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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第二章 転校生と大波乱
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1

 ステラがブライスとシンシアに相談を持ちかけた二日後。武術科と魔導科の合同授業で、学院中を震撼させる出来事が起きた。一番の当事者にとってそれは些細な失敗でしかなかったが、それが致命的な傷につながってしまったのである。


「武術科と魔導科の合同授業、かあ~! 久し振りだねえ」

 やけにトーンの高い声で、ステラは言った。いつも以上に気分が高揚している。そんなステラを見て苦笑した隣のレクシオも、それに追従した。

「ああ。俺は結構この授業好きだな。ほかの『調査団』メンバーとも一緒になれるし」

 これまでの、変な様子の幼馴染はどこへやら。このときばかりは彼も、「いつも通りのレクシオ」である。ステラはそんな彼を見て、密かに胸をなでおろしていた。

 そんな二人は今、合同授業が行われる武道場へ向かう最中である。ほかにもそこへ向かおうとする人がたくさんいたので、廊下は繁華街並みにごった返しているのだった。

「やれやれ、こりゃ全員遅刻かな?」

 ステラは冗談めかしてそう言い、肩をすくめた。隣の幼馴染も「そうかもな」などと悪乗りしつつ、欠伸を噛み殺している。さっきから全然進んでいないので、はっきり言って暇なのだろう。ステラほどテンションが高いわけでもないので、余計だった。

――と。突然、二人の平穏を打ち破るうめき声が聞こえてきた。それはステラの斜め前からだった。微妙に高い、謎のうめき声に不信感を持ってステラがその方向を見ると……噂の転校生、ミオン・ゼーレが人の波に押しつぶされて、おぼれていた。そう、おぼれていたと表現するのが相応しい状態だ。まさに溺死寸前。

「うひぇあっ!?」

 わけのわからない悲鳴を上げたステラ。それを聞いたミオンは、そのステラが気付いたと判断したらしく、しかし彼女とは気付かないままに、

「た、助けて……助けてくださいぃっ」

 悲痛な声で嘆願してきた。

「わ、分かった! 分かったから死なないでちょうだいね」

 慌てふためいたステラは、大わらわでその武術科生にしてはか細い腕をつかんで、慌てて人の波から彼女を救出した。ちなみに途中で気付いたレクシオも加わってくれた。

 どうにかこうにか抜けだして一命を取り留めたミオンは、泣きそうな顔のままステラにお礼を言う。

「ふわああ、ありがとうございました。冗談抜きで死ぬかと思いました。というかイルフォードさんだとは思いませんでした。すみません」

「どっ、どういたしまして。まあ、こちらとしても目の前で死なれちゃ寝覚め悪いし」

 引きつった笑いを浮かべながらステラが答えると、「ほんとだよ」と実に軽くレクシオが同意した。ミオンはもう一度、人混みの中で深々と頭を下げた。

 その後は、三人で話をしながらこの人混みを抜けていくことにした。

「ご、合同授業なんてあるとは思わなくて、今、ちょっと緊張してます」

 ミオンは文字通りカチコチにこわばりながらそう言っていた。そんな彼女の肩を、ステラが叩く。ちなみにその瞬間の彼女は、この間の幽霊騒ぎのときに、同じようにしてレクシオに声をかけられたことを思い出していた。

「大丈夫だよ。噂によればミオン、あんた、結構好かれてるみたいじゃない。きっと魔導科の人たちも喜ぶだろうね」

 かわいい、って学院中で噂だし、という言葉は呑み込んでおいた。余計なことを言うと、ミオンがまた緊張すると思ったからだった。二人の和やかな少女の様子を見ながら、先程から若干、蚊帳の外のような状態になっているレクシオが、ぽつりと呟く。

「さあて、どんな合同授業になるかねえ。実に楽しみだ」

 その視線は、明らかにミオンの方に向いていた。ようやく人の波が動き出したのを感じながら、なんだか妙にミステリアスな幼馴染の姿を見て、ステラは首をひねるのだった。


「さてっ! 今日の合同授業は、模擬戦闘試合を行ってもらいますよ!」

 ミオン並みに男子からの人気が高い、武術科・剣術クラス担当の教官、リンダ・テイラーの言葉に、あちこちから歓声とも悲鳴ともつかない声が上がった。

 あのあと、このテイラー教官の誘導の元どうにか武道場に辿り着いた高等部一年生たちは、無事時間通りに授業を始めることができたのだが、その授業の内容が模擬戦闘試合ともなれば喜ぶ人も嫌がる人も出てくるだろう。しかも、後のテイラー教官の話によると、必ず武術科生と魔導科生が当たるように組んであるらしい。

「緊張してきました」

 改めて、ステラの隣にいるミオンがぽつりと呟いた。

 そうして行われた試合は、ありとあらゆる意味で面白かった。

 普通に勝ち負けが決まるペア。圧倒的な差で勝敗がきまるペア。思わぬアクシデントが起こったペア。いろいろだった。

 中でも一番生徒と教官の肝を冷やしたのは、魔導術の火球が武道場の壁に思いっきり当たると言うことが起きたときである。火球を放った生徒も、全力を込めていたものだから、危うく火事になりかけた。テイラー教官と共にそばにいた、魔導科教員の放水の魔導術でことなきを得たが。

 そして今までの中で特に場を盛り上げたのが――レクシオの出る試合だった。

「う、うわああああっ!」

 魔導術がレクシオお得意の鋼線で一瞬にして破壊され、ついでにその鋼線が自分の方まで伸びてくると、魔導科のポール・グロウという名前のふくよかな男子生徒は青くなった。だが、鋼線がポールの身体に直撃する前に、レクシオがその勢いを止める。

「はい、そこまで! 勝者レクシオ・エルデ君!」

 ここでテイラー教官の声が入り、レクシオの勝利が決まった。「楽しかったー」と本当に楽しそうに言う彼に対し、ポールが一言。

「な、なんなんだよぉ! おまえの武器」

 ちなみに、彼はこの質問に答えなかった。

 さらに余談だが、この試合は今までで一番かかった時間が短かった。

「す、すごいですね!! 私、こんなに興奮したの初めてです!」

 顔を紅潮させながらはしゃぐミオンを見て、ステラは笑った。

「まあー。あたしとまともに張り合える唯一の友人だからね。当然よ」

 レクシオとは付き合いが長いせいか、彼のことで褒められるとステラはまるで自分のことのように喜ばしくなることがある。そしてそれと同時に悔しくなるのはきっと、ステラが彼をライバルとして認識しているせいだろう。

 再び、教官の声が響いた。

「次のペア! ステラ・イルフォードさんとニコラス・セルヴォ君、いらっしゃい」

「あ。あたしの出番」

 自分の名前を呼ばれたステラはゆっくりと腰を浮かす。横からの「がんばってください」という声がけにうなずいた彼女は、フィールドになっている生徒が描く円の中心に向かって歩いた。その途中、帰ってきたレクシオとすれ違いざまにハイタッチ。

「お疲れ様、我が敵手」

「おう。頑張れよ、我が敵手」

 そんな会話をしながら。

 こうしてニコラスの前に立った彼女は、顔をしかめた。

 ニコラス・セルヴォという名の金髪碧眼で貴公子然とした少年は、明らかに見下すようにして笑っていたからである。実際、ステラに向かってこう言った。

「君からかかってきていいよ。対魔導士戦というのは、どうしても剣士は不利になるだろう?」

 確かに、ごく普通に考えればそうなる。だが、対するステラは余裕だった。

 相手を見た瞬間、彼には失礼だが、思ったからだ。

――この人、弱い、と。

「じゃ、遠慮なく」

 構えながら答えたステラは、一直線に相手の方へとかけだした。すると、ニコラスが冷笑を浮かべるのが見える。

「愚直に突っ込んでくるとはね」

 そう言いながら、彼は誰かと同じ火球の魔導術を展開して、ステラの方に向けて放った。

 先日の幽霊騒ぎのとき、森でステラがラメドと戦ったときと、同じ状況。この事実に気付いた瞬間、彼女の目つきが変わった。あのときと同じ、命をかけた戦に臨む者の目に。

「ふん」

 彼女は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、飛んでくる炎の塊を全部避けた。それなのに一切失速せず、ニコラスの方に向かう。

「え、なっ……?」

 さすがに焦りを見せたニコラスは、大慌てで防御の魔導術を発動させ、ステラの攻撃を防ごうとした。それに気付きつつステラは歩みを止めなかったが――

 ニコラスの元へ到達しようとした瞬間に、跳んだ。文字通り地面を蹴って、高く跳んだ。ダン、という大きな音が武道場全体に響き渡る。

「えっ!?」

 というのは、その場にいた多くの生徒の声だった。それを受けながら空中で一回転した彼女は、ニコラスの真上に到達すると、未だ金色に光っている防壁に向かってその真上から突っ込んだ。突っ込みながらにやりと悪戯っ子のように笑って、

「やあああああっ!」

 剣を振りおろした。

 それなりの高度からの攻撃のため、剣には位置エネルギーが加わり、振りおろした際の威力が上がった。結果として、ニコラスの防壁を粉々に砕いた。

「う、うわああっ!!」

 すんでのところで刃がかすりそうになった彼は、大慌てでそれをかわしたが、それ以上の攻撃はできそうにないくらい戦意というものを喪失していた。

 そのため、

「そこまでっ!!」

 テイラー教官の声がかかり、ステラの勝利が確定する。会場はしばしの沈黙に包まれたが、剣を(さや)におさめたステラがニコラスに向かって、はっとしたような表情で、

「あ、ごめん。ブライスの『戦いになると我を忘れる病』がうつったかも」

 などとたわけたことを言うと、その瞬間に止まっていた時が動きだし、武道場はざわめきに包まれた。かけつけていた二人の教官は感心したように腕組みし、生徒たちはこそこそと話し始める。

「おい、今の見たかよ?」

「見た見たー。アスリートみたいだったよ」

「レクシオと言い、今年の武術科生は化け物ばっかだな」

 などという声が周囲に飛び交う中で、ステラはひとつの音を拾う。それは、魔導科生が集まる場所からの声だった。

「ギーメル、アイン、ラメドと、化け物クラスと連続して戦ってるもんなー」

 そのお気楽な声は間違いなくトニーのものである。『ラフィア』関係のものは学院に広めたくないので、それを聞いたとき、ステラは本気で焦ったが、どうにか気付かれずに済みそうだった。そのことには安堵を覚えて胸をなでおろしたものの、直後に「おのれトニーめ!」と呪っておく。

 ニコラスに背を向けてステラが自分の場所まで帰ると、さっそくミオンが飛びついてきた。

「す、すごいですイルフォードさん!! すごいです!」

 今まで見たことのない勢いで嬉しそうに飛びついてくるミオンに対し、ステラは苦笑を禁じえなかった。

 その後も試合は順当に行われ、やはり様々なハプニングがついて回った。そして、ついに授業も終盤に差し掛かり、いよいよ気になるあの人の名前が呼ばれた。

「さあ次! ミオン・ゼーレさんとシャルロッテ・ハイドランジアさん、いらっしゃい」

 その瞬間、ミオンがぴくりと身をこわばらせた。

「うわあああ……。わ、私の番ですね」

 びくびくと震えながら立ち上がるミオンに対し、ステラはレクシオと一緒になって呼びかける。

「ほら、がんばって」

「でも無理はしなくていいからな」

 まるで事前に打ち合わせでもしたみたいに息ぴったりな二人の声を聞いたミオンの顔が少し和らぐ。彼女はふんわり笑うと「はい、ありがとうございます」と言ってから、重い足取りで一人の女子生徒の前に立った。

 その女子生徒――シャルロッテ・ハイドランジアをステラなりの言葉で表すと……シンシアよりひどいお嬢様的態度の嫌な女子、といったところだろうか。髪の色と眼の色がミシェールと一緒で、シャルロッテ自身が少々まとっている雰囲気も彼女と似ていたが、根本の性格は似ても似つかない高飛車女といったところだ。少なくとも、たまに彼女が話しているのを聞いた限りでは、だが。

 正直、かなりはらはらした。

「それでは、試合開始っ!!」

 一人の少女の保護者的な心配をよそに、テイラー教官は容赦なく叫ぶ。


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