第百十一話目~異文化料理編! まずはピロシキ~
次に二人が訪れたのは草加文化会館。そこの駐車場には多くのテントが立ち並び、ステージも取り備えられている。先ほどよりもこじんまりとした印象を受けるが、だからこそ密な盛り上がりを見せていた。
しかし、それよりも印象的なのはそこにいる人々だ。なんと、半数以上が外国人。屋台の中にいるのは大半が外国人で、後はボランティアの大学生と思わしき人物たちが大半だ。
アメリカに旅行には行ったものの、やはりまだ外国人を見慣れていないためか、ディシディアは興味津々な様子で周りを見回していた。
最初こそ人混みが苦手なところもあったが、だんだんそれも克服できて来たらしいことは嬉しくもあったが、今度は逆にどこかに行ってしまいそうで不安になる。
良二はキュッと優しく彼女の手を握りながら、先ほど貰ったばかりのパンフレットに目を移した。ディシディアも、彼につられてそれを覗き込む。
どうやら国によってテントも分かれているらしく、かなりの数があった。ここだけでおよそ中の国々の料理が揃っていることになる。しかも、いくつか種類があり、選ぶのは至難の業。そのどれも、彼女にとっては馴染みのないものであるから、なおさらだ。
「むぅ……とりあえず、今日は君に任せるよ。オススメはあるかな?」
「そうですね……まぁ、ハズレがない奴は知ってますよ」
「そうか。なら、まずはそれで肩慣らし――いや、舌慣らしといこう」
彼女はふんふんと興奮気味に鼻息を荒くし、耳を激しく上下させる。この異国的空間に、どことなく高揚を覚えているようだ。その気持ちはわからないでもないが、彼女を掌で制しつつ、良二は食券売場へと向かう。
「いらっしゃい」
食券売場のテントにいたのは二人の妙齢の女性。彼女たちは温和な笑みを浮かべながら、持っていた紙を前に突き出してくる。
「食券は一枚からでも購入可能ですよ。もちろん、余ったら後で現金と交換いたします」
「なら……まずは千円からで」
「はい。じゃあ、どうぞ」
女性は食券の束を良二に手渡してくれる。彼は彼女たちに笑いかけながら、再び手元の地図に視線を戻してごほんと咳払いをした。
「あ……すいません。ちょっと喉が渇いたので、何か飲み物を買ってからでいいですか?」
「謝らなくていい、と言っているだろう? それに、私も喉が渇いていたんだ。ちょうどよかったさ」
ディシディアは少しだけ険しい視線を良二に向けるが、ややあって彼の手を引いて飲み物売場へと向かっていく。そこだけは他のテントとは違い、カラフルなパラソルが飾られているなど、どことなくビアホール的な雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃい!」
「コーラ二つ、お願いします」
「あいよ! 二百円ね!」
代金と引き換えに渡されるのはキンキンに冷えたコーラ。氷水の中に入れられていたからか、やはり表面は濡れているが服で拭えば問題ない。
「さて、それでは君のオススメを食べに行こうか」
「えぇ……でも、あまりハードルを上げないでくださいよ?」
「ふふ、さぁて、それはどうかな?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるディシディア。しかし、それは信頼によるものだとわかっている。良二は苦笑いをしながらもとあるテントへと足を向けた。
そことは――ロシア料理のテント。店先にはズラリと料理や雑貨が並べられていた。
「あら、いらっしゃい」
中にいた女性が声をかけてくる。恰幅のいい、いかにもロシア人風な女性だ。彼女は眼前の品を手で示しながら、声をかけ続ける。
「美味しいのが揃っていますよ。どうですか?」
「じゃあ、ピロシキを二つ、お願いします」
「はい、ピロシキね。ありがとう」
女性はピロシキを二つビニール袋に入れ、ディシディアに渡す。彼女は受け取ったビニール袋の中を見て、キョトンと首を傾げた。
そこに入っていたのはカレーパンのような物体。けれど、何かが違う。手触りも香りも、何もかも。本当に初見の料理だ。
が、ディシディアの顔には恐怖はない。むしろ、今の状況を楽しんでいるようである。
この点は彼女の美点だ。挑戦も失敗も、恐れることがない。良二は感心したように頷きながら、彼女を近くのベンチまで連れていき、共に腰掛けてビニール袋からピロシキを一つ取り出した。
「じゃあ、いただきましょうか」
「あぁ。食べよう。いただきます」
百聞は一見にしかず。まずは食べてみることに決めたらしい。ディシディアは静かに手を合わせ、ピロシキを口に入れる。
ふわっとした生地の中から溢れてくるのはたっぷりの具材たち。エリンギ、パプリカ、ナス、青ネギ、ひき肉と実に多彩だ。これが一気に口の中に流れ込んでくる瞬間は筆舌に値する。
「これは美味いな。コーラと実に合う」
「でしょう? よかったぁ……気に入ってもらえて」
胸を撫で下ろす良二をよそに、ディシディアはバクバクとピロシキを食べ進める。
具材はかなり濃い目に味付けされているが、それが生地と混じり合って奇妙なことにちょうどいい塩梅へと変貌している。
やや冷めているが、だからこそ味が馴染んでいる。これはこれで、十分楽しめるものだ。不満なところなど一つもない。
何より、これほどまで多くの具材が詰め込まれている品を食べるのはかなり稀だ。それぞれが違った食感と味わいがあり、食べる度に驚きが押し寄せてくる。
こんがり揚げられた生地ととろりとした肉ダネの相性は言わずもがなで、コーラともマッチしている。やや脂っぽいピロシキを食べた後に清涼感のあるコーラを煽るのだから、それも当然だろう。
「本当は、もうちょっと熱かったらいいんですけどね……」
「いや、贅沢は言わないさ。それに、これも十分美味い。まぁ、また食べられる日が来るだろう。その時を楽しみにしているさ……にしても、本当にコーラとよく合うな」
ディシディアはハムスターのようにピロシキを両手で持ってもぐもぐと食べ、時折思い出したかのようにコーラをグイッと煽る。あまりに勢いをつけすぎたためか、口の端からこぼれるコーラを指の端で拭ってあげながら、良二もピロシキにかぶりつくのだった。