第23話 群れの証言
国境警備隊の管轄下にある軍需倉庫群は、重厚な石造りの建物が規則正しく並ぶ、物々しい区画だった。
私たちは群唱鳥のキラ、ミミ、ソラが教えてくれた証言を手に、真っ直ぐに『第三倉庫』へと向かった。
「第三倉庫は、幻獣用の鎮静剤や軍需飼料など、特殊な物資を保管している区画です」
案内役の警備隊員が、いぶかしげな顔で私たちを見た。
「昨夜も厳重に施錠されており、異常はありませんでしたが。本当にここに犯人がいると言うんですか?」
「正面の入り口には異常がなくて当然だ。彼女たちは『裏から』と言っていた」
セドリックは迷いのない足取りで、倉庫の裏手へと回り込んだ。
倉庫の裏側は、雑木林に面した細い搬入路になっていた。普段はあまり人が通らないのか、地面には湿った土が剥き出しになっている。
「……ありました」
私は地面を指差した。
そこには、深くえぐられたような二本の車輪の跡――重い荷物を積んだ荷車の轍が、倉庫の裏口から雑木林の奥へと向かって真っ直ぐに伸びていた。
「最近ついたばかりの痕跡です。それに、この轍の深さからして、かなりの重量物を運んでいますね」
「証言通りだな」
セドリックは轍を一瞥すると、倉庫の管理室へと向き直った。
「派遣命令に基づいて、軍の監査官に在庫を照合してもらう。出納担当を呼んでください」
軍の監査官が現物を数え、セドリックが控えと照合する。私は裏口から続く轍と、積み替え場所の荷札を記録した。
呼び出された倉庫の管理責任者――横流し係の男は、最初は「不当な捜査だ」と声を荒らげていたが、セドリックが分厚い帳簿のページをめくり始めた途端、顔から血の気を引かせていった。
「先月の納入記録と、今朝の在庫数に致命的な不整合がある」
セドリックは万年筆で帳簿の数字を叩き、冷徹な声で言い放った。
「高価な幻獣用の鎮静剤――群唱鳥たちが『冷たい薬』と表現したもの――の在庫が、書類上は存在していることになっているが、現場の木箱は空だ。君は夜間の警備の隙を突き、裏口から下請け業者を招き入れて、定期的に横流しを行っていたな?」
「そ、それは……書類の記載ミスで……」
「記載ミスで、夜中に重い荷車が裏口を通るのか? 今すぐ下請け業者の倉庫を家宅捜索すれば、王国の刻印が入った鎮静剤が大量に見つかるはずだが」
逃げ道を完全に塞がれた横流し係は、その場にへたり込み、あっさりと罪を自白した。
その後、彼の手引きで荷車を引いていた下請け業者も捕らえられ、盗まれた鎮静剤と軍需飼料は無事に回収された。押収した荷には軍の納入番号があり、下請け業者の受領書には倉庫係の署名が残っていた。二人の供述は、それらの記録と照合された。
「……ヴァール様、これを見てください」
事件の後処理が進む中、業者の荷車に残されていた書類の束を調べていた私が声をかけると、セドリックが歩み寄ってきた。
「業者の残した配送伝票の切れ端です。横流しした物資の、最終的な受け渡し先が書かれていますが……」
私はその伝票の隅に印字された、アルファベットと数字の羅列を指差した。
セドリックの表情が、スッと険しいものに変わる。
「……またか」
彼が低く呟いた通り、そこには『再資源化市場』の特定の取引所を示すコードが記されていた。
第一の事件で、白翼獅子のアルクを暴走させるために使われた夢樹脂を供給していた業者。
前回の事件で、鈴角鹿の幼獣を狙った密猟者を操っていた闇仲買人。
そして今回、軍需物資の鎮静剤を横流しさせていた買い手。
全く別の事件、全く別の犯人たちに見えるが、彼らが扱っていた幻獣関連の品々は、すべてこの同じ『コード』の先にある市場へと流れ着いている。
「処分された危険個体の素材だけではない。軍需物資までが、同じ商流に吸い込まれている」
セドリックは伝票の切れ端を記録板に挟み込んだ。
「取引所が同じでも、指示者が同じとは限らない。だが、ここでどの買い手に渡るのかは調べたい。前の照会に、この配送日を追加しよう」
翌日。王立幻獣舎の幻獣証言調査室に戻った私たちは、今回の事件の最終報告書を作成していた。
「ソラの証言で状況と主語を確定させ、キラの証言で対象物を特定し、ミミの証言で行動を結ぶ」
セドリックは、私が作成した三羽の配置図と鳴く順番の記録を、自分の逐語メモと完璧にリンクさせるように書類にまとめていく。
これまでの報告書は、『翻訳官の翻訳』という項目と、『鑑定官の行動鑑定』という項目が、それぞれ独立して記載されていた。
しかし今回は違う。
彼の拾い上げた音の断片と、私の読み取った行動の法則。どちらか一方が主で、どちらかが従なのではない。二つの記録をパズルのように噛み合わせなければ、一つの文章として成立しなかったのだ。
「……できました」
私が最後の一文を書き終え、書類をセドリックに手渡す。
彼はその内容にじっくりと目を通し、やがて満足げに頷いた。
「見事だ。これは我々にとって、初めての『完全な共同報告書』だな」
セドリックは末尾に二つの欄を作った。翻訳担当と、行動鑑定担当。まだ正式に使う許可のない、新しい様式だった。
「ここに、名前が並ぶんですね」
「ああ。各自の責任を分けて、一つの記録を支える」
私は空欄を指でなぞった。署名は、試験審理で手順が確認されてからだ。
早くそこへ書きたいと思った。自分の職能を示すために。そして、彼の名前の隣に。
「お疲れ様でした、ヴァール様」
「君もな、リーゼ」
私たちは机を挟んで、静かな、けれど深い充足感に満ちた微笑みを交わした。
公的パートナーとしての絆が、これ以上ないほど強固なものになった瞬間だった。
しかし、その達成感は、長くは続かなかった。
数日後。
私たちが作成した『完全な共同報告書』は、幻獣の声を補助証拠として認めるための試案として、王国法務院の試験審理に提出された。
そして、調査室にやってきたマティアス・レーン審理官は、机の上にその報告書を放り投げ、冷徹な声で言い放ったのだ。
「……これは、法的な『制度』にはならないな」
「どういうことですか、レーン審理官」
セドリックが鋭い声で問い返した。
「群唱鳥の集団言語の文法を解明し、人間の横流しという犯罪を完璧に立証しました。論理の飛躍もないはずですが」
「事件の謎解きとしては、非常に見事だ。私も感心したよ」
マティアス審理官は眼鏡を押し上げ、私とセドリックを交互に見据えた。
「だが、この報告書の致命的な欠陥は、『再現性』が皆無だということだ」
「再現性……」
「そうだ。ヴァール翻訳官の極めて稀少な『聴紋』の能力と、フェルン鑑定官の群を抜いた『観察眼』。この二つの属人的な能力が奇跡的に噛み合って、初めて成立したパズルだ。もし君たちのどちらかが欠けたら、あるいは別の翻訳官や飼育官が担当したら、同じ結論に辿り着けるか?」
私は言葉に詰まった。
この集団言語の謎は、彼と私という『特別な二人の組み合わせ』だったからこそ解けたものだ。他の人に渡して試したことが、まだ一度もない。
「二人がいなければ成立しない方法は、奇跡や個人の武勇伝であって、社会の『制度』にはならない」
マティアス審理官の言葉が、冷たい刃のように私たちを貫いた。
「専門家同士でも結論は違い得る。その時に、どこで食い違ったかを追える記録が必要だ。お前たち二人に依存しすぎている現状のやり方では、幻獣供述記録を正式な証拠制度として認めることは絶対にできない」
特別な二人だからこそ、解けた謎。
しかし、特別である限り、幻獣の声は社会の仕組みには組み込まれない。
私たちが最も誇りに思っていた『二人の絆』そのものが、制度化に向けた最大の壁として立ちはだかったのだ。




