込みが絡みつく。その煮込みに使われているラム肉は臭みがなく、小さいのに肉の旨みを口の中で炸裂させる。

 玉ねぎやキャベツを入れているのも秀逸だ。これによって味がよりまろやかになり、クスクスに絡めた時のインパクトが数段上がる。


「クスクスか。これはちょっと変わっているな」


 一見すると魚卵のように思えるのに、食感はまるで違う。

 歯を入れるとふにゅっと潰れ、口の中で溶けていくのだ。その感覚に、ディシディアはブルリと身震いする。

 が、すぐに正気に戻り、また先ほどと同じように掬って良二の方へスプーンを突き出した。


「ほら、冷めないうちに食べたまえ。美味しいよ?」


「えぇ。食べたいんですが……その、恥ずかしくないですか?」


 良二はチラチラと周囲を見ながら囁いた。確かにここでは人目がある。こんな中で食べさせてもらうのは、流石に恥ずかしいだろう。

 けれど、ディシディアはフルフルと首を振り、ズイッとスプーンを突き出してくる。


「別に誰も気にしないさ。ほら、あ~んしなさい。腕が疲れてきた」


 潤んだ瞳で見つめられては、断れない。彼女はこうすれば彼が自分の言うことを聞いてくれるのを知っているのだ。


(本当、敵わないなぁ……)


 苦笑しながら、まんざらでもなさそうに頬を掻く良二。彼は覚悟を決めたようにはぁっと息を吐き、中腰になって「あ~ん」と口を開けた。


「ほら、あ~ん」


 ディシディアはゆっくりと彼の口の中へとスプーンを入れてやり、良二は静かに口を閉じて料理を頬張る。


「どうだい? 美味しいだろう?」


「……はい。これ、かなり好きです」


 良二はもごもごと口を動かしながら、そう答える。

 クスクスは少々独特な食感で好き嫌いが分かれるものだが、良二たちは気に入ったようだ。

 炭水化物ととろみのあるものは基本的に合うのかもしれない。カレーライス然り、あんかけソバ然り。単独で食べただけでは絶対に味わえぬ味のコンビネーションに、二人の顔も自然と綻ぶ。

 二人はそれからも食べ進めていくが、最後の一口が残ったところでディシディアがピタリとその手を止めた。


「どうしたんです?」


 思わず、良二が問う。一度スイッチが入った彼女は何があっても食べるまで手を休めないはずだ。いつもは見せない行動に、疑念が募る。

 もしや、実は気に入らなかったのだろうか……?

 一瞬不穏な考えがよぎるが、それはディシディアの言葉によって吹き飛ばされる。


「いや、ちょっとね。最後の一口はリョージ。君にあげようと思って」


「え!? い、いいんですか!?」


「もちろん。だって、君はこれが気に入ったんだろう?」


 良二はグッと言葉に詰まる。確かに、今日まで食べた品でこれは一番の出来だった。


「別に気を遣わなくてもいい。より好きな人に食べてもらった方が、この料理も喜ぶさ」


 もう彼に食べさせることは決定事項のようだ。ディシディアは慈母のような眼差しを讃えたまま、スプーンを使って器用に最後の一粒まで掬い取り、慎重な手つきで良二の方に差し出してきた。


「さぁ、召し上がれ。最後の一口、食べたいだろう?」


「……いいんですか?」


「当然さ。ほら、遠慮しないで、がぶっといきなさい」


「……ありがとうございます、ディシディアさん。それじゃ、いただきます」


 良二はまた中腰になり、スプーンにかぶりつき、改めてディシディアの方を見て息を呑む。その時の彼女の顔はこれまでにないほど慈愛に満ちたものであり、あまりに美しいものだった。

 彼は放心状態で彼女の顔を見つめていた――が、


「ッ! ガホッ!? ゴッ! ゲホッ!?」


 急に思いきり咳き込み始める。今しがた頬張ったばかりのクスクスが気道に入ってしまったのだ。


「りょ、リョージ!? だ、大丈夫かい!?」


「だ、だいじょ……ゴフッ!」


 強がっているものの、やはり苦しいのか膝に手を置いてゲホゲホとむせる良二。ディシディアはあたふたとしながらも苦しげに上下する彼の背中を優しくさすってあげるのだった。


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