05手を伸ばし手を引いた
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「んじゃ、カラオケでも行こっかー?」
蓮の彼女がそう言って歩き出したのに続いて俺らも後をついていった。
女の子が前、俺ら男が後ろを歩いてついていく。青嵐の女の子と歩いているのだと思うと、正直優越感まで抱く。心なし廻りの男共が俺を見ているような……。
友達と会話をするためか、横を向いてそのままちらっと後ろを覗き見た千晴ちゃんと目が合った。そして、ほんの少しだけ、口端を持ち上げて微笑む。それは間違いなく俺に向けられたもの思うのだけれど、言葉を交わすことなくお互いにそのまま視線をそらす。
「友達もかわいいよな」
恋愛ごとには全く興味を示さない智郎も、さすがに俺に耳打ちをして伝える。もちろん俺も「かわいい」とだけ答えて二人で口少なめでただ歩き続けた。
俺のかわいい、は千晴ちゃんに向けてだけど。
もちろんまだ名前の知らない友達も、明るい茶色のショートボブで少しアシンメトリーの髪型がよく似合うほどの小顔で可愛いとは思う。
だけどやっぱり千晴ちゃんだ。蓮の彼女よりも可愛いと、俺は思う。こんな風に並んで歩いているだけでも満たされそうだ。
こんなに近くで歩くことがあるとは正直思っていなかった。それだけで充分だしそれ以上は求めていない。だからこそこんなにも純粋に楽しめるのだろう。
「初めまして、千晴です」
はい知ってます、とは言えずに「よろしくー」と薄暗い部屋で挨拶を始める俺たち。ちなみに友達は真智子ちゃんと名乗った。
蓮の計らいなのかたまたまなのか、男女混ざって座った俺の席は千晴ちゃんの隣になっていい匂いまでする。
六人にはちょっと狭い部屋の中では、距離が近すぎて、ちょっとでも動いてしまったら何か失態をしてしまいそうだ。
智郎の様子を探ると、友達の真智子ちゃんと仲よさそうに話をしていた。いつもは彼女なんかいらないとか、そのうちでいいよ、なんてお子様な事言っておいて、充分楽しんでいるじゃねえかよ。
デレデレしやがって。あとでいじってやろう。
「何歌うの?」
「あ、え!? あ、俺?」
俺以外に誰がいるんだと思わず自分で突っ込んで、「えーっと」とバカみたいに動揺しながら慌てて机の本を手にして捲った。
何を歌うんだっけ。っていうか何て答えたら好印象になるだろうか。
流行のJ-POPかなあ。でも俺あんまり邦楽知らないんだよなあ。古い歌とかはおっさんくさいとか言われるかも知れないし、下手したら知らなくてしらけるかも知れない。
「あはは、緊張してる?」
はい、思いっきり……。
彼女の笑い声に一気に恥ずかしさが増して、顔が赤いことが自分でも分かる。部屋が薄暗くてよかったと思う程に。
可愛い女の子と話すのは緊張する。これが小毬だったらなにひとつ気にすることなくアニメソングだって歌えただろう。
「あのさ……電車で、会うよね?」
少しだけ躊躇いがちな彼女の言葉に「え!?」と思いきり振り返ると、彼女は“やっぱり”と言いたげに笑った。
ああ、可愛いなあ。
いや、それよりも……彼女の視界に俺が入るなんてことはないと思っていた。
彼女の目に俺はどう映っているんだろう。とりわけ格好いいわけじゃないことくらいは自分でよく分かっている。かといってもてないほど不細工でもないことも。
社交的な性格からかそれなりに女の子に告白されてきたし、そんな女の子達が好みじゃなくても丁寧にお断りをしてきた。蓮と違って。
千晴ちゃんとお近づきになれて、このままお付き合い、なんてことを夢見るほどバカでもない。いや、夢くらいは見るけど。
そんな彼女に、電車で何度か一緒になっただけの俺が印象に残っていたことは奇跡なんじゃないだろうか。
「あれ? もしかして違った? 私の……勘違い!? ごめん」
何も言わない俺に、間違いだと思った彼女が慌てて頭を下げようとして「あ、俺です! 俺俺」とオレオレ詐欺並に俺を連呼した。
「まさか、知ってると思わなくて……」
「蒼太、くん、何気に人気あるんだよ? いつも笑顔で優しそうだって」
何気ってなんだろうと思いつつも、彼女に名前を呼んでもらったことのほうが嬉しくてにやけそうになった。人気があるかどうかは知らないし信じられないけれど、どっちにしても悪い気はしない。
「彼女いるんだーって一緒にいた友達ががっかりしてたのに、まさか今日来るなんて……」
彼女? ふと首を傾げて考えて見るけれど……。思い当たる女なんか一人しかいない。
「それきっと、小毬だよね。幼なじみで家が近くて。彼女とかじゃなくって……幼なじみみたいな、家族みたいな奴で」
言い訳みたいだな。小毬のことでこんなふうに言われることは初めてじゃないから驚きはないし何度もこうやって説明もしているのに。何でこんなにも、後ろめたい気持ちになって必死に口にしているのだろう。誤解されたくないから? そんなの……今までの彼女にだってされてきたのに。
「そう、だったんだ」
「そう、なんです」
大きな目をまた大きくして彼女が呟くと、思わず俺も同じようにして返事をした。そして、「ふっ」と見つめ合ったまま何故か、笑った。
「よかった」
よかったって何が!? その言葉に食い付きたいキモチを抑えて「あはは」と乾いた笑いを零した。
もしかしてと、図々しい思いを抱いてしまう。まさかそんなわけ、と思う自分も確かにいるのだけれど。
ふと視線を感じて顔を上げると、蓮が俺の方をじっと見つめていた。俺と視線が合うと、蓮はくすっと笑って隣の彼女と話し始める。“上手くやれよ”とでも思っているのだろう。大きなお世話だ。お前はとりあえず、そのエロい体の彼女と仲よくやっていてくれたらいいんだ。
初めて話した千晴ちゃんは、思った通り、いやそれ以上に可愛かった。見た目が可愛いのはもちろんのこと、話し方や声すべてが可愛い。制服も可愛いし。
「かわいけりゃいいのかよ」
「うっせーなお前に言われたくねえよ」
千晴ちゃんと交換した電話番号を眺めながらうっとりとする俺に蓮の文句が入る。
カラオケが終わって用事があるからと女の子達が帰ったあとのファーストフードで俺ら三人はコーラ片手に語った。
「あ? オレにそういう事言う?」
「あー悪かった悪かった! 蓮のおかげッス!」
分かればよろしいとでも言いたげに、ふ、と鼻で笑った蓮に心の中で舌打ちをしてまた携帯を眺める。
まさか俺の携帯に千晴ちゃんの携帯番号が登録される日が来るとは思わなかった。奇跡だ!
「付き合うの?」
一人Lサイズのポテトをほおばりながら告げる智郎の言葉に少しだけ驚きを抱きながら「つきあえりゃいいけどなー」とだけ返す。
付き合えたらそりゃいいだろうけど。さすがにまだそこまで気持ちが盛り上がっていないのも事実。
俺は千晴ちゃんのことなんか何も知らないし相手も知るはずがない。初めて話しただけの関係。順番で行くならとりあえず顔見知り状態の今の俺らは友達にランクアップしなくちゃならない。それもこのメールアドレスで上手くいけば楽勝だ。
「告白すれば?」
「お前、何て直球なんだよ」
智郎の言葉にがくりと肩を落として呟く。
「えーだって付き合いたいんだろー告白したらいいじゃん。何で告白しないの? 好きなのに。小毬?」
「何でそこに小毬の名前が出てくるんだよ。俺が蓮の容姿を持っていたら告白するけど、生憎俺は一般人だからな。無茶な行動はできねえんだよ」
「何それ、オレへの告白?」
ばかじゃねえの、と智郎と二人で蓮を見つめると蓮がケタケタと笑った。
手元のコーラはもう氷が溶けて水っぽい。飲んでもちっとも美味しくないけれど喉が渇いた俺らは氷までもを飲み干した。
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「へーすごいじゃん」
朝、いつものように最寄り駅に着くと小毬の姿を見かけて二人で電車に乗り込んだ。
ガタガタと揺れる満員列車の中、俺と小毬は密着したまま話をした。昨日の今日で話すネタといえば合コンの話しかない。自慢げに話す俺を見て、少し驚きながら小毬が笑った。
小毬も、まさか千晴ちゃんが俺のことも知っているとは思わず、そこには本当にびっくりしていた。
「ま、頑張れー」
「おうよ!」
何を頑張るのか分からないけれど。
付き合えるように? なんだかそれも変な感じがする。そもそも俺はそれを望んでいるのかもよくわからない。可愛いし仲よくなれたらいいなとは……思うんだけど。
告白しろと言われても、正直そういう気持ちにならないのだからする以前の問題だ。
おそらく、千晴ちゃんが俺にとって高嶺の花だからだろう。
「わ」
ガタンと大きな音を出して揺れた瞬間、小毬がどんっと俺の胸をめがけて頭突きをする。そんなに痛くはないけれどちょっと朝ご飯がリバースするかと思った。
「おま……吊革もてよ」
「あはは、ごめんごめん、吊革遠いんだもん」
俺がお腹を押さえて一瞬息を詰まらせると小毬は笑いながら謝るだけだった。
「んじゃ俺の服掴んでろよ。無理に体に力入れるから変な体制でぶつかってくるんだよお前」
「ありがとー」
へらへらと笑いながら俺の袖をぎゅっと掴んだ小毬はさっきよりも少し体の振り幅が小さくなった気がした。
いっつもなんだかんだ吊革か俺の服かを掴ませているのに何でいつも俺が言うまで掴まないんだろう。そのせいで吊革につかまらない日はいつもどこか頭突きを喰らっている気がする。
「蒼太身長伸びた?」
「わかんね。測ってねえし。あ、でも小毬は縮んだかも」
「蒼太が伸びたんでしょ−!」
小毬の頭にぽんっと手を置くと小毬が頬を膨らます。一五〇半ばの小毬は同年代の女子よりもすこし子供っぽく見えるから気にしているのかも知れない。それを分かってて俺も言っているんだけど。
二つ目の駅に着いて周りにいた人が一気にわらわらと開いたドアに向かって流れ出した。大きな駅で、ここで電車を乗り換える人や降りる人が車内の八割を占める。その流れに巻き込まれないように俺と小毬は踏ん張って、何とかふたりして吊革を掴む。
「この時間で一日の体力なくなる」
「わかる……」
はあっと二人して一息つく。ここでこの電車に乗り遅れたら遅刻になるし、勢いで降りてしまわないように踏ん張らなくちゃいけない。余裕をもって出ればいいのかも知れないけど。出来るならとっくにしてる。
「あ、千晴ちゃんだよ」
こそっと俺の服をつついて小毬が隣の車両の端にいる千晴ちゃんの姿を指さした。
「あ、ほんとだ」
ああ、やっぱかわいいなあ。壁際で友達と話す笑顔。その笑顔が昨日俺に向けられたのかと思うと今でも夢みたいだ。毎朝何時間セットしているのだろうかと思える程、黒髪はサラサラでツヤがあった。
「行けば?」
「は?」
「アピールしなきゃこのまま終わるよー? どーせ蒼太のことだからメール1つもしてないんでしょ?」
さすが小毬としかいい様のない的確な言葉に思わず目線を逸らした。
昨日携帯電話のディスプレイと三十分以上にらめっこしていたのかばれたのかと思った……。
せっかくせっかく貰ったのだからメールをするのが礼儀なのかと思い『今日はありがとう』くらいのメールをしようかと思ったんだけどどうしても何も言葉が出なくて、そんなことをしている間に日付も変わって送るタイミングを失ってしまったんだ。
たしかに。このまま何もしなかったら知り合えたことが泡になって消えるだろう。
……まあ、それも仕方ないか、とあっさり諦めている部分もあるんだけど。
「急に話しかけたらきもくね?」
「相手も知ってたんだから声かけたって別に普通でしょ?」
そうかな……と思いながら躊躇う俺の背中を小毬が軽くぱんっと叩いて「ほら!」と若干強引に押し出した。そのまま俺に手を振って小毬が俺を無理矢理千晴ちゃんの近くに連れて行く。
……別に……ここまでしなくてもいいような気がするんだけれど。
話があったらあっちから話しかけるだろうし、俺だって正直話す事なんてなにもない。けれどもう俺の方を見てもいない小毬に、仕方なく「……お、はよう」と、千晴ちゃんに声を掛けた。
このまま小毬のもとに戻ったらバカにされるだろうし。
「あ、おはよう蒼太君、今日も一緒だったんだね」
おそるおそる近づくと、千晴ちゃんは気にする様子なく俺を見てにこりと微笑んでくれた。隣にいた女の子二人が「誰?」と言いたげに首を傾げたけれども。
「……彼女いいの?」
彼女? そう思って躊躇いがちに俺の背中に視線を向ける千晴ちゃんに、「ああ」と声を上げた。
「小毬は大丈夫」
頑張れって応援してくれたから、という言葉は飲み込んだ。これを言ったら俺の気持ちバレバレだろ。
「あ、そうだ。千晴、彼に協力して貰ったら?」
「ちょ……やめてよー」
周りにいた女の子がにやにやしながら提案すると千晴ちゃんはみるみる頬を赤くさせる。白い肌が赤く染まるとなんだかマジック見てるみたいだ。ほんのりと浮き上がった赤が、すごくキレイに見えた。恥ずかしいことに花みたいだなって。
「どうしたの? 俺に出来るのであれば」
「え……でも」
真っ赤な顔のまま視線を落とす千晴ちゃんの目元には、長い睫の影がうっすらと浮かぶ。
睫が長いんだ。だから目が誰よりもぱっちりとして大きく見えたんだろう。元々大きいのに。彼女の耳に掛かっていた髪の毛がふわっと一房零れた。
「音楽とか、詳しい?」
「ん?」
すごく恥ずかしそうにする割に、普通の発言。意味が分からなくて俺はアホみたいな声を出した。