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地下牢への行き方は覚えていた。
行き止まりの壁を秘密のからくりで越えて、さらに階段を下りていく。手に持った鉄の鍵が冷たかった。
――カイハは無事かしら。
そう気がせくほど、手先がどんどんと冷えていく。小脇に抱えた布包みが温かく感じられ、それだけを頼りにシェラは走り続けた。
重い鉄扉を開けた先に、水晶の照明がともる強結界の牢はあった。
いくつも並ぶ牢のうち、結界の中心にあるその牢へ駆け寄る。
「カイハ!」
「お嬢様、なぜ戻られたのです……!」
牢の中でカイハは目を瞠った。シェラの乱れた淡い金髪や、上品な薄桃色のドレスに焼け焦げた痕があったからだ。白い頬にはうっすらと煤が付いている。
「一体何が? どうしてそんな格好に……」
「暴動が起きて、城が襲われているの」
シェラは簡潔に告げ、牢の鍵を開けた。
まだ事態を飲み込めないでいるカイハへ、小脇に抱えていた布包みを投げ渡す。
「暴動? 民衆がですか? ――っと!」
カイハが布包みを受け取った。慌てて開けば、男物の衣服が出てきた。
「それを着て早く逃げて。街とお城の結界が壊されて、誰でも魔法が使えるようになっているの。城外へ出れば安全というわけでもないけれど、火の手からは逃げられるわ」
「お嬢様はどちらへ?」
素早く男物の衣服を着ながら、カイハが問いかけた。
「フェイ様を助けに行くわ」
「お供いたします」
「だめよ」シェラは首を横に振った。「カイハは魔力が弱いから、助けにならないわ」
「けっして足手まといにはなりません。――この身は一度死にました。どこまでもお付き添いいたします」
カイハは胸へ片手を添え、深く頭を垂れた。
「……わかったわ」
シェラは片手をカイハの頬に添え、顔を上げさせた。
「フェイ様を救いたいの。あの方にはどうしても、『民主論』の続編を書いてもらいたいから……」
「なぜそのようなことに固執するのです?」
シェラはひたとカイハを見つめた。
「書で人は育つわ。たとえ今は間違っていても、いつか必ず正しい導きは何かを知る。その時に彼らを導くのは、フェイ様の本当のお言葉よ」
「……了解いたしました」
カイハは恭しく片手を振り、アーゼン式の礼をした。
「お嬢様のお望み、このカイハ、この身に代えましてもお叶えいたします」
「ありがとう」
カイハが手を差し出した。
そこへ手を添え、シェラは導かれるように歩き出した。




