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魔導の一族  作者: 蒼井七海
第四章 夜の涙
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2

 レクシオが見たのは、炎に包まれる町だった。

 それが何を意味しているのかは分からない、分かるはずがない。それを知るには、彼はまだ幼すぎた。ただ、炎の中で数多の命が消えていることを知っていた彼は、赤々としたそれを眺めながら震えていた。

 そして――ふと前方に視線を戻すと、見慣れた男の背中が映った。

「おとうさん」

 たどたどしくその名を呼ぶレクシオ。すると父――ヴィントは、振り返ってこう言った。

「レク、おまえは逃げてろ。ここへいても身が危険にさらされるだけだぞ」

 いつも通りの淡々とした口調に、なぜか安心感を覚えてしまう。だからこそ、下手に離れたくないと思った。しかしそう言っても、父はまったく相手にしてくれなかった。

「いいから早く行け!」

 そう怒鳴りつけられてしまう。びくりと震えたレクシオは、名残惜しそうに振り返りながらも、覚束ない足取りでかけだした。段々火の手がこちらに迫ってきているのが分かる。その証拠に、冬の候ながらじっとりとした汗が肌にへばりついていた。

 歯を食いしばって逃げた。母はつい先ほど、帝国軍の兵士に(なぶ)り殺された。そのせいもあって、本当は父とはなれるのは死ぬほど嫌だったが、あの優しい父が自分に生きろと言った以上、それに従うしかなかった。

……いや。

 一度そう思ったが、レクシオは心の中で否定した。そんなご大層な理由ではない。本当は、ただ――

「しぬのが、こわいんだ……」

 消え入りそうな声で呟いたレクシオはなおも走り続けたが、途中でふいに足を止めた。小さな女の子の泣き声が聞こえた気がしたからである。

 立ち止まってぐるりと見回した彼は、すぐに声の正体に気付く。少し先に、瓦礫の下敷きになった少女がいたのだ。彼女は、おかあさん、と叫びながら泣いていた。

 慌ててその子にかけよったレクシオは、必死で瓦礫をどかす。そしてある程度のところで女の子に手を差し出し、「立てる?」と問うた。女の子はおそるおそる自分の身体を確認すると、うなずいて彼の手をとった。

 レクシオはほっとした。が、それもつかの間のことである。すぐに、火の手がそばまで迫っていることに気付いた。どうにかしようとしたがもう遅く、あと数秒で二人を焼けるくらいの距離まで到達していた。一瞬考えたレクシオは――少女を、投げ飛ばした。

「きゃあっ!」

「逃げて、はやくっ!!」

 彼がありったけの声を振り絞ってそう言うのと、迫った炎が彼の背中を焼いたのは、ほぼ同時のことだった。

 文字通り焼けるような痛みを覚えて意識を失いかける中、帝国軍とは違う一団が彼らのそばで何か話していることに気付いたが、その内容を確かめる余裕は、なかった。


   ◇      ◇      ◇


 目覚めると同時に、レクシオは言葉にならない悲鳴を上げた。そばで見ていたミントおばさんに、慌てて(なだ)められる。

 激しい痛みに顔をしかめながら辺りを見回すと、すでにかなり明るくなっていた。彼が悪い夢を見ている間に、夜は明けたようだ。

「ステラたちは、どうにか学院に行ったわよ」

 ほっとしたような顔でそう言うおばさんを見て、レクシオは小さく、「そうですか」と返した。それ以上のことは言えず、再び固く目を閉じた。


「あれー? ステラ、例の幼馴染君はどうしたのさ? 今日は見ないなと思ってたけど、まさかの休み?」

 その日の放課後、偶然、特別学習室前で新聞部の女子二人と鉢合わせてブライスにそう訊かれたとき、ステラは本気で動揺してしまった。しかし、それは彼女だけではなかったらしい。一緒にいたナタリーもさりげなく目を逸らしていた。

「……もしかして、何かあったんですか?」

 ブライスの後ろにくっついていたシンシアがじっとりとした視線を向けてくる。ブライスと一緒に相談を受けてもらっていたため、異常にすぐさま気付いたらしい。

 ステラは諦めたように首を振り、言った。

「あなたたちには、隠すべきじゃないわね」

 それから二人にも特別学習室に入ってもらう。新参者のミオンにはかなり驚かれたが、今は説明しているひまがないため、そのまま本題に移った。

 昨日の放課後に何があったのか、彼女たちには余すところなく話しつくす。

 度胸が自慢の二人も、この残虐にして衝撃的な事件には動揺が隠し切れていなかった。シンシアは目を見開いて、そんな、とうわ言のように呟き、ブライスにいたってはパニックを起こしかけていた。

「うそっ! そ、それってつまり何にも悪いことをしてないレクに軍人が手をあげたってことだよね!? 完全に違憲だし、道徳に反してる! 信じられない!!」

「ぶ、ブライス落ち着いて! 生徒や教官に聞こえたらまずいから!」

 ステラが慌てて制止に入る。『調査団』とこの女子二人以外に事件について知る者は、この学院に一人としていない。クラスメートはもちろん、教官にも学院長にも話していない。適当な理由をつけてごまかしている。それは大事――国の混乱――を避けるための措置であった。万が一これが漏れ聞こえれば、この帝国学院の国での立場が危うくなる可能性もあるし、嘘だと吐き捨てられてステラたちが罪に問われる可能性だってある。レクシオがさらに窮地に立たされるかもしれない。

 そんな事態を悟ったのか、ブライスは慌てて口を押さえて黙り込んだ。トニーがおもむろに立ち上がり、扉についている窓から廊下を見ると、他の人にサインを送った。

「大丈夫。誰もいなかったみたいだ」

 彼の言葉を聞いて、一同はほっと胸をなでおろした。

「まあ、ブライス君の言っていることはもっともだけどね。例え彼の父が帝国兵を殺した大罪人であっても、事件に関与していないレクシオ君に――たとえ関与していても、だが――瀕死の重傷になるほどの仕打ちをするなんていうのは、おかしい」

 珍しく深刻な顔をして言ったのは、ジャック。調査団の面々も、渋い顔で同意した。

 この国では、ある者が大罪を犯して刑罰を受けても、身内にまでその罰が及ぶことはまずない。たとえ、どんな罪であったとしてもだ。事件に関与していないかぎり身内にまで罰を求めてはならない、さらには容疑者・被告人およびその家族に拷問をしてはならないと、帝国憲法で定められているからである。

「それにしても心配ですわね。なかなか生意気な言動も多いですけれど、不思議と憎めない方ですし……」

 シンシアの言葉を聞いて、ミオンがうつむく。それを視界の端に捉えたらしいシンシアが、慌てて取り繕った。

「そんなお顔をなさらないでくださいな、ミオンさん。あなたを責めているわけではありませんし、私はデルタ一族を悪者だとは思っていません」

 これを聞いたミオンは、涙声でシンシアにお礼を言った。そんな光景をみて、ステラは思わず微笑を浮かべる。ナタリーと口論していたのを仲裁したのが彼女との初対面だったために、第一印象は最悪だったが、思ったほど悪い人ではないらしい。

 そこまで考えて、ステラはひとつ思い出した。今回の件と関係があるかは分からないが、この一件でみんなの関心が『レクシオの父親』に向く可能性を考えると、話しておかなくてはならないだろう。

「あの、ちょっといいかな。シンシアやブライスやミオンは置いてけぼりになっちゃう話だけど」

 彼女は手を挙げて言う。なんだなんだ、とみんなが興味を示したのを見て、ぽつぽつと話し始めた。

「今回のある種元凶ともいえるレクの父親なんだけど……あたし、会ったことあるんだ。ううん、あたしだけじゃなくて、ジャックやトニーは姿を見ていると思う」

 一瞬、場の空気が凍りついた。その後、「――えええっ!?」という悲鳴がこだました。案の定そうとう驚かれた。いきなりの暴露でごめんなさい、と思いながら、ステラは話を続ける。

「あの――教会であったラフェイリアス教神父殺害事件の話、覚えてる?」

「ああ。あの人間離れした奴らと戦ったやつか」

「シンシアとの喧嘩の原因にもなった事件よね」

 ジャックとナタリーが、各々違う意味で苦い顔をして言う。うん、と言ったステラは息を吸って、ヴィントと名乗った男の顔を思い出しながら、言葉をつむぐ。

「あのとき――ナタリーは知らないけど――ギーメルと戦ったときに現れた無愛想な男がいたじゃない? あれが、ヴィント・エルデ……レクの父親らしいの。あとで本人に確認したから、間違いないわ」

「いけすかない黒髪男か! 言われてみればレクに似てた!」

 トニーが声をあげて顔をしかめる。やはり彼も、ヴィントに良い印象を持っているわけではなさそうだった。

「でも、てゆーことはさぁ」

 ナタリーがステラを見ながら腕を組んで言う。

「完全に推測だけど、この件、あの鎌使いやアインが関わってる可能性もあるんじゃない?」

 ステラも、ジャックも、トニーも、思わず固まった。まだ何も証拠となることはないが、十分にあり得る。もしもあいつらが、ないしはあいつらの所属する組織が帝国を牛耳っているのだとしたら。

「ぞっとするわね~……またあいつらと一戦交えることになるの?」

「一戦どころじゃないかもしれないよ? なんてったってステラは、『銀』の魔力の持ち主なんだから」

 からかうように言うトニーを睨みつけてステラは頭を抱えた。

「やめてよ。まだそんなにうまく操れるわけじゃないんだから……」

 嘆いてから彼女は首をかしげている三人の女子に気付くと、話題を転換した。証拠も何もない話を延々と続けていても意味はない。

「まあ、とりあえずみんなで孤児院に行かない? ラフェイリアスの話は道すがらするとして」

 反対意見や辞退者はでなかった。


「おばさん、ただいま!」

 孤児院ではしゃぎまわる子供たちの声に負けないような声で言ったステラに、ミントおばさんはいつもの笑顔を向ける。

「あらステラ、おかえり! 今日はお友達も一緒なのね」

 主に、見慣れないブライスとシンシアに目を向けながら言うミントおばさん。そんな彼女にステラは答えた。

「うん、レクシオの見舞い」

 途端、この養母の顔は少しかたくなる。もしかして容体が悪化したのか、と若干身構えたステラに、ミントおばさんは耳打ちで告げてきた。

「いつものことながら、身体は非常に早く回復してきてるけど……精神面でかなりやられているみたいでね。ずっと気落ちした感じの顔だわ」

 その言葉に息をのんだのは、『最悪の可能性』を脳裏によぎらせていた調査団の面々だ。一方、新聞部の女子組は不思議そうに顔を見合わせている。

 とにかく、ステラはミントおばさんに礼を言うと、幼馴染がいるはずの部屋へとかけだした。

 彼が今使っている、元々彼の部屋であった一室は、孤児院の階段を駆け上がってすぐのところにある。息を整えたステラは扉の前に立つと、一度喉を鳴らしてからそっとノックをした。

「レク、起きてる? 入るよ」

 扉の向こうから、おう、という小さな返事が聞こえた。わりと元気そうな声にほっとしたステラは、そっと扉を開ける。ついてきた四人とシンシアとブライスは、何かいけないことを盗み見るときのように顔を出す。

 相変わらず必要最低限の家具しか置いていない部屋の奥には、白いベッドがある。そのベッドの上で身体を起こしていたレクシオは、予想以上の大人数をみて「うおっ」とうめいた。それと同時に全員が部屋へなだれこむ。

「良かった、意外と元気そう……」

 言ったのはナタリーである。それを聞いたレクシオは、にんまりと笑った。

「まーな。大分痛みも引いてきたことだし……で」

 レクシオは、懸命にのぞきこむシンシアとブライスを見てからステラに目配せした。なぜかその視線にはじっとりとしたものが付きまとっているような気がする。

「なんであの二人までついてきてるんだ?」

 ステラは少し迷ったものの、渋々事情を説明した。ただし、レクシオのことを二人に相談していた件は省いて、だ。レクシオは剣呑な目を向けていたが、やがては「ま、いっか」というふうに笑うといつも通りに話し始める。

 ここから先はたわいもない談笑だった。今日の学院の様子などが主軸であり、また、教官や学院長にはごまかして話しておいたと言うと、この少年はあからさまにほっとした顔をしていた。

 彼の顔を見てほかの面々のいつもの調子を取り戻す。

 ただ一人――ステラを除いては。


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