17逃げ出すために堕とす
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こんなことあっちゃいけないんだ。こんな思いはない方がいい。
なくして消して間違いだったと思いたい。
だから誰でもいいから付き合ってオレの欲望を満たして欲しいと前以上に思うようになったし、前以上に蒼太と小毬にはさっさとくっついて欲しいと願うようになった。
頼むから。オレの手の届かない奴になってくれないかと。
お互いが好きな事はもう俺の中で確信になっていた。
なのに蒼太に聞いても「違うって」と笑うばかり。小毬に言っても「……そんなんじゃないよ」と言うばかり。迷惑なのはこっちだっていうのに。
なのに蒼太は他の女と付き合うことになった。
紹介したのはオレだけれど……そんなつもりじゃなかった。
ただ、蒼太が可愛いと言う“千晴ちゃん”とやらを見てみたかっただけ。蒼太はなんだかんだ、小毬以外の女とは一緒にならないという、今思えばなんの根拠もない思いを抱いていたから。
ついでに、そうすることで小毬を潔く選んだりするんじゃないかと、そんな気持ちだったのに。
なんでこんなことになるんだ。なんでそんなことするんだ。バカじゃねえのこいつ。
小毬の気持ちに気づいているくせに。
自分の気持ちにだって、気づいているくせに。
「お前、本当に千晴ちゃんと付き合うわけ?」
「なんだよそれー。まだ信じてねえのかよ」
そういうわけじゃねえよバカ。
「小毬はいいのか?」
オレの言葉に、蒼太は一瞬だけ笑みをやめて言葉を詰まらせる。
何でそんなに頑なに心を閉ざすんだ。何でそんなに認めないんだ。
「……小毬とは、ないよ。この先、何があっても」
その理由は何なのか分からない。分からないけど……そこまで意地を張るのなら、蒼太の中で、確固たる何かがあるんだろう。
同時に、やっぱりこいつは、小毬の気持ちにも、自分の気持ちにも、多少なりとも自覚があるんだと思った。
だからちょっとしたあてつけだった。オレが、引っかき回したら……あいつは素直になるんだろうかとかそんな気持ちだった。
オレは、蒼太の本音を聞き出したかった。
オレは、壊したかったんだ。お前らの関係を。それ以上に自分の感情を。
出口の見えないこの真っ暗で、許されない欲望。
「俺と、付き合う?」
小毬が、食いつくだろう蜜を、ばら撒いて。
震える小毬の唇は、オレにとっても蜜だった。あの言葉は、小毬のために吐いたものじゃない。自分のための、願いだ。
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「オレ、小毬と付き合うことになった」
お昼休み前、まだ小毬の来ていない屋上で集まっていたいつもの三人に弁当を食いながら呟いた。
小毬が来てからでもよかったんだけど、待っていられなかった。蒼太がどんな反応をするのか、見たかった。
怒るだろうか。ショックを受けるだろうか。
「……まじで?」
誰よりも早く言葉を発したのはともろーだった。
目をまん丸くして信じられないという表情をしながら相変わらずご飯をほおばる。
信じられない、という顔をしているのはともろーだけに限った話でもない。楓なんか驚いた顔を作った後はあからさまに怪訝そうな、もしくは疑念しているような顔だ。話しかけたらものすごい勢いで怒りだしそうで、目をそらした。
一番重要な蒼太に関して言えば……よく分からなかった。驚いているのは確かだと思うけどそれ以上の感情が見えない。
……怒ればいい。大事な小毬を、オレみたいなちゃらんぽらんな男と付き合うのを、許せるはずがないだろ?
オレなら嫌だね。大事な奴が、だらしない奴に取られるなんて。
だけど蒼太は一呼吸入れてから……にかっと、いつもと変わらない笑顔をオレに向けた。
「まーじで!? え? なんで!? すっげー! おめでとう! ん? おめでとうでいいのか?」
……なんでそんなふうに笑えるんだろう。
蒼太のテンションに戸惑いを隠せないのはオレだけじゃなかった。ともろーも楓も、同じように耳を疑うような顔をしていた。
そのくらい蒼太と小毬は特別な関係だったんだ。
蒼太に彼女が出来たときも信じられないっていう顔をしたけど……それ以上に今の状況が信じられない。そばにこれだけいれば誰だって気付くほど、確信になるほど、二人の関係は特殊だったんだから。
小毬と付き合ったオレが言えることじゃないけど。
「……んで笑ってんだよ」
「え? なんて?」
呟いた悪態は、蒼太には聞こえることはなかった。
「なんでもねえよ」
何で笑えるんだよ。むかつかないのかよ。そう言いたいのに言えないのは、少なからずこの関係を保っていたいからだろう。
遅れてきた小毬も、蒼太の様子に少なからず傷付いて見えた。
そりゃそうだ。好きな男に、別の男と付き合ったことを喜ばれるんだからな。
……お前らは何でこんなにややこしいんだ。振り回されるこっちの身にもなって欲しい。勝手な意見なのは充分分かっているんだけど。
ちゃんと“好きだ”と、もっと早くに口に出来たらよかったのかも知れない。だけどオレはそんなに強くもないし、小毬が蒼太に抱くように、この関係にすがりついていたい気持ちもある。
好きだと。そう口にしたらお前はどんな顔をするだろう。それを想像する度に、自分の狂った感情が自分の心臓を傷つけていくんだ。
青空の下で、いつも一緒にいる度に……。俺の心はどんどんどんどん、暗闇に犯されていくんだ。
付き合うつもりなんか無かった。
そう言えば小毬とはすぐに終わる関係な事は分かっているけど、そんな適当なことをすれば、さすがに蒼太は俺を怒るだろう。
……怒られるだろうと思って小毬と付き合おうと思ったのに、怒られることを恐れて、小毬と付き合い続けることになるなんて。
ばかみたいだな。
だけど小毬に告げたあの言葉は、嘘じゃない。寧ろそれを望んで、オレが小毬を共犯にしたんだ。
それしか、今のオレたちに、術はない。
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「本当に、付き合うんだよ、ね?」
蒼太が妹を迎えに行くからと急いで帰り、残されたオレと小毬は初めて一緒に、ふたりきりで帰った。
俺が彼女と別れたことも、俺が小毬と付き合いだしたことも、もう既に広まっているのか廊下を歩いているだけで視線が突き刺さる。
小毬もそれには慣れないのか、いつもよりも口数は少ない。
「どういう意味?」
「……いや、なんか……実感がなく、て」
小毬がオレのことを好きじゃないことは分かっている。
くそ真面目で恋愛もろくにしてきてない小毬がこの関係に疑問を抱くだろうことも。
「蓮は……いいの?」
「なんで? 別にいいんじゃねえの?」
いいとか悪いとか。そんな言葉でオレらはきっともう引き返せない。
自分の、ために。オレらのために。
いいとか悪いとかじゃなく、もうこのまま行き着くところまで行って足掻く以外に方法は残されてないんだ。
自分で自分の首を絞めるオレらは、似てるんだ。
自分で自分の首を絞めてまで縋りつくくせに、心のどこかで今を終わらせたいと願うところまで似てる。
常に真逆の感情と行動で支配される。
「これから、よろしく」
オレの言葉に小毬は少し俯いていた顔を上げてオレを真っ直ぐに下から見つめてきた。
戸惑いがちに揺れる瞳。
蒼太との関係を終わらしたくなくてオレと一緒にいる道を選んだ小毬が、オレとの関係を終わらせてしまうようなことはしないと、オレは言い切れる。
そんなことをしたら……それこそ蒼太と一緒にいることが出来ないかもしれないんだから。
小毬が一番恐れている事はそこだけだ。そのくらい、蒼太が好きなんだろ。
ぎりぎりの関係でも保っていたい、それが間違いであっても、それしかないのだと思う気持ちは、オレと一緒だから。
それを分かった上で、オレは口にした。
手を差し出すと、何も言わなかった小毬はおずおずと自分の右手をオレの左手に重ねる。
肩を抱くとか腰を抱くとか、そんなことはいつものことで出来ないわけじゃなかったけど……小毬にするのはなんだか変な感じでできなかった。
蒼太にとって大事な存在であることをわかっているから。
手を出してしまえば、きっと後戻りはできなくなる。
蒼太にとって大事な存在である小毬に手を出す、それは……オレにとって蒼太も小毬も裏切り傷つけることになるんだ。
オレの望みはただ、傷つけることじゃなく、いい加減にお前らにくっついてほしいんだ。
何をためらっているのか知らないけど、だけどもういい加減に素直になって、そして幸せになって欲しいだけ。
そうすることできっとオレも解放される。
その感情の心のどこかに“オレを見て”と思う気持ちがあることもわかっている。
いっそ嫌われて嫌われて、オレのことを考えてしまえばいいと、そう思う汚い感情。
友達の一人。
それをぶち壊したくもある。
結局オレは……あいつが好きなんだと再確認するばかりだ。