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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第二章 転校生と大波乱
7/21

3

 翌日、ステラは内心はらはらして学院に顔を出した。だが、生徒たちに別段変わった素振りは見られなかった。少なくとも校門から廊下にかけては。安心したステラは教室に入り、元気な声で「おはよう!」という。すると同じ言葉が、教室のあちこちからちらほらと返ってきた。

 そのまま自分の席につこうとしたステラだったが、そこまで行く途上にミオンを見つけた。昨日のことをまだ引きずっているのか、しょんぼりとしているそんな彼女を見て、ステラは軽くその肩を叩いた。

「え?」

 驚いたミオンの顔を見ながら、ステラは少年のようににっこり笑うと、一言。

「おはよー、ミオン!」

 ミオンはしばらく目を白黒させていたものの、おどおどして目を伏せながらも

「お、おはようございます」

 と、どうにかこうにか返してくれた。ステラはその答えに嬉しくなりながらも、同時に違和感を覚えていた。そして、この違和感の正体はすぐ判明することになる。彼女が自分の席に今度こそつこうとしたとき、

「ちょっと、イルフォードさん」

 と、教室の端から呼ばれたのだ。「ん?」と呟いてステラがその方向を見ると、数人の女子が固まって手招きをしている。

 ちなみに、クラスの大半の人がステラを名字で呼ぶ。「イルフォード家の娘であるということに対する当てつけか」と一時はステラも考えたが、そんな意地悪を全員が考えているわけもないので、敬遠しているのだろうと勝手に結論付けておいた。

 以上、閑話休題。

 ともかくステラは、一応女子生徒たちの元まで走っていく。「なあに?」といつもの調子で聞いた彼女は、次の瞬間、とんでもない言葉を耳にした。

「だれにでも親しくするのはいいけど、友達は選んだほうがいいと思う」

「…………は?」

 気付けば、間抜けな声が出ていた。己の耳を疑ったステラは、次いで深刻な女子生徒たちの顔を見て己の目を疑う。しかし、まぎれもない現実だということが判明しただけだった。

 女の子集団は「それだけだから」「ごめんね、いきなり」と言葉を続けてそそくさと去っていった。残されたステラははっとしてミオンの方に目を走らせる。

 彼女は――やはり、というべきか。今にも泣きそうな顔でステラから目を逸らしていた。

 続けて教室全体に目を光らせると、あちらこちらでひそひそとささやき合っている集団が見受けられた。全員、ステラかミオンか、そのどちらかをあからさまに指さしている。

 それを見て、剣士の少女は初老の男と対面したときと同じくらい、渋い顔をして考えた。こりゃ、かなーりヤバい状況になってるんじゃないですかね? と。

「あっ、レクシオ! おはよう!」

 男子生徒の底抜けに明るい声を聞いて、教室の入口に視線を映したステラ。そこには間違いなく、数人の男女から親しげに話しかけられて少し困っている幼馴染の姿があった。不幸中の幸い、というべきか、彼に妙な目を向けられている様子はあまりない。ただ、それもステラたちのところに行くまでのことだった。

「よう、ステラ。おはよーさん」

 こちらまで来たレクシオに対し、ステラもいつもの調子で「おはよ、レク」と返す。その後の彼の行動はステラとよく似ていて、すぐそばにミオンの姿を認めると迷いなく彼女にも明るく挨拶(あいさつ)した。

「おはようさん。昨日は大変だったな」

 内心でかなり気遣っていたのか、ステラよりかける言葉も多い。ミオンはまたも戸惑いがちに挨拶していた。そしてそれを見た周囲の生徒が、またささやきだす。あくびをかみころしながらその風景を見ていたステラは、レクシオとミオンの会話が終わると、

「レク。ちょっといい?」

 彼を小声で招き寄せる。先程の女子生徒集団と同じ行動だ。この手を選んだのは、むろん、これからする話を周囲に悟られないためである。……ミオンには悪いと思うが。

「……? なんだよ」

 そのステラらしからぬ行為を幼馴染は訝ったが、一応来てくれた。ステラはすぐさま彼に耳打ちする。

「昨日から想定してた事態ではあるんだけど……ミオン、かなり突き放されちゃってるみたい」

「何?」

 レクシオの声が不快感を帯びたものに変わる。彼は焦るように教室に目を走らせ、そしてこの微妙な空気に気付くと、顔をしかめて頭をかかえた。ね? とステラが言うと、レクシオは首を縦に振りながら一言。

「ああ。こりゃー、かなり大変だな。しかもデルタ関連が理由だとすると余計にまずい」

「どうして」

 ステラは目を細めて訊き返す。レクシオはため息をこぼしながら面白くなさそうに答えてくれた。

「万が一ひどいことになって先生たちに話しても、まったく取り合ってくれないどころか、『付き合う奴は選べ』って言われるのがオチだからだよ」

 少年のこの台詞が真実であることは、ほどなくして判明した。

 授業のために訪れた先生――生徒たちは、教官のことを一部の例外を除いて、こう呼ぶ――たちが、ミオンが何かを発言するたびに嫌そうな顔をしたからだ。唯一、クラス担任のリンダ・テイラー教官はどんな顔もしなかったが無理して笑顔をつくっているようにも見えた。

 ステラは終始イライラしっぱなしだったし、周りに視線を走らせれば、レクシオやブライスも不快感丸出しの顔をしていた。きっと、午前中数時間だけでこの三人とミオンの中には、かなりのストレスが蓄積されたことだろう。

 この雰囲気が崩れることのないまま、三時限目と四時限目の間の小休憩までこぎつける。このとき、クラスの大多数にとってはとてもささいな事件が起きた。

「あ、あの」

 ミオンが勇気を振り絞って、近くの女子に話しかけたのである。うっとうしげに振り向いた女子生徒とその周りにたむろしていた子たちを見ながら、彼女は頭を下げた。

「ここの意味が分かりづらかったんですけど、よろしければ教えてくださいませんか?」

 これは、先日の合同授業以前にステラが聞いた話である。どうやらミオンの通っていた高等学校は、通常科目の授業が帝国学院より遅れていたらしい。なので、彼女が授業の内容を他人に質問する光景はしばしば見受けられた。

 それまでは生徒たちも普通に対応していたが、今日の彼女は、教室の隅っこでレクシオと談笑中だったステラが想像していた通りの発言をした。

「どうしてあなたみたいなけがれた人に、わたしが教えなくちゃいけないの」

「――え?」

 呆然とするミオン。その彼女をよそに、周辺にいた子たちも、そうだそうだ、と便乗する。すると調子に乗った女子が、また続けた。

「だいたいあなた、昨日あれだけのことをしておいて、よく学院に来られるね。ああ、単に鈍いのかな」

「え、あの?」

 ミオンは戸惑ったような声を上げていたが、その黒い瞳はあきらかに揺れていた。昨日の自分の行いを、そしてその結果ばれてしまった事実を思い出したのかもしれない。

 しばらくは黙って様子を見ていたステラだが、ここまで来ればもうだれも彼女を止められない。ステラは、向かい側のレクシオにすら何も言わず席を立ったのだ。

 普通だったら『こんなこと』を進んでしようとする生徒はあまりいない。だが、ステラは元々神経が図太いのに加え、ここ最近の騒動のおかげでさらにその神経の太さが増したので、このくらいはどうってことないわけである。

「お、おい」

 当然、いきなり席を立たれてレクシオは困惑していたが、すぐにそんな彼女の意図を察すると、ため息をついて一緒に立ちあがった。ただし、その顔は嬉しそうに(ゆる)んでいた。

 もちろんそんな幼馴染には気付きもせず、ステラは女子生徒のところまで行くと、いきなり吐き捨てた。

「そーいうの、『言葉の暴力』っていうんだよ。少しは考えて発言したら?」

 きつい、なんていうレベルではなかったが、これが彼女の中に蓄積していたイライラがすべて吐き出された結果である。もちろんその女子は少しの間呆然としていたが、ステラの姿を認めた時点でさっきまでの勢いを取り戻した。

「イルフォードさんか。邪魔しないでよ」

「この状況を見て、邪魔しないで見ていられるものですか」

 ステラが即座に言い返すと、女子と、その周りの友人たちが明らかにぴりぴりとした雰囲気をまとい始めた。ミオンはすっかり腰が引けた様子で見ていたが、一方で驚いてもいた。

「何様のつもり、あんた? だいたい、今朝忠告したはずだけど?」

 女子にそう言われて、ステラは初めて思い出す。『友達は選んだほうがいい』と忠告してきた女子と同じ集団の中にいた人だ、と。しかし、だからなんだというのだ。彼女はわざとらしく鼻を鳴らすと、こう言い切った。

「あいにくだけど、あたしそういう付き合いが大っ嫌いな質でさ。出自で人を選ぶとか、ゴマをするとか、入れてやる、みたいな高圧的なやつとかね」

「美しい正義の味方だけどね。いつまでもそんな調子でいると、後悔するよ?」

 さらに女子も言い返してくる。正直いって、ナタリー対シンシアのレベルではない。荒ぶる女の真剣勝負に発展していた。しかし、ここで退いてはミオンに対する態度を容認する結果になるので、ステラもすぐさま言い返そうとする。が――

「あーあ。女の『話し合い』って、これだから怖いんだよねえ。女の(さが)、ってやつかな」

 突然、ステラのすぐ横からそんな声が聞こえてきた。全員がそちらを向くと、そこには腕を組みながら目をつぶって立っている、レクシオ・エルデがいた。

「レク」

 水差してこないでよ! という思いも込めてステラは呼んだが、レクシオは一切気に留めず続けた。そっと目を開き、緑の瞳を女子生徒集団に向けて。

「あんたらの方こそ何様のつもりだ? 弱い者いじめがそんなに楽しいか」

 いつものレクシオより若干きつめの口調。この口調のときのレクシオは怒っている、というのは、『クレメンツ怪奇現象調査団』のメンバーのみが見抜いている事実だ。

 突然の乱入者に唖然としている少女たちに向けて、レクシオはさらにこう続ける。

「さっきはああ言ったが、俺もこの向こう見ずなステラさんと一緒で、そういうことはほっとけない質でね。あんまりひどいと――切れるぞ。ま、おたくらがそれをお望みなら別にいいんだが」

 さあ、どうする? そう締めくくった彼は、本物の殺気をまとっていた。ステラも思わずたじろぐほどのすごい殺気。しばらくそれを黙って見ていた女子生徒は、しかし隣の友人らしき女子に脇腹をつつかれて、こう言われた。

「とりあえずはやめようよ。学院のトップエリートを二人も敵に回すのは、さすがにまずくない?」

 む、とうなった彼女は、しばらくして席を立つと、「ふんっ!」と言って教室から出ていった。周りの子たちもそれに続いた。

 教室はその瞬間だけ静まりかえったが、すぐにどよめきにも似たヒソヒソ話が教室中で始まる。それを完全に無視するかたちで、ステラとレクシオは自分の席に戻るべくくるりと回れ右をした。

「余計な一言もあったけど、まあ、とりあえずはありがとね。レク」

「おーよ。まったく、あんな舌戦はこの数日でお腹いっぱいだっつーのに」

「あはは、ごめんごめん」

 そんなたわけた会話をしばらくしていた二人だが、

「あのっ」

 と声をかけられると、同時に振り向いた。取り残されたミオンが、目に涙をためながらもこう言ってくる。

「……その、あ、ありがとうございました」

 すっかり弱気になってしまっている彼女に二人が向けたのは、無邪気な笑顔だった。

「どういたしまして」

「ま、気にするなって!」

 しかし、ミオンの顔はいつまで経っても晴れなかった。


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