表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青に侵された屋上  作者: 櫻いいよ
Ⅱ赤い夕焼け
11/53

11初めて見る空の色


.

..

 。



 次の日も蒼太は朝の電車で千晴ちゃんを見かけると駆け寄っていって、電車を降りるとまた私のそばに戻って来てくれた。

 そのたびに嬉しくて、だけどそこから始まる千晴ちゃんとの会話に、うんざりする。

 笑って話しているつもりだけれど、そろそろ限界が近い。日に日に顔の筋肉がおかしくなっていくのが自分で分かる。

 ……まるで、都合のいい二番目の彼女みたいだ。なんてそんなこと思うのは被害妄想かな。



 移動教室の帰り道。

 友達と空の真下を通る渡り廊下を歩く。

「あーあ」

 今日も相変わらず晴れた空に向けて、誰にも聞こえないようにため息を吐き出した。

 二日目でこんなにも気が滅入るなんて……この先も笑っていく自信がない。そのうち不機嫌になってしまって、蒼太を困らせてしまいそう。

 そばにいたくて選んだ道なのに、そばにいるのも痛いなんて。

 どうしたらいいのか、分からなくて、これからも同じように朝を過ごさないといけないのかと思うと……蒼太から逃げ出したくもなる。そんなことしたくないのに。


「あ、ケータイ忘れた!」

 友達が突然声を上げた。

「一緒に戻ろうか?」

「あ、大丈夫場所分かってるし、小毬は先戻っててー」

 そう言って友達は私に手を上げてから踵を返し背を向けて駆け足で戻っていく。

 次の授業はなんだっけ……。次の授業で今日も終わりだし……千晴ちゃんの話を聞かされるお昼時間も来週まではないのかと思うと心がほんの少し軽くなる。しかも明日は遊園地だ。きっともっと気持ちが切り替われる。

 きっと美紅ちゃんと手を繋いで、その隣には蒼太がいて、笑ってて、三人の時間を、三人だけの時間を過ごせる。

 そんなことを考えながらのろのろと空の下を歩いていると、ふと校舎裏に人影が見えて足が止まる。


 綺麗な黒髪が、風でなびく。はっきり見える訳じゃないけど、あれは……蓮?

 こんなところで何をしているんだろう。こんな、外からよく見えない場所で。


「……告白、とか?」

 蓮ならあり得るだろう。

 人の目を集めるのは蓮の特技とも言える。彼女がいたって告白する女の子はたくさんいる。彼女より好みだからとか言ってすぐに乗り換えるときがあるからだろう。

 そんな性格なのになんで告白する女の子がたえないんだろう。

 あの一見冷たそうな瞳に映ってみたい、そう思わせるのかもしれない。気持ちは全く分からないけれど、それなりのなにかが、蓮にはあるのだろう。

 どんなに魅力的だとしても、蓮みたいな男に惚れちゃったりしたらしんどいだろうな……。

 だって、絶対……同じような気持ちになってくれない。同じだけ好きになってくれない。何でそんなこと決めつけてしまうのかと自分で思うけれど、そう、思う。

 とはいえ、蓮も蓮で大変だな、と何となく思いながら踵を返したとき。

「——もう、いいよ」

 か細い女の子の声が聞こえて、教室に戻ろうとした私の足が再び止まった。そして、目の前を顔を隠した女の子が小走りで通り過ぎる。私の姿には全く気がつかないまま、逃げ出すように。

 ……あれは。


「盗み見?」

「……わ、あ!」

 女の子の後ろ姿を見つめたままだった私の背後から蓮の声が聞こえてびくりと体が跳ねた。

「は、驚きすぎ」

「……急に後ろから話しかけられたらびっくりもするわよ。っていうか。あの人……追いかけなくていいの? 蓮の彼女でしょ?」

 むすっとしてバカにしたように笑う蓮の顔を見てから彼女の方を指さした。

 あれは、蓮の彼女だと思う。二、三日前に一緒に帰っていたのを見たと思うけれど。美人で、年上の彼女。

「あー、振られた」

 私の言葉に蓮は興味なさそうにそう言ってのんびりと歩き始める。

 振られた……なんて。あんなの誰が見たってあの人が振られたようにしか見えない。最後の言葉は彼女からだとしても、きっと蓮が振ったようなものなんだろう。なんでそんなことになるのか、よくわからなくて首をかしげながら蓮の後に続いていく。


 校舎の中に入って三階の教室まで進んだところで廊下に出る私を置いて蓮はそのまま屋上に向かった。蓮の教室は私の二つ隣なのに。

「……蓮どこいくの?」

「さぼるー。小毬もサボれば?」

「……ほんっと、蓮は不真面目だなー……」

 あっけらかんとそう答える蓮に思わず苦笑を漏らしてそのまま蓮の誘いには返事をしないまま廊下に向かう私に、蓮が言った。

「……蒼太のこと気になって仕方ないって顔して、授業受けれるんだ?」

 体が固まる音が聞こえた気がした。

「……なに、を」

「顔に、書いてる。お昼もずっと上の空のくせに」

 ゆっくりと振り返った私を一瞬だけ見て蓮は屋上へと足を歩ませた。

 うまく隠せていたなんて自信がある訳じゃない。だけど、隠すことをしなくてもはじめから私はこんな風に蒼太のそばにいた。

 だから、本気でそんなことを言われるなんて、それも中学からの蓮に言われるなんて、思ってもいなかった。

 今まで、そんなふうにはっきりと、口にされたこともなかったのに。


 このまま、蓮の発言を聞かなかったかのように教室に戻ればいいのかもしれない。

 だけど、去っていく蓮の後ろ姿を見ているとこのまま何もなかったかのように過ごすことなんでできそうにないと思った。

 確かに蓮の言うとおり……今日の授業は何一つとして頭に入ってこないほど、私は蒼太とのことを考えている。

 今から教室に戻ったって、私は勉強なんてしないまま一時間を過ごすんだろう。

 ただ、蒼太のことを、これからのことを、千晴ちゃんのことや自分のことを考えて、どんどんどんどん、沈んだ気持ちになっていくんだろう。

 ……なんて、無意味な時間だろう。

「小毬もサボりデビューか」

 私がついてきたことを確認して、蓮はクスクス笑いながら屋上の扉を開けた。

 さっき見ていた空が、さっきよりも近くに頭上にある。さっきよりも青く、その姿を変えて。

「蓮と蒼太はいつもサボってたよね」

 空を見上げながら呟くと、蓮はそのまま屋上の奥に向かって、フェンス近くに腰掛けた。

 太陽の光が、蓮の黒い髪の毛に注がれて、蓮なのに蓮じゃないような、遠い存在のように思える。そのくらい綺麗。

 確かに、この姿で蓮を初めて見たら惹かれても不思議じゃない。

「オレが蒼太を連れ出してサボるたびに、小毬すげえ睨んでたもんな」

「……そんなに睨んでないよ」

 くつくつと笑う蓮の近くに歩み寄り、同じように腰を下ろす。

 正直、蓮のせいで!と思っていたけど……。

 だって、小学校まで蒼太は普通の、ちょっとやんちゃなだけの男の子だったんだもん。それが中学校に入ってから、悪いことばっかりしはじめたら蓮のせいだと思っちゃうじゃない。

「ま、中三くらいから蒼太はまじめになっちゃったけどなー」

「まあ、ね」

「自棄気味だなーとは思ってたけど、今が本来の蒼太なんだろうな」

 ちょっとつまらなさそうに告げてポケットからタバコを取り出そうとする蓮をじろりと睨むと、蓮は大げさに肩をすくめてそのままなにも持たずに手を出した。

 タバコが嫌いな訳じゃないけれど……一緒にいるときに吸われるのはちょっと困る。においも移るし先生に見つかって怒られるのも困るもの。


「彼女と、なんで別れたの?」

 蒼太の話をした方がいいのかと思いながら、口から出たのはどうでもいい質問だった。

「オレのこと気になる?」

「ならないけど」

「……あっそ」

 ガシャンと音を出してファンスにもたれかかった蓮は、目を細めて空を見つめた。

「まあ、なんとなくて付き合ったしな。遅かれ早かれこうなってただろ」

「蓮は……本当に好きな人と付き合わないの?」

 誰と一緒にいても、誰のことも好きじゃない蓮。それなりに優しくは接しているだろうとは思うけれど……。そんなつきあい方では蓮の言うように遅かれ早かれ別れるっていういつものパターンだろう。

 それを蓮もわかっているのに。何でそれでも付き合おうとするんだろう。


「好きなやつ、か」


 空を見上げたまま蓮はくすりと笑みをこぼした。まるで、現実味がないものの話をしているみたいに、遠い空を見つめたまま。

「小毬は?」

「……え?」

「小毬は、蒼太以外で好きなやつができると思う?」

 もう蓮には私が蒼太を好きなことなんてわかりきっていることなんだろうな、と思った。否定するのも無意味だと思うほどに。

「……どうだろう」

 否定することなく、諦めのため息をこぼしてからそう告げると、遠くで次の授業が始まるチャイムが聞こえた。

 蒼太以外の人を好きになろうと思ったこともない。

 蒼太以外の人のそばに並んで歩く自分だって想像できない。

「小毬と同じだよオレも。好きなやつとなんか、つきあえない、絶対に。だから、好きな奴はできない」

 それは……好きな人がいるということ?

 そう聞こうと思ったけれど、空を見上げたまま目をつむった蓮に聞くことはできなかった。聞いてはいけないことのような気がして。


 蓮が、こんなことを口にすることはあり得ない。それを、今ここで吐き出した。それはきっと、報われないままでいる私と同じような気持ちだと、そう思ったからだろう。

 蓮に、大好きな人がいる。そしてその人は、蓮の手の届かない人。

 蓮のように人目を引くような人でもそんな人がいるんだと思うとやっぱり信じられない。しかも中学から知っている蓮に、ずっとそんな人がいたなんて知らなかったし気づきもしなかった。

 どこまで本当かウソなのか、蓮の口調だといつもわからない。だけど、この話はウソじゃないと思うから、安易に踏み込めない。

 誰だとかなんでだとか、そんなこと、聞けるはずもない。

 同じ事を私が聞かれても答えられないから。

 でも……蓮はいつから、そんな風に諦めた恋をしていたんだろう。

 じっと見つめていると、蓮は視線に気づいたかのようにふと瞳を開いて私を見つめた。

「……な、なに?」

 あまりにも綺麗な顔で見つめられると……さすがにどうしていいのかわからないんですけど……。

「蒼太は、バカだな」

 その言葉の意味はわからなかったけれど、蓮は自嘲気味に笑ってからごろりと寝転んで瞳を閉じた。

 ……なんなんだろう一体……。

 寝始めた蓮を確認して、小さくため息を零す。

 とはいえ、このまま話を続けるような気分でもなかったからまあ、ひとりになれたようで気が楽なのは確か。持っていた教科書とペンケースを地面に置いて、フェンスにもたれ空を仰いだ。


 一瞬だけ見ればそこにある物は変わらないように思えるのに、じっと見つめていると確かに雲は流れて次第に姿を変えてゆく。変わらないように思えるものも、こうやって次第にゆっくりと何かが変わって行くのだろう。

 それこそ、私と蒼太の関係のように。

 私と蒼太の関係は、幼い頃から何一つ変わっていないようにも思えるけれど、私は次第に蒼太に恋心を抱いて蒼太は彼女を作った。

 今ある関係は、幼い時のように純粋じゃない。必死で取り繕ってきたもの。変わらないように、変わらないようにと歩調を合わせてきただけのこと。もしかしたら変わっているのは私だけで、蒼太は何も変わっていないのかも知れないけれど。


「——オレと付き合う?」


 ぼけーっと空を見ていた私に、予想も出来なかった蓮の発言が届いてきて、一瞬固まった。暫く経って言葉の意味を理解すると同時に「……は!?」思わず大きな声が出た。

 目がこれでもかというほど大きく見開いているのが自分でも分かる。

 ……なにを。

 何言ってんの?


「ぶはっ、なんつー声出してるんだよ。冗談だよじょーだん」

「……お、驚かさないでよ……」

 私の声に吹き出した蓮は寝転がりながら瞳を開けて、下から私を見上げてくる。

 けらけらと笑う蓮に頬が赤く染まっているだろうことが自分でも分かる。それがなおさら恥ずかしくさせた。

「小毬に手を出したら蒼太に怒られる」

「……まさか……」

 まだ笑っている蓮の言葉に、困って前髪をいじりながらそう告げた。

 ……蒼太はきっと怒らない。

 寧ろ喜ぶ。親友である蓮と、私が付き合うことを、蒼太はきっと嬉しそうに笑って……『小毬を頼む』なんて言うだろう。

「……いや、怒らないか」

 自分で分かっていたくせに、蓮のその呟きに胸がひび割れた音が聞こえた気がした。

「……のに」

「え?」

 さっきよりも小さな蓮の呟きがよく聞こえなくて、蓮を見下ろして聞くと、蓮は「いや? 別に。蒼太よりも楓に殴られるかもな」と笑った。

 それは確かにあり得るかも知れない。

「楓は小毬を大事にしてるから」

 くすくすと笑いが零れる。

 そういえば昨日もそんなことを言っていたっけ。付き合ったりなんかしたら、きっと蓮を怒って、私にも気をつけろと怒るだろう。

「見た目も中身も全く違うのに、仲いいもんな」

「そんなの関係ないでしょ? 大事な友達には変わりないもの。そんなの蒼太と蓮と智郎だってそうじゃない。端からみたら結構ばらばらよね」

「まあ、そういうもんか」

 興味がないのかなんなのか、蓮は気のない返事をしてまた、さっきと同じように目を瞑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ