01空の下の僕等は無敵だった
章によって、5人の視点が変わりますのでご了承ください。(話の途中では変わりません)
空は、俺たちを染めた。
泣きながら笑った。
泣くようにしか笑えなかった。
泣けない代わりに笑った。
あの日あの時あの瞬間、今思い出せば些細な出来事に惑い疑い傷つけ、そして傷ついていた。色んなことを誤魔化し隠し我慢しながら、必死に笑顔で過ごそうとしていた。
傷つけて傷ついて。
愛を知らずに恋をして。
愛を知って恋に逃げた。
ただ、ひたすら笑っていた。笑っていたかった。
そうすればなんとかなるのだと、信じていた。
あの苦しさもあの涙もあの悲しみも俺たちの青春だったんだ。
――そう、いつか、思えるときが来るのだろうか。
そう言ってまた笑い合えるような日が、俺たちには訪れるんだろうか。
この苦しさもこの涙もこの悲しみも、今の俺を壊してしまいそうな程に傷むのに。
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Ⅰ 僕等の空
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「あー……あっちー」
高校二年の夏休みが終わったのは一週間以上も前のこと。にもかかわらず、九月はまだ汗ばむ暑さを保っていた。今年の夏は猛暑だと、毎年毎年テレビで言われている。夏の温度は一体どこまで上がり続けるのだろう。そのうち地球は灼け朽ちるのではないだろうか。
「蒼太今日だけで何回それ言うのよ?」
隣でお弁当をまだ食べている小毬がげんなりした顔をして言った。
小毬の肌にはうっすらと汗が浮かんでいて、顔全体がテカっている。栗色の天然パーマも心なしぺったんこに萎んでいるようだ。それを口にすれば、小毬は真っ赤な顔をして怒るだろうと思い心の中だけに留めておく。余計なことを口走らないように「ああ、あちい」と同じ言葉を繰り返した。
っていうか俺らはなんでこんな真夏に直射日光がさんさんと降り注ぐコンクリートの屋上でお弁当を食っているのだろう。地面が灼かれて熱い。
教室はおそらくクーラーがガンガンに効いていて、涼しいはずだ。そう思っても、教室に戻る気にはなれない。
もうしばらくしたらあいつらがやってくるだろうから。
「あーあっちい」
「もーこっちまで暑くなるから“暑い”禁止」
「無理」
即答すると、小毬がぷくーっと頬を膨らまして俺を睨んだ。
小毬はいわゆる幼なじみで、幼稚園の頃からずっと一緒にいる。といっても、一五〇センチの小毬は俺にとって妹みたいなものだ。小学二年生の妹、美紅にとっても小毬は姉みたいなものだろうと思う。幼馴染というより、近くに住んでいる親戚のようなものかもしれない。
「そう言えば今日、美紅ちゃんは蒼太が迎えに行く日だよね?」
「おー」
ごろんと屋上に寝転がって返事をした。直射日光の下では、目を瞑っていても目が痛む。
「わたしも今日一緒に行っていい? 美紅ちゃんへの手紙とお菓子渡したいから」
「おー、いいよ。んじゃ放課後、小毬の教室行くわ」
「わかった」
小毬は嬉しそうな顔をしてお弁当を食べ続けた。
美紅が小毬を姉だと思っているように、小毬にとっても美紅は妹みたいなものなのだろう。
今日は迎えに行ったとき、小毬がいることに気づいた美紅は喜ぶだろう。美紅の笑顔を思い浮かべると、俺まで幸せな気持ちになった。
見上げる空は、太陽が黄色く輝いていて黄色のような白のような色を広げて俺たちを見下ろしている。
夏は、いつまで続くだろう。
「うわ、ここあっつ」
屋上のドアがギイっと音を出して開かれると蓮の声が聞こえた。上半身だけ起こしてドアの方を見ると、ポケットに手を突っ込んでもう片方の手に売店で買ったパンを持った蓮が笑っていた。肩まである黒のロン毛は、クソ暑い日なのにちっとも暑苦しくない。それはイケメンのなせる技なのだろうか。憎たらしい。
「あれ? ふたりきり? 仲いいなあ」
「お前も飽きねえなあ」
茶化してくる蓮に呆れながら答えた。俺らがここにふたりでいるとすぐそう言うのだからボキャブラリーが少なすぎる。特に俺と小毬はその手のひやかしは十年以上前から受けているので、動じることはない。
そう言うと、蓮は「はは」と笑った。
「そういえば、蓮、また女の子と別れたんだって? 聞いたよー」
「え? なに、情報はえーな。女子ってこえー」
近づいてきた蓮は、小毬の言葉に目を少しだけ大きく開いて大げさに声を出す。別に驚いてもいないくせに。
「とっかえひっかえいい身分だよなあー」
「ふはは、そんなことねえよ」
妬み混じりの皮肉を言うと、蓮は俺と小毬の間に座って「振られたんだよ」と言う。絶対嘘だ。こいつを振る女子がこの世にいるとは思えない。
顔を見るだけで蓮がもてるのが納得出来るのが気に入らないくらい、蓮は人を惹き付ける。長めの黒髪も、一重も、俺よりも高い身長も、なにもかもが男の俺から見ても「もてるだろうな」と思う。
そんな蓮は、その容姿を活かして、数えきれないほどの女子と付き合っていた。今彼女がいないからと初めて名前を知ったような女の子からの告白を二言返事でオッケーして、その後二週間~一ヶ月で別れることを繰り返している。
こんな性格なのに告白する女子が尽きないんだから、意味がわからない。見た目がよければなにをしても許されるんだから不公平だ。
「お前の髪の毛、日に当たると白色に見えるな」
俺の髪の毛を見て蓮がそう口にする。パンをほおばっているからその前後にもなにか言った気がするけどそれは聞こえなかった。
「そう?」
蓮にそう言われて自分の髪を一房掴んで光に当てる。
もともと茶色混じりだったのを脱色して明るい茶色に染めた髪の毛は、今では黄色に近い。母親には「金髪もかっこ悪いし生え際が黒くなってるじゃない、みっともない!」と染め直すように言われているけれど、結構気に入っているのでそのままだ。
「おはー! このクソ暑い日にもここにいるなんて物好きだなー」
ばったんと大きな音を出して扉が開かれる。智郎が元気に屋上に足を踏み入れて、そのあとから楓があくびをしながらやってきた。
「あー腹減ったあー」
「今日は遅かったね、ふたりとも」
どかっと座る智郎に小毬が声を掛ける。昼休みももう半分くらい終わったところだ。休み時間が大好きな智郎がこんな時間になるなんて珍しい。
「先生に捕まったんだよー」
購買で買ってきたパンと、持って来たお弁当を広げ始める智郎に、その小さな体のどこにその量が入っていくのかと毎日の事ながら疑問を抱く。
一六〇ちょいしかない身長なのに誰よりもよく食べる智郎を見て、小食気味の蓮がげんなりとした顔を見せた。グレーの髪の毛を嬉しそうに揺らして智郎はおかずを口に運んでいく。
「楓は? なにしてたんだよ」
のろのろと歩いて来る楓に、今度は俺が声を掛けた。
ピンク混じりの茶色の腰くらいまである髪の毛は、こんなにも暑いのに全くべたついた雰囲気を出さずにふわふわと揺れていた。
傷みまくってるはずなのに、それを感じない。
「今学校に来たとこ。廊下でトモに会ったからそのままここ来ちゃった」
にっと笑う楓に「相変わらずだなー」と呆れながらも笑った。
「彼氏が寝かしてくれなくて」
「おまっ! そういう事言うのやめろって!」
大人ぶった表情で楓が言うと、ご飯をぐっと詰まらせて智郎が叫ぶ。
「あーごめんごめん、童貞には刺激がきつかった?」
「おまえなー……」
楓はいつもこうやって智郎をいじる。素直な反応が返ってくるので面白いのだろう。社会人と付き合っているという楓はどこか俺らの中でも大人びて見えるけれど、こうして話していると好きな子をいじめる悪ガキにしか見えない。
ふたりの会話に小毬は苦笑して、蓮は微かに笑い、そして俺は声を出して笑った。
立ち入り自由の屋上はいつの間にか俺らの場所になっていて、滅多に人が来ない。
広くない屋上で、五人が思いきり広がって、しかも大声ではしゃいでいるから入りづらいんだろう。
いつのまにか誰もこなくなってしまっただけ。
だけど、それは俺らの居場所になったということだ。
俺と、小学校からの幼なじみの小毬と、中学からの蓮と、高校で出会った智郎と楓。一見バラバラな性格の俺たちは、小毬や俺を通して知り合い仲よくなった。
特別なにかをするわけでもない。校内では話をするけれど、五人でどこかにでかけたこともほとんどない。自由すぎる俺たちは、そういう関係ではなかった。みんなが自由だから、自分も自由でいられる。そんな心地のいい関係だ。
俺らは毎日ここに集まって、一緒に騒いだ。
放課後に遊ぶようなことはないけれど、ここに来れば、必ず誰かに会えた。
ここに来ていつも、毎日共に過ごす。
――これが俺らの毎日だった。
青い空を眺めながら。
雨の日は屋根のある入口付近で落ちる雫を見つめながら。
――それが俺らの毎日だった。