04動き始める雲
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「あー今日もあっついなー」
学校に来て、暑すぎる教室に嫌気がさして屋上に出たのは三限目が始まる少し前。
エアコン完備して欲しいのに、いつまで経っても扇風機だけだとか理解出来ない。やけに重い空気に体力が落ちる。
はーっとため息混じりにドアを開けて厳しい日差しに目を細めながら呟いた。
「よ、蒼太」
空を見上げていたから、屋上に人がいるのかいないのか確かめてなかった俺は突然の声に少しだけびくりと体が跳ねた。
「——蓮かよ。驚かすなよ」
屋上の端で、高いフェンスにもたれ掛かる蓮が俺を見て軽く手を上げている。
「蒼太もサボりかよ」
「教室あっちーんだもん。同じ暑さなら屋上の方がマシ」
「はは、同感」
手で軽く仰ぎながら連の隣に腰を下ろした。下敷きでも持ってくればよかった。屋上は屋上でクソ暑い。ろくな日陰がないんだから……。
分かっているのにいつもここに逃げてくるのはなんでだろう。
「あ、そういや昨日の彼女?」
「あー……なんか告されたから付き合ってみた。体がすっげエロいの」
「知るか」
蓮がそう言って彼女のボディラインを描くように両手を揺らした。っていうか付き合ったの昨日なのになんで体がエロいとか知ってるわけ? いや、理由は聞かなくてもわかるけど。
っていうかお前この前別れたって言ってたじゃねえか。
「お前そのうちマジで刺されるな。ていうか刺されろ」
文句を告げるとははっと笑って蓮がフェンスにガシャンともたれ掛かって空を仰ぐ。整った顔に日差しが降り注いで眩しく見えた。
こんなにもてるのだから不思議なことではないのかも知れないけれど、どうして蓮は誰彼構わず付き合うんだろう。
好きな奴でもいればそいつも絶対蓮には惚れるだろうに。
好きになれないのか、ならないのか。あまりにも手当たり次第に付き合う蓮を見ているとわざとやっているようにも見える。
「小毬が昨日、蓮のことを信じらんないって言ってたぞ?」
「小毬みたいなお子様にはわかんねーだろうなあ」
それを言ったらきっと小毬は顔を真っ赤にして怒るだろうな。想像すると笑えた。
「そう言えば昨日、帰りに浅野に会ったんだけどさーあいつまたぶっさいくな彼女連れてんの。吹き出しそうになった」
「マジで?」
思い出し笑いを交えながら言う蓮の言葉に、俺は目を丸くして応える。
中学時代の同級生なんかここ最近見かけてない気がする。かといって俺も蓮も浅野と仲がよかった訳じゃないけど……。
中学時代の蓮は今と同じで女にもてていた。蓮に告白する女ももちろん沢山いて、その中で蓮は彼女がいなければそれなりに可愛いことさらっと付き合う。今と一緒だ。
その中に同級生の浅野の元彼女がいたらしい。
どんな子なのか俺よく知らないけど。蓮からの話を聞いただけ。その時に廊下で『あいつ』と教えられたかも知れないけど正直覚えてないから、その程度の女だったのだろう。
その元彼女を、付き合って数日後、蓮が振った、らしい。
っていうか、“ぶさいく”と言う女と一瞬でも付き合ったのは、多分蓮の嫌がらせだろう。
蓮のことをよく思わない男はたくさんいた。浅野もその中のひとりで、よくしょーもない嫌味を言っていたから。その仕返しだったと思う。
——なんであいつを振ったんだよ!
そう言って顔を怒りで真っ赤にさせた浅野が教室に怒鳴り込んできた日のことをよく覚えている。
「あいつバカだよなー元カノと別れたのって蓮を好きになったからだろ? 何その元カノの為に蓮に怒るんだよなー」
ケタケタと笑う俺に、蓮が「あんなぶっさいくと付き合えって拷問じゃね?」と最低な台詞を吐く。俺が言ったら何様なのに、蓮だったら多少しょうがないと思えるのが気に入らないけどな。
「っていうか、そもそも元カノをそそのかしたのもお前だろ」
「あれ? それ蒼太に話したっけ?」
「見てりゃわかるっつの」
そう言うと、蓮はケラケラと笑い出した。
「で? 浅野に会ってどーしたんだよ。仲よくお話ししたわけ?」
「なわけねーだろ。オレのことすっげえ睨んでくるから、不細工な彼女に丁寧に自己紹介しておいた」
「お前ひっでー」
またおんなじことする気かよ、と付け足して笑い転げる俺に蓮が同じように笑う。
「あの時お前ら喧嘩したんだっけ?」
「殴り合いになったんだって。ぼこぼこにしたけどオレもぼこぼこ。あんな真似二度としねーよ。痛いだけだしオレすげえ損した気分だ」
蓮の言葉に思い出してまた俺は笑った。
喧嘩が弱いわけじゃない蓮だけど、相手の浅野は空手をやっていたらしくて、次の日蓮の目の周りは青くなって腫れていた。不細工なその蓮に俺は当時の友達と腹を抱えて笑ったっけ。いい気味だと言いたげに。
「バカだなーお前も。火に油を注ぐ真似するからだよ」
「今はもうちょっとマシになったと思うけど?」
「不細工な彼女に挨拶してどこがだよ。どーせ営業スマイル全開でいったんだろー」
ばれたか、と小さく笑った蓮はポケットから煙草を取り出して咥えた。
夏の日の下でライターの音はなんだか湿気って聞こえる。煙草の熱もいつもより熱をおびているみたいで夏場の煙草はなんだか蜃気楼の中にいるみたいな気がする。蜃気楼とかよくわかんないけど。
「吸う?」
「いらね。俺煙草やめたの」
蓮に差し出されたマイルドセブンに視線を一度向けてから、動き出しそうな手を堪えるように笑った。
「未成年の喫煙は犯罪なんだぞー?」
「えっらそーに。お前だって中学まで吸ってたくせに」
「若気の至りだよ」
隣から香る煙草の匂いに大げさに煙たそうな顔をして蓮を見ると、蓮は俺に向けて煙草の煙を吐き出す。
今でも若いっていうことくらいは分かってる。
俺も蓮も、みんなまだまだガキだ。大人ぶるほど俺は何でも出来るわけじゃないし、大人だと言えるほど俺には何も残せてない。
今を生きているだけ。今できることを見つけて。
しかもそのほとんどがしょーもないことだ。
「まーあの頃は今以上にバカやってたしなー。青春だね、青春」
「先生に何回呼び出し喰らったっけ?」
数え切れないほどに先生に怒られて、親にも怒られた。それでも楽しかったあの頃。それを青春以外なんと呼べばいいのか。
授業を抜け出したり、ケンカしたり、煙草にお酒。
そりゃもうひどかった。
「そのうち、今の高校時代を思い出してこんなふうに蓮と笑うんだろうなー」
「だろうなー今もバカだしな」
二人で空を仰ぎながら思い出す。
蓮との思い出はそんなに長くない。出会ってからたった三年だ。中学時代の思い出はそのうちのたった二年ほど。
だけど思い出せることはたくさんあった。今の俺と全く違うガキ過ぎる俺。
その頃から比べたら少しは成長しているのだろうか。変わったものがたくさんあったあの中で、多少の変化と成長はあっただろうと思うけど。
「あ、あとお前、今日暇?」
「今日? 別に何もないけど」
少しだけ考えてみたけれど、思い出せる用事は何一つない。そんなに毎日忙しく過ごしているわけでもないし、今日は美紅を迎えに行く日でもない。
「青嵐女子との合コン。千晴ちゃん、呼ぶけどどうする?」
「は!? マジで!? 行く行く! っていうか何その展開!」
蓮がにやっと笑ってそう告げた瞬間にすぐさま返事をした。しかも興奮気味だ。
「オレの彼女、青嵐に後輩の友達いるんだってよ。千晴ちゃんに恋する男がいるって言ったらセッティングしてくれた。一日でセッティングとかすげーよな」
「まーじで!? お前の彼女ナイスじゃねえか! 絶対行くって!」
さすが蓮。さすが俺の親友!
ガッツポーズをする俺に、蓮が「これで振られてもオレのせいじゃねえからなー」と煙草の煙を吐き出しながら素っ気なく言う。付き合えるなんて思ってないけど、友達くらいにはなれるかもしれねえじゃん。
「っていうか、蓮も行くわけ?」
「オレと彼女は幹事役として参加だよ」
だったら女の子はみんなお前が独り占めじゃねえか……。でもまあ、そんなことどうでもいいか。今更だ。
どーせ蓮がいてもいなくても結果は何も変わらないだろう。付き合えるなんて思っちゃいねえし。今まで接点がなかったのに、話出来るんだ。それだけでラッキー。
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待ちに待った放課後、蓮の集めたメンツは俺と智郎の三人で、胸を躍らせながら待ち合わせの駅前に並んだ。
「お前小毬に何て言われたの?」
髪の毛は大丈夫だろうかとちょっと手でいじる俺に、蓮がバカにした様に笑いながら話しかける。
……何の話だろう、と首を傾げる俺に、智郎が「帰り際なんか言われてたじゃん。小毬と楓に」と説明を加える。
「ああ。別に。がんばれーって言われただけ。だと思うけど?」
多分そんな感じだったと思う。浮かれていたからよく覚えてないけど。意気込む俺に『無理だと思うけど』的なことを言われたような気もする。
「嫉妬でもされたんじゃねえかと思ったのに、なんだそれ」
「んなわけねえだろ」
なんで小毬が俺に嫉妬するんだよ。
「小毬と蒼太ってよくわかんねーよなあ」
「何が」
智郎が待ち飽きたのか、その場にしゃがみ込んで呟いた。
「どういう仲なわけ?」
「だーから幼なじみだっていってんだろーしっつけえなお前らも」
男女が仲良かったら直ぐに色恋沙汰に持って行くのはやめて欲しい。中学の頃から急にそんなふうに言われ始めた。ふたりして何度幼なじみだと説明したかも分からない。
だからって、一緒にいる時間が減ることはない。
つまりそういう関係だ。
「おもしろくねえなあ」
「面白いために付き合うかよ、ばあか」
智郎の隣で蓮が口を尖らせながら呟いた言葉に思わず突っ込んだ。蓮の場合は俺らに何もないことを知っていて茶化すんだからタチが悪い。
智郎に関してはまだ疑っているようだったけれど。二年間説明してるんだからそろそろ納得して貰わないと困るんですけど。
「智郎こそ、彼女作れよ」
「えー今はいらないよー。今は勉強もしねえといけないし」
智郎の返事に思わず俺と蓮は顔を合わせた。どんなけ真面目なんだよ。っていうか今日来ている時点で多少の下心はあるくせに。
「見かけによらずに成績優秀な智郎らしい真面目な返事ですこと」
蓮が肩をすくめてそう言った。確かにその通りだ。
「根はいい子なんだよ、ボクも」
蓮の嫌味にも智郎はわざとらしく偉そうに言う。
こんな智郎だからこそ俺らは一緒に楽しめるのだろう。
蓮はいつも偉そうだ。自覚があるのかないのか分からないけれど。俺や智郎くらい鈍感じゃないと蓮の言葉の所々にむかついて一緒にいることなんかできないだろう。
現に蓮のことを嫌いだと思っている男も多いだろうと思う。浅野みたいに。
ついでに言えば俺は、智郎に対しての蓮の言葉の意味がよく分かる。嘘は言わない。逆に言えば言えないのだろう。そんな蓮と一緒にいるのは、俺にとってとても居心地がいい。多分、俺の気持ちを代弁しているような気がするからだろう。
「お前ほんと、いつ勉強してるの」
「え? 夜?」
俺に聞くな。
毎日遊んでる割に、智郎のテストの結果はいつも上位にいた。
未だに上位五十名だけ張り出される俺の高校で、智郎の名前を見なかった日もない。元々頭がいいのか、それなりの勉強をしているのか。
一緒にいる限りは前者だと思うけれど。勉強が好きなのもあれば、その才能もあるのだろう。
それを自慢しないところも、智郎のいいところだ。勉強が好きとはいえ、順位にはこだわっていないのかも知れない。智郎に『今回何番?』と聞いても『え? 知らない』と答えるのだから。
かといって、自信がないだとかいうウソ丸出しの謙遜を口にすることもない。努力を隠すこともしないし、努力を見せびらかすこともない。
いつも、なにに関しても、自然だ。
そして、適度に適当で、適度にバカ。もちろん、いい意味で。
「お、きた」
俺と智郎が話をしている隣で何も言わなかった蓮が声を出した。
誰が来たのか、なんて聞かなくても分かっている。何も言わずに勢いよく振り向いた俺の視界には、憧れの青嵐女子の制服を着た女の子二人に、見慣れた制服を着た女の人が一人。
「お待たせ」
蓮の彼女らしい見慣れた制服の女の人は、ちょっと大人っぽく俺ら三人を順番に見て軽く微笑んだ。
さすが、千晴ちゃんと知り合いだけある。そして蓮の彼女でもある。昨日見かけたときも思ったけれど、近くで見ると改めて、納得出来るほどの美人だ。
話しかけられて、俺も智郎も「あ、ど、どうも」と若干どもりながら頭を下げた。
そんな俺らを見て、ふわりと微笑む千晴ちゃん。微かな風にすらなびく、その黒髪に触れたいと思った。きっと気持ちいいだろう。