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第百十三話目~世にも奇妙なトルコアイス!~

 さて、ミラネササンドを平らげた後、二人は草加市文化会館の中を散策していた。この中には草加にゆかりのあるものが多数そろえられており、代表的なものとしては煎餅や蚕の繭玉を象ったお菓子などがあげられる。

 また、煎餅を焼く人を象った人形や色鮮やかな織物などがショーケースに並べられ、十分見どころがある。正直、暇つぶしに寄ったのだが、予想以上だった。


「何と……実に見事な造りだな」


 ディシディアは人形の精巧さに目を奪われている。確かに遠目から見たらほぼ人間であるし、身に纏っている服の再現度も相当のものだ。彼女が驚くのも無理はないだろう。

 一方の良二は辺りをきょろきょろと見渡し、静かにため息をついた。

 おそらく、近くで祭りをやっているからだろう。こちらにも人が流れてきており、館内は喧騒に満たされている。正直、休めそうな場所はなかった。

 けれど、彼よりずっと年上であるはずのディシディアはピンピンして辺りを見回っている。おそらく、興奮して疲れを忘れているのだろう。それをわずかに羨ましく思いながら、良二は彼女の手を取った。


「じゃあ、そろそろ別の場所に移動しましょうか」


「あぁ。ここも随分見たし、構わないよ」


 ディシディアは良二の手を引いて先へと進んでいく。途中何度かぶつかりそうになったがぎりぎりで回避し、やっとのことで通路へと躍り出る。と、前方の方に何やらホールの様なものがあるのが目に映った。

 どうやらそこでは生け花などの展示を行っているらしい。無論、それをディシディアが見過ごすはずはなかった。


「なぁ、リョージ。行ってみないかい?」


「いいですよ。せっかくですし、見ないと損ですから」


 それは本心からの言葉だった。ディシディアと行動するようになって以来、彼も色々なものを経験することにある種の快感を見出していたのだ。

 それに何より、ディシディアの喜んだ顔が見れるかもしれない――その可能性があるだけで、行ってみるには十分すぎる要素だった。

 一方の彼女は彼がそんなことを思っているなど露知らず、ニッと口元を吊り上げてそちらへと向かっていく。すると、受付にいた老婦人がパンフレットを手渡してきた。


「どれどれ……?」


 それを覗き込みながら、展示品を眺めていくディシディア。ここに飾られているのは生け花、俳句、書、写真に短歌――そのどれもこれも、彼女の世界のものとはまるで違うものだ。

 静かにたたずみつつも激しさを表現している生け花。

 情緒を感じさせる見事な俳句。

 書き手の魂が込められた書。

 一瞬しかないシャッターチャンスを見事に捉えきった写真。

 どことなく雅で風流な雰囲気を醸し出す短歌――そのすべてに、ディシディアは感動しているようだった。


「おぉ……やはりすごいな、こちらの世界の文化は」


「あっちではどうだったんです? こういうものはなかったんですか?」


「あぁ。まぁ、生け花に似たものはあったが、これとは本質的に違う。それに、写真などはもってのほかだからね」


 彼女の故郷『アルテラ』は科学ではなく魔法が発展した世界だ。当然ながら、カメラなどがあるはずもない。投影魔法や映写魔法はあれど、写真とは別物だった。

 生まれた世界は違えど、芸術というのは心に刺さる。彼女は気に入ったらしく、ゆっくりと目を展示物に走らせる。その時、またしても口元が不敵に歪んでいるのを良二は見逃さなかった。


(……やっぱり、ディシディアさんはすごいな……)


 内心そんなことを思いながら、良二も展示品に目を走らせる。あまり芸術に詳しい方ではないが、この品々がどれだけの熱意と時間をかけて作られたものであるかはわかる。

 触れずとも、その作品に込められた思いがダイレクトに心へと響いてくるようだった。


「……よし、では、そろそろ行こうか」


 何度か見て回り、満足したらしきディシディアは出口へと足を向け、良二もその後を追う。が、何を思ったか彼女は一旦出口付近で立ち止まって作品たちの方に向きなおり、一礼。それから満足げに鼻を鳴らしてその場を後にした。

 良二は目をパチクリさせながらもその横に並び、問う。


「あの、今のは何ですか?」


「? あぁ、あれか。いや、あれは一種の癖みたいなものだよ。私に師匠がいるのは話したよね?」


「えぇ。とても優しいお師匠さんだったんですよね?」


「その通り。で、私はよく彼のいたオルカ――寺院の蔵にある芸術品などを見せてもらっていたんだが、いつもああやって礼をして感謝を表していたんだ。まさか、今でもその癖が残っているとは思わなかったけどね」


 ペロッと可愛らしく舌を出してみせるディシディア。彼女は過去の思い出を想起しているのか、少しだけ上機嫌のようにも見える。

 彼女にとって、過去の思い出は何よりも大事なものなのだ。特に、師匠や友人たちのものに関しては。

 良二もその点は重々承知している。しかし、同時に物寂しさを覚えてもいた。

 彼女と出会ってまだ数か月。もうずいぶんとコミュニケーションも取れるようになってきたが、彼女にとって自分はまだ長い人生での一ピースに過ぎない。

 そして自分は、彼女が歩んできた人生のごく一部しか知らない。そう考えると、少しだけ虚しさを覚えてしまう。

 けれど、そんな彼の心情を見透かしたかのように、ディシディアが良二の鼻の頭をちょいと指先でつつき、穏やかな笑みを向けた。


「そう悲しそうな顔をするな。過去の思い出も大事だが、それと同じくらい君との思い出も貴重だと思っているんだよ」


「えっ!?」


 不意打ち気味に感謝を述べられ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ディシディアはそんな彼をからかうようにクスクスと笑っていたが、ややあってポシェットの中から一枚の紙を取り出した。


「そうだ。今日はこちらの祭にも行ってみたいのだが……」


「これ、ですか?」


 どうやら、こことは別の場所でも祭りが行われていたらしい。

 その名は『あだち国際祭り』――コンセプトとしてはこちらと似たベクトルのようだが、より異国料理に特化させたものらしい。確かに、これは面白そうだ。良二はすぐに首肯する。


「いいですよ。ただ、一つだけお願いがあるんですが……」


「なんだい? 言ってみたまえ」


「最後に、トルコアイスを食べていってもいいですか?」


「トルコアイス? 別に構わないが……どのようなものだい?」


「行けばわかりますよ」


 それだけ言って、良二はそそくさと会場の端にあるテントへと足を向けた。ディシディアは未だ首を傾げながらも、目的地と思わしきテントを注視する。

 そこには中東風の男性が長い金属製の棒を持って立っており、熱心に呼びかけをしていた。見た感じはそこまで変わったものには思えない。


(トルコアイス……普通のアイスクリームと何が違うのだろうか?)


 味? 見た目? それとも香り?

 想像だけが膨らんでいき、答えは見つからない。だが、だからこそ面白い。

 期待が膨らんでいくのを感じながら、ディシディアは良二の顔を見上げた。


「して、トルコアイスとやらは美味しいのかい?」


「もちろん。ただ、絶対驚くことは請け負いですよ」


 自信たっぷりな良二の言葉。もう迷うことはない。彼女はスッと居住まいを正し、屋台の前に来るや否や、ポケットから食券を取り出した。


「すまない。トルコアイスを二つ」


「はい。六百円ね」


「む……?」


 ディシディアは手元の食券を見やる。今残っているのは――二百円分の食券。これでは、一個も買うことができない。


「す、すいません! 今新しい食券を買ってきます!」


 良二は咄嗟にその場を駆けだし、食券売場へと直行。その間、ディシディアと店主の間では微妙な空気が流れていた。

 が、それを破ってくれたのは幸運にも店主の方だった。

 彫りの深い顔立ちをしたイケメン風の店主はニコリと爽やかな笑みを浮かべながら、穏やかな口調で語りかけてくる。


「お嬢ちゃん、トルコアイスは初めてかい?」


 やや訛った口調だった。

 ディシディアが使用している《自動通訳》の魔法はあくまで相手の話す言葉を自分の主言語に変換するものだ。訛りを標準に戻す機能はついていない。

 だが、この訛りがディシディは好きだった。

 訛りにはある種の人柄が浮かび出る。この男性はおそらく必死に勉強したのだろう。訛ってはいるが、キチンとした日本語だった。

 ディシディアは笑みを返しつつ、静かに頷く。


「あぁ。実は初めてなんだ。だから、ちょっとわからなくてね。どんなアイスなのか」


「なるほどね。おっと、お兄さんが帰ってきたよ」


 その言葉の数秒後、息を荒くして良二がやってくる。彼はぜぇぜぇと肩で息をしながらも、右手に握りしめていた食券を店主へと渡し、ディシディアも残りの食券を手渡した。


「毎度! それじゃ、作るよ!」


 店主はサッと鉄の棒を構え、特注の壺の様なものにそれを突っ込み、撹拌する。

 そこで何が起こっているかディシディアが覗きこんで確認――しようとした直後だった。

 うにょ~んという擬音がつきそうな勢いで、白い何かが鉄の棒に巻き取られた状態で持ち上げられたのは。


「おぉっ!?」


 これは予想外だったのか、ディシディアはギョッと目を丸くする。その反応があまりに面白かったのか、店主はクスクスと笑いながらコーンを手に取り、そこにアイスを乗っけていく。

 そうして器用に鉄の棒で形を整えるなり、そっとディシディアの方に差し出してくる。


「さぁ、どうぞ」


「あ、ありがとう……」


 呆気にとられながらもディシディアがそれに手を伸ばそう――とした次の瞬間、またしても店主が思わぬ行動に出る。

 なんと、コーンを一回転させてから、ディシディアに渡してきたのだ。

 普通のアイスならば、重力に従って引かれていき、残念な結末になっただろう。しかし、これに関しては違う。ピッタリとコーンにアイスがくっついており、落ちるどころかぶれることもなかった。


「す、すばらしい!」


 ディシディアはよほど感激したのだろう。目をキラキラさせながら、盛大な拍手を送る。

 まさかそこまでしてもらえると思っていなかったのだろう。店主は照れ臭そうに頬を掻きながら、良二のアイスを作り始めた。


「これがトルコアイスか……なるほど、確かに驚いたよ」


 ジロジロとトルコアイスを観察するディシディア。しかし、良二がトルコアイスを受け取るなりハッと顔を上げ、今一度店主に頭を下げる。


「ありがとう。いいものを見せてもらったよ」


「はは、ありがとう。楽しんでいってね!」


 店主に別れを告げ、二人はその場を後にして駅へと向かっていく。

 そうしてその途中で信号に捕まったところで、


「いただきます」


 ディシディアは待ちきれない、と言わんばかりに勢いよくトルコアイスにかぶりつき、そのパッチリとした目をさらに見開いた。


「アイスなのに……『芯』がある……ッ!?」


 ひんやりとしたアイスに歯を沈ませていくと、ある段階に来たところで確かな反発感が返ってくる。もにゅもにゅとしていて弾力に富んではいるが、これは間違いなくアイスだ。

 ひんやりとしており、疲れた舌を優しく癒してくれる。その独特の食感は一度食べれば癖になり、気づけば嚥下すると同時にまた味わおうとしている自分がいた。

 むしるようにして食べるとみょ~んという擬音がつきそうな勢いでアイスが伸びる。ディシディアはその様子に何度も驚く素振りを見せながら、それでも食べる手は止めない。

 トルコアイスはこのように一風変わった料理であるが、もちろん味の方も折り紙つき。

 濃厚なミルク味が口の中にじんわりと広がっていき、もっちりとした食感とパリパリサクサクのコーンが一体になった瞬間はもはや殺人級。

 食感というのは料理に置いて非常に重要なファクターだが、このアイスはそれを最大限活かしていた。

 ばんでえ餅にしろ、トルコアイスにしろ、今日は未知の食感にばかり出会う日である。

 ディシディアは相当満足したらしく、一心不乱にトルコアイスを食べている。

 わざとみにょ~んと伸ばしてみせたり、舌でぺろりと掬ってみせたりと、かなりエンジョイしているようだ。ここまで喜んでもらえれば、トルコアイスも本望だろう。

 良二は目を細めながら、彼女と共にトルコアイスをむしるように食べる。

 気のせいか、ディシディアのトルコアイスの方が自分のものよりも伸びがいいような気がした――。


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