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第百六話目~手作りおかかでご飯を食べよう~

「……おっと、もうこんな時間か」


 ふと空腹を覚えたディシディアは部屋の時計を見て息を吐く。すでに時刻は午後の十二時。どうやらパソコンに夢中になりすぎていたらしく、時間間隔が狂っていた


「ん~~~~っ! パソコンをやるのも考え物だな。すぐに時間が経ってしまう」


 ぐ~っと体を伸ばし、気持ちよさそうに目を細めながらそんなことを呟く。それからカチカチとマウスを弄ってパソコンの電源を切り、ゆっくりと立ち上がった。

 あいにく、今日も良二はいない。学園祭の追い込みだとかで、近頃はめっきり帰りが遅くなってきているのだ。午前帰りの日でも午後まで作業を行っているらしい。

 もともと彼はお人よしだ。その上、サークルなどにも所属していない。だから、頼まれたらついついやってしまうのだろう。

 ただ、それが彼の長所でもある。それはディシディアもよくわかっていることだ。だからこそ、余計なことは言わず、彼のやりたいようにさせている。

 ディシディアは大きく欠伸をしながら冷蔵庫に歩み寄り、中を見やる。が、すぐにその愛らしい顔は歪められることになった。


「むぅ……あまりないな」


 ここ最近は忙しくてろくに買い物に行けてなかった。そのせいで、冷蔵庫にはそこまでいいものが揃っていない。彼女はむぅっと悩ましげに眉を寄せ、顎に手を置いて考え込む仕草をしてみせた。


「買いに行くのは……いや、ダメだ。私の胃袋が保たない。なら……自分で何か適当に作ってみるか」


 幸い、冷凍のご飯やあまりものとはいえ野菜などは残っている。また、ご飯のおかずになりそうなものもいくつか残っていた。これならば、何かは作れるはずである。

 ディシディアは腕まくりをしてぺろりと舌を舐める。この世界の食材や器具に慣れていないだけで、彼女は料理のスキル自体はかなり高い。これも賢者時代に旅をしていた賜物だ。

 それに、すでに良二によって色々な料理は教わっている。彼女は鼻歌を歌いながら適当に食材を冷蔵庫から取り出し、台所の方へと向かった。


「まずは汁物でも作るか……まぁ、これはインスタントだな」


 インスタント味噌汁のカップを取り出し、袋の中身を全て出し切ってから水を火にかける。そうして湯が沸く合間に、今度は冷凍ご飯をレンジに投入。これだけでもう作業の半分ほどが整ってしまった。

 残るは、ご飯のおかずを作ることだけである。が、これは至って簡単。

 ディシディアの脳内には良二から伝授されたあるレシピが浮かんでいた。彼女はそそくさと冷蔵庫に歩み寄り、そこから鰹節一パックを手に取った。


「よし、後少しだ」


 彼女は軽やかなステップで台所へと戻っていき、食器棚から小鉢を取り出す。

 そうして、その小鉢の中に鰹節をどっさりと入れ、続けて醤油を目分量でちょいと注ぐ。その後、間髪入れずにごま油を投入し、あらかじめ出しておいた箸を使ってぐるぐるとかき混ぜた。

 すると徐々に鰹節にごま油と醤油が染みていき、色が変わっていく。大体均等に色がついた辺りで、ようやく彼女はそれを一つまみ取って口に運んだ。

 その瞬間、口内に芳醇な鰹節とコクのあるゴマの風味が口の中に広がった。醤油によって味がキリリと引き締まり、噛み締めるごとに愉悦が押し寄せてくる。

 彼女が作ったのはごま風味のおかか。以前良二が簡単に作れるとレシピを渡してくれていたのだ。ディシディアはそれを完璧に暗記しており、あっという間に仕上げてみせたのだ。


「ふふふ。できればリョージにも食べさせてあげたいものだ」


 などと言っている間にも湯は沸き、ご飯もできあがった。それを受け、彼女は弾かれたようにして茶碗類を食器棚から取り、盛りつけていく。これはいつもやっているからだろう。非常に手慣れた動きだった。

 彼女は盛り付けたそれらをトレイに乗せ、足早に居間へと戻る。やはり、冷めてしまっては元も子もない。なるべく早く食べるべく、彼女は座布団に腰掛けるなりサッと手を合わせた。


「いただきます」


 まずは胃を落ち着けるために味噌汁を啜る。インスタントといっても馬鹿にはできない。

 確かに良二や珠江たちが作るのとは別物だが、これにはこれのよさがある。

 赤だしの味噌汁は飲んでいるとホッとする味だ。胃への負担も少なく、何よりご飯とよく合う。

 ご飯も炊きたてではなく解凍したものだが、アツアツは何でも美味いものだ。これまた箸が進み、自然と笑みがこぼれる。


「にしても、やはりこの世界はいいな」


 あちらの世界では冷凍して保存するという技術は限られたものしか使えなかった。凍結、もしくは時間停止の魔術はかなり高度だ。そのため、鮮度が悪くなってしまった食材はすぐに捨てられていたのだが、こちらの世界では滅多なことではその事例は起きない。

 このような食材保存技術が発展しているのにはディシディアも感心していた。それだけこの世界の住人達が食に対しての興味と感心を持っているということだからである。


「冷蔵庫の仕組みを魔法でも応用できないだろうか……一か月一回の魔力供給で保ちそうな気もするが……」


 ディシディアはまた目を細めつつ考えを巡らせている。この時の彼女の顔も非常に輝いているものだ。

 ディシディアはすでに百を超える齢だが、何事にも興味を持ち挑戦するという生きるために最も必要なことは忘れていない。だからこそ、こんな見知らぬ世界にやってきても楽しむことができているのだ。


「……っと、しまった。こんなことをしていてはご飯が冷めてしまう」


 彼女は思い出したように手を打ちあわせ、再びご飯の茶碗を手に取る。一方の手でおかかを取り、ご飯の上にちょこんと乗せる。するとご飯とおかかの香りが混じり合い、鼻孔をくすぐった。


「……」


 ディシディアはおかかをご飯に乗せ、ゆっくりと口に運び、


「む……イケるな」


 ニヤリと口角を吊り上げ、ガツガツとご飯を頬張った。

 ゴマの風味が意外にもご飯とよく合う。コクがあってまろやかなおかかはアツアツのご飯の上でこそその真価を発揮する。単体で食べた時よりも数段あがった旨みにディシディアは目を丸くした。

 だが、箸は一向に止まる気配がない。人に作ってもらう料理も美味だが、自分で作った料理もいいものだ。ましてや、それが成功したものならばなおさらだ。

 彼女はあっという間にご飯を空にしてしまい――少しだけ物寂しげな視線を冷蔵庫へと向けた。


「……もう一杯だけ、食べてもいいだろうか?」


 まだ冷凍ご飯はある。それに、おかかもだ。流石に味噌汁は少ししか残っていないが、その二つが残っていれば事足りる。

 ディシディアはゆっくりと冷蔵庫へ――


「いや、ダメだ……ッ!」


 歩み寄ろうとしたが、咄嗟に自分の手を押さえ、グッと唇を噛み締める。

 ここで食べてしまえば、きっと止まらなくなる。冷凍ご飯を食べつくしたとなれば、良二はきっと怒るだろう。それに、食べ過ぎは健康にもよくない。それは彼にも注意されたことだ。

 彼女はそのことを脳内で反芻しながら自分を律する。だが、何度も何度も名残惜しげに冷蔵庫を見てしまい、未練は断ちきれていない。


「くぅ……リョージ。早く帰ってきてくれ……私の理性が残っているうちに……」


 どこぞの悪堕ちキャラの様なことを言いながら、座布団に腰掛けるディシディア。

 その後も何とかおかかと白米の誘惑に負けそうになったのだが、やはりそこは大賢者。食欲という名の悪魔を振り払い、無事に食器を洗い場に持っていく。

 ただし、その顔は少しだけ疲れているようにも見えた。


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