06屋上に影が揺れる
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「ぃよっしゃー!!」
屋上に出て大音量で叫ぶと、背後から「うるせ!」と蓮の声に「あー……もう」という小毬の呆れた声、そして、楓のあくびが聞こえた。
「お前らもっと喜べよ!」
「何で私らが蒼太の恋愛ごときに喜ばないとなんないんだってーの」
振り返る俺を通り過ぎながら楓がスカートに手を突っ込んだ状態で冷めた視線を送った。そのまま腰を下ろして、小毬の作ってきたお菓子に手を伸ばす。
「しかもただ単に買い物付き合うだけでしょー朝から何回聞かせるのよーもうお腹いっぱい」
楓の目の前で座りながら俺を見上げる小毬は、心底面倒そうな顔をしている。電車を降りてから昼までの間、もう五回以上は言っただろうか。
けれどそのくらい大事な事なんだ。
「だーって千晴ちゃんとデートだぞ?」
「はいはいはいはいはい」
「ともろー! ちゃんと聞けよー!」
一番後ろを歩いていた智郎が耳をほじりながら小毬たちと同じように俺の横を通り過ぎて腰を下ろす。
「いーからな、お前もほら、飯食え」
蓮に肩をぽんっと叩かれて渋々腰を下ろして買ってきたパンを不満げに豪快に開ける。
ったく。俺の喜びをもうちょっと感じてくれてもいいんじゃないか?
ばくっとパンをほおばりながら、さっさとお弁当を食べ終えてお菓子を食べ続ける楓と小毬に、別腹ってすげえな、なんてどうでもいいことを思った。
「ヘッドフォン買うんだっけ? 蒼太そんなに音楽好きだっけ?」
「名前の知らない洋楽聞いて無理矢理聞かせたり、自慢げに高いヘッドフォン見せつけてくるよ」
楓の疑問に、小毬が答える。言い方は棘を感じる。ついでに「それも蓮に影響されたくせにねー」とバカにして笑った。
確かに……俺が音楽にはまったのは蓮の影響なんだけれど。音楽というか、洋楽ロック。あと最近はデスメタルも聞いたりする。元々音楽は好きだったけれど、蓮の貸してくれたCDに一気に聞く音楽が変わった。
それからヘッドフォンにもこだわりだした。
そこまですばらしい音感がある訳じゃないけどそれなりにこだわってはいる。低音が響くとか、全体的なバランスとか。デスメタルを聞く場合はこれがいいとか。
買っては小毬に自慢して、今みたいな顔をされているのだけれど。
「でもイヤホンだろ? 千晴ちゃんが欲しいの」
「まーそうなんだけど。使ってたのが壊れたから新しいのを買いたいんだって。せっかくならいいのが欲しいけど何がいいのか悩んでいたんだってよー。しかも。千晴ちゃんも洋楽ロックを聴くらしいんだよ」
「うん、それは聞いたからもういいです」
蓮の言葉に返事をすると小毬が耳にタコとでも言いたげに俺に向けて手をひらひらと振る。小毬じゃねえ、蓮に説明しているんだよ!
「ま、ま、初デートね。めでてえじゃねえか」
「うおーさすが蓮!」
「暑いからくっつくな死ね」
ひどい……!
蓮にぐいっと体を押されて一人でしくしくと涙を流す。ちょっとくらい喜んでくれたっていいのに。
話し始めは喜んでくれたけど……もうちょっと付き合えよ。
こんな奇跡ないかもしれないんだから今日一日くらい。ついでに明日は明日でデートの興奮でうるさいだろうけれど。
「ま、うまくいけばいいよなー」
「奇跡だよね。ミス青嵐となんて」
「ないないないない、蒼太なんかいい人止まりだって」
黙って聞いていると勝手に話し始めるわ、楓の言葉にさすがにぐっさりと胸を抉られるわ。
「おまえらなああああ!」
俺が声を出すと四人は口を大きく開けて笑う。
暑い屋上が余計に暑くなりそうだ。無駄に動いて声を出して汗もかくっていうのに。
俺だってわかってるっつーの。こんなことが奇跡なんだってことくらいは。それに不満があるわけでもない。だけどさすがにそう遠慮なく言われると傷付くんだよ。
目の前の四人はさも楽しげに笑うだけ。
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「これ、いいよ」
「ほんとに?」
待ちに待った放課後までの時間はそりゃもう一年にも二年にも感じる程に長く、そして出会ってしまえばあっという間に時間が過ぎていく様な気がした。
授業中に携帯で調べたイヤホンの情報を、あたかも自分が知っていたかのように話すと、傍にいた千晴ちゃんは目をさらに大きくさせて関心の眼差しを向ける。それに対して少しの罪悪感を抱くのですが、それはさておき。まさか自分がこの千晴ちゃんと二人で並んで歩くような日が来るとは思わなかった。
いざこうやって二人で歩くだけで現実味がない。緊張するとかしないとか、それ以前の問題だ。
「……蒼太君?」
「え!? あ、うん、え?」
少し顔を覗き込ませて首を傾げる千晴ちゃんの姿が目に入って思わず大声が出た。
……はっずかしい。何やってるんだろう。やっぱ浮かれてんのかな。
じっと見つめる千晴ちゃんの視線に、どんどん顔が赤くなる気がして、さりげなく顔を手で隠すけれど……。それをみて千晴ちゃんはくすっと笑みを零した。
「蒼太君って、イメージ通りだよね」
「え? そう?」
そもそもイメージってなんだろう。こんなバカな男だろうってイメージされていたってことだろうか。……まあ否定は出来ないけど。
「裏表がなさそうだなって、思ってたんだ」
彼女はくるっと振り返ってさっき俺の渡したイヤホンを手にしたままレジに向かった。
裏表がない、か。それは決して悪い意味じゃないだろう。むしろいいことなのかもしれない。だけど俺はそれに対して素直に「ありがとう」と言えるわけもない。自分でそんな風に思ってないから、むしろごめんなさいと言いたい位だ。
ぼけっと突っ立ったままの俺の元に千晴ちゃんが紙袋をもって戻ってくると俺らはまた並んで歩き出す。
「えーっと……お腹、すい、た?」
ここでこれを言っていいのだろうか。蓮に教えられた言葉を思い出しながら口にすると思った以上に上手くしゃべられない。どんなけへたれなんだよ俺は。
「うん……すいた!」
俺の予想以上に笑顔を見せる千晴ちゃんに、ふと、胸が痛む。なんで痛むのか分からないまま、「じゃあ、えーっと何しようか」と話を続けた。
近くのファミリーレストランに二人で入ると、店内はまだ空いていて広めの席に向かい合わせで腰を下ろす。
会話に戸惑いながら二人で注文すると、一気に静寂が訪れた。目の前の氷が溶けていく音まで聞こえそうなほど。
「あの……」
「え、あ、はい!?」
溜まらず声を掛けると、彼女も緊張していたのか一瞬体が跳ねて驚きの表情で俺を見上げた。その表情で元々話すネタなんかなかったって言うのによりいっそう頭が真っ白だ。
「あ、と、イヤホンどう?」
どうってなんだよ! お前が選んだんだろ! という心の中でもう一人の俺が突っ込む。
「でも千晴ちゃんが洋楽のロック聞くとかちょっと意外だったな。しかも俺らが聞くようなヘヴィロック。結構詳しいの?」
「あ、うん」
べらべらと話し始めると、戸惑いながら千晴ちゃんが短い返事を返してくる。それに「そっかー」なんて返事をするとそこで話が終わる。無理矢理好きな音楽の話をしても、千晴ちゃんは「うん」とか「そうなんだ」とか簡単な言葉で返すだけ。
……話が続かなくてどうして良いのか分からない。
さっきまで話していたはずなのにこうやって対面すると一気に緊張してきた。話ができないから余計だ。あとなにの話が出来るだろうか。学校の話とか、友達の話とか……? そんなの聞いて面白いだろうか。
「蒼太君って……もてるでしょ?」
「え!? 俺が? いや、ないない。マジでない」
突然の話に、びくりと体が跳ねて、慌てて顔をぶんぶんと左右に振った。
その様子に、千晴ちゃんはくすくすと笑い出す。彼女の笑顔に少しだけ緊張がほぐれてやっと目の前の水に手を伸ばして一息つく。
「もてるって言えば蓮みたいなのだろ。あいつといるせいで全然俺には回ってこないよ」
肩をすくめてそう言うと、千晴ちゃんは「んー」と何かを考えてからにこりと微笑んだ。
「確かにもてそうだけど……なんか怖そうだし……。蒼太くんの方がいいよ」
……それは。それはどういう意味でしょうか。
身を乗り出して聞きたい。
いや、さすがにがっつきすぎだろってなりそうだから出来ないけど。かといってじゃあ何を返せばいいのか。
もごもごと聞きたい気持ちを抑えながら水の入ったグラスに口を付けたままの俺に、千晴ちゃんはゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「蒼太君のこと、実は結構前から見てたんだ」
テーブルの上にある手を、ぎゅっと、強く握りしめたのがわかった。
なにかを、決意するように。
「一緒にいる可愛い女の子は彼女だろうなってみんなで話してたんだけど。乗り換えの駅で流されそうになる彼女をさりげなく守ったり、吊革もてない彼女に手を差し出したり。すっごい優しいんだなあって」
それは小毬のことか。……優しいのかな。自分ではよく分からないけど。
だけど小毬は放っておくとどっかに流されるから。っていうか小毬は家族に近いから。だからだろうと思う。そこに優しくしようなんて思いは一切生まれない。
いつものことで。当然のことで。
「憧れてたんだ」
そっか。憧れてたのか……。一瞬彼女の言葉をそのまま受け止めてこくりと水を飲み込んだ。
……憧れて?
「ってえ!?」
ばっと顔を上げれば、頬を赤らめた千晴ちゃんの顔。
「彼女じゃなくて、よかった」
……その言葉。脳内で変換したように受け止めちゃっていいのだろうか。
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その日の空は青かった。それはもう、快晴だった。雲はあったけれど。
朝からむずむずした体と心で一限をさぼって屋上に駆け上がるといつものように蓮が同じようにさぼって空を仰いでいる。
「れーん!」
「おわ! なんだよお前! ひっつくな暑苦しい!」
猛ダッシュで蓮の肩に腕を回すと、すぐさま蓮は焦ったように振り払う。なんだよもう、恥ずかしがり屋だな。
「お前顔気持ち悪いぞ?」
そう指摘されて「そうか?」とへらへらした顔を見せると、背後からドアが開く音が響いた。
「何大声で叫んでるのよ恥ずかしいな」
鞄を肩に掛けたままの楓の姿。今日も遅刻か。まあ学校に来ててサボってる俺らが言えることじゃないけど。
「で? なんだよ、昨日上手くいったのか」
「そーそーそれ!」
一瞬楓のこの快晴に似合わない怪訝そうな顔に大事な幸せな出来事を忘れるところだった。
「何? 昨日のデートの報告?」
めんどくさそうだった楓の顔も興味津々に変わって、俺は満足感を味わいながらコホンと小さく咳払いをする。
「俺、千晴ちゃんと付き合うことになりました!」
空にめがけてピースサインを向けながら叫ぶ。
こんなにもピースが似合う空なんかなかなかないだろう。にもかかわらず、俺の叫びに二人はぽかんと口を開けて俺を見るだけ。
空しい静寂が空を包み込んだ。
「おいおいお前らもっと喜べよーすげえだろ!?」
「あ、ああ」
ポンポンと二人の肩を順番に叩いてへらへらと笑ってみせる。きっと俺は今世界一幸せそうな顔をしているんだろう。
それでいいんだ。そうしてきたんだから。
頭のどこかで何かが俺に何かを叫んでいるような気がしたけれど、だけどその何かなんか俺には分からない。分からないなら分からなくていいじゃないか。
憧れてた女の子と付き合えることになった。もちろんそれで結婚まで付き合えるんだと思えるほど俺の頭はお花畑じゃないけど。
だけど嬉しいだろ? 俺。嬉しいはずがないだろ?
そうやって笑っていたのに、心の中はどこか冷静で笑う度に顔の筋肉がぴくぴくと痛みを告げる。
気にしなければいいんだ。笑うのは当たり前なんだから。
俺は自分がちゃんと笑おうとして、そればかり気にしていたから、だから気付かなかったんだ。
笑う度に目は細くなって視界を狭めることに。目の前にある二人の表情に。
何も気付けず、何も気にせず、自分のことばかりだった。だけど、それしか出来なかった。そうしなければ壊れそうだったから。
なあ、いつか。そんな自分のことを心から笑える日は来るのかな。
なあ、いつか。
あの日から俺らは変わったんだなあ、なんて、また空を見て思い出せる日がくるのかな。