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久々に、掘り出し物かもしれない。
パリスから離れてワルツの輪に加わりながら、おれはそんなことを考えた。
目の前の少女は、先ほどとは打って変わって実に楽しそうに軽やかに踊っている。
そう、思わず弾みで助け舟を出してしまったが、さっきのまでの彼女は痛々しいほどだった。
あの鈍いパリスは気付いちゃいなかっただろうが、彼女は全身であの男を拒絶していた。おれが目を引かれた華やかさも消え、仮面の奥の顔が凍り付いているのが分かる。人形にでもなったかのように、彼女はパリスの前でただされるがままになっていた。
珍しいことだと思う。
パリスと言えば、この街の銀行の頭取の息子で、その資産は大公様をしのぐとも噂されている。まあ、本人がそれをちょっとばかり自慢に思っていて、いちいち態度が気障ったらしいのが鼻にはつくが、顔は中の上くらい。何より、まだ特定の婚約相手のいない独身。それはつまり、この街でも指折りの結婚相手候補ってことになる筈だ。それを証拠に、パリスのもとには鼻息も荒い令嬢たちが群がっている。彼女たちは、お前の周辺事情がとっても魅力的に映ってるだけで、それはお前の魅力じゃないぞと教えてやりたいが、まあそれはどうでもいいだろう。おれとしては、そんな“優良物件”を軽蔑するかのように嫌っている彼女の姿が、とっても興味深かったのだ。
だから、気まぐれのように助け舟を出してみた。わざと強引にしてみたのは、彼女が人形かどうか確認は必要だと思ったからだ。この助け舟に乗ってくれば、それなりに分別とか自己主張とかがある子だろう。乗ってこなければ、それはただの人形だと思って放っておこうと思ったのだ。
そして、彼女は見事に乗ってきた。
しかも、あの言葉。
しどろもどろになって言っていたが、あれはきっと演技だ。つっかえながら言っているように見せかけて、その瞳がこの好機を最大限に生かそうと輝いた一瞬を、おれはしっかり捉えていた。
面白い。
素直に、そう思った。
本当に、興味をそそられる少女というものはいるものだ。しかも、おれにとっては仇敵のキャピレットの中に。
さて、一体この少女にどうやって仕掛けてみよう?
見た限りでは、恋に恋する性質でもなさそうだし。幸いなことに、おれたちの方をずっと睨んでいたパリスも、誰かに誘われて消えている。今が、絶好の機会だ。
「ご気分は良くなりましたか?」
踊りながらそう水を向けてみると、彼女は弾かれたように顔を上げた。
「あ……!ええ、はい」
短くそう言って、はにかむように笑う。その姿は、確かに貴族の箱入り娘そのものだ。だが、その裏に何か別のものを隠しているような気がして、おれは更に言葉を重ねた。
「本当に?もう彼はいないようだから、止めてしまっても大丈夫ですよ?」
どこまでも心配しているように、柔らかく、優しく。ペテン師と言うなら、言っても良いさ。
「いえ、大丈夫ですわ。きっと、人に酔っただけですから」
「人込みは苦手なんですか?」
「ええ、ちょっと。余り、大勢の方がいらっしゃる所にまだ慣れておりませんので」
まあ、見事なまでに模範的な解答だが、やはりさっきの一瞬が強すぎるのだろうか。仮面に隠された素顔を、是非とも見てみたいと思う。
「では、ちょっと外の風に当たりましょうか?」
そう言うと同時に、おれは半ば無理矢理に彼女を中庭へと誘い出す。いつパリスが帰ってくるかも分からない以上、仕掛けるのは此処ではない方が良いだろう。
外に出ると、爽やかな夜気が体を包む。昼間はまだ夏の残滓が残っているが、夜はすっかり秋めいている。大勢の熱気で満たされたあの広間から出てきた身としては、その冷気が心地良い
「もうすっかり、秋の夜ですのね」
どうやら、それは彼女も同じだったらしく、気持ちよさそうにそう呟いた。そんな彼女に、おれも薄く笑みを返す。
「本当に。宴の熱気にあてられた体には、心地良い涼しさですね」
そう言っておれは、静かに仮面を外した。