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青に侵された屋上  作者: 櫻いいよ
Ⅵ水色の雨
48/53

48見えない場所は傷だらけ


 朝の電車では、小毬に会うことはなかった。

 千晴ちゃんも、乗ってこなかった。

 高校に入ってから、1人で学校に行くことは滅多になかったからか、駅に着くまではいつもの何倍も時間が掛かったように感じる。眩しい程に輝く太陽に悪態をつきたくなるほど、気分は、重い。


 美紅とは、あれから口をきくことはなかった。


 カバンの中に入った手紙を思い出して、小毬にもどうしようかと思いながらため息を一つ落とす。

 なんだってこう……急にバタバタと崩れはじめるんだろう。なんでこんなことになるんだ。蓮も小毬も、2人で仲よくやれば良かったじゃないか。俺のこと、なんて……信じられない話なんてすることなかったのに。そしたら、今まで通りにいられたのに。美紅だって知ろうとしなければいいのに……。

 何でみんな自分から今を壊そうとするんだよ!

 平穏に、安心して、とりあえずでも、そんな日々を送ればいいのに。


 学校に着いて、いつも通りに授業を受ける。

 お昼が近づく度に気分が重くなるのは、きっと、誰も来ていないと思うからだろう。

 チャイムが鳴り響くと同時に、動悸が激しくなった。

 ……とりあえず、小毬の教室に行くか。

 手紙を渡さなきゃならないし……今日渡してやらないといけない気がするから。美紅が、書いたモノだから。手紙を渡して、美紅に今日の夜に『小毬に渡したよ』って言えばきっと、笑ってくれるはずだ。

 なにが書かれているかは分からないけれど、それは気にしないフリをしてお弁当と手紙を手に小毬の教室に向かった。

 蓮とご飯を食べに行くかも知れないから、少しだけ足を速めて。


「小毬ー蒼太くん」

 教室に辿り着いて、中を覗き声を掛けるのを躊躇っていると、近くにいた女の子が俺と目を合わせてすぐに小毬の名前を呼んだ。

 俺の姿を見ると、みんなすぐに小毬を呼ぶ。

 これが、蓮だったら、それでも小毬の名前を呼ぶだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら振り返った小毬の顔を見て、出来るだけいつも通りに笑って、軽く手を上げた。それでも笑ってはくれなかったけれど。

「……どうしたの」

 けれど、まさか今日俺が来るとは思わなかったのだろう。戸惑い気味に俺の傍に寄ってきて、怒っているような、バツが悪そうな顔をして声を掛けてくる。

「美紅から、これ……受け取ったから」

 2人の間にこんなにも気が重くなるような日は今までないだろう。何を話せばいいかと考えるような日は、思い出せる限りでは一度だって無かった。そして、今後もずっとそうなんだと、思っていた。

 取り出した手紙を小毬に差しだして、弱々しい笑顔を見せる。本当はちゃんと笑って見せたかったけれど、それは出来なかった。

 驚きの顔でその手紙を見つめ、そしてゆっくりと手を伸ばし受け取ると、俺が傍にいるのも忘れたかのようにただ、それを見つめた。

 ……なにがそんなに驚くんだろう。手紙なんていつものことなのに。

 美紅が言っていたように、俺と付き合っていると、そう小毬が言ったことも関係しているのかもしれない。

 会ったら、それについて聞いてみようと思っていた。

 だけど、いざ小毬の顔を見るとそんなこと口にできそうにない。なんて言えばいいのかわからないし、正直小毬の口から、なんて言葉が出てくるのかと思うと……。

 無言の時間が数秒過ぎてから、小毬は手元を動かし、手紙の封を開けようとした。その手がかすかに震えている事に気づき、俺は黙って見つめる。けれど小毬はそのまま手を止めて、顔を上げた。

「屋上、行って、読む」

「……あ、あぁ」

「蒼太も、行く?」

 行くつもりだったけれど、行かない方がいいのだろうか。

 手紙を読むのにこんなにためらうのなら、俺はいないほうがいいんじゃないだろうか……。

 そう思って返事に躊躇していると、それに気づいた小毬が、小さな声で「一人じゃ、読む勇気がないから」と言葉をつけたして、俺は「うん」とだけ、言った。

 蓮は? と聞こうかと思ったけれど、そのままお弁当を手にして屋上に向かう小毬の背中に、言葉を投げかける事はできなかった。


 屋上には、わかっていたけれど誰もいない。

 ドアを開ければただ、空が広がっているだけだった。俺も小毬もその状態に何も言わず、フェンスの近くに腰を下ろす。

 手元にご飯を広げながら、横目で小毬を見守った。

 深呼吸を数回してから、震える手で手紙を広げる。そしてゆっくりと視線を動かしながら文章を読んで行く。

 なぜか、動悸が早く、うるさい。

 俺は何を心配しているのだろう。

 どくんどくん、と鳴り響く心拍音が屋上全体に響いているのではないかと、そう思えるほどだった。

 そして。

「こ、小毬……?」

 声も出さずに涙を流しはじめた。

 手紙を見つめながら。

「……あ、う……う……」

 読み終えたのか、流していただけの涙は勢いを増し、小毬は小さくうずくまりながら声を上げて泣き出した。

 耐えきれずに、叫びながら。

「小毬……」

「わ、たし……なんて、ことを……美紅ちゃんに……」

「美紅、に?」

 泣いている小毬になにもできず、ただおろおろと声をかける。こんな風に、小毬がなく姿を見るのは、初めてで。どうしたらいいのかわらない。

 同じような事ばかりを口走りながら、俺に美紅の手紙を差し出した。

「蒼太も、読んだ、ほうがいい……」

 鼻声で、顔を両腕で隠したまま、呟かれた。

 受け取っていいのだろうか。

 泣き出したときに握ってしまったそれは、ぐしゃぐしゃになってしまっていて、それがよりいっそう俺に危機感を与える。

 これを、読んでもいいのだろうか、と。

 美紅と小毬の手紙だからじゃない。この中身を、知ってしまうのが、怖い。

 だけど差し出されたものを断る事もできず、受け取って手紙を広げた。


『こまりちゃんへ』


 美紅のまだ幼い文字。だけど、黒一色で書かれたそれは、美紅の本音が綴られているのだと、読まずとも感じることができた。



『ごめんね

こまりちゃんがおにいちゃんのカノジョだって知って、美紅ちょっとこまりちゃんのことキライになってたの

美紅の 大好きなおにいちゃんをとられるんだっておもったの

おにいちゃんはおにいちゃんじゃないから

美紅のおにいちゃんでずっといてほしかったの

そしてね 美紅がおおきくなってけっこんしたらいいんだとおもってたの

そしたらずっといっしょにいられるんでしょう?


だけどおにいちゃんはほかの人といっしょにいるからもうむりなのかな?

こまりちゃんも 美紅といっしょの気持ちなの?

美紅やっぱりこまりちゃんのことも好きだから

いっしょにいたらさみしくないよ

もう美紅のことキライになっちゃった?


ごめんねこまりちゃん』



「……な、にを……?」

 手紙を読んで、どういえばいいのか言葉が出ない。

 そんな俺に、小毬がまだ涙を流したまま、俺を見上げて「美紅ちゃんの気持ちだよ」と告げた。

 これが、美紅の気持ちだと言われても……意味が分からない。

「蒼太は、美紅ちゃんにはちゃんと、向き合ってほしい」

「……どういう、意味で……?」

 向き合っているつもりだ。誰よりも大事にしているのだから。彼女ができたってそんなの変わらないのに。彼女よりも美紅の方を大事にするのに。

 理解できない俺に、小毬は、少しだけ悩みながら言葉を発した。

「この前の、遊園地……覚えてる? あの日、美紅ちゃんに手紙もらったの。そこには……蒼太は本当のお兄ちゃんじゃないんだって書いてた。私はお母さんの子じゃないんだって。だから、お兄ちゃんはいつまでお兄ちゃんでいてくれるんだろうって。でも、それでもいいんだって」

 何も言わずに耳を傾ける俺にちらっと視線を動かしてから、小毬はスン、と鼻をすすって深呼吸をしてから続ける。


「美紅はお兄ちゃんが好きだから。お兄ちゃんじゃなかったら結婚できるんだよって。そしたら本当の家族になれるし、ずっと一緒にいれるんだって」


 目の前が、真っ白になるような気分だ。

 ――そんな風に、思っていたなんて。


「美紅ちゃんは、もう、知ってるんだよ。覚えてるんだよ。お母さんに言われた事を……そして、蒼太に、恋しているんだよ」


 ――そんなこと、あるわけがない。


「いや、ちょ……でも俺らはちゃんと兄妹だし……」

「それを美紅ちゃんが知らないんだから、違うと思ってるんだから、美紅ちゃんの中ではそれが真実なんだよ……」

「だからって、実際は違うし、好きだとかもそんなの小学生が言ってるだけだろ?」

 子供の恋心なんてわからないじゃないか。

 俺らはちゃんと血がつながっている。

 母さんの言った事も嘘ではないけれど、真実でもない。そんな言葉に真面目に答えたところで、傷つくのは美紅じゃないか。

 俺への感情もそこから誤解してしまっているだけで、時間が経てば誰だってきっと気づく。兄で、家族だって。このまま家族を続けていけば、わかるはずだ。

「だめなんだよ、それじゃ」

 涙をまた流し始めながら、小毬が懇願するような瞳で告げた。

「冗談だとか、子供だとか、――男だとか、そんなことで決めつけないで」

「……で、も兄妹には変わりないだろ!? それで俺が真面目に受け取って”妹だから無理なんだ”とでも告げればいいのかよ! なんでそんな傷つくセリフを言わなくちゃいけないんだよ……!」

 傷つけなければいつか気づくはずだ。

 知らなければそのまま覚めていくはずだ。

 なにのなんでわざわざ……!


「それじゃ、だめなんだよ!」


 俺の腕をがっしりと掴んで、訴える小毬。その姿に、言葉を失う事しかできなくなった。

 ――なんで? なんでなんだよ。

 知らなければいい事はたくさんあるじゃないか。父さんが浮気した事も、美紅が父さんと母さんの子供じゃなかったことも。俺は――知りたくなんかなかった。知らなければ、何も知らずバカみたいに楽しんで過ごせたかもしれないじゃないか。

 バカみたいに向き合ってけんかしたら傷つけ合うだけじゃないか。

 母さんみたいにみっともなく泣いてすがって。父さんみたいに何も言えずただバカみたいに母さんのご機嫌を取って。スルーしていればそのまま終わる事なのに、ちょっと言葉を飲み込んで笑っていれば何もおこらないのに。



「何も言われない事が、一番つらいんだよ……。向き合ってもらえないことがどんなにつらいか、私は、知ってる。何も言われない事は、何もわからないままなんだよ……」



 俺には、わからないよ。

 なんでみんなそんなに傷つきたいんだよ。傷つけるのは俺なのに。なんで人に傷つけさせるんだよ。


「傷つきたくないなら、誰も好きになったりしない……好きでいるだけで、もう十分傷だらけだよ……」


 私も、蓮も、と小さな小さな声で付け足した。

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