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第百三話目~月見団子と花より団子~

 良二は電話を握りしめつつ夜の道を駆けていた。秋の夜は寒く、吐いた息は白くなっていく。しかし、彼はそれに目を止めることなく小走りである場所へと向かっていた。


「ディシディアさん、どうしたんだろ……」


 不安げに眉根を寄せながら手元の携帯電話を見やる。つい先ほど彼女から電話があったのだが、要約すると「珠江たちの店に来てくれ」ということだった。

 ただ不思議だったのが辺りは騒々しく、彼女もなぜか息を切らしていたということだった。もしや、何か事件にでも巻き込まれたのではないか……そんな想像が頭の中をよぎり、彼はそれを振り払うかのごとく足を速めた。

 普段あまり運動しないのと今日は早く起きていたということもあり、あっという間に脇腹が鈍痛を発し始める。彼は苦悶の表情を浮かべつつも足を止めることなく走っていく。


(大丈夫かな……?)


 ディシディアもああ見えて大人だ。それに、場馴れしている。酔っ払いたちの喧嘩くらいは仲裁できるだろうが、万が一ということもある。

 そう思うだけで背筋が凍るような思いがした。良二はもはや体に走る痛みなどに構わず、全力で店へと向かう。


「見えてきた……ッ!」


 その甲斐あってか、いつもよりもずっと早く店に到着。店からはすでに灯りが漏れており、笑い声も聞こえていた。少なくとも、最悪の予想が外れたことに彼は安堵する。

 が、まだ油断はできない。良二はダンっと地面を勢いよく蹴り、


「ディシディアさんっ!」


 扉が壊れんばかりの勢いで開け、中を見やり――目を丸くした。

 だが、それも当然だろう。彼の眼前に立っているのは割烹着を身に着けた金髪の美少女――端的に言うと、ディシディアだったのだから。

 彼女は扉が開かれたことに気づくなりそちらに向きなおる。


「いらっしゃ……おや、リョージじゃないか。早かったじゃないか」


 が、そこにいたのが良二だとわかってひょいと肩を竦めてみせた。一方、良二は何がなんだかわかっていないようで呆けている。


「よう、良二。ちょいとディシディアちゃんには手伝ってもらってんだ」


「え!?」


 大将に事実を告げられ、彼はあんぐりと口を開ける。

 だが、確かにディシディアは客の注文を取りに行ったり、品物を遠くのテーブルに運んだり、開いたテーブルを片付けたりと忙しそうにしていた。


「えっと……すいません、どういうことですか?」


「とりあえず、入りたまえ。ほら、後ろがつかえているよ」


「え? あ! す、すいません!」


 後ろにいたサラリーマンたちに頭を下げ、彼はいつもの席へと腰かける。と、ディシディアがちょいと背伸びしながらカウンターに湯呑みを置いた。


「走ってきたのかい? 疲れただろう。さぁ、飲むといい」


「あ、ありがとうございます」


 言われるがまま、冷たい麦茶を煽る。走ってきたばかりの体にはうってつけの飲み物だ。火照った体を優しく癒してくれる。


「……それで、これは一体どういうことなんです?」


 荒れていた呼吸を整えながら問うと、大将がガリガリと頭を掻きむしった。


「まぁ、恥ずかしいことだが今日は手が回らなくてな。で、たまたま店に来ていたディシディアちゃんに手伝ってもらったってわけだ」


「その通り。困ったときは、お互い様だからね。ほら、おしぼりだ。汗を拭くといい」


 すっかり手慣れた動作でおしぼりを置いてくるディシディア。金髪のエルフが割烹着を着て居酒屋で働いているというのは中々にシュールな光景だが――


「嬢ちゃん! ビール追加ね!」


「む。承った」


「あ、こっちは焼き鳥の盛り合わせとトマトサラダ!」


「承知した。しばし待っていてくれ。まずはこちらを片付けてからだ」


 意外に、店に馴染んでいた。客たちも彼女のことを受け入れているようである。

 だが、よくよく考えてみれば不思議なことではない。彼女はすでに成人しているし、対応も大人のそれだ。その上、この居酒屋に来る客のほとんどは常連。彼女のことは見知っている者ばかりだ。

 だから手伝いをしていることにさほど違和感がないらしく、むしろ楽しげに彼女と談笑しているほどだった。


「いやぁ、ディシディアちゃんはすげえな。仕事を覚えるのははええし、ちゃんと客とも話してる。本格的に雇いたいくれえだ。あの子が成人したら、だけどな」


 もう成人している――とは言えない。彼女がエルフであることは絶対に行ってはならないのだ。少なくとも親しい家族――カーラやケントの様なものたち以外には。


「大将。ビールがなくなったようだ。裏から取ってくるよ」


「あ、じゃあ、俺が行きますよ」


 良二はディシディアに制止をかけ、裏へと向かっていきビール瓶が入った籠を持ってやってくる。それを見て、ディシディアは満足げな笑みを浮かべた。


「やはり君は紳士だね。ありがとう」


「どういたしまして。今日はまだ働くんですか?」


「いや、もう上がっていいぜ」


 その言葉に応えたのは大将だ。彼は豪快に笑いながら、


「十分働いてもらったから、もう大丈夫だ。で、良二。今度本格的にウチの手伝いにきてくれ。ちゃんと手続きはするからよ。まぁ、それはいいとして、今日はありがとな、ディシディアちゃん」


「どうということはない。私も楽しかったさ」


 彼女はカラカラと笑いながら割烹着を脱ぎ始める。良二は慌てて制止をかけようとしたが、どうやら下にも何枚か着こんでいたらしい。

 公開ストリップをやるような羽目にならなかったことに安堵しながら、良二は大将に頭を下げた。


「じゃあ、失礼します」


「おう! んじゃな、二人とも。あ、ディシディアちゃんには今度特別サービスしてやるよ。またな」


「おぉ! 楽しみにしているよ。それでは、また」


 彼女は大将と酔っ払いたちに手を振りながらその場を後にする。その額には汗が浮かんでおり、よほど働いたであろうことが伺えた。


「大丈夫ですか?」


「あぁ。割と楽しかったからね。いや、それにしてもいい経験ができた」


 彼女はとても満足げだ。思えば、職業体験をすることは彼女にとって何よりも楽しみにしていたものだろう。良二は首肯し、ポンと手を打ちあわせる。


「あ、ところで夕飯は食べましたか?」


「いや、まだだが……少し、小腹が空いたな。働き疲れかもしれん」


 腹を撫でさすりつつ苦笑するディシディア。それを見越していたかのように、良二は不敵に口元を歪めつつ鞄の中からビニール袋を取り出す。


「それは?」


 ディシディアは興味深そうに多方向からビニール袋を観察する。おそらく、中に何かが入っているのだろう。うっすらと茶色い何かが透けて見えた。


「ふっふっふ……やっと買えたんですよ……」


「もったいぶらないで、早く見せてくれ。焦らされるのは苦手なんだ」


 ディシディアはぴょんぴょんとその場で足踏みしてみせる。そんな彼女を手で制しながら、良二は袋の中に手を突っ込んで何かを取り出した。


「おぉ……これは?」


 自分の目線まで持ち上げられたものを見て、彼女はキリリと眉を吊り上げる。

 輪ゴムで留められたプラスチックの箱に、茶色いソースをかけられた何かが入っている。だが、それがどのようなものであるのかは見当もつかない。見たこともない食べ物の登場に、彼女は疑問符を浮かべた。


「みたらし団子です。たまたま帰り道お店が開いていたので、買ってきました」


「これが以前言っていた団子かい? 少し想像と違ったな。私がネットで見たのはピンクと白と緑の団子だったが」


「あぁ、あれは三食団子ですね。こっちはみたらし団子。まぁ、食べればどんなものかはわかりますよ。百聞は一見にしかず、です」


 彼は自信満々に告げる。よほどオススメの品なのだろう。彼の口調を聞いているだけで、期待感がグンと高まった。


「じゃあ、あそこの公園にでも行って食べますか。せっかくですし、歩きながら食べる理も座って月でも眺めましょう」


「いいね。そうしよう」


 同意の趣向を返しつつ、ディシディアは近くの公園へと足を踏み入れる。普段は子どもたちで賑わっている公園も、夜だと驚くほど静かなものだ。月明かりに照らされる遊具たちは少しだけもの悲しく見える。

 二人はそんな公園の中を突き進み、近くにあったブランコに腰掛ける。ギィッと軋んだ音が鳴るのを聞きながら、良二はプラスチックの箱を開けて中を見せてきた。

 茶色いたれがかけられた団子は月明かりを浴びてキラキラと輝いている。真っ白な団子は空に浮かぶ満月のようで、見ていると気持ちが穏やかになるようだ。


「さぁ、どうぞ」


「うん。ありがとう。いただきます」


 ズズィッと突き出される団子を受け取り、あ~んと大口を開けてまずは一つ口に入れる。


「お、これは……意外な味だな」


 てっきり甘いだけかと思ったら、そうではない。

 たれは甘辛く仕上げられており、それがほのかに甘い団子と実によく絡み合っている。

 とろみのあるたれは濃厚で、けれど癖がない。

 ディシディアは口の端からこぼれかけたたれをピンク色の舌でチロリと舐めとり、再び団子を口にする。先ほどはすぐに飲みこんでしまったが、今度は咀嚼回数を意識的に増やして。

 すると、先ほどはあまり感じられなかった団子の新たな一面が見えてきた。


「もしや、団子を軽くあぶっているのかい?」


「ご名答。案外香ばしくなっていていいでしょう?」


 いや、案外どころではない。炙り、わざと焦げを作ることで団子の甘さの中に苦味と香ばしさのアクセントを加えているのだ。それによって味のグラデーションが完成している。


「団子か……予想とは違ったが、これもいいな」


「団子って言っても色々ありますからね。あんこを乗せていたり、ヨモギを練り込んでいたり、あ、ずんだ餡を乗せたものもありますね」」


「ずんだ餡?」


「枝豆とか空豆をすりつぶしたもののことですよ」


「なんと。美味しいのかい?」


「えぇ。少なくとも、俺が食べたのは美味しかったですよ」


 その言葉を聞き、ディシディアは羨ましそうに良二を見つめた。その潤んだ瞳を見て、彼は思わず身を強張らせてしまう。

 が、すぐにハッとして空に浮かぶ月を指さした。


「って、ディシディアさん。ほら、お月見なんですから、月を見なくちゃ」


「おぉ、それもそうだね」


 そう言って、彼女は宙に浮かぶ月を眺める。眺めつづける。ただ、眺める。


「……あの、ディシディアさん? 何をやってるんですか?」


 たまらず良二が問うと、ディシディアはやれやれ、と言わんばかりに首を横に振って額に手を置いた。


「君が月見をしろ、といったのだろう? だから、月を見ているんだよ」


「……ディシディアさん。そこまでコテコテなボケをかまさなくてもいいんですよ。月見って言うのはですね……別に月だけを見るんじゃなくて美味しいものを食べたり、お話をしながら月を眺めるんです」


「む……それを早く言ってくれ。勘違いしてしまったじゃないか」


 彼女の陶磁のように白い肌にはわずかながら朱が混じっている。どうやら、恥ずかしかったらしい。


「どれ、ではまた頂こうか」


 照れ隠しをするように新たに団子を取り、今度はちゃんと月を眺めながら団子を頬張る。

 夜空の下、ブランコに座って月を眺めながら団子を食らう。これだけでも十分だ。

 食事は別に食材の美味さや料理の美味さだけに左右されるものではない。周りの状況にも大いに左右されるものだ。

 ディシディアはブランコを揺らしながら、のんびりと月を眺めて団子を頬張っている。良二もそんな彼女を横目で見ながら団子を口に入れた。

 甘辛いみたらしのたれは彼の大好物だ。醤油と焦げた団子の風味が混じり合う瞬間などは特に。

 団子はもにゅもにゅとしており、固すぎず柔らかすぎないギリギリの塩梅。そこにとろ~りとしたたれが加われば鬼に金棒。

 真ん丸とした月も情緒的で、見ているだけで団子の味が数段が上がるようである。

 彼はゴクリと団子を飲みこみ、


「さて、次は……って!?」


 もう一本団子を取ろうとして、ギョッとする。十本以上あった団子はすでに三本だけになっている。ハッとして横を見れば、ディシディアが両手に団子を持って月を眺めているところだった。


「ディシディアさん……」


「す、すまない。ついつい手が……」


 気持ちはわからないでもない。このように雰囲気がいい場所で食べていると、いつの間にか食べ進んでいるものだ。

 にしても、誰も取らないだろうに両手持ちで団子を食べるとは。よほど気に入ってくれたのだろう。

 自分の取り分が少なくなったのは残念だが、彼女が気に入ってくれたなら好都合。これから何か都合があればお土産として買ってこれる。

 良二は空を見上げ、一瞬溜めてから大きく息を吐き出す。


「ディシディアさんには、花より団子って言葉がよく似合いますね」


「あぁ、そうかもしれないね。恥ずかしながら」


 ディシディアはこのことわざを知っていたらしい。もしかしたら怒られるかもと思ったが、当の本人は飄々とした様子で楽しげにブランコを漕いでいる。

 良二は静かに目を伏せながら、


「まぁ、俺も似たようなものですけどね」


 団子をパクリと口にした。


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