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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第一章 魔導の一族
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3

 ちょうど、帝国学院の女子生徒が友情を(はぐく)んでいる頃。とある場所では、逃走劇と追走劇が同時に繰り広げられていた。

 ガサガサと、まるでこちらに示すかのように茂みの音を立てて迫ってくる集団に気付いた男は少し眉根を寄せた。だが、その顔に危機感はない。嫌な奴に会った、そんな程度である。

 彼は無言で身をひるがえしたが、その直後に背後の空が光った。

 最初こそ訝しげに見ていた男だったが、その正体を悟ると、とっさに身を伏せて右手を突き出す。

 刹那の間があいた。そうかと思えば、次の瞬間には『何か』が着弾し、周辺一帯に爆音と煙と炎を撒き散らしていた。周辺で羽を休めていた鳥が、一斉に飛び立つ。

 それなりに大きな爆発だったが、

「ふん。炎と雷の融合魔導術か。帝国軍人も、腰ぬけばかりではないようだな」

 肝心の男はそんなことを口にできる程度に余裕だった。いや、それどころか無傷だった。彼の周りには、薄く輝く金色の膜が、防御の魔導術が展開されていた。

 男が分析と皮肉を口にした直後、彼の前に数人の男が現れる。みな、同じ制服を着ており、それぞれ臨戦態勢をとっていた。彼らは男を鋭く睨みつける。その後、代表して先頭の男が息を吸って、いきなり叫んだ。

「そこまでだ、ヴィント・エルデ! これまで幾度となく我が国の民を傷付けてきた罪、今度こそ(あがな)ってもらうぞ!」

 ここで初めて、男、ヴィントの表情がわずかながらに変化する。黒髪の下で光る緑の双眸の鋭さが、二割増し程度、強くなったのだ。

「ふん。我が同胞(はらから)に先に手を出しておいて、よく言う」

 ヴィントが低い声で言うと、彼ら、軍人の表情に怒気が見えた。またも先頭の男が言った。

「貴様らのような下賤な民に仲間意識があるとは驚きだな。使わせてもらおう。貴様らは誰ひとりとして、この国で生きていてはならん一族なのでな。恨むなよ!」

 瞬間、ヴィントの顔に明らかな動揺が走った。彼の頭にそのときよぎったのは、もうなんとも思っていなかったはずの身内の存在。見捨てたはずの、息子の顔。

 男の目に、静かな、しかし明らかに強い殺気が宿る。

「貴様ら、またシュトラーゼでの過ちと同じことを繰り返すつもりか?」

 軍人たちが、一様に黙り込む。その隙に、ヴィントは左手を掲げた。

「行かせんぞ」

 それは、とても小さな開戦宣言。彼の声と同時に、空に無数の魔力の塊が打ちあがる。それは徐々に、姿と固さを変えていき――

 最終的には、鋭い氷の矢となった。それも、かなり巨大である。

「俺は貴様らと違って火事など起こす気はないからな。これで終わらせてもらう」

 軍人たちの怒りは、恐怖と取って代わった。

「……っ。術者の気を乱してしまえば、あんな術、無意味だ! かかれ!」

 先頭の男は、やはりというかこの場の指揮官だったらしい。彼の言葉に呼応するかのように全員が武器や術を構えて、一斉に放った。表情には明らかな焦りが見える。

 ヴィントはうっすらと、笑った。

「ほお? ただの人間ごときに、俺の気が乱せるとでも言うのか」

 走る歩兵に先んじて、軍人側の魔導術がヴィントに向かう。それはもう、ものすごいスピードで。普通ならば避けることも防ぐことも不可能だ。

「はははっ! 死ねえっ!」

 それは当然この指揮官も分かっているのか、勝利を確信し高笑いをしている。だが逆に、ヴィントの表情は冷めきった。

 彼が無言で右手を突き出すと、一瞬で強力な防御の壁が出来上がり、すべての術を弾き返してしまった。向かっていた歩兵の顔にも、指揮官の顔にも焦りが浮かぶ。

「な、何っ!? 複数の魔導術を同時展開だと!」

 そこらへんにいるような魔導士なら、それはまず不可能だ。右手と左手でまったく違う図形を、それもかなり複雑な図形を描くようなものである。膨大な魔力と集中力を要するし、それ以前に術の命令系統が混乱してしまう恐れがあるので、歴史の中で名を残した大魔導士ですら滅多に使わなかった手法、といわれている。

「それが可能なゆえについた俺たちの二つ名だ。確か、おまえたちがわざわざつけてくれたんだろう? それを忘れたとでも言うつもりか。それとも舐めていたのか」

 淡々と語るヴィントの顔を見て、兵士たちの恐怖はますます濃くなった。しかし、指揮官は叫ぶ。鶏の首を絞め上げたような、情けなくも大きな声で。

「か、かかれぇーっ!」

 歩兵たちは恐怖しながらも、別の激情に駆りたてられてヴィントに剣や槍を向けた。それを見たヴィントは静かに目を細めて、呟く。

「どうしようもない阿呆だな」

 その後、ゆっくりと左手を振りおろした。すると、空中でふわふわと浮いていた氷の矢が、一斉に兵士たちめがけて落ちてくる。

「あ、な、な」

 そんな、言葉にならない声を上げたのはだれだっただろうか。しかしそれを合図にしたかのように、ある者たちは動き出した。

「うわああああああっ!」

 指揮を執っていた男と、魔導術で爆発を起こした魔導士である。彼らは甲高い悲鳴を上げると、後ろを(かえり)みることもせず逃亡した。醜くも美しく、自分の生にしがみつき、必死で野をかけた。そんな彼らめがけて、氷の矢は容赦なく降り注ぐ。そして突撃していた兵士はというと、モロにその魔導術をくらうこととなった。大きな氷の矢は先端がとがっており、その先端は容赦なく、ヴィントが命令した場所に、彼らの脳天に深く深く突き刺さった。

 戦場はたちまち、悲鳴と鮮血で彩られた。

 その中で唯一、返り血を浴びることもせず平然としていたのは、やはりヴィント・エルデだった。

――わずか一分後。かつて戦場だった場所は、文字通り(しかばね)累々(るいるい)の有様になっていた。氷に脳を貫かれ息絶えた戦士たちの亡きがらがそこら中に転がっている。

 そして、彼らを冷徹な目で見下ろしていた男はまた、一人呟いた。

「他愛もない」

 微かな声だけを残すと、彼は何の未練もなくその場から立ち去った。

 数日後。必死で逃げてきた帝国兵たちにより、このことは帝都中、いな、帝国中に衝撃を与えることとなる。当然、新聞でも大々的に報じられ、帝国の一般市民や上層部の人間、そして何よりも帝国学院生の間でうわさとなる。

 これが、自分たちの同胞の運命を大きく揺るがすことになることをヴィントはこのとき、まだ知らずにいた。


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