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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第一章 魔導の一族
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 さて。人という者は実に不思議な生き物である。

 よく知った人間の今まで見たことのない一面を目の当たりにすると、得てして胸騒ぎを覚えるのだ。それは不幸の前兆かもしれないし、ただの考え過ぎかもしれない。

 ただ、この日のステラ・イルフォードはまぎれもなく前者だと確信していた。それは多分、最近自身の身にロクなことが起きていないせいだろうが。

 とにかく、そんな若干哲学的なことを考えつつ、彼女は上の空状態の幼馴染の肩を揺さぶった。なぜか今日は目がとろんとしているような気はしたが、さすがにこれは危うい。

「レク、レク? ちょっと、どうしたのよ。らしくもない」

 そこまで言ったところで、目の前の少年はようやく現実に戻ってきたようである。緑の目で、ステラの方を凝視し、声を上げた。

「……ん? あ、聞いてなかった。何?」

「いや。何、じゃなくてね」

 幼馴染――レクシオ・エルデの頓珍漢(とんちんかん)な言葉に答えを返す気力すらなくなり、ステラはがっくりとうなだれた。どうしたんだこれは、普通逆じゃないのか、などと自虐的なことを考えつつ。

 だが、客観的に見ても意見は同じだったようで。

「珍しいなー。普通、異世界に飛んでるのはステラの方で、それを引きもどすのがレクなのに」

 テーブルの向かい側でもそもそとハンバーグを食している猫目の少年が、そんなことをうそぶいた。

「ああいつもだったら殴るところだけど正しいわ、トニー」

 少年、トニーの言葉に笑顔で応じたステラは、ぐっと拳を握りしめる。そんなやり取りを見ながら、レクシオはようやく現実世界に戻ってきたらしく。

「騒ぎ起こすのだけはやめろよー。俺たち五人、まとめて停学とかなったらどうすんの」

「あ、いつものレクだ」

 横合いからそう口を挟んだのは、黒髪の少女、ナタリーだった。そしてトニーは、

「こわー」

 ちっとも怖そうではない顔でそう呟いた。

 ここは、クレメンツ帝国学院の食堂である。四時限目を終えて、ステラと友人四人は昼食のためここに来ていた。いつものように談笑しながら食べていたが、なぜか今日はレクシオがあまり話に介入してこない。それは――彼が上の空でぼけーっとしていたせいだろう。

 ステラはため息をついてから、幼馴染の方を睨んだ。

「ちょっと、レク。どうしちゃったのよ。いつものあんたじゃなくて気味悪いわよ」

 彼女の辛辣な言葉に、レクシオは眠そうな顔で肩をすくめた。

「いや、気味悪いはひどいだろ。今日はちょっと寝不足なだけです」

「レクシオ君が寝不足? それはそれで、また珍しいことではないか?」

 やたらと丁寧な口調と大きな声でそう訊いてきたのは、ある意味この五人の中ではリーダーにも等しい少年――ジャックだった。きれいな鼻筋や切れ長の目、それから元々高い身長などのせいで大人びて見えるが、間違いなく他の四人と同じ年だ。

 そんな彼に向けて、レクシオはひらひらと手を振った。

「うんにゃ。多分おまえたちが知らないだけさ~」

 やはりこの少年は、自分のこととなるとのらりくらりとかわしていく。ただ、最近はそれについて言及する人間もだいぶ減ってきた。

 それでもやはり眠たそうなレクシオを見ながら腑に落ちないような顔をしていた四人だったが、そのうちナタリーが無理矢理話題を転換する。

「それよりも! みんな、今朝の新聞見た?」

 彼女の一声を皮切りに、その場の雰囲気は一転する。みんなしばらく考え込んでいたが、やがてステラが手を叩いて声を上げる。

「あ、見た見た! 今日は、一面の記事がちょっと変わってたよね?」

 ステラが問うと、ナタリーは「それよ、それ」と言って話を続けた。

「なんだっけ、『軍が、各地に散らばったデルタ一族の犯罪人の捜索開始』――だったかな」

「デルタ一族?」

 素っ頓狂な声を上げたのは、珍しくトニーとジャックであった。ナタリーが意外そうに目を瞬き、その後意気揚々と解説を始める。

 ちなみに、この時レクシオの表情が明らかに強張ったのだが、幸か不幸かそれに気付く人は一人としていなかった。

「デルタ一族っていうのは、帝国とレムリアの国境辺りに大きな街を構えていた民族のことよ」

 ちなみにレムリアというのは、この帝国と北側に国境を接している、十の国々を従える巨大な連邦だ。代表格である国の名前をとってこう呼ばれることが多い。

「で、そのデルタは『魔導の一族』って呼ばれるほど魔導術に精通しているのよ。歴史の中に登場する優秀な魔導士の半分くらいがこの一族の人だって言われているわ」

「ほえ~。知らなかった、魔導科なのに」

「同じく」

 トニー、そしてジャックが、気まずそうに言葉を発した。ナタリーは「まあ、マニアックな知識だしね~」と受け流し、講義を再開させる。

「問題なのが、ここからなんだけど……そのデルタは魔導の力で主に帝国に貢献しつつも、基本的には中立を保っていたそうよ。ある、事件が起きるまでは」

 ここまで言っておいて意味ありげに言葉を切ったナタリーに、約一名を除くみんなの注目が集まった。その時――その中の誰でもない人間の口から、冷やかな一声が発される。


「帝国軍兵士による、子供の大量虐殺事件」


 四人がぎょっとして、声の主の方を振り返った。

 発言をしたのは、レクシオだった。静かに瞑目して少しうつむいている。表情は分からなかった。

「そう、それよ」

 ナタリーが重々しく肯定した。「どういうことだ?」とジャックが言うと、今度はレクシオが講義の内容を引き継ぎ、淡々と話し始めた。

「今から、約五十年前と言われている。その年の夏、軍の小さな司令部が存在する帝国の辺境の町で、ある事件が起こった。その日、ある軍人が司令官の言うことを聞かず、道端で物乞いをしていた少年に暴力を振るおうとしていた。そして実際に、少年は何度か殴られ、蹴られ、ろくに抵抗もできないくらい傷付けられた。だが、そこである者がその少年をかばいに入ったんだ」

「……まさか」

 ステラは固い声で言う。レクシオはあっさりと頷いた。

「そう、彼の友人だったデルタの子供だよ。彼らは気持ちの昂ぶっていた軍人に必死で対抗し、そしてどうにか隙をついて、その少年を連れて逃げだした。そのことに怒り狂った軍人は、ある行動に出た」

 ステラ、ジャック、トニー、そして知っているであろうナタリーですらもぶるりと身震いした。冷たい空気がその場に漂う。

「その町には、親が帝都に働くために出てしまっていないというデルタの子供の面倒を見ていた小さな施設があったんだ。その日の子供たちも、そこの子だったらしい。軍人はどうやってか知らないがそのことを調べつくすと、夜中にふらりと町へ出た。そして施設に赴き、無抵抗な子供を……虐殺したんだ。それを止めようとした保母の何人かも、重傷を負わされたらしい。

結局、軍人はその後軍法会議にかけられて無期懲役か死刑かなんかになったらしいんだけど……この頃から、デルタと帝国の対立が始まってしまったんだ」

 そこまで話し終えると、レクシオは深々と息を吐いた。どこか疲れが滲んでいるような気がする。彼の言葉を引きとったのは、やはりナタリーだ。

「それでね。この事件が起こった後、怒ったデルタ一族の人々はやたらと帝国に反抗的な態度をとったそうよ――まあ、無理もないわよね……。帝国側も最初は、どうにか血を流すことなく彼らの怒りを鎮められないかと模索したらしいわ」

「なるほど」

 ジャックが声を上げて、手に拳を打ち付けた。

「デルタ一族が今まで、帝国側に大きな利益をもたらしてきた存在だったからか。当然と言えば当然だな」

 ナタリーは、話が早くて助かるわ、と笑った。

「でも、その度にデルタ側の怒りは収まるどころか苛烈になっていった。そしてついに、帝国兵がいつかの子供と同じように虐殺されるという事件まで起きたらしいわ。ま、あまり詳しくは知らないけど。そして彼らの憤怒の感情を抑えこめなくなった帝国は、ついに実力行使に踏み切った。彼らが一番の拠点としていた町を焼き払い――デルタの人々を散り散りばらばらにしたの。せめて集団で対抗できないようにするための措置だったらしいわ。これが十二年前のことよ」

「でも、その措置は火に油を注ぐ行為だった。そんなわけで今も対立が続いている――と?」

 最後に言ったのは、ステラだった。昼食として持ってきたものもあらかた食べ終え、話を聞くのに集中していたのだが、そろそろやるせない気持ちになってきたらしい。

「せいかーい」

 ナタリーも、心底うんざりしたと言わんばかりの声で呟いた。そうして、デルタ族の詳細な話は打ち切りとなった。説明する側にも精神的疲労があったようだ。

 だが、その後すぐにトニーが首をかしげる。

「ん? でも、新聞の見出しにあった『デルタ一族の犯罪人』ってどういうことだ?」

「ああ。先の報復事件のときに軍人を殺した人が結構いたらしくてね。主はその捜索よ。だけど、もうひとつ黒い噂がある……」

 ここまで答えて、ナタリーはにやりと笑った。

「帝国軍兵士が、デルタ一族を極度に恐れはじめたためだっていう噂が、ね」


 その後、ひとつのテーブルには静寂が満ちた。食堂全体が喧騒に包まれている中で、そこだけが切り取られたように静まり返っている。

 だが、その静寂はほんの少しの間の後に打ち破られた。

「ああ、そういうことか」

 ジャックのこの一声によって。

 全員の注目が得心の団長に集まる。彼は、あっさりと言葉を発した。

「強力な魔導一族が怒りで敵にまわったとたん、帝国も掌を返して殲滅しようとしている、というわけか?」

「うわ、はっきり言うわね」

 ナタリーは顔をしかめて肩をすくめる。しかし、すぐ後に「その通りだけど」と肯定した。残りの三人もその言葉を聞くと、各々が嫌そうな顔をする。だが、その中の約一名だけはほかと比べれば冷静だった。

……というよりは、一瞬嫌そうな顔をして、すぐ無表情になった。何の感慨もわかない、つまらないことを聞かされている時のような表情で、四人を見ていた。

 だが、四人の中で誰ひとりとしてそのことに気付くことなく、話は締めくくられる。

「まぁ、今回のニュースにはそういう意味合いがあるわけよ」

 ナタリーがひらひらと手を振ると、

「なるほどー。そういうわけだったのね。複雑なもんだわ」

 昼食を運んできたトレイを手に立ち上がったステラが、声を漏らした。それからちらりと時計を見て「あ、もうこんな時間じゃん」と焦ったように声を出す。

 この一言がきっかけとなり、皆は昼食を終えて、それぞれの学びの場へと散っていった。


   ◇      ◇      ◇


「十二年前、か」

 廊下へ出て一度ステラと別れたレクシオは、そんなふうに呟いた。今、彼は制服の黒い上着を脱いでいて、その下のカッターシャツだけが露わになっていた。

「もう、そんなに経つんだなぁ……」

 今まで無表情だった彼が、この時初めて自嘲的な笑みを浮かべて呟いた。それは悲しげでもあり、嘲笑うようでもあり、吐き捨てるようでもあった。

「夢を見た理由、分かった気がする」

 思えば、その十二年前からすべてが狂い始めたのだ。人は死に、家族は別たれ、多くの命が炎と剣閃の中に消えた。

 そして、どうにか生き残った唯一の家族は変わり果ててしまった。

「馬鹿馬鹿しい」

 言ったレクシオは、静かに歩きだした。

 カッターシャツから背中の一部が一瞬だけ露出したことに気付かぬまま。

――そして、そこには大きなやけどのあとがあった。


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