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青に侵された屋上  作者: 櫻いいよ
Ⅳ灰色の雲
25/53

25僕にとってのその場所は


.

..

 。



「トモ、どーしたの? 今日はなんだか笑顔が曇ってるけど?」

 三限目が終わって、はあーっと息を吐き出したと同時に、楓がひょいっとボクの顔をのぞき込んで心配そうな顔を見せた。

 楓の長い髪の毛が、ボクの机にぱさり、と音とともに落ちる。

 いつのまに教室にいたんだろう。朝は確かいなかったと思うけど……。

「おーい? トモー?」

「あ、ああ、おはよう。昨日ちょっと、眠れなくて」

 ひらひらとボクの目の前で手を振る楓にはっとして、笑顔を作った。

「勉強しすぎじゃない? あたしみたいに眠かったら遅刻すればいいのよ」

「ボクは楓と違ってまじめだから」

 ボクの発言に楓は「はいはい」と言って、頭をなでた。


 同い年なのに、楓はボクを子供のように扱う。確かに楓よりも背は低いけれど……そんな風に扱われるのはちょっと、男として、どうなの。

 悪い気がしない、っていうのが一番問題なのかもしれない。

 なんというか、同い年なのに、楓は大人びている。甘えさせてくれる姉のような。

「でも、楓もそろそろちゃんとしないと出席日数足りなくなるよ?」

「んーわかってるんだけどね……起きれなくて」

 そう言って笑う楓はふざけているように見える。そう見せているような気がする。


 楓と蓮は、ボクの中でよく似たふたりだ。中身が、というよりも立場が。

 先生に目を付けられているところとか、周りを気にしないところとか。そうみえるだけで、実際はそうでもないところとか。

 蓮は一見一匹狼のようで、他人と距離を取っているように見えるけれど、そんなことはない。口はちょっと悪いけれど、さりげなくいつも中心にいる。というか、蓮がみんなの雰囲気を感じ取ってさりげなく会話にスパイスを入れるような感じだ。

 多分、不器用で繊細なんだろう。だから、強がっているのかなと、思ったり。そんなこと蓮に言ったらきっと殴られるだろうけど。

 楓は、気が強いように見えるけれど、本当は一途なんだ。人見知りなんだろう。人見知りからおしゃべりになるタイプ。

 ただ、口調がきついから、誤解されることは多いと思う。


 蒼太は、誰よりもみんなのことを見ているし、誰よりもみんなに甘え、みんなに頼り、そしてみんなに頼りにされる。

 人との距離を取るのがうまいんだろう。ある意味蓮よりも、人を寄せ付けないのは蒼太なんじゃないかと、思うときがある。笑っているのに、笑うことで人に壁を作っているような……。


 小毬はあのまま。見た目を一切裏切らない。真っ直ぐで、素直で、常に一生懸命。

 その全てが、多分、今こんな状況にしてしまっているんだろう。

 蒼太が大好きで、そばにいたいから、蓮を選んだんじゃないかって思う。そして、きっと蓮の気持ちにも気づいてない。言葉をそのまま受け止めて信じて、蓮と向き合うだろう。


 ……そう思うと、胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなった。

 あの場所が……なくなったら、ボクはどうしたらいいんだろう。


 窓の方に視線を向けると、決して手に入らない青空が広がっている。

 遮るモノのなにもないあの空に唯一近づける場所が、ボクにはなくなってしまう。


 チャイムがまた鳴り響いて、四限目が始まる。

 目の前にある白いノートと、記号ばかりの教科書。この本の半分以上はボクの頭の中に詰まっている。

 兄さんほどじゃないけれど、ボクだってそれなりに勉強はできるんだと知った。校内でも、模試でも、常に上位をキープしている。

 ただ、ボクは必死で勉強をしてこの成績だけれど、兄さんはボクほど勉強してなかった。

 ボクの自慢の兄。

 今でも勉強は正直好きじゃない。

 だけど、兄さんのようにたくさんの知識を詰め込めば、ボクも兄さんの様になれるんじゃないかと思う。

 両親が喜んでくれるといいなと、思うんだ。

 なのに……教科書の印刷された文字一つ一つが頭の中に入るたびに、ボクの頭はくすんでいく。

 はあ、と小さなため息を漏らして、先生の話も聞かずにノートに落書きをした。


 ・


「この前の模試、よかったそうじゃないか。三番だったって?」

 お昼休み、屋上に行こうかと楓と一緒に教室を出たところで、化学の先生に引き留められた。

 嬉しくもない言葉とともに。

「ありがとうございます」

 足を止めて先生にぺこりと頭を下げると、つり上がった目をほんの少し下げてボクのそばに寄ってくる。


 別にこの先生を嫌いなわけではない。けれど、スキでもない。ただ、いつもこんなふうに声をかけられるのは、苦手だ。“三番をすごい”なんて、今のボクには嫌味としか受け取れない。

「大学は決まっているのか?」

「いえ、まだこれからです」

 ちらっと楓の方に視線を向けると、楓はつまらなさそうな顔をしつつも、ボクを待ってくれていた。短いスカートをいじりながら、壁にもたれ掛かって。

 ボクの方を見ようとはしなかったけれど、それは、楓の優しさだ。

「まあ、君の選ぶ所なら安心か」

 多分、先生の中でボクの受験する大学は決まっているんだろうなと思った。日本でもトップの医学部。兄さんの通っていた大学。

 ボクがそこを選ぶことに疑問を抱いていないんだ。でもまあ、そこに行くだろうけどさ。

 うんざりしつつも笑顔を作るボクに、先生は気にしないで話を続ける。

 お腹が空いたからさっさと屋上に行きたいんだけどなー、なんて口に出したらどんな顔をするだろう。こんなとき、兄さんなら険なくうまく、相手に伝えることが出来るだろうか。

「君は大丈夫だな。悪いウワサしかない友達と付き合っても、ぶれなかった君だからな」

 そういって先生は、冷たい視線を楓に向けた。

 楓と、今はいない蓮に。もしかしたら、蒼太も含まれているのかも知れないな。

 ボクを見る視線とはまったく別物の、見下ろすようなそれに、ショックを受けるのはボクだなんて、この人は気づきもしないんだろう。

「受験に向けて勉強で忙しくなる時期になってくるから、悪い友達に感化されて手を抜かないようにな」

 ぽんっと、念を押すかのようにボクの肩に触れて、先生は背を向けた。

 言われ慣れていることだけれど、ここまであからさまに言われたのはさすがに初めてだ。ひとりの時ならともかく、楓のいる場所で言わないで欲しい。ボクにとってやっと見つけた、心落ち着く場所なのに……。

 先生が触れた肩にずしりと重さを感じながら、嫌悪感で顔が歪む。


「ごめん……」

 ふう、とため息をこぼしてから楓のそばに駆け寄って呟くと、楓はボクの背中を軽くたたく。

「なんでトモが謝るの。ほんっとヤーな感じだよね」

 振り返りながら、先生の後ろ姿を睨み付ける楓に、思わず笑みがこぼれる。

 今まで、直接的な言葉で告げられたことはなかった。それでも先生が言ったような意味を含む言葉は何度も告げられた。

 確かに、蓮も楓も蒼太も、授業なんてしょっちゅうサボってるし、校則違反ではないけれど、目立つ髪の毛だし。

 だけど、ボクの大事な友達だ。


 中学でだって、同じようなことがあった。

 先生たちがみんな“ボクを邪魔しないように”みたいなことをいうから、友達はボクに気をつかって、あんまり遊びにも誘わなくなって、それが苦痛で、ボクは自分から距離を取るようになった。

 そのほうがボクにとっても相手にとってもいいと、そう思ったから。


 でも、楓たちは違う。

 変な気を使うことはない。どっちかというとズケズケものを言うほうだ。だからこそ、ボクは一緒にいたいって思う。

「トモが私たちと一緒にいるくらいで勉強下がるわけないじゃんね。トモはトモなのに。そんなにふらふらしたりしないっつーの」

 楓はそう言って、「さ、ご飯ご飯」と明るくスキップしながら屋上に向かう。

 ボクを、信用しているのかなんなのか。ほんっと、なにも気にしないんだから。自分が悪く言われたっていうのに、ボクのことに対して怒ってくれるなんて、今まで一度もなかった。

 そういえば……蓮にも一度、言われたことがある。

 ボクと一緒にいるせいで、蓮が先生に悪く言われるかも、と、そう冗談めいて言ったとき。


『は? そんなの今に始まったことじゃねえし、オレと一緒にいたってお前が変わらなかったらいいだけだろ? オレらの株も上がるし、いいことしかねーじゃん』


 心底バカにしたような顔だったのだけが、気になるところだけどね。

 先を歩く楓の後ろを見つめて、自然にゆるみ始める自分の顔を咳払いをしながら隠して付いていった。


「おーっす」

 四限をサボったのか、もう既にお弁当を食べ終わった様子の蒼太が、ボク等を見て軽く手を上げた。

「あれ? 蒼太だけ? 小毬と蓮は?」

 蒼太が一人だけなのは明らかなのに、楓はきょろきょろとまわりを見渡して口にする。

 楓の言葉に、蒼太の顔が曇ったような気がした。

 さっさと素直にならないからだよ……なんて、そんなこと言えないけど。

「なんか用事あったの?」

 このまま何も言わなければ、きっと楓のことだからふたりのことを蒼太に聞くだろう。となれば、蒼太はもっと困るだろうな、とボクは楓に声を掛けながら腰を下ろす。

 大きめのお弁当に、楓は一瞬目を奪われたかのように固まってから、「まあ、ちょっとね」と言ってボクの隣に座った。

 そういえば……最近楓と小毬も一緒にいないような気がする。今回ふたりが付き合ったこととなんか関係あるのかな。

 楓が小毬を心配していたのはわかっていたけれど、ふたりが付き合ったことで関係がこじれるなんて、ないだろうし。ふたりがケンカするっていうのも想像できない。

 楓が蓮を好きならともかく、そんなことはないしなあ。

 ちらっと楓の方を見ると、楓は何かを考えているのか……眉間に軽く皺を寄せている。

 軋む音が聞こえる気がする。

 ボク等の関係が。


「トモ」

「……え?」

 ぼうっとしたままお弁当を食べていると、楓が弱々しい声でボクを呼んだ。

 いつもの楓らしくない声で。

 隣を見ると、ボクをじっとみつめる視線にほんのすこしの緊張が、体中に広がった。

 真剣で、だけどどこか自信なさげな楓の顔。そんな顔初めてだ。

 楓はいつも明るくて、自由で、そして芯のある女の子なのに。なにがそんな風にさせてしまうんだろう。

「楓?」

「え、あ、うん……いや、なんでもない」

 ふるふると顔を振って、楓は再びご飯を口に運びはじめる。

 ……なんだろう。

 そう思ったけれど、楓の性格を考えれば、きっと聞いたところで何も言わないだろうな、とボクも気にしないで蒼太に関係のない話題を振った。蒼太はへらへらっと笑ってボクの話に耳を傾けるだけ。

「さっき先生に会ってさ」

「まじで? あいつ本当に感じ悪いよなー」

 ……蒼太って、こんな風に笑ってたっけ?

 もっと……みんなの中心で、話題を広げる方だと思っていたけど……。

 何かが足りない。多分その思いは、ボクも楓も、蒼太でさえも感じていただろう。

 蓮がいない。小毬がいない。あのふたりが、蒼太を、蒼太らしくしてくれていたんだ。


「もうすぐ中間だなー」

「本当だなートモーは大丈夫でしょ? またヤマかけてよ」

「いいけど。楓ボクの教えたヤマも覚えてこないじゃん」

 いつもより少ない、三人での会話は、どこかぎこちなかったけれど、それでも穏やかだった。

「そういえば、進路希望そろそろ提出の時期だよねえ……。まだ二年だって言うのに。三年だってまだ受験中でしょ? 気が早いよね」

 あーあ、と大きな声でため息を零して楓が肩を落とした。

「楓どーするの?」

「決めてたらこんなにめんどくさくないわよ。就職が、短大か、大学か、専門か、かなー」

「全然絞れてないじゃねえかよ」

「トモは? やっぱ医者?」

「あーうん」

 進路かーとぼんやりしていると、楓の質問が聞こえてきて、すぐに返事をした。

 ボクの場合は決まっている。ずっと。それだけの為にボクは過ごしてきた。だから、その道以外に考えたことなんかない。

 昔は、なにになりたかったかも、今ではもう思い出せない。


「そーいや、智郎、絵はしねえの? 前賞取ってただろ。そっち方面でもできそうだよなあ」

「さすがに無理だよ。ボクは好きなように描いているだけだから……絵を勉強したいわけじゃないし」

 そんなこと……出来るわけない。

「まあ、そっかー。美大とか芸大ってみんななんかデッサンとか習ってるんだっけ? 隣のクラスのあいつがそんな事言ってたな」

 笑いながら言う蒼太に、「みたいだね」と返事をして微笑んだ。

 蒼太のように明るい笑顔を見せられたのかは分からないけれど。

 ふと、ここに蓮がいたらなんて言っただろうと、思った。

 

 ——『好きなことをすればいいんだよ』


 そう言ったのは、兄さんだった。

 でも今はら、兄さんはそんなことは口にしないだろう。

 そして……蓮は、同じことを言うような気がする。

 やればいいのに、と。

 そう言われたときの為の言葉を、ボクは用意している。けれど、この話題のときに蓮がいないのは、ついていたのかも知れないな。

 用意しているからって、平然と答えられるかは、自信がないから。

 楓と蒼太は、ふたりで進路の話を続けていた。

 といっても中身はあるようでない。なんとなく会話をしているだけだ。

 蓮と小毬は、もしかするともう、ここに来ないのかもしれない。

 そんな不安がボクを襲う。

 ふたりは、これからも付き合うつもりなのかな。蓮は、もう相当辛そうだったけれど……。

 もしかすると、今日別れることになって、顔を合わさないように屋上に来ないのかもしれない。でも、なんとなくそれはイメージができなかった。

 蓮がもしも……ボクの言ったことでここに来ないのだとしたら……。


 ちゃんと謝ろう。戻ってきてほしいって言おう。

 だってここは、ボクらの場所だから。

 いつもより寂しい屋上に不安を抱いて、ボクは決心した。

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