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今夜は、月が綺麗。
バルコニーから空を見上げてそう思ったけれど、わたしの心は一向に浮き立っては来ない。
原因も、もちろん分かっている。
あの夜会で出会った人が気になっているから。
あの美しい人と、恋を語ることはできない。けれども、やっぱりわたしも女ですもの。魅力的な男性と恋をしたいと思っても、罪にはならない筈だわ。
あ、そういえば貰った指輪、まだ名前を見ていない。恋はできないけれど、名前くらいは知っておきたいわ。
さて、あの人のお名前は何かしら?紋章入りの指輪だけれど…………これは?!
「嘘……」
「お嬢様?どうかなさいまして?」
部屋の中から、ばあやがそう言ってバルコニーを覗く。そのばあやの視線から慌てて指輪を隠しながら、わたしはばあやに尋ねた。
「ねえ、ばあや。キャピレットの紋章は白百合だけれど、モンタギューの紋章は確か、薔薇だったわよね?」
「ええ、そうですよ。高貴な白百合とは違って、派手で下品な花ですよ。それが何か?」
「いいえ、いいの。何でもないわ。ありがとう」
ばあやが変な顔をしながら出て行くのを確認して、わたしはもう一度指輪を取り出した。
そこには、Mという文字を取り巻く薔薇の花。そして、指輪の裏側にはロミオという名。
「ロミオ。そう、あの人の名はロミオと言うのね」
そう呟いて、涙がこぼれそうになった。嫌だわ、これではわたしがあの人に本気で恋をしているみたいじゃない。
「モンタギュー家の、ロミオ」
それが、あの人の名前。あの人の言葉を借りるなら、仮面に隠れたあの人ではなく、素顔の彼。惹かれてはいけないと思ったけれど、まさか敵の一人息子だったなんて。
「あんまりだわ」
自分でそう呟いて、わたしはもう一度呟いた。
そうよ、あんまりだわ。
わたしには時間がない。一刻も早く、パリスに代わる夫候補を見付けなくてはいけない。そこに、のんびり遊びの恋を楽しんでいる余裕など、ない。それなのに、どうしてわたしを理解してくれそうな人に出会ったと思ったら、よりにもよってあのモンタギューなの?!
そして、何より。
「どうして、モンタギューの人間が、キャピレットの宴にいるの?」
敵の中枢に乗り込んで、宴を潰してやろうとした?それとも、ただ無鉄砲にスリルを味わいに?
どちらにしても、馬鹿げている。
あの人はそんなことをする人には、見えなかったのに。
「結局は、あの人も他の人たちと変わらないってことかしら」
知らず、心の内を声に出してため息をつきかけた、その時。
「その意見には、少しばかり異議を唱えたいですね」
忘れるにはまだ記憶に新しい声が割り込んだ。えっと、ちょっと待って。今の独り言、誰かに聞かれた?というより、確か今、バルコニーの下から声が聞こえてきたような…?
「誰?」
答えは、分かっている。それを確信して、わたしはバルコニーから身を乗り出す。
そこには、あの人が立っていた。