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青に侵された屋上  作者: 櫻いいよ
Ⅱ赤い夕焼け
12/53

12そこに一滴の黒ずみ


.

..

 。



 月に一度くらいで蒼太と美紅ちゃんと出かけることが日常化したのは、蒼太が変わってからのことだと思う。

 それまでの蒼太がそんなに違ったかというとそうでもないけれど、三人で出かけるようになったのは、明らかに、あの日からだ。

 あの日から、蒼太は、だれよりも美紅ちゃんを大事にするようになった。

 かといって、それまでも蒼太と美紅ちゃんが仲が悪かった、ということはない。普通の、兄妹っていう感じだった。今みたいに一緒にいることはなかった。

 それが急にべったり一緒にいるようになったのだから、蒼太は極端だ。

 だけど……だからこそ、私は今、蒼太に必要とされているのも分かっている。そして、蒼太自身も私を必要としている。それが何よりも嬉しい。



「小毬ちゃーん!」

 荷物をまとめていると、家の前から美紅ちゃんの声が聞こえて部屋の窓から顔を出した。

 視線の先には帽子を被った美紅ちゃんが大きく手を振っていて、隣の蒼太はラフな格好をして私を見上げている。

 約束の時間よりも少し早いけれど、それはいつものこと。

「今行くね」

 部屋から声を掛けてカバンを手に取り、急いで一階に下りると、美紅ちゃんの声が聞こえていたのか、お母さんがお弁当を包んで私に手渡してくる。

「はい、忘れ物ない?」

「うん、大丈夫。じゃあ行ってくるね!」

 ばたばたとお弁当をトートバックに詰め込んでずしりと感じる重さを気にしないように肩に背負った。

「気をつけてなー」

 リビングで新聞を読んでいたお父さんもひょこっと顔を出して私に手を振って、私は「はあい」と返しながら玄関でスニーカーを履く。

 今日はきっとふたりはどこか行ったりするんだろう。蒼太の両親を仲がいいと言っていたけれど、私の両親も負けず劣らずだと思う。晩ご飯はどうするのかと思いつつ、それを聞いたらきっと気を遣って早めに帰ってくるだろうと何も聞かなかった。

 鞄の中に鍵を入れただろうかと確認してそのまま「いってきまーす」と声を出して扉を開けると、待ってましたと言わんばかりの笑みで美紅ちゃんが微笑んで私に手を振った。


「早かったね」

「美紅が待ちきれなかったみたいでなんか早く着いたー」

 ぽんっと美紅ちゃんの頭に手を添えて「なー」と蒼太が美紅ちゃんに笑いかけると、美紅ちゃんは私の手をぎゅっと握って笑う。

「行こう! 美紅ジェットコースター乗りたい!」

「えー大丈夫? この前もそう言って乗れなかったけどー」

「去年だもん、今年は大丈夫!」

 クスクス笑うと美紅ちゃんはほっぺを真っ赤にさせてそう告げた。

 蒼太も、美紅ちゃんも似ているからなのかいつも笑っている気がする。……それがいいのか悪いのか私には分からないけれど、だけど笑っている方が、見ていて安心はする。だから、蒼太は笑っているのだろう。

「お弁当作った?」

「もちろん。美紅ちゃんの好きなハンバーグも入れたし、蒼太が入れないとうるさいウインナーも入れた」

 肩にかけたトートバックを自慢げに持ち上げてふたりに告げれば、嬉しそうに顔を見合わせる。

 昔から料理は好きだったけれど、凝りだしたのはこのふたりの影響が強い。

 とくに美紅ちゃん。美紅ちゃんの好きな物を聞いて、作ってくれないかと、そう蒼太に頼まれたあの日から……私の趣味は料理になった。今では大体のものを作れる。

「ほら」

「……え?」

 ふわりと肩から荷物の重さが消えたと思うと、隣にいた蒼太が「重って」と顔を歪ませる。

「いいのに」

「お前は作ってきたんだから運ぶのは俺だろ?」

 重たいなんて言ったのは冗談だったのか、私の言葉に蒼太がけろりとそう言って、笑う。

「あ、はい! 小毬ちゃん」

「ん?」

 駅までの道のりを歩きながら、忘れてしまうから、という言葉を付け足して美紅ちゃんがポケットから一枚の紙を私に差し出してくる。それが何か、なんて言葉にすることはなく私は「ありがとう」とだけ返してポケットに直した。



 駅までは徒歩で十五分、電車に乗って二十分ほど。近くのそんなに大きくはない遊園地だけれど、土曜日と言うこともあって人は多かった。


「小毬ちゃん、次アレに乗ろう!」

 ついてからもう三時間以上経つのに、美紅ちゃんは元気に走り回っている。

 さすがに私も暑さで疲れてきたけれど……蒼太は蒼太でお弁当の重さもあるのか私よりも疲れ気味に後を追いかける。

「美紅—とりあえずご飯食べようぜー荷物減らせるし」

「うん!」

 後ろから声を掛けた蒼太に、美紅ちゃんは明るく振り返った。

 近くの木陰に持って来たレジャーシートを広げて、蒼太が鞄からお弁当箱を取り出していく。

「わーおいしそう!」

「好きなだけ食べていいからね」

 そう言うと、美紅ちゃんは頬を真っ赤に染めて嬉しそうに笑ってから、差し出したお皿を手にして真っ先に大好きなハンバーグを取った。

 使い捨ての容器、四つ分のお弁当箱は遊んでお腹が空いていたのか美紅ちゃんと蒼太によって殆どなくなった。今日は作りすぎたかも知れないと思っていたけれど、足りないことを考えれば少し残ったくらいのこの量でよかった。

 食べ終わると、ふたりがレジャーシートの上で横になる。

 きゃっきゃとはしゃぐふたりを見ると、自然に笑みが浮かんでくる。

 蒼太に懐く美紅ちゃんは、本当に嬉しそうで。そんな姿をこんなにも近くで見ることが出来るのは嬉しいなと、素直に思う。今までのふたりを知っているからこそ。

 ……こんなふうに、ずっと……三人で過ごしたい。

 そう、思うのは、傲慢なのかな。


「小毬ありがとな」

「……え? 何急に」

 近くに風船を配っている着ぐるみを見かけた美紅ちゃんがひとりでかけていくと、美紅ちゃんを見つめたままの蒼太が呟いた。

「美紅、嬉しそうだなーって思って」

「蒼太のおかげでしょ? 出かけるのだって初めてじゃないのにどうしたの今更」

「まーそうなんだけどさ。小毬がいなかったら頼れる女の人いねーままじゃん。小毬がいてくれてよかったよ」

 そういうことを、さらっと、何の深い意味もなく蒼太は言うんだから。

 だから、離れられないんだよ。

 それが辛いのか、嬉しいのか分からないけれど、じっと俯いた私の頭に蒼太の手が乗っかるのを感じて自然と笑顔になった。

 いつのまにか私の頭を包み込んでしまうくらいに大きくなった蒼太の手のひら。


 いつの間にか年を重ねた私たち。その時間の経過に、お互いの存在があったんだと、それがあったからこうやって笑えるんだと信じたい。

 そして出来れば……これからも。


「だけど、いつまでも……小毬に頼ってちゃいけないんだよなあ」

「……え?」

 頭から蒼太の手がふわりと浮いて軽くなる。

 見上げると、少し困ったような悲しいような……そんな蒼太の顔があった。胸がぎゅうっと痛んで思わず服を握りしめた。

「俺に彼女が出来るように小毬にも出来るんだよって、楓に言われたんだよ。そうだよなあ、お前に彼氏でも出来たらこんな風に連れ回しちゃダメだよなあ」

 楓が……そんなことを?

 じくじくと痛む胸はなんだろう。まるで前からあった傷跡が痛み出したかのよう。

「このままじゃ、小毬に彼氏も出来ないしなー。千晴ちゃんも気にするのかなーって」

 何で急にそんなこと言い出すの?

 そんな事言わないでよ。

 だって一緒にいたのに、今までそんなこと気にしなかったじゃない。彼女がいたって私たちの関係はなにも変わらなくて、蒼太の彼女が私に嫉妬したって。蒼太は私は大事なんだと、そう言ってくれたじゃない……。

 言わないでよ! そんなこと……!


 何も言えなくなった私に、蒼太は言葉を詰まらせてから……また笑った。

 泣きそうな顔をしながら。


 その泣きそうな顔の意味は何? そんな顔、狡いよ……。その顔を見れば分かる。蒼太だってそれが悲しいと思ってくれているんでしょ? なのに何でそんな決断を下すの。

 いいじゃない。今までのままで、誰よりも私を大事にしてくれたらいい。それだけでいいのに。それが恋人じゃなくても我慢するから、そばにいさせてよ……。


「美紅、ジュース欲しいか?」

「え? いいの?」

 私の視線から逃げ出すように腰を上げた蒼太はそのまま美紅ちゃんの元に向かって何もなかったかのように声を掛ける。

「……小毬ちゃん?」

「ん?」

 呆然としたままの私に心配そうな美紅ちゃんの顔が飛び込んできて、出来るだけ笑みを向けた。

「どうしたの? しんどいの?」

「あ、ううん、大丈夫。ちょっと、喉渇いたかなって」

 笑って話しているつもりだったけれど、目の前の美紅ちゃんは心配そうな顔を私に向けたまま。それが上手く笑えてないんだよと私に告げてる見たいに思えて余計に笑い方が分からなくなってくる。


 何で笑わなくちゃいけないのだろう、とさえ思ってしまう。

 こんなに苦しいのに。

 蒼太が、蒼太から、離れて行くなんて……。そんなの、考えたこともなかった。想像もできないよ。


「ねえ、……小毬ちゃんは、お兄ちゃんの、彼女なの?」

「え? ……え?」


 突然の美紅ちゃんの言葉に、顔の筋肉が一瞬にして固まったような、そんな感覚に陥った。

 真剣なまなざしで、少しだけ心配そうにして私の返事を待つ美紅ちゃんの顔が……なぜだかすごく、怖く思える。

 まっすぐに、私の心を見つめる視線に、目を逸らしたいのに逸らせない。

「な、なんで?」

 というか小学校二年生で、そんなことを知っているのも驚きなんだけど……私がそのくらいの年はそんなこと考えたこともなかった。

「友達に……今日でかけるって話をしたら、小毬ちゃんとお兄ちゃんは付き合っているんだって」

 今の子ってそんなことを、なんて年に似合わずそんなことを思ってしまう。

 小学生から見ても、高校生の私たちから見ても、この関係はそう見えるって言うことなのかもしれない。

 でも、それもそうか。だっていつも一緒にいるのだから。そばにいるのが当たり前だったのだから。そう見えるのが当然だ。そうでなければおかしい。だけど、私たちの関係はただの幼なじみ。それ以上でも、それ以下でもない。

 永遠に続く関係。

 だけど……とても脆い関係だ。

「付き合ってるの?」

 付き合っていないよ。そう、答えるのはいつものこと。


 ——『だけど、いつまでも……小毬に頼ってちゃいけないんだよなあ』

 ——『このままじゃ、小毬に彼氏も出来ないしなー。千晴ちゃんも気にするのかなーって』


 そんなのは嫌だ。そんなの望んでない。

 このままでいい。誰よりも蒼太に近い存在でいたい。千晴ちゃんがいてもいいから。彼女がいてもいいから。

 このまま。


「——うん」


 美紅ちゃんの返事に、そう答えたときの私はどんな顔をしていたんだろう。

 そして、美紅ちゃんはどんな顔をしていたんだろう。


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