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魔導の一族  作者: 蒼井七海
番外編
21/21

リンダ・テイラーとエルデ家の人々

 リンダ・テイラーは自らが凡人であると思っていた。それは教師になる前からだし、教師になってからも変わらない。いや、教師になってからの方がその思いは強くなった。クレメンツ帝国学院には教官生徒問わず、非常識な人間が多すぎるのだ。先に行われた武術科と魔導科の合同授業を見て、幾許かぶりにそんな思いが頭をよぎった。

 こういうときに思い出すのは、自分が凡人であると自覚した最初の日のことである。あの日出会った『彼女』は間違いなく、テイラーが人生で出会った人々の中で一番の変わり者だっただろう。


 それは、テイラーが教師として実際に勤め出す少し前の話である。帝都の中心街にいつものように繰り出していた彼女は、奇妙な光景を見た。

 自分の進路にいる一人の女性が、帝都の風景を物珍しそうにきょろきょろと見まわしているのである。まるで、「お上りさん」だった。テイラーは最初何気なくその光景を見ていたが、いつまで経っても通行人を気遣う様子がない。自分は構わないがほかの人の迷惑になってしまうだろうと判断したテイラーは、ついに声をかけた。

「あのぅ……どうされました?」

 するとようやく、女性の肩がびくりと動く。そして顔がそろそろとこちらに向けられた。

 テイラーより若い、顔に少女のような幼さを残した女性だった。艶やかな黒髪の下で光るのは、子供のように純粋な光をまとう茶色の瞳。同じ女であるテイラーの目から見ても「きれい」と思えた。

 その女性は、彼女の姿を認めるなり、慌てた。

「あっ! すみません。帝都に来るのは初めてだったから、ついはしゃいじゃって」

 どうやら、自分が周りの迷惑になっていることに、一瞬で気付いたようだ。途端に少女のように慌て出す彼女を見て、テイラーは思わず苦笑してしまった。

「大丈夫ですよ。……帝都に来るのが初めてということなら、知らないことも多いんじゃないですか? よかったら、お茶でもしながら話しましょうよ」

 このとき、なぜこの女性をこんなふうに誘ったのかは、テイラー自身にもよく分からなかった。もしかしたらこの女性が持つ不思議な魅力に、知らず知らずのうちに惹かれていたのかもしれない。

 女性は目を瞬くと、いきなり言った。

「いいんですか? あ、でもお金持ってません」

 初めて来た街でいきなり知らない人に声をかけられて、最初にするのがお金の心配か。テイラーは、誘った側でありながら思わずそう突っ込みかけ、こらえた。

「そんなのいいですよ。私のおごりです」

 女性は最初こそびっくりしていたが、テイラーが本気であると分かると、笑顔になってこの誘いに乗ってきた。自分と別れた後に誰かよくない人にだまされるんじゃないかと、彼女がそこはかとなく心配するほどの無邪気さだった。

 二人はその後、近くにあったオープンカフェに立ち寄り、適当に好きな飲み物を頼むと設えられた席に座ってさっそく話し始めた。最初の自己紹介の段階で、女性の名がミリアムであることが判明する。彼女はお互いの自己紹介が終わると、いきなり口調を改めて言ってきた。

「わたしのことはミリィって呼んでくれていいよ。わたしはあなたのこと、リンダって呼ぶから」

 もしかして友達いなかったのか? そんなふうに思ったテイラーであったが、さすがにいきなりそれを言うほど正直者ではなかった。

「……じゃ、そうするよ。ミリィはなんでこんなところに一人で来たの?」

 とりあえず当たり障りのない質問から始めた。……はずだったのだが、ミリアムの答えはとんでもなかった。

「うーん、旅行。子供ができた記念の一人旅。本当はヴィ……あ、夫も誘ったんだけど、『帝都は嫌いだ』って言ってこなかった」

「え、ええっ!?」

 テイラーは思わず叫んでしまい、通行人の視線を少しの間だけ独り占めした。恥ずかしくなった彼女は必要もないのに、少し声をひそめる。

「妊婦さんだったの!? ていうか、結婚してたの!?」

 ミリアムはテイラーの戸惑いなどものともせず、あっさり答える。

「うん。ま、子供の方はこの前できたのが発覚したばっかりだったんだけどね」

「へ、へえ。それにしたって一人旅って、危険じゃないかな」

 これもまたテイラーの正直な危惧だったが、ミリアムは実にあっさりと首を振ってくれた。

「大丈夫だよー。て言うか、それが分かってたから夫もあんな理由で来なかったんだろうし」

 彼女のあっけらかんとした答えに、テイラーは引きつった笑みを返すしかなかった。

 実はこの人、とんでもない人なんじゃないだろうか? そんな考えが彼女の脳裏をよぎった、初めての瞬間である。

 その後は本当に他愛もない話で盛り上がった。帝都の名物、情勢、ラフェイリアス教の話題。それから、ミリアムの夫婦生活などなど。二人で思いのほか長く話しこんでいるうちに、話は再び子供のことへと戻っていった。

「実はもう、子供の名前決まってるんだよねー」

 自分が頼んだアイスココアをすすりながらミリアムが一言。それを聞いたテイラーは、紅茶を口にしてから言い返した。

「早いね」

 ミリアムはまた、笑う。

「でしょ? ていうのもさ、夫の実家でめちゃくちゃ英雄視されてるご先祖様がいるんだ。その人の名前にしないかって夫が言いだしてきたんだよ。わたし、もうなんかドキドキしちゃって。すぐに賛成しちゃった」

 テイラーはその後、「私でも知ってる名前?」と訊いたが、ミリアムはそれに対し「知らないかもしれない、けど、資料あされば出てくるかも」と言った。今度歴史の文献をあさろうと決めた。

「すごいなぁ。その子、将来立派な子になるんじゃない?」

 テイラーが最後に冗談半分でそう言うと、

「えへへ、そうだといいなあ」

 ミリアムはそう答えた。

――この日、すっかり仲良くなってしまった二人は、その後何度もあった。そうしているうちにテイラーは、ミリアムがデルタ一族であることを知ったが、不思議と嫌悪感は生まれなかった。さらにそのうち夫の名前も知り、さらに話は弾んだ。

 しかし、十二年前――ルーウェンの町が焼かれたときから、一切連絡が取れなくなった。


   ◇      ◇      ◇


「あっ、テイラー先生!」

 放課後。そろそろグループ活動も終わるだろうという頃。テイラー教官が廊下を歩いていると、後ろから声がかけられた。

 彼女が振り向くと、彼女の教え子であるミオン・ゼーレという少女が走ってくるところだった。後ろにはどういうわけか、同じクラスのレクシオ・エルデもいる。一瞬疑問に思ったが、すぐにミオンが『クレメンツ怪奇現象調査団』の一員になったことを思い出してあっさり納得した。

「あら、ミオンさん。もしかして帰り? ……レクシオ君とは、デート?」

 からかい半分でテイラーが言うと、とたんにミオンが真っ赤になった。

「そんなんじゃないですよ。同じ寮生なので、寮まで一緒に行こうってなったんです」

「あらそう。残念」

 テイラーがわざとらしくそう言うと、ミオンの横に立ったレクシオがすぐさま「うぶな少女をからかわないでくださいよ、先生」と茶化すように言ってきた。普段は真面目な生徒だが、もしかしたらお調子者の一面もあるのかもしれない。

 そういえばレクシオは少し前まで連日欠席していた。理由は、今もなお生々しく跡が残る大怪我のせいらしい。本人は「階段から落ちた」と主張しているが、本当かどうかは怪しいところだ。

 そんなふうに思ってから、テイラーはミオンに問いかけた。先日話をしてからというもの、ずっと気になっていたこと。

「グループのみんなとは、上手くいってる?」

 幸いにしてミオンの答えは明るいものだった。

「はい! おかげで、『特殊新聞部』の四人とも仲良くなれました! 先日は本当にありがとうございました」

 その後テイラーが思ったのは、『調査団』と『新聞部』は仲直りしたんだなあ、ということであった。この段階では教官の誰も、ふたつのグループが手を組んだことを知らない。しかもその根底の原因がラフィアにあることなど、知るはずもない。

 テイラーはにっこり笑った。

「そっか、良かった。きっと同じデルタのミリアムも喜ぶよ」

 それに対しミオンが「はい」と元気よく返したが、このタイミングでなぜかレクシオが硬直した。少しばかり訝しく思ったテイラーは声をかけてみる。

「どうかしたの? レクシオ君」

 そこでミオンも気付いたのか、レクシオを振り返って首をかしげた。しかしレクシオはそんなこともお構いなしに訊いてくる。

「あの……先生。今、デルタの……ミリアム……って、仰いました?」

 声が心なしか震えていることに違和感を覚えつつもテイラーが首肯すると、彼はこう続けてきた。

「あの、二つほどいいですか?」

「うん、何?」

 テイラーがあっさり続きを促すと、彼はためらいがちに訊いてくる。

「その人って、結婚してました? もしそうなら、旦那さんの名前って、分かります?」

 ここでいよいよ、テイラーもミオンも首をかしげた。どうしてそんなことを聞きたがるのか、まったく見当がつかない。それに両方とも個人情報だ。軽々しく漏らしていいことではない。

 しかしレクシオを見てみると、答えが貰えるまで引き下がってはくれなさそうである。テイラーは仕方なく、ミリアムに心の中で謝って答えた。

「結婚してたよ。あと、夫の名前は――ヴィントって、言ってたなあ。それと、私が最初に遭った時点で子供ができたばかりだった」

「え!?」

 直後に聞こえた叫びは、なんとミオンのものであった。彼女はヴィントの名前を小声で繰り返すと、揺れる瞳でテイラーを一度見てから、レクシオに目配せをした。

「れ、れ、レクシオさん。まさか、まさかと思いますけど……その、ミリアムさんって」

「……? もしかして君ら、ミリアムかヴィントさんの知り合い?」

 唐突に様子がおかしくなったミオンとレクシオに不信感を覚えつつも、とりあえずテイラーはそう訊いた。すると、頭を抱えていたレクシオの口から答えが漏れる。

 それは、衝撃以外の何ものでもなかった。

「ヴィントは、俺の父の名前で……ミリアム、っていうのは、俺の……母です。デルタだったっていうんなら、間違いありません」

 え?

 テイラーはそう言って、固まった。脳裏に無邪気な笑みを浮かべるミリアムの姿が浮かぶ。そう言えば、彼女の顔立ちとレクシオの顔立ちはどこか似ているようにも思えた。

 いや、それよりも。

「デルタなら間違いないってことは、君、まさか」

 レクシオの答えはこれ以上ないくらいに簡潔だった。

「はい。デルタの生き残りです。ミオンと、同じ」

 全身に強い刺激が駆け巡った気がした。確かに、先の合同授業でとっさにミオンを止めようとしたのは不思議だと思っていた。しかし、『あれ』の効果を予測できたのが『魔導の一族』であるがゆえならば、そのことも説明できる。

「そっ……か。ミリィの、子供か」

 確か、ミリアムは「夫の実家で英雄視されているご先祖様の名前にする」と言っていた。結局彼女と連絡が取れるうちに確かな答えを得ることはできなかったが、そういえば文献の中にレクシオという名前が載っていた気がする。

 その名は――そうだ、「レクシオ・エルデ」。今、目の前にいる生徒と同じ名前だ。

 次になんと言うか、テイラーはすごく迷った。その上で、一番気になることを訊いた。

「じゃあさ、レクシオ君。教えてくれる?――あなたのお母さんは、ミリィは、今……」

 結局最後まで言いきれなかった。いや、なんと締めくくって良いか分からなかった。本当は、最初から答えを分かっていたのかもしれない。それを認めたくなかっただけで。

 レクシオは一度震えると、うつむいて、こう言った。先程以上に震える声で。

「母、は……母さんは――十二年前に、ルーウェンで、帝国軍の兵士に……」

 やはり、驚きはなかった。

 ルーウェンでのデルタ殲滅(せんめつ)作戦が行われたと聞いたときから、そんな気はしていたのだ。テイラーは静かに笑った。

 その後、何を思ったのか、レクシオはわざわざ当時の詳細な状況を教えてくれた。それをすべて、一言も口を挟まずにきいたテイラーは、自分の心が軽くなっていくのを感じる。

 ああ、良かった。そう、思ったのだ。

「自分の子供を守ろうとして死ぬなんて……ミリィらしいなぁ」

 そう。ミリアムは最後までミリアムだった。子供の話をするときのミリアムは、思えばそこらの親以上に輝いていた。当時はテイラーも「親バカめ」などと言ってからかったものである。

 だから、彼女は最後まで、自らの子供を守ろうとしていた。それを聞いてすごくほっとしていた。

「レクシオ君」

 やはり、彼にとってはひどいトラウマだったのだろう。話し終えてひどく消沈している彼に向けて、テイラーは呼びかけた。

「はい」

 小さな声で返事をした彼に向かって、精一杯の笑顔を向けたテイラーは、言った。

「教えてくれて、ありがとう」


 小さくなっていくふたつの背中を見ながら、リンダ・テイラーは空を仰いだ。

 夕日によって赤く染められた空が、そこにある。彼女はそっと呟いた。

「ミリィ。あんたの子供は、きっと将来、立派な子になる。私が保証する」

 かつてのようにからかう響きは一切ない。教育者として、人として、テイラーが……リンダが心のそこから思ったことだった。

 そのとき、まるで彼女の言葉に答えるかのように、一番星がひときわ強く輝いた。彼女はその一番星に向かって、そっと笑った。

 星の輝きが、ミリアムの純粋な笑顔に見えたから。

最後はちょっといい雰囲気で、『魔導の一族』完結です。ストックがだいぶあったせいで、かなり更新が早くなってました。一日一話とかにした方が良かったかな、とちょっと後悔。

今回は、前々からちろちろとうざったい伏線として出てきていた『デルタ』についての話です。ちょっと残酷描写多めでした。そして今回は、初の番外編つきです。本当は五章に組み込もうと思ってたんですが、そうすると冗長になるので番外編というかたちをとりました。


さて、次回は雰囲気ががらりと変わります。第五部です。

『クレメンツ・フェスティバル』――帝都内で盛大に行われるこのお祭りと時を同じくして行われる学園祭の準備に追われていたステラたちの元に、ある依頼が舞い込んできます。それは……え? 窃盗事件の犯人探し?


九月の二十日近辺からちまちまと連載開始できたらいいです。これはストックないよ。

では、また。お読みいただき、ありがとうございます。


2013.9.12

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