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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第五章 帰る場所
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 当然この日は、レクシオに注目が集まった。久々に出てきたおかげもあるが、何より気にされたのはその怪我だった。さまざまな人から質問されたが、そのたびにレクシオは同じ答えを返していた。

「いやあ、階段から転げ落ちちゃって」

 ステラとしては笑って言われてもある意味で恐ろしいだけだし、そもそも階段から転げ落ちたときにはできないような傷も身体のあちこちにあるので、ふとした瞬間にばれないという保証もないのだが、とりあえず今日だけはそれで貫きとおせた模様である。

 ちなみにブライスが終始にやにやしていたが、ステラは見ないようにしていた。

 ついでに言うとミオンは終始泣きそうな顔をしていたが、変なふうに誤解されると主に男子から面倒な視線を投げかけられかねないので、ステラもレクシオも心配そうに見つつ、密かに「平気平気」というサインを送るにとどめておいた。

 そんなこんなでどうにか一日が終わり、今日も放課後がやってくる。

 ステラはいつものように特別学習室前まで来ていた。ただし、今日はレクシオを連れて。そのレクシオは、ステラに続いて扉の前まで到着するやいなや、顔をしかめた。

「……む? なんか騒がしくないか?」

 いい耳してるなあ、と思いながらステラは答える。

「そうねー。ま、見てみてからのお楽しみよー」

 言い終わると同時に、彼女は引き戸を思いっきり開いた。その音が、中にいる人たちの耳に、しっかりと届くように。そして、

「きたよー!!」

 大声を張り上げた。すると、中にいる人々は一斉に振り向き、ついでに目を見開いた。

 続いて入ってきたレクシオも同じようにぎょっとすると――

「え、え? なんで『こいつら』までいるんだ?」

 そう。今日の特別学習室には、『調査団』のみならず『特殊新聞部』の面々も勢ぞろいしていたわけである。つまり、教室の中にいたのは、ステラとレクシオを除く総勢八人の少年少女だった。

「うそっ!! 噂には聞いてたけど……」

 戸惑ったように言うのはナタリーで、そこになぜか彼女に首根っこをつかまれているカーターが続いた。

「もう、怪我は大丈夫なんですか? ブライスたちから聞いて、こっちもかなりハラハラしてましたけど」

 その横に立っているオスカーも、相変わらずの視線で戸口に立っている人物を射抜くと一言。

「どいつもこいつも心配させるのが特技のようだな」

「え、えーと」

 当然レクシオは対応に困る。ステラが思わず笑ってしまうくらいの慌てぶりだ。今まで、学院の中でこんな姿を見せたことはあまりなかったので、新鮮である。それでも彼女はどうにか笑いを抑えこみ、声を張り上げた。

「質問はあとから順番にしてよー。今回はこいつもごまかせばいいってもんじゃないんだから」

 すると、ありがたいことにリーダーであるジャックがそこに乗っかってくれた。

「そうそう。とりあえず、『お楽しみ』の準備をしようじゃないか」

 しかし――

「あ、その前にいいですか!?」

 ミオンが珍しく大声を張り上げた。みんなが一度停止するも、ジャックがすぐに「どうぞ」と彼女を促す。彼女は小刻みに震えながら、それでも訊いてきた。

「レクシオさん……本当に、もう、大丈夫……なんですか?」

 今までは困り果てていたレクシオも――これには、しっかりと答えた。できるだけ、明るく、そして笑顔で。

「うん。大丈夫だ。心配かけて悪かったな」

 ミオンは答えられた瞬間に一度大きく震え、それから、目に涙を浮かべながらも顔を上げて、笑って言った。

「良かったです……本当に、良かったです!」

 そのまま今にも泣きだしそうだったが、レクシオの前でかつて一度泣いたことに対して何か思うところがあるのか――ちなみにこのことは、ステラを含め誰も知らない――言い終わると、両目をごしごしとこすった。

 しかし、だめだった。

「ぅおのれー! レク! 乙女を泣かせた罰として、今度私に魔導術教えろ!!」

 彼女がそうした直後に、ナタリーがそう吼えたのだ。今日くらいは多少の冗談も受け流してやろうかと構えていたステラとレクシオの二人も、思わず突っ込む。

「いや、なんでそうなる!?」

「ナタリーにメリットがあるだけじゃん、それ」

 息のあったコンビツッコミのおかげか、すぐあとにはどっと笑いが巻き起こった。


「……んで、結局『お楽しみ』ってなんだよ」

 どこからか運んできた大きな机を囲むようにして置かれた特別学習室の椅子。それに真っ先に座らされたレクシオは、横に立って自信ありげに胸を張るステラに、尋ねた。

 ちなみに、今この教室にいるのは、シンシアを除く九人である。

 幼馴染に尋ねられたステラは「もうちょっと待ち」と言って引き戸の方をちらりと見た。ちょうどそのタイミングで引き戸が開き、数分前に出ていったシンシアが、手にグラスを乗せたトレイを抱えて戻ってきた。

「意外とあっさり貸してもらえるものなのですね。食堂って」

 そんな言葉とともに。

 すると、立っているステラの隣で大人しく座っていたブライスが、身体を揺らしながら呟いた。

「やったー♪ シアの入れるお茶はね、おいしいんだよ」

『新聞部』メンバーはそれを知っているのか、大きくうなずいている。そんな光景を見ていたレクシオが何かに気付いたように目を開き、再びステラの方を向いた。

「なあ、もしかして」

 彼が確かめるように言ったとき、ステラは大きくうなずいてから、今朝学生鞄とともに持ってきていた謎の袋を机の上に置いた。

「一応、あたしも終礼が終わったタイミングで食堂の台所借りたから、まだ温かいと思うけどなー」

 言いながら袋から彼女が取り出したのは、昔孤児院にいた人たちが使っていたという弁当箱に詰められた、人数分のアップルパイだった。

「……意外とうまそうだ」

 最初にそんな反応を示したのは、意外にもオスカーである。それに呼応するかたちで、ナタリーが叫んだ。

「早く頂戴、早く。あんたが孤児院で(つちか)った腕前とやらを見てみたいのよ」

「今、配るから待ちなさい。ナタリー」

 言いながら弁当箱のふたを開けた彼女は、順番にアップルパイを取り出して、全員の席にくばった。早くも食いつきそうな勢いのブライスはそばのカーターがなだめる。そのあと、シンシアがひとつひとつの席を渡り歩きながらお茶を置いて回り、最後に自分の定位置に着席した。ステラとしてはどうでもいいが、その動作のひとつひとつがいちいち優雅であり、見ていて飽きない。

 全員が大人しくなったのを確認したうえで音頭をとったのは、ジャック。

「さあてと。それじゃ、ミオン君の歓迎会兼レクシオ君の復帰祝いということで――」

 彼が高らかに叫び、そして言葉を切ったところで、レクシオ以外の全員が叫んだ。

「いただきまーす!!」

 満面の笑みを浮かべるみんなを見ながら、そのレクシオは、

「まったく……意地悪な奴め」

 そんなふうに呟いていたが、その声は隣のステラの耳にも届いてはいなかった。

 実にテンションの高いお茶会がこうして始まると、とりあえず周りから飛んだのは「うまい」の一言。そしてミオンが、ステラの方を見ながら言った。

「す、すごいです。私、転校してくるより以前に、試しにアップルパイ焼いたんですけど……なんか失敗しちゃったので」

「そ、そうなの?」

 ステラが言うとミオンは大きくうなずき、顔の前でしっかりと両手を合わせた。

「はい! 今度、作り方教えてください! お願いします」

 その、ひどく必死な動作にステラは苦笑しつつも「いいよ」と答えた。なんだか、長期休暇中にレクシオに宿題教えてくれとせがむ自分の姿に重なって見えてしまって、悲しくなった。そして、レクシオはというと――

「むう。おまえ、鍛えたな。初等部の頃は炭しか作れなかったくせに」

 褒めておきながらもさらりと余計なことまで口にしていた。ぎょっとしたので慌てて口を挟む。

「し、仕方ないでしょ!? あの頃はやっと手伝い始めたばっかりだったんだから」

「褒めたんだけどなあ」

「八割くらい(けな)してるよ!!」

 テンポのいい会話が続くと、周囲からまた笑いが巻き起こる。ステラは顔を真っ赤にして、ちまちまとアップルパイの先端を食べた。そんな彼女らを見ながらトニーもまた、言った。

「なんか久し振りに見るなあ。血まみれでボロ雑巾みたいなおまえを見たときはどうなるかと思ったが、いやあ、良かった」

 その猫目はレクシオの方に向いていた。彼はコップに一度口をつけてから、笑う。それから突然真面目な顔になった。

「そうだな。……そういえばまだ、改めて言ってなかった」

 少年がいきなり発した真面目な台詞に、いやおうなく注目が集まる。その視線を受けながら、レクシオは――深く、頭を下げた。そして、大きな声で言った。

「このたびは、ご迷惑とご心配をおかけして、本当にすみませんでした!」

 場がしんと静まり返る。しかしそれも、わずかな間だけだった。すぐさまステラが彼の肩を叩いたからだ。

「まーだ気にしてたの? 平気だって言ったのに」

 彼女の気楽な台詞に続くようにして、ほかの面子も次々に声をかけ始めた。まずはナタリーが、

「そうそう。気にしない気にしない!」

 次にカーターとシンシアが、

「別にレクシオさんは何も悪いことしてないじゃないですか。大丈夫ですよ」

「悪いのはその軍人とやらですわね」

 そしてシンシアの台詞に続くようにして、ブライスがにやりと笑う。

「さらに言えば、もっと悪いのはあんたの親父だ。だから無問題」

 これに乗っかるように、ジャックとトニーとオスカーもそれぞれに言った。

「むう、確かにその通り」

「だいたい、自分の子供放り出しといて、今はどこほっつき歩いてんだろうな。あの黒髪男」

「俺としては、おまえがミオンの同胞だということの方が驚いた」

 ただ一人ミオンは何も言わなかったが、いつの間にか顔を上げてぽかんとしているレクシオを見てにっこりと笑った。それにつられて彼も笑った。

 ふたつの笑顔を見ながら、一番に発言したステラは、寂しげな微笑を浮かべた。

 おそらく、彼女とミオン以外の人間は誰ひとりとして気付いていないが……みんなに向かって謝罪したときの彼は、震えていた。何かの恐怖を抑えつけるように。

 この期に及んで、まだ嫌われるんじゃないかって思ってたのかなあ、この人。

 そうならば、あたしが意識改革してやる! こいつも、帝国の国民も! と密かに決意を固めたステラである。それが今、自分にできる彼への精一杯の『恩返し』だと思っているから。まさかナタリーと話していたことがこんなにも早く現実のことになるとは思っていなかったが、だからこそ余計に気合が入った――とも、いえるかもしれない。


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