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第百一話目~ヘルシー春雨スープ&クッパ~

 日課のネットサーフィンを終えたディシディアは目頭を指で押さえつつ、チラと時計の方を見やる。まだ時刻は六時半だが、外はすっかり暗くなっている。

 秋の日が落ちるのは思った以上に早い。ディシディアはまだその感覚に慣れないらしく、少し疲れたように頭を垂れた。


「ふぅ……この世界は面白いが、体が中々ついていかないね。最近は朝もめっきり冷え込むようになってきたし、そろそろ衣替えの時期じゃないか?」


「そうですねぇ……この時期は体も壊しやすいですから、気をつけてくださいよ?」


 厨房に立つ良二が不安げに言う。彼は作業の手を止めることなく、


「なるべく無理はしないようにしてくださいね? ディシディアさんはまだこの世界の気候には不慣れでしょう? これからもっと寒くなるので、用心しておいた方がいいです」


「これ以上寒くなるのかい? ……大変そうだな」


「まぁ、北海道とか東北に比べればましですよ」


 良二は肩を竦めてそう答え、お玉を使って鍋をぐるぐると拡散する。それによって何とも芳しい匂いが漂ってきて、ディシディアはうっとりと頬を染めた。


「うん、いい匂いだ。今日の夕食は何だい?」


「春雨スープです。最近ずっと暴食生活が続いていたので、ここらでいったん胃を休めておこうと思いまして」


 実際、二人は外食などをする機会が多くなってきて栄養的にも偏りが出ている。この家の厨房を預かるものとして、良二は適切な判断をしたのだ。

 無論、それはディシディアも了承している。彼女はパソコンをパタンと閉じ、テレビの近くに置いてから布巾でテーブルを拭った。


「もうすぐご飯も炊けますので、それもお願いできますか?」


「もちろん。後、スープということはスプーンもいるだろう?」


「えぇ。頼みます。俺は最後の仕上げをしますから」


 良二は塩を一つまみ取って鍋の中に入れる。そんな彼の様子を視界の端に入れつつも、ディシディアは自分の使命を全うすべく食器棚に歩み寄り、そちらから箸やスプーンなどを取り出していく。

 もちろん、お茶碗を出すことも忘れない。彼女はすぐさま炊飯ジャーを開け、中を覗き込む。

 すると、中から立ち上ってきたのは真っ白な蒸気と米の炊ける豊かな匂いだった。それを嗅いでいるだけで、よだれが口の中を満たしていく。

 すっかりこの匂いの虜になったらしきディシディアは待ちきれないようにその場で足踏みをしながらもお茶碗にご飯をよそっていく。


「あ、今日は少なめにしておいてくださいよ?」


「む……わかった」


 いつもの癖で山盛りにしようとしていたところを良二に見とがめられ、彼女はしゅんと肩を落とす。そうしてペタペタとご飯をよそうと、居間へと戻っていく。

 ご飯を配膳し、箸やスプーンも並べる。と、そこで彼女はまだ飲み物を出していなかったことに気づき、慌てて冷蔵庫に寄ってウーロン茶を取り出した。


「はい、ディシディアさん」


「おぉ、ありがとう。気が利くね」


 食器棚に向かおうとしていたところで、良二からコップが手渡される。彼女はニィッと口元を不敵に歪めつつ、彼からそれらを受け取った。

 対する良二も深めの皿に春雨スープを注ぎ終え、居間へと戻っていく。彼女は彼に置いてかれまいと、小走りでその後を追って座布団に腰掛けた。

 今日は春雨スープとごはんだけという質素なものだ。が、二人は特に気にした様子もない。

 それも無理はないだろう。なにせ、昨日は腹がはち切れるのではないかと思うほど焼き肉を食べてきたのだから。

 ディシディアは下ろした髪をサラリと手で払い、


「では、いただきます」


 箸を手に取って、まずは炊き立てのご飯を口に運んだ。

 やはりどんな食べ物も出来立てが美味しいが、炊き立てのご飯は格別だ。

 甘くてモチモチしており、旨みがギュッと凝縮されている。一粒一粒の形もしっかりとしていて、部屋の照明に照らされてキラキラと光る様はどこか幻想的だ。

 彼女はそれを嚥下した後で、今度はスプーンを手に取って春雨スープを啜る。

 ベースは中華風。鳥ガラのしっかりしつつもあっさりとした味わいが口いっぱいに広がり、それが炊き立てのご飯と絶妙なコンビネーションを醸し出す。

 中に入っている具はニンジン、もやし、かき玉という至ってシンプルなものだ。

 しかし、断じて手抜きではない。ニンジンは程よい噛みごたえで、特有の臭みがまるでない。もやしは綺麗に下処理がなされているおかげで野暮ったさが消えている。

 かき玉はふわふわで、よくスープと馴染んでいる。主役である春雨もつるつるとした喉越しで、全体的な完成度はかなり高い。

 アクセントとして散らされている黒こしょうも絶妙だ。これによって味がキリリと引き締まり、穏やかな味の中でスパイシーさが引きたてられている。


「うむ。やっぱり、リョージの料理は美味しいね。外食もいいが、ほっとする味だよ」


「俺でよかったら、いつでも作りますよ。ただし、食べ過ぎには注意ですけどね」


「ハハッ! 君も言うようになったじゃないか!」


 ディシディアは心底楽しげに笑いながらスープを煽る。全体的にボリュームのある品だが、春雨や野菜のカロリー自体は低い上、スープはとてもあっさりとしているから飲みやすい。

 また、春雨はスープをたっぷりと吸っているのでかさ増しにも成功している。

 とりあえず、胃を休めるには最高の品だ。満足感も十分で、食べやすい。


「このスープも美味しいな。色々とアレンジを加えても面白そうだ」


 ディシディアはしばし春雨スープに舌鼓を打っていたが――


「あ、ディシディアさん。ちょっと待ってください」


 不意に、良二による制止がかけられる。せっかく悦に浸っていたのにそれを邪魔されたからだろう。彼女は少しだけ視線を厳しいものにして、彼を睨みつける。


「どうしたんだい?」


「あぁ、すいません。でも、オススメの食べ方を教えたくて」


「オススメの食べ方?」


「えぇ、こうするんですよ」


 そういうと良二はおもむろにディシディアのお茶碗を取り、その中身を春雨スープの中に投入。それを受け、彼女は目玉が飛び出らんばかりに目を見開いた。


「な、何をしているんだい!?」


「まぁまぁ、食べてみてくださいよ」


 ディシディアは信じられないものを見たように目をパチパチさせていたが、良二はただにこやかに勧めてくるだけだ。それを受け、彼女はムッと唇を尖らせる。

 正直、驚いたが彼がこうまでするということはそれだけの自信があるということだ。

 彼女は渋々ながらもスプーンを手に取り、ご飯をスープとよく混ぜていく。

 そうして、ご飯が全てスープに浸るようになってから、そっと掬って口に運び――


「ッ!?」


 先ほど以上に大きく目を見開いた。

 中華風のスープとご飯を一緒に掻きこむと、ここまで味の次元が上がるのか――ッ!


「こ、これは美味い……ッ! 美味すぎる!」


「クッパ風ですね。美味しいでしょう? 本当はキムチとかがあればいいんですけどね」


 彼はそうぼやきながらも同じようにご飯をスープに入れる。

 ディシディアは最初こそ抵抗感があったようだが、挑戦してはじめてその良さが理解できたらしい。別々に口にした時とはまるで違う。

 米にスープの旨みが染みこみ、噛み締めるとそれが口内で炸裂する。

 かき玉などの具材とも喧嘩しておらず、より味が繊細になっている。

 すでにディシディアは満面の笑みを浮かべて春雨クッパを頬張っている。その幸せそうな表情を見て、良二もまた満足げな顔を浮かべるのだった。


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