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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第一章 魔導の一族
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2

「転校生?」

 ステラが教室へ帰ってきた途端に猫のように飛んでやってきた赤毛の少女、ブライスは唐突にそんな言葉を発した。彼女は人差し指をピンと立てて、「そう!」と言った。

「この武術科、剣術クラスに転校生が来るって話!」

「へ~。またなんで、こんな時期に」

 ステラが何気なく声を上げると、ブライスは「知らな~い」と言ってにやりと笑った。やはりどこか猫のような雰囲気がある。

「それでねっ。明日正式に紹介されるらしいわよ」

 その言葉を聞いて、ステラはぎょっとする。思わずイスを蹴って立ち上がってから、どうにか声をひそめた。

「まさかあんた、盗み聞きしてたの? どうやって」

 普通、転校生が来るという話はその日、あるいは前日の終礼の頃になってからでないと知らされない。理由は諸々あるだろうが、その辺のことについて詳しく知らないステラは「大人の事情」と割り切っていた。

 そんな情報を一足先に手に入れるには、もはや教官たちのちょっとした会話を盗み聞きするほかないだろう。ばれたら中々の問題になるのではなかろうか。

 だが、ブライスはあっけらかんとして、

「秘密に決まってるじゃない」

 と言った。

 さすが『新聞部』の一員……

 取材に己の魂を燃やすあのグループの実態――その一端を垣間見た気がしたステラは、ため息をついて頭をかかえた。


「今日は、皆に転入生を紹介します」

 翌日の朝。ステラたちのクラスを担当する教官の口から放たれた言葉は、予想通りのものだった。ステラはちらりと横を見る。赤毛の少女が、得意気に笑っていた。

 ステラがため息をついて視線を戻すと同時に、教壇(きょうだん)(じょう)の教官は戸口に向かって「入っていいよ」と手招きをした。はい、という小さな声のあとに、転入生が姿を現す。

 同時に、教室の空気が一変した。男子が一瞬にして熱に浮かされ、女子でさえも唖然として口を開く者がほとんど。ステラやブライスも、さすがに驚きを隠せなかった。

 端的に言えば、その転入生というのが、かわいい顔立ちをしたしおらしい少女だったのだ。彼女は不安げに教室を見渡すと、ぺこりと頭を下げる。ふたつ結びにして前に垂らした黒髪が、動作に合わせて揺れた。

「初めまして。ミオン・ゼーレと申します。地方の学校から来ました。都会は初めてで分からないことだらけですが、どうかよろしくお願いいたします……」

 ミオンと名乗った少女は、消え入りそうな声で丁寧に述べた。それからおろおろとした様子で顔を上げる。宝石のような輝きを持つ黒い瞳は、不安げに揺れていた。

 教室は、静寂に満ちていた。だが、その中で誰かが数度手を叩く。すると、それが波紋のように広がって、間もなく教室中が拍手に満たされた。ミオンはあからさまにほっとした様子で、小さく笑っていた。

 その後一時限目が終わり、みんなの注目は当然転入生のミオンに集まった。彼女は早速数多の男女に囲まれ、質問攻めにあっていた。そして、気の毒なほどに戸惑いながら、どうにかこうにか受け答えをしていた。

 一方ステラたちはと言うと、遠巻きからそんな彼女を見ていた。憐憫の目を向けながら。

「ああいう質問攻めって、彼女みたいなのにはきついよねー」

 横でブライスが人のことを全く考えないお気楽発言をする。ステラは適当に「そうだね」と返した。生憎、そのような目にあったことがないので分からない。

 彼女は何気なく、近くにいた幼馴染の方へ目を向ける。そこで、異常に気付いた。

 あのレクシオが、ぼーっとしながらミオンの方を見ているのだ。時折顔をしかめている様子もうかがえる。ステラは少なからず驚いたが、やがて意地悪く笑うと、からかうような口調で言った。

「気になるのかい? レクシオ・エルデ君」

 レクシオの肩がびくんと震えた。彼は素早くステラの方を振り返ってから、急に冷めたような目つきで彼女を見てきた。

「気になることは否定しないけど、おまえの期待しているような展開じゃないから安心しろ」

「あ、そう」

 ステラは返してから、ひそかにからかうのが上手くいかなかったことを悟り、悔しがった。この件に関しては一生レクシオに勝てない気がする。と思っていたその時だ。

「あの……」

 横から声が聞こえて、ステラ、レクシオ、ブライスの三人は驚いてそちらの方を見る。そこにはなんと、どうにかこうにか輪を抜けだしてきたらしいミオンの姿があったのだ。彼女は相変わらずおどおどしながらこちらを見下ろしている。

 思わぬ展開に、ブライスが阿呆のように口を開いていた。

「ほらほら、レク。ご指名だよ」

 ステラは言いながら、幼馴染の脇腹を小突いた。彼はわずかに顔をしかめる。

「指名ってなんだよ」

 だがしかし、そんなステラの言葉もあながち的外れなものではなかった。ミオンは間違いなく、レクシオに用があってここまで来ていたのだから。

「レクシオさん……ですよね。さっき聞こえました」

「ほらほらぁ」

 声を潜めてステラは言った。わずかに顔を朱に染めたレクシオは、渋々少女の問いにうなずいた。すると彼女は、訊いてくる。

「いきなり失礼だとは思いますが、その、出身地はどこですか?」

 出身地? と言う声は三人とものものだ。質問の内容としてはとりたてて珍しいものではないが、今、この状況で訊くことなのだろうかと思ってしまったのである。

 むろんレクシオもそう考えただろうが、嫌な顔は見せずに質問に答える。

「ルーウェンっていう、今はもうない町だよ」

 ただし、口調はつっけんどんで、嘲りの響きがあったが。

 しかしミオンはそこを気にしなかった。大きく目を見開いて、急に弾んだ声で言う。

「わ、私もです!」

 素敵な偶然で、とブライスが面白そうに呟いたのも無理からぬことだろう。ルーウェンと言う町は、確かに今は地図上から消えてしまっている。そんな町の出身者同士が出会うなど、そうそうあることではない。当然、弾んだ声を聞いていたクラスメイトの男子は一斉に視線をその場へ集中させた。

 ただ、レクシオは嬉しそうではなかった。それどころか、その表情はどこか絶望的であった。

 よく見ると、身体が小刻みに震えている。

「……レク?」

 ここ数日は様子がおかしいが、そこに輪をかけたような幼馴染の姿に、ステラはさすがに違和感を覚えた。眉をひそめて声をかける。だが、彼の耳には届いていなかったようだ。しきりに何かを呟いていた。その呟きのうち、ステラが聞きとれたのは、ただひとつ――

「まさか……お、まえ……――」

 生き残り?

 最後に彼が呟いたその言葉は、ステラの耳にいつまでも残っていた。


「生き残りぃ?」

 ナタリー、ジャック、トニー……三人の声が綺麗に重なった。怪訝そうに先程の言葉を反芻する彼らを見て、ステラは苦々しげな顔でうなずく。実は、先日から幼馴染の様子がおかしいということで彼らに相談を持ちかけることが多々ある。今回の質問もその一環だった。特別学習室の中に今いるのは四人だけ。レクシオは私用があると言って、今日は早めに寮に帰った。

「どーいう意味だろうねぇ?」

 ナタリーが、癖なのか椅子の背もたれに腕をまわしてギィギィと言わせながら顔をしかめる。

「さぁ……それはよく分からないけど」

 ステラは頭をかくと、ここ数日の彼の様子を思い出しながら、三人に言う。

「でも、あいつ最近とにかく変なんだよね。この間、新聞記事の話をする前から、ぼーっとしてたでしょ? あれからも上の空なことが多くて、いつもの調子で頼みごとをしても用事があるって言って帰っちゃうし」

「そして、転入生が来てからそれに拍車がかかった、か」

 考え込みながら言うジャックの言葉に、ステラは重々しくうなずいた。

 時々意味不明の行動をすることはあるレクシオだが、その裏には必ず彼なりの考えがあったりする。だが、今回はその奇行とは訳が違った。本当に何かを思い悩み過ぎていて、ほかのことに身が入らなくなってしまっているような感じだ。

「ステラの話からすると、転入生に恋をしたってわけでもなさそうよね」

 ナタリーが言ったあと、その隣で彼女の癖を咎めていたトニーが真顔になって言う。

「それ、ブライスあたりにもちょっとずつ相談してどうにかした方がいいんじゃないかなぁ。放っておくと、本当にあいつの今後に響く気がする」

 俺らもやりづらいし、という彼に対し、ステラは取りあえず「そうするよ」と言っておいた。

――そして、翌日の昼食休憩の時間。食堂に赤毛の少女の姿を見つけたステラは、慌てて声をかけた。

「ブライス! ちょっといい」

 だが、そこで言葉が止まる。彼女の座っている席に、もうひとりいることに気付いたから。茶色い髪に緑の瞳。人形のように整った顔を持つこの人には、それはそれは嫌というほど見覚えがあった。実際、あまり好いているわけでもない。

「あれ? どしたのステラ」

「あら。ステラさん」

 ブライスと、同じ席にいたシンシアが同時に顔をあげる。それを見たステラは、うっかりため息をこぼしそうになってこらえた。

「シンシアも一緒か」

 代わりに呟くと、相手は口をとがらせる。

「あら、私が一緒だと何か問題でもありますの?」

 先の抗争の件からシンシアと調査団の女子組とはあまり仲が良くない。問題が解決した今も、そのしこりは若干残っている。むろん、ステラの中にも。だから彼女まで巻き込んで相談するのは少し気が引けた。だが、この際まあ仕方がないだろう。あの幼馴染の様子からして、一刻も早く共に対策を練ってもらう必要があると思っていた。

「いや……。ブライスに折りいって相談があったんだけど。もし聞いてくれるなら、例えシンシアでも聞いてもらうに越したことはないか」

「例え私でも、とはどういう意味ですの?」

 すぐさま噛みつくシンシア。それをなだめたのは、ブライスであった。彼女は天真(てんしん)爛漫(らんまん)のトンデモ少女に見えるが、こういう場合は非常によく気が利くのだった。

「まあまあ。落ち着きなよ、シア。それで相談って何? 恋の話?」

「違うわよ」

 即座に否定したステラは、向かい側の席に腰かけさせてもらって、開口一番こう言った。

「最近、レクの様子がおかしいんだよね」

 シンシアが首をかしげ、ブライスの目はちかりと光る。

「ああ、あの幼馴染君ね。確かに最近なんか変だ」

 やっぱりちゃんと見てたんだ、と内心胸をなでおろしたステラは、うなずいた。

「うん。ブライスは同じクラスだし、それとなく気を配っててもらえると嬉しいな……って。あたしじゃ気付かなかったようなことに気付くかもしれないし」

「うんうん、分かったよー。例の転入生とセットで目ぇ光らせとく」

 あっさり承諾してくれたブライスは、手元にあるジュースを一口飲んだ。そこで、シンシアが横やりを入れてくる。さすがに今のやり取りだけではすべてを把握するのが難しかったようだ。ちなみにシンシアは、『特殊新聞部』ではカーターと同じ魔導科生だったりする。

「変、って……具体的にはどういうところですか?」

「えっとね。転入生の女の子をずっと眺めてたりー」

 危うくブライスが変なことを言いそうだったので、ステラは慌てて訂正した。

「……じゃなくて! ぼーっとしてることが多いのよ。何か考え込んでるというか」

 シンシアは「そうですか」と言って納得したようにうなずく。一方ブライスは、つまらなそうな表情でジュースに口をつけていた。

 別にあのまま放置していてもかまわないことはかまわなかったが、下手をするとレクシオが復活したあとにステラがとばっちりを受けることになるので、できるなら勘弁してほしいところだった。

「ところで、いつからそれが始まったかとか覚えてる?」

 グラスを片手で揺らしているブライスが訊いてきた。

「うーん。二、三日前から考え込んでる様子があったけど、特に変だったのが昨日今日あたりだと思う」

 最近の幼馴染の様子を思い出しながら答えたステラに、ブライスはさらに「何か変わった話をしたか」と訊いてきたため、デルタ一族に関する話のことを告げてみると、ブライスの顔つきが変わった。

「……近親者の中に、デルタの人がいたとか」

 いや、それはないでしょ。

 心の中では否定しつつも、なぜか面と向かって否定しきれなかったので、ステラは息をのんだ。それだけ、ブライスの視線が珍しく威圧的だったともいえる。だがその威圧的な視線は、すぐに元のやんちゃな目つきに取って代わった。

「まー、ただの可能性だけどね。でも、もしこれが正解なら、あいつがいろいろ考え込むのも無理ないっしょ? 親族が否応なく関わる話を持ち出されたんだし」

「それは、確かに」

 うめくように言ったステラに、ブライスは無邪気な笑顔を見せた。

「とりあえずはしばらく様子見ってところね。大丈夫。あたしこう見えても人の心の動きとか察知するの上手いから、いざってときにはちゃんと知らせるから。そのとき慰めるかひっぱたくかは、あんた次第だけどね」

 ブライスのそんな言葉に、ステラは驚いた。確かに一応相談を持ちかけたのはこちらだが、まさかそこまで言ってくれるとは思わなかったのである。

「あ、ありがと」

 ステラが恐縮したふうに言うと、ブライスはからからとした笑い声を上げながらストローを指先でいじくり回し、

「良いってことよ。困ったときはお互いさま、ってね。あんたらのおかげで、部長もだいぶ物腰が柔らかくなったしさ」

 そんなことを言う。

「いや、あれはジャックのおかげでしょう?」

 ステラは思わず苦笑した。あの森での事件のあと、ジャックとオスカーが話し合いをしたことは先日行われた『調査団』の集まりで聞いた。そして、事の顛末(てんまつ)も。とりあえず上手くいったようではあるので、全員ほっと胸をなでおろしていたところである。

「いやいや、そうでもないよ」

 ブライスが楽しげに言うと、シンシアがそのあとを引きとった。

「多分、あの事件が巻き起こってからというもの、敬遠することなく接してくれたあなたたちのおかげでもありますわよ。そう言う意味ではあなたや団長さんに限らず、レクシオさんにも借りがあるといえるので……その件、私も協力しましょうか?」

 珍しい謙遜の中にさりげなく織り交ぜられた申し出に、ステラはまたもぎょっとした。

「え、ええ? いいの?」

「もちろんですわ。困ったときはお互いさま、でしょう?」

 シンシアは少し笑うと、先程のブライスと同じセリフを口にした。それを聞いたステラは理由も分からずくすぐったい気持ちになり、久々に心から笑いながら、改めてお礼を口にした。

 たまにはあの幼馴染に貸しをつくるのも悪くないかな、などと考えて。


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