16光の裏に黒い影
いつからあいつのことを好きだったか、なんてどんなに考えたってわからない。
分かっていたらこうなるまえに引き留めることもできたかもしれないのに。
どこが好きだったかもわからないし、できることなら嫌いになれた方がいいとさえ俺は思っていた。
だけど、好きだったんだ。だけど、好きなんだ。どうしても。
だから、誰よりも一番になりたかった。なんでもいいからあいつにとっての、特別な、なにかになりたかった。
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Ⅲ 黒い夜空
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「お前が蓮?」
中学一年になった初日、窓際の席でぼーっとしていると、よく言えば人懐っこく、悪く言えば馴れ馴れしく声をかけてきたのが蒼太だった。
太陽の光が差し込む場所だったこともあると思う。あいつの髪の毛は黄色にキラキラと輝いて見えた。
まだ髪の毛を染めているやつなんて殆どいなかった。だから、誰よりも目立って見えたし、一度見たら忘れられないほどの衝撃だった。
のちのち聞いたら、髪は染めているわけじゃなかったらしいけど、オレにとっては取るに足らないことだ。
「……そうだけど?」
初対面で呼び捨てかよ、と思いながらも文句を言えなかったのは、蒼太のまっすぐな笑顔のせいかもしれない。好奇心旺盛な仔犬みたいに、目を輝かせていた。
一目見るだけでオレとは違うなと思った。
髪の毛こそ派手ではあるけれど、顔を見ればこの男がクラスの中でどういうポジションなのかはなんとなく察知する事ができる。恐らく、ムードメーカーで友達の多いやつ。
自慢じゃないけど当時からオレは周りに比べると身長もあって、小学校時代から中学生に間違われることもあったからかそれなりに女にはもてていた。多少そんな自分に酔っていた。
同い年の男はみんなガキだと思っていたし、女もみんな、脳みそは恋愛ばかり考えているやつばかりだと。だから、心をさらけ出せる友達はいなかった。出す気だってなかった。
友達がいなかったわけではないけれど、今思えばどいつもこいつも適当に絡んでいただけのやつだったなと思う。
自分で言うのもなんだが、かっこつけたガキだった。
その日だって、中学に入って同じクラスだった事に喜んだり、初めましての挨拶を交わす教室を、ひとりすました顔で眺めていた。
ついでに言えば、蒼太のようなうざそうな男は一番苦手なタイプだ。
なのに、なぜだか興味が沸いた。
こいつももてるだろうなあって思ったのと、やっぱり、髪の毛が綺麗だったから。
「いやーかっこいい男がいるって女子が騒いでるからさー」
「は?」
「どんな奴かなーって思って。噂通りかっこいいな! 仲よくしよーぜ」
押し切られた。そんな感じだった。
意味が分からない顔をするオレの肩をぱんぱんと叩き、満足そうな表情で、「俺のことは蒼太って呼んでくれればいいから」と告げた。
正直そんな理由で仲よくしようと思う男ってのも気持ち悪い。でも、蒼太があまりにも満面の笑みをオレに向けるから、「おお」と間抜けな返答しか出来なかった。
その言葉の裏には、なにもないのだろう。言葉通りの意味しかない。
だから、どうせ口だけだ、と思ったのも事実だ。
だけどオレの何が気に入ったのか、蒼太はオレによく話しかけてきた。
よく笑うやつだった。オレが皮肉を言ってもけらけらと笑ってかわす。裏を感じない笑顔と口調。
気がつけば、ほんの数日でまるで以前から友達だったかのようによく一緒に行動し、気兼ねなく話せるやつになった。
小毬と出会ったのはそれから数日後。
「よー小毬!」
廊下を歩いているときに急に蒼太がひとりの女に声を掛けた。
呼ばれて振り返ったのは、背の小さな女。特別可愛いわけでもないけど、かわいらしい、という印象の。
今までのオレならきっと関わることなんかないだろうなと思うくらいの普通の女だ。天然パーマが似合うなあと思ったことを覚えている。
「蒼太、どうしたの?」
ふたりの会話を見ていればふたりが長い付き合いなんだろうことは容易に想像がつく。
中学生になると下の名前で呼ぶだけで付き合っているとかなんとか噂が立って、小学校時代は仲がよかったのに急に余所余所しくなるイメージが合った。
けれど、ふたりはそんなことは気にしないで親しげに話続けていた。っていうか付き合ってるんだな、と思った。誰が見たってそう思うだろう。
「彼女?」
小毬に手を振る蒼太に質問すると、蒼太は「まっさかー、幼なじみ」とだけ言って笑って話を変えていった。
……彼女じゃないって? あれが?
その疑問は、何となく蒼太の笑顔を見て心の中にとどめた。
どっちにしても……小毬は蒼太のことが好きだと思うけど。
普通に接しているつもりだろうけれど、だけど小毬の蒼太を見る目は明らかに俺と違う。
それが幼なじみだからだと言われたらそれまでなんだけど。
ついでに言えば……蒼太も小毬には特別な感情を抱いているような気がした。
ただ、問い詰めたところで言いそうにない蒼太の笑顔を見てオレはそれ以上何も言わなかった。
けれど、会う度に感じるふたりの気持ちに自分でも不思議なほど苛立ちが募っていった。互いに好きだろうことは、気づいているはずなのに。自分の気持ちにも相手の気持ちにも。何でそこで躊躇するのかと。
今思えばその頃から、オレはあいつに惹かれていたのかも知れない。当時はそんな考えには及ばなかったけど、苛立ちを茶化した言葉に変えて口にするようになったのもその頃からだ。
学年が変わってクラスが分かれても、なぜだか蒼太と俺はつるんでいた。バカなことをしてふざけ合って、バカなことをして怒られて、走って毎日を過ごしていたような気がする。
クラスの中で、誰からも好かれる蒼太といることでオレにも男友達は多くできた。
適当に彼女を作るようになった頃、蒼太のクラスに行ったときに友達と話しているのを聞いた事がある。
「蓮ってなんか偉そうだしさあ」
ああ、この年になると、女だけじゃなく男もこういうことを気にするんだ、とうんざりした。その言葉を口にしたのが、よく話し、時々一緒に遊んでいた男だからこそ余計に。
だけど、隣にいた蒼太はその言葉に「だよなあ! ったくもてるからって! 憎たらしい」そう言って笑って流していたときは、思わずひとり、吹き出してしまった。
蒼太のその言葉に、口にした友達も「もてるからか! もてるから偉そうなのか。じゃあ俺勝てねえな仕方ねえ」と、明るい声で笑い出した。
一瞬にしてそいつの心も、オレの心も変えた蒼太に、心底感心して尊敬したのを覚えている。こんなふうに、人の気持ちを明るくできるやつがいるんだ。それが、オレの友達であることが、すごく、嬉しくなった。
オレにとって、蒼太は親友だった。
「蓮は本当に彼女の事好きなの?」
蒼太と帰る日、一緒に蒼太を待っていた小毬にそう問われた。
そう聞きたくなるのもわかるくらい、オレは適当な付き合いばかりを繰り返していた。小毬らしい質問に、思わず吹き出すと、小毬がじろっと俺をにらむ。
正直、好きだからとか、そんな理由で付き合った事は一度だってなかった。かわいいかかわいくないか。そのとき彼女はいるのかいないのか。それだけ。
付き合っていないといけない様なそんな気がずっとしていたから、手当たり次第付き合った。そんな気持ちだからこそ、案の定どの子とも短期間で別れる羽目にはなっていたけれど。
「かわいい女の子は好きだけど?」
「……彼女っていう個人的な要素では好きなところはないのかっていう話よ」
「さあ?」
小毬の質問の意図に気付いてないわけじゃなかったけど、それ以上答えようがなかった。オレの答えに“最低”と言いたげな顔をしている小毬を見て、なぜか面白く、くすくすと笑うと、小毬はぶくっと頬を膨らます。
思っている事がすぐに顔に出てわかりやすいのが面白くてわざと答えないところもあったと思う。
そしてそんな風に小毬をいじめると、蒼太は必ず小毬の味方をするんだ。
——さっさと付き合えばいいのに。
そんなことを何度思ったんだろう。ただそばで見ているから、ただ、それだけなんだと思っていたけど……。本当はオレの為にも、さっさとくっついて欲しかったんだと、後から気づいた。
オレが、自分の気持ちに気づいたのは、中学三年の半分も過ぎた頃。
その頃から、蒼太は少し変わった。
とりあえず一般的に悪い事と言われるだろうことは一切しなくなった。今まで隠れて一緒に吸っていた煙草もやめた。夜中まで遊ぶことだってしなくなった。
理由を聞けば妹を迎えに行くとか、妹が待っているからとかそんな理由で、何でそんなことを今更と思いながら強要するのもおかしいことだという自覚はあったから何も言わなかった。
だけど、それだけじゃない。そんなことじゃない。
表面的には一緒なんだ。ただ悪い事をやめただけ。別にそれだけ。バカなことをして笑ったし一緒に騒いだのに何かが違う。だけど、何が違うのか何か分からない。
笑っている蒼太に違和感を抱くんだ。
今までと何が違うのかわからないけれど、だけど何かが違うような気がして、なんだかひどく苛立ちが募った。
ウソをついてるわけではないのに、どこか見えない壁が聳え立っているような。
なにかあったならオレに言えばいいのに。
「あいつ、なんかあったのか?」
こんなことを小毬に聞くのも恥ずかしいなと思いながら、たまたまそばにいた流れで小毬に聞いた。
これから一緒に帰るのだと言ってた小毬なら知っているかも知れないと思ったから。前以上に、俺よりも共に蒼太を過ごすようになった小毬の変化も関係しているかも知れないと思ったから。
「……大丈夫だよ」
大丈夫、その言葉が引き金だった。その時にオレの心の中で弾けたんだ。
何でも知っている様な小毬の顔。蒼太と小毬の関係の強さ。付き合っていない関係でありながら誰よりも信頼してそばにいて支え合うその姿に……。
俺は嫉妬したんだ。