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「それにしても、真相があたしの予想の斜め上をいっていたとはなあ」
お茶をすすりながら、ブライスが突然そんなことを言い出した。当然、全員の目が「なんのこと?」といいたげなものになる。それに気付いたのか、彼女は淡々と説明した。
「ステラがあたしに相談してきたとき、言ったのよ。『幼馴染君の近親者の中に、デルタの人がいたのかも』ってね。まさか本人がデルタだとは思わなかったわ」
そこには一分のためらいもなかった。もしかしたらレクシオやステラの細かい言動から、すでにこのことは本人にも知れていると踏んだのだろう。実際その通りだが。
そして、彼女の予想を認める意味でもレクシオは答えた。
「まあ、あながち間違いでもないがな。両親がデルタの人だし。親戚のほとんども」
「ん? じゃ、幼馴染君って生粋のデルタ一族? すごいね」
「俺のいた町じゃ珍しい話でもなかったさ。今じゃ逆に貴重かもしれんが」
彼らの発言に続いたのは、ミオン。彼女は黒い瞳を数度またたくと、こう言いだす。
「そういえば、私も気付きませんでした。出身地を訊いた時点でそこを確信しても良かったはずなんですけど。そもそも、その可能性を疑って訊いたはずなんですけど」
「うん? どゆこと?」
首をかしげたナタリーに、ミオンはあっさりと教えた。
「私たちの出身地、ルーウェンは、住民の九割がデルタ一族で構成された町でした。そして、十二年前に帝国軍の判断で焼き払われた町でもあったんです」
ステラはすでにレクシオから聞いていたため別段驚きもなかったが、ほかのひとはさすがに別だったようだ。おやまあ、とか、なんと、とか、ううむ、とか言う声がそこかしこから上がる。特に調査団員は、ミオンが学院にやってくる前日にその話を持ち出したばかりだったので、驚きも大きかったようだ。
さらに、デルタ一族の話は続く。次にレクシオに対して質問したのは、この中で特に魔導術に対する興味が深いらしい、シンシアだ。
「じゃあ、彼女が武道場で衝撃波を出すのが分かったのも、そのおかげですの?」
これに対しても、実にあっさりとレクシオは答えたが、
「そ。あれ、俺と親父も漏れなく使えるし」
最後の一言はミオン以外の驚きを誘った。が、逆にそれで納得した人もいたようで。
「なるほどー。今までは『魔導術はからっきし』を装ってたんだね」
「この詐欺師め」
ジャックとトニーの親友コンビは、満面の笑みでそんなことを言っていた。ちなみにこれで笑ったのは『調査団』のみであり、『新聞部』の四人は程度の差はあれど一様に同じ反応をしていた。つまりは、ぎょっとしていた。
その四人の中で最初に冷静さを取り戻したのは、ブライス。彼女はアップルパイを平らげるとお茶をもう一口すすり、再び話の口火を切った。
「……ねえ、二人とも。重い話を持ち出すようで悪いけど、その、十二年前の出来事について詳しく教えてくんない?」
え? という二人分の声が重なると、彼女はこう続ける。
「幼馴染君の一件で、あたしらの中での帝国軍の評価は地に落ちた。でも、いや……だからこそ、あいつらがどれだけひどいことをしたのか知っておきたいのよ。この『帝国』に今、何が起きているのかも、ひょっとしたら分かるかもしれないし」
かみしめるように放たれたその言葉は、部屋に沈黙をもたらした。全員が期待と不安をないまぜにした目でことのなりゆきを見守っている。
そのうち、ミオンが口を開いた。
「分かりました。それじゃあ、私から話させていただきます」
十八の目が彼女に集中する。ミオンは、今までのおどおどした様子が嘘のように、淡々と語り始める。
「今から十二年前ですから、私が四歳のころですね。その日私は、両親と一緒に買い物のため、町へ繰り出していました。買い物を終えて帰ろうとしたとき、町を帝国の軍人がうろついているのを見たんです。それも、あちこちで。
――でも、この頃のルーウェンではそれはさほど珍しくなかったので、誰も気にとめませんでした。彼らがいきなり道端に油をまいて、火を放つその瞬間までは」
息をのむ音が、普段からは考えられないほど大きく響く。それでもミオンは話を続けた。
「私の目の前でも、それは起こりました。どうしていきなりそんなことをしたのか……幼い私には分かりませんでしたが、彼らが火を放った直後、私は母に抱きかかえられて、そのまま家族三人、町の外に向かってかけだしたんです。でも、そんな私たちを見つけた彼らは、容赦なく追ってきました」
このとき、帝国軍人に下されていた命令はこうである。『ルーウェンを焼き払い、そこに住むデルタの民を一掃しろ』。逃げようとした家族を彼らが追いかけたのは、そこから考えれば当たり前の行為だ。
「武器を手に迫ってくる軍人を見た両親は、すぐさま魔導術で相手を撹乱するという手段に出ました。いきなりそんな強硬手段に出られることを想定していなかったのでしょうね。軍人たちは見事に慌てふためいてくれましたよ。
そのまま私たちは町の外に出たんですけど――そこで両親は、私を下ろしたんです。そしてこう言いました。『おまえは逃げて、隣町の叔母さんの家まで行きなさい。場所は分かるね?』って」
「つまり、ミオンの両親は町に残ったの?」
おっかなびっくり、といった様子で訊いたのはナタリーである。そんな彼女に向けてミオンはうなずくと、再び語った。
「恐らく、一人でも多くの人を逃がすためにそうすることを選んだんです。二人とも、とても優秀な魔導士でしたしね。そのうち、ルーウェンだけにとどまっていた火の手が町の外にまで及ぶようになって、そこで初めて、私は両親の言うとおりにすることを選びました。でも……その途中に、私はがけ崩れか何かに巻き込まれたようなんです。というのも、実はその瞬間のことはよく覚えていなくて、でも、気が付いたら瓦礫の下敷きになっていました」
女子組の中から悲鳴が上がる。おそらく、そのまま瓦礫の下にずっといたらどうなるか、想像してしまったのだろう。ミオンはここでそっと目を閉じ、記憶の糸を辿るように言葉をつむいだ。
「そのままいくらか叫んでいた私の前を……一人の男の子が通りかかったんです。おそらく彼も、ルーウェンから逃げてきた人だったはずなんですけど、私のことを見つけると、一生懸命瓦礫をどかしてくれました。その男の子のおかげでどうにか助かったんですが、その頃にはもう火が迫ってきていました。
このとき――私はその男の子におもいっきり投げ飛ばされたんです。最初はわけが分かりませんでしたけど、すぐに私を逃がすための行為だと気付きました。その証拠に、彼は火に巻かれる直前、ありったけの声を振り絞って『逃げて』って言ってきたんです」
次に挟まったのは、ブライスの声だった。
「……て、待て! その、彼は火に巻かれちゃったの!?」
ミオンは自嘲的な笑みを浮かべて、あっさりと肯定した。
「はい。私はそのまま無我夢中で逃げたので、その後、彼がどうなったかは分かりません。そして、私はどうにか叔母さんの家に辿り着いて――それからここに転校するまでは、その家で暮らしてました」
彼女がそのように話を締めくくると、周囲にはまた沈黙が広がった。最初は笑っていたミオンだったが、その沈黙をどう受け取ったのか、すぐに沈痛な面持ちになる。
「唯一の心残りは、あの男の子がどうなったかなんですけど」
だが、そのとき――
「安心しな、ミオン」
そんな声が、教室中に響いた。全員が声の方を向くと、そこには笑みを広げたレクシオの姿があった。ミオン含む全員が首をかしげていると、彼は、こう言った。
「そいつはゴキブリ並みに生命力が強くてな。なんと、あの火の海の中から生還したのさ。だから安心しな。――俺は、生きてる」
「…………え?」
ミオンの声が震えた。ほかの人たちもしばらく信じられないといったふうに視線を交差させていたが、やがておそるおそるステラが訊いた。
「え? あの、今の話に出てきたの、レクなの?」
彼は実にあっさりとうなずく。
「おー。間違いない。シチュエーションが俺の記憶の中にある光景とまったく一緒だ。まさか俺も、それがミオンだなんて思わなかったけどな。無事逃げ切ったって聞いて、ほっとした」
「そ、それはこっちの台詞です!!」
突然ミオンが大声で、噛みつくように叫んだ。それからはまた心細そうな表情になって、おずおずとレクシオにこう問いかける。
「ほ、ほんとうに、大丈夫だったんですか?」
すっかり縮こまっているミオンとは対照的に、レクシオはどこまでもあっけらかんとしていた。
「ん? おう。実は背中焼かれたあとのことはよく覚えてないんだけど、目が覚めたら小さな診療所のベッドの上で、隣に親父がいた。――背中に大きなやけどの痕が残りはしたが、それだけだ」
「この二人は、よくもまあいろんなところで繋がってるもんだねえ」
同じルーウェン出身だということを先に聞いていたうちの一人であるブライスが茶化すようにそう言うと、レクシオは頭をかいた。それを見てステラはなぜか胸の中がもやもやするのを感じて顔をしかめていたが、この時点ではだれもそのことに気付いていない。
もう一方の当事者であるミオンは、机に額がぶつかりそうなほど深く頭を下げていた。
「あ、あ、あのときは、ありがとうございました! 無事でよかったです」
「まあ、気にするなって。もう済んだことだ」
レクシオはひらひらと手を振りながら答えた。その光景を見ながら、すっかり存在感が薄くなっていたカーターが口を開く。
「そ、それでその、レクシオさんの方はどんな感じだったんですか? 十二年前」
「ああ、うん。そっちも聞かなきゃね」
ブライスがさらに便乗すると、レクシオは緑の目を瞬いてから、実に軽い口調で切り出した。
「ん? ああ、俺らのところの話な」
◇ ◇ ◇
「おっしゃあ! 今日はおまえの奢りだな、ヴィント」
ルーウェンの中心街にある飲食店でそんなふうに大声を張り上げたのは、赤茶けた髪の男だった。おじさんと呼ばれても不思議ではない歳だが、少年のような無邪気さが残っている。
そんな彼を見ながら、向かい側に座っていた黒髪に緑の眼の無愛想な男、ヴィント・エルデはため息をつく。
「仕方ないな。どうして俺がこんなことに付き合わされているのか、はなはだ疑問だが」
彼が相変わらずの低く小さな声でそう言うと、赤毛の男は白い歯を見せて笑う。
「そりゃオメー、俺とお前がダチだからだろ? どうせ奥さんにもちゃんと言って出てきたんだろ?」
後半はヴィントの質問に対する答えではなく質問がえしになっていたが、それもまあいつものことなので、ヴィントは軽く受け流した。
「当たり前だ」
「生真面目だなあ。浮気とかすぐ白状しそうだなあ」
「……殺されたいのか?」
軽く受け流したはいいものの、その次に来た発言はとても受け流せるようなものではなかった。ヴィントが瞳に怒気と殺気を込めて言うと、友人は両手を組んで頭の後ろに回しながら「冗談だって」と言う。なんだかすごく疲れたヴィントはそれに何も言わず席を立つと、お代を払うために歩きだした。その背に、再び友人の声が飛ぶ。
「そういや、おまえのところの息子って、四歳になったんだろ? 俺が見にいっても大丈夫かな?」
「勝手にしていいが、嫌われないという保証はしないぞ」
「やったね。勝手にさせてもらおう」
十年来の付き合いになるが、いつまで経っても変わらない彼の様子に、ヴィントは再びため息を漏らした。
結婚して、子供までできてからは彼と会う機会もだいぶ減っていたヴィントである。そのため、あいつが何か下手なものを溜めこんではいないだろうかと内心少し心配していたのだが、要らぬ心配だったようだ。家に帰ったらレクの相手しよう、そんなふうに思った。
いつものようにむっつりと考え事をしながら帰路についていた彼は、しかしふと違和感を覚えてその足を止めた。
「今日はやけに軍人の数が多いな」
違和感の正体はそれである。帝国軍から派遣されている軍人は毎日見ているが、今日はその数がいつもに増して多い。具体的に言うといつもの倍だ。
ここ、ルーウェンは帝国の中にありながら、かつてのデルタ一族の功績が認められて自治を許された町である。だが、それゆえに帝国軍から様子見を兼ねて人が派遣されることがしばしばあった。
「派遣にしては多すぎるような気もするが」
ここに駐屯地はなかったはずだ、などと彼らしくもなく分かりきったことを考えた。しかし、そんなものは彼らの内の何人かが手にしているボトルを見て吹き飛んだ。そのボトルに不信感を覚えたヴィントは目を細め、そして、すぐにその正体を認識した。
――油?
当然、最初に抱いた疑問は、なぜ油などというものを持ち歩いているか、であった。
しかしこれについては、考えられる可能性は少なかった。その可能性の内の一つに行き着いたヴィントは目を見開き、そして、
「レクシオ……ミリアム!!」
家族の名を呼んだかと思えば、家を目指してかけだしていた。




