白い夢
今回のプロローグ……も、あれだな……うん。すみません。
そこは、白い大地だった。雪がしとしとと降り積もり、この体を冷やしていく。今は冬で、特にこの北の大地は雪がよく降る。最近になって、ようやく慣れてきた光景だったが、今日はそれらひとつひとつがやけに冷たく感じられた。
ゆっくりと意識を取り戻した少年は一度首をかしげ、前の背中を見た。
大きな背中だった。見慣れた背中だった。黒い髪が雪の向こうで風になびいている。いつも通りの父の姿だ。そのはずだった。なのに、それなのに、何故か今日は少年にとって、その姿がひどく恐ろしく感じられた。
「父、さん……?」
ゆっくりと呼びかける。すると父は、こちらを振りかえった。やはりいつも通りの無表情だ。喜怒哀楽、なにひとつ感じられない。ただ今日は、すこしだけ泣いているようにも見えた。そして、そんな彼の頬には赤いものが点々と付着していた。
「え?」
我ながら間抜けな声を上げて首をかしげた。その赤いものはなんだと、本当はそう問うつもりでいた。けれど声にならなかった。それは、父の向こう側にある『もの』を見たせいだろうか。
それは、何かの塊だった。よく見ると人の形をしていた。その『もの』からは、父の頬に付着しているのと同じ赤いものが流れだし、雪原に真っ赤な染みをつくっていた。
しばらく見て、そして――
「ひっ!!」
少年は息をのんだ。今や肉塊と化しているそれが、元は彼にとって非常に見覚えのある人物二人だということに気付いたから。
『本当に優しい子ね。その優しさ、うちの娘に分けてくれない?』
そんなことを言いながら、実は夫以外には秘密で経営しているという店の軒先で彼の頭をなでてくれた女性。
『おまえ、武術に興味ねぇか? 筋はいいと思うんだがね』
剣を磨きながら誘いかけて、笑ってくれた男性。
その二人だということが分かった瞬間、少年の視界はひどく揺れた。
嘘だ。信じたくない。なんの悪夢だ。嫌だ、嫌だ――
胸の中でひたすら叫んでいる中で、ふたつの肉塊の向こうに、へたり込む少女の姿があることに気付く。だが、そんなのは今の少年にとってはどうでもよいことだった。
「なん、で?」
無表情の父に問いかける。だが、彼は少年の質問に対しては何も答えなかった。
ただ一言――
「俺が殺した」
そう、呟くだけだった。
少年の目がいっぱいに見開かれる。そこに涙がたまる。
「あ、あ」
そして、視界は再び揺れる。ぐわんぐわんと、彼の思考をかき乱す。
「ああ……」
そして、痛む頭を押さえながら、少年は、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――っ!?」
喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
◇ ◇ ◇
「――うわあっ!」
自分の叫び声で目覚めたレクシオは、息を荒げて跳ね起きた。汗にまみれたシャツがべっとりと肌にまとわりつく感触に嫌悪感を覚えながら、先程までの光景が夢であることを辛うじて認識した。同時に思う。
あれは夢であると同時に、現実でもある。
過去に起きた出来事が、たまたま頭の中で思い出されただけだろう。
いい気分は、しないけどな。胸中で呟いてからシーツをはぎ取り、首を回して時間を確認しようとする。
闇の中で時を刻む時計を見ると、まだ夜中の三時だった。自分が設定している起床時間までだいぶある。だが、不思議と今日のレクシオは目がさえていた。
それだけではない。
ずきずきと痛む頭を押さえながら、彼はうめいた。こういう夢を見るときというのは、大概後になってよろしくないことが起きるというのをよく知っていたからだ。
自然と、口からため息がもれていた。
「さて、今度はいったいなんだろうな」
隣の部屋から聞こえてくる後輩のいびきに顔をしかめつつ、彼は自嘲的な笑みを浮かべてそんな呟きをこぼした。
ここは、帝都の中央部。クレメンツ帝国学院の、男子寮だった。