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第百四話目~簡単美味しいバターしょうゆごはん~

『ただいま~』


 月見を終えてから一時間後。ようやく二人は家に到着し、どかどかと中に上り込んだ。


「ふぅ。もう疲れた。足がパンパンだよ」


 ディシディアは昼からずっと働きづめだったせいかかなり身体にガタがきているようだ。当の良二も久々に全力で奪取したせいか、乳酸が溜まって足が張ったような感覚がある。


「とりあえず、お風呂に入って汗を流しましょう。夕飯は適当でいいですよね?」


「あぁ。流石に団子だけでは足りなかったからね。まぁ、少しでいいが腹に詰めておきたいな」


「同感です。けど、料理できる体力は残ってないので適当なものでいいですか?」


「任せるよ。私は早速風呂に入ってくる」


 よほど疲れているのだろう。ディシディアはふらふらになりながらも風呂場の方へと消えていった。が、良二はそこで彼女が着替えを持っていないことに気づく。


「ディシディアさん! 着替え忘れてますよ!」


「ん……あぁ、そうだったな」


 直後、風呂場のドアが開かれ――


「って、ディシディアさん!?」


 良二は思わず顔を背けた。

 なぜなら、今の彼女はブラとショーツを身に纏っているだけ。ほぼ裸だ。しかし、相当疲れているのだろう。彼女はそんなことなどどうでもいい、とでも言わんばかりにタンスへと歩み寄り、そこから着替えを持って風呂場へと戻っていく。


「おっと、そうだ。リョージ」


 が、そこでふと立ち止まり、ちょいと自分のブラ紐をつまんでみせた。


「よかったら、一緒に入るかい?」


「結構です!」


 良二はキッパリと断り、彼女にバスタオルを投げて寄越す。ディシディアはつまらなそうに唇を尖らしながらそれを両手でキャッチし、風呂場へと消えていった。


「最近、ディシディアさんがよくからかってくるような気が……」


 それだけ打ち解けてきたということだろうが、正直気が気でない。彼女は明らかに自分が困惑するのをわかっていてからかってくるのだから。

 まぁ、良二も彼女に対してたまに意地悪をしたりするので、お互いさまといえばお互い様だろう。


「さて、俺は準備に取り掛かるか」


 といっても、そこまでやることはない。良二は冷凍庫からラップに包まれた冷凍ご飯を二つ取り出してレンジに放り込む。そうして解凍ボタンを押してから、今度は冷蔵庫に寄ってバターを取り出した。


「さて、後は醤油とお茶と……」


 ともかく今日は疲れている。本来なら汁物でも用意したいところだが、今は早く寝たい気分だ。なので、今日はご飯だけで夕食を済ますことに決定。

 良二はせっせと配膳を終わらせるや否やレンジの方へと歩み寄ってすでに解凍が終わっているご飯を取りだし、お茶碗に投入。なんと、もうこれで夕食はほぼ完成したも同然だ。


「よし、これでいいかな」


 満足げに頷き、お茶碗二つと醤油をトレイに乗せて居間へと向かう。もちろん、ついでにコップを運ぶのも忘れない。そうしていつもの位置に並び終えてから、ようやく冷蔵庫からウーロン茶を取り出した。


「上がったよ。今日はシャワーだけで済ましたが構わないだろう?」


 それと同時、ディシディアも風呂から上がってきた。彼女は良二と彼の眼前にある卓袱台を見て、ニヤリと口元を歪める。


「おぉ、もうできているのか。早いね。じゃあ、早速頂こうか」


 そっと座布団の上に腰掛けるディシディア。疲れていてもこの辺の所作がしっかりしているあたりは流石だ。彼女の気品ある仕草につられてか、ついつい良二も正座してしまう。


「ふむ……今日はまた変わったものが並んでいるね」


 ディシディアの言ももっともだ。ちゃぶ台の上にあるのはホカホカのご飯に、パックに入ったバター。そして瓶詰にされた醤油とコップに入ったお茶だけ。実に簡素――いや、簡素すぎる品ぞろえだ。

 だが、この見たことのない組み合わせがむしろ彼女の興味をそそったらしい。ディシディアは期待を込めたまなざしで良二を見据える。


「それで? この後はどうするんだい?」


「こうするんですよ」


 良二はバターを一欠け取り出し、それをディシディアのご飯の上に乗せた。かと思うと、箸を使ってそれをグイグイとご飯の中に押し込み、さらにその上にまたご飯を乗せて密閉空間を形成。

 それから数秒もしないうちに今度は醤油を一回し入れて、箸でご飯をぐちゃぐちゃに混ぜる。

 そのあまりにもグロテスクな様にディシディアは一瞬だけ眉を潜めたものの、


「……おや?」


 と、鼻をひくつかせながら呟く。

 見た目は悪いが、漂ってくる香りは芳醇で食欲をそそるものだ。

 バターの豊かな芳香が鼻をくすぐり、追い打ちをかけるように醤油の香ばしさが追いかけてくる。それはもはや暴力的なまでの威力を誇り、嗅いでいるだけで涎が溢れてきた。


「さぁ、冷めると美味しくないですから、いただきましょう」


「うむ。いただきます」


 良二の言葉を受け、すぐさま箸を持って茶碗を持ち上げる。

 溶けたバターが染みこんだご飯は艶やかで、部屋の照明を浴びてキラキラと輝いている。その蠱惑的な様を見て、彼女は思わずごくりと喉を鳴らした。

 が、じっと眺めていては何も始まらない。グッと唇を噛み締め、意を決して口に入れた。

 まず口にふわっと広がってきたのはやはりバターの風味。濃厚で力強く、それでいてまろやかだ。が、そこに醤油が加えられているおかげでそれらの要素が強化され、さらに強烈な味わいになっている。

 ご飯、バター、醤油――たった三つ。されど三つ。

 これらが一体になっただけなのに、とてつもない旨みが溢れている。どれも単品ではここまでの威力は出ないだろう。

 特にバターなどはせいぜいアクセント程度が関の山だと思っていたのに、これに関しては味の主体になっている。ご飯と醤油を優しく包み込み、味を整えてくれているという素晴らしい働きだ。

 ゴクリ、と口の中に入っていたものを嚥下したディシディアは目尻をわずかに下げる。


「これはいいね。簡単だし、美味しい」


「本当なら何か入れたいところですけどね。鰹節とか佃煮とか。でも、今日はこれで勘弁してください」


「勘弁するも何も、こんなに美味しいんだ。文句などないよ」


 その言葉を聞いて、良二は内心ほっとする。

 この料理はハッキリ言って好き嫌いが分かれる品だ。

 バターの風味が前面に押し出されるため苦手な者はとことん苦手だし、好きなものはドハマりするほど好きになる。

 そのため、時には別の具材を入れて多少味を整えるのだが、今回はその余裕がなかった。

 ディシディアは初挑戦ということで不安はあったが、どうやら杞憂だったようだ。彼女はご飯を流し込むように食べている。

 バターが潤滑油のような役割を持ち、さらに醤油によって汁気がプラスされている。だから、そうやって食べるのは良二としてもかなりオススメだ。

 正直、あまり行儀がいい食べ方とは言えないかもしれない。だが、この『バターしょうゆごはん』に限ってはかきこむのが一番だ。

 時間が経つと米が冷めてきてバターも固まり、どうしても不味くなってしまう。そのため、この品はスピードが命であるのだ。

 良二もディシディアに負けじとガツガツとご飯を掻きこむ。時折チラリと茶碗の横から彼女の様子を伺ってみると、これ以上ないほどの笑顔だった。

 案外、彼女はジャンクフードの類が大好きだ。おそらく、ずっとエルフの集落で質素な食事ばかりを続けてきたからだろう。たまにこのような体に悪そうな食事を嬉々として食べる時があるのだ。


「美味しいですか?」


 答えは返ってこない。彼女は首肯しつつもご飯をかっ食らっていた。

 そうして徐々に彼女の茶碗の角度が上がっていき――とうとう完全な直角になった。

 かと思った数秒後、ディシディアはゆっくりと茶碗を下ろして手を合わせる。


「ご馳走様。今日も美味しかったよ」


「お粗末さまです。気に入ってくれたんなら、俺も嬉しいですよ」


「ふふ、今度はアレンジを加えたものを食べさせてくれ。期待しているよ……と、それはさておき、もう限界だ。明日も早いし、今日は寝させてもらうよ。おやすみ」


 ディシディアは眠たげに欠伸をしながらも食器を台所へと持っていき、帰ってくるや否や布団を適当に敷いてゴロンと寝ころんだ。


「あぁ、ほら。風邪ひいちゃいますよ」


 良二は少しだけ厳しめな口調で言うが……ふっと口元を緩める。ディシディアはすでに眠りに落ちており、その小さな口からは安らかな寝息が聞こえてきていた。


「……仕方ないですね」


 言いつつも、掛布団をそっと彼女の体にかけてやる。と、寝ていたと思ったはずの彼女の目がうっすらと開いた。


「……いつもありがとう、リョージ。また明日」


「……えぇ、また明日。お休みなさい」


 良二はほぼ無意識のうちにディシディアの髪を撫でていた。が、当のディシディアは嫌がるどころか気持ちよさ気に目を細め、また枕に顔をうずめる。

 良二はややスッキリしたような表情になりながら部屋の照明を消す。

 彼はその後も暗い部屋の中でご飯を食べ進め――十分ほどしたのちには彼女と同じ体勢で眠りこけていた。


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