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魔導の一族  作者: 蒼井七海
終章
20/21

黄昏

 レクシオは、帝都の空を見上げてぽつりと呟いた。

「日が短くなったな……」

 それから彼はしばらく無言で歩く。

 今日は一人で、街に出てきた。男子寮の門限まではまだだいぶあるので別に問題ない。が、レクシオは奇妙な寂しさと心地よさを胸に合わせ持っていた。最近は常に『調査団』の面々と一緒にいたからかもしれない。

 静かに大通りを抜け、薄暗くて閑散とした小さな通りに入る。彼の目的地は、この通りの一角にあるのだ。また三分ほど歩き、ある建物の前で足を止める。

 その建物は、一言で言えばボロ屋だった。元は民家だったようだが、かなり年季が入っているのが一目で分かる。『武器店』という味もそっけもない看板がなければ、本当にどこかの家と勘違いしたかもしれない。

 その、相変わらずな有様に思わずため息をついたレクシオは、やはり年季が入って建てつけが悪くなっている扉を慎重に開く。すると、ベルのような音が軽やかに響いた。

「いらっしゃい」

 薄暗く、じめじめした店の奥からそんな声が聞こえた。声は低く、男のものである。店の状態と相まって正直声だけ聞くとかなり気味が悪い。気が小さい者なら、飛び上がって早々に退散していただろう。だが、そんなことはまったくないレクシオは、「おう」と短く返事をすると、堂々と店の奥、カウンターの前まで歩いていく。

 そこまで来て、ようやく店主の顔がはっきり見えた。先端が薄い茶色の短い金髪に、鳶色の瞳。目つきはあまりよろしくなく、髭は何日か剃っていないと分かる程度に生えている。白シャツに緑のツナギ姿で、剣を磨いていた。

 そんな彼は気だるそうな顔をしていたが、レクシオの顔を見た途端生気を取り戻して食いつくように身を乗り出してきた。

「おー! レク坊じゃねえか。しばらく見ねえうちにでかくなったなあ」

「そりゃどうも。久し振りだな、チャーリー」

 面倒くさそうに頭をかいたレクシオは、男を愛称で呼ぶ。すると、チャーリーことチャールズは、嬉しそうに訊いてきた。

「今日はなんの用だい? 武器の買い足し?」

 レクシオは、店主の問いに答えた。

「ま、そんなとこ。でも……武器とはチト違うかもしれないな。攻撃以外にも使えそうな道具がほしくて。たとえばほら、高いところを移動するときに使える補助具みたいな」

 分かりづらい説明かと、話しながらひやひやしていたレクシオだったが、チャールズはすぐに手を叩き、得意気な顔になった。

「あー、なるほどな。任せろ。一週間で作ってやる」

 レクシオは目を瞬いてから、笑った。古い知り合いの変わらぬ態度を見て、心の底から安堵していた。

「本当か? いつも悪いな」

 チャールズは、薄く笑って剣をみがく作業に戻る。そしてみがきながら、

「お安い御用よ。ときにレク坊」

 訊いてきたので、レクシオは短く訊き返した。彼は剣を磨く手を止めないまま、悪童のような微笑を浮かべて言う。

「おまえ、友達できたのな」

 固まった。いきなり言われた少年の頭には、総勢七人程度の顔が浮かんでは消える。そのまま何秒か思考停止したあと、どうにかレクシオは訊き返していた。

「どうしてそう思う?」

「おまえさんがここに来る少し前、表の通りでおまえさんの名前を出しながら話していく学生を見かけたからだよ」

 淡々と答えるチャールズの顔は、どこか楽しげだった。レクシオはお手上げのようなポーズで、しかしこちらも少し嬉しそうに、正直に答えた。

「ま、それなりにうまくやってるよ」

 少年のそんな言葉に、しがない鍛冶師で武器商人の男は「そうかい」と短く言った。埃っぽい店内の茜色は、濃くなっていく一方であった。


 ちょうど、レクシオが武器商人と話をしていた頃。帝都の、より中心に近いところで、大量の書類を抱えた女性がいた。その女性は書類を数枚めくると、その分厚い束を近くのデスクに置く。それから、本棚だらけの部屋に設えてある受話器を取って、内線である人物に連絡を取った。

 しばらくすると、女性にとって慣れた声が聞こえてくる。

『はい、アーノルドです。――ああ、キャンベル分隊長か』

 女性は「はい」と短く答えてから、書類の方に一度目をやって言った。

「彼の男の情報がつかめたわ。今は北方にいるみたい。あと、例の現象だけど……信じがたいことに、本当に神代(かみよ)の話が関わっているようね」

 台詞の後半はやや苦々しい響きを伴っていたが、電話の向こうの相手は嬉しそうである。

『そうか、分かった。これで動けるな。ありがとう』

 彼の声を聞き、女性は顔をしかめた。

「しつこいようだけど、あなた、本気なの? 彼は指名手配犯よ」

『大丈夫だ。あいつは、帝国兵や警官が追ってくるから殺しているだけ。自分や自分の身内に危害が及ばないような奴は、たとえ軍人でもむやみに殺したりはしない。それは確かだ』

「そこはいいけど……犯罪者相手に頭を下げたなんて知れたら、お(かみ)ににらまれるどころじゃ済まないでしょう、きっと」

 女性は相変わらずの面持ちで言ったが、対する彼は声高に笑った。どこか楽しそうに思える。

『そこは心配いらないさ。だれも、俺らみたいな“第二のはぐれ部隊”のことなんか、気にも留めないに決まってる。とにかく俺は、近いうちに北へ向かうことにするよ……っと』

 しかし、途中でその言葉は止まる。女性が首をかしげる間もなく、彼は言った。

『すまない。誰か来たみたいだな。またあとで連絡する』

「……分かったわ。仕事かもしれないわね」

 そう、女性が皮肉気味に言うと、受話器の向こう側にいるだろう彼は、また楽しげに笑った。



Fin


 終わり……に見せかけてあと一話あります。お付き合いください。

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