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食屍鬼を見た

久々に書いた超短編です

これ意外にも超短編を書いているので、もしよかったらそちらも読んでみてください!

「あっ! 食屍鬼だ」

 

 誰もいない通りで私は呟いた。

 

 最初はボロボロの衣を纏った浮浪者かと思ったが、犬のように丸い背中と細長い、がりがりに痩せた顔つきは普通の人間のものではなく、それはその者が食屍鬼であることを示していた。


 食屍鬼は私と目が合うとジっと私のことを見つめていたが、すぐにいそいそと夜の闇へと消えて行った。


 暗くて良く見えなかったが、口に人の腕らしきものを咥えていた様な気がする。

気の性だったか?


 食屍鬼が来たほうへ歩いてみると、葬儀屋の車が止まっている家があった。そこでは家の主の声と思える怒声が響いていた。


 断片的にしか聞こえてこないが、どうやら、この家で亡くなった人の遺体が食屍鬼に襲われたらしい。


 先ほど私が見たのは食屍鬼が咥えていたのも、本物の遺体の腕だったようだ。


 私は家から離れると元の道まで引き返した。


 食屍鬼が消えた方を見つめてみるが、何も見えない。そこには夜の闇が広がっているだけだった。


 私は自宅へと向けて歩き出す。


 私が最後に食屍鬼を見たのはいつ頃だろうか。


 あれはたしか……私がまだ高校生だった頃だった。


私が暮らしていた村は、その当時でも珍しい土葬をしている村でよく食屍による被害があった。


 私の家は墓地の近くにあり、夜に窓を開けておくと、静寂に包まれた村に土を掘る音が響いたものだ。両手で土をシャリシャリと掘る音や、スコップで大胆に掘る音は澄んだ空気を通して私の耳へと届いた。


 その音に対する恐怖心は全くなかった。


 聞こえても、『ああ、またか』程度にしか思わなかった。


 しかし、大人たちはそうは思わなかったようで、墓地に墓守を用意するようになった。


 その日を境に夜に聞こえる土を掘る音がすると、墓守の怒声が響いた。その後すぐに食屍鬼の逃げる足音と墓守の追いかける足音が聞こえた。


 それから程なく後に食屍鬼の行動に変化が現れた。


 なんと、食屍鬼は人数を増やしたのである。いつもは一人で掘っていたのが、墓守の出現以降は二人となったのだ。人数を増やして掘る時間を短縮しようとしたらしいが、一人増えたぐらいでは、そこまで時間は短縮できなかった。またすぐに墓守の怒声が静寂に響くだけだった。


 その後も人数を増やしていき、多い時では五人で掘ることもあったが、大抵は掘る前にその人数の多さから墓守に見つかるだけだった。


 事が起きたのは、そんな追いかけっこが続いた、二ヶ月後だった。


 その日の墓守は体調を崩していて、長時間に渡る墓守の仕事中にうとうと眠りこんでしまったのだ。


 それまでろくな食事にありついていなかった食屍鬼たちにとっては寝ている墓守は千載一遇の機会であり、かなりの数の墓が掘られることとなった。


 その中には私の家の墓もあった。


 墓を掘られた家の者の怒りは凄まじく、いつもは温厚な私の父でさえ怒りを露わにした。


 そして、村人による会議が行われることとなった。


 子供であった私はその会議のことについては全くわからなかったが、父や周りの大人の様子とその後の出来事から、大々的な食屍鬼狩りが行われることになった。


 丸一日、山や谷を大人たちは探し回り、二十数匹の食屍鬼が撃ち殺された。そのどれもが今と同じようにボロボロの衣を纏っていた。


 父の話によるとこれが全ての食屍鬼ではないらしかった。まだまだ、食屍鬼は潜んでいると言った。


 が、大人たちはこれだけ始末すれば、もう墓を荒らすことはないと考えて、それ以上の食屍鬼狩りをすることはしなかった。


 ただ一人、食屍鬼狩りを続けると言ったのは墓守だけであったが、長続きすることはなかった。


 大人たちの判断は正しかった。


 その日から、食屍鬼によって墓を掘られることはなくなった。


 村一帯に潜伏していた食屍鬼はそのほとんどが住処を変えたとのことを風の噂で聞いた。


 それからというもの、夜に窓を開けていても土を掘る音は聞こえることはなく、極偶に聞こえることもあったが、それもいつしか聞こえなくなった。


 私が、最後に食屍鬼を見たのは、それから間もない頃だ。


 村近くの高校から家への岐路の途中で、自転車に乗る私の前に黒い影が飛び出してきたのだ。よく見ると、それは食屍鬼だった。


 食屍鬼は私を一瞥すると、すぐに茂みの中へと消えて行った。


 それからというもの、村や周辺で食屍鬼を見ることも土を掘る音を聞くことも完全になくなったのだ。


 私はもう一度、食屍鬼が消えて行った道の方を見た。


 やはり、暗くて何も見えない。


 だが、その先には確かに食屍鬼の身を隠す気配を感じたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 恐怖も感じさせず、たんたんと話を語る主人公の様子に 恐ろしいはずの食屍鬼が田舎の畑を荒らす狸や野犬のような存在に感じてしまいました。
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