お腹ふっくら、脂肪にさよなら
リリィ二話目
「おかわり! あと、とろけるチーズが乗った特製ミートパイも追加で!」
「リリィ、君の胃袋は底なし沼か何かなのかい? さっきステーキランチを食べ終えたばかりだろう」
町で一番人気の酒場兼食堂『荒鷲満腹亭』。その一角で、ルカは呆れ顔でパフェのスプーンを動かしていた。目の前では、リリィが信じられない勢いで料理を平らげている。
前回の事件でリリィを助けたルカは、彼女の自然な笑顔に少し絆されたのか、何かと理由をつけてはリリィに食事を奢るようになっていた。
ルカの懐事情は、彼が新しく開発した『焦げ付かない錬金鍋』の売上が好調なおかげで潤っている。そのため、リリィがどれだけ食べようが財布のダメージは軽かった。
しかし、財布ではなく、リリィの「身体」に致命的なダメージ?が蓄積されていた。
数日後。実家の自室で、リリィは悲鳴を上げた。
「お気に入りのワンピースのチャックが、上がらない」
鏡に映る自分を見る。そこには、以前の少し線の細い少女はどこへやら、深夜のパスタとバタートーストの加勢もあって、お腹や二の腕、太ももと、しっかり肉付きが良くなってしまったリリィがいた。あごのラインも丸くて柔らかい。
「このままじゃルカに『今度は体から音がしそうだね、たゆんたゆん』とか言われちゃう!」
ルカは偏屈で口が悪い。そんな彼に「太ったね」と指摘されることは、乙女のプライドが許さなかった。
普通に運動すればいいものを、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまったリリィ。
彼女はまたしても、手っ取り早く楽に目標を達成する方法を探し始めてしまった。そして、裏通りの怪しいネオン彩る屋台で、紫色の液体が入った小瓶を見つけてしまったのだ。
宣伝カードにはこう書かれていた。
『飲むだけで脂肪が消滅! 究極のやせ薬・スリムマックスΩ』
「これよ! スリムマックスさえあれば、女神の力を借りなくたって、一瞬でスリムな美少女にメイクボディ」
リリィは前回の教訓(大雑把な魔法の恐怖)を完全に忘れ去り、めちゃ高額な薬を購入してしまった。
その日の夜。リリィは自室のベッドで紫色の液体を喉へと流し込んだ。
「んぐっ……、苦い! 炭の味がする!」
直後、体から猛烈な発熱と発汗が始まった。
「すごい! 脂肪が燃焼してる!バーニング、燃えているのよ、効き目ばつぐん」
リリィは歓喜した。しかし、熱さは次第に、骨の髄まで冷え切るような「激痛」へと変わっていった。
みしみし、ピキピキ、と身体の奥底から不気味な音が響く。お腹の肉がみるみる縮み、それどころか二の腕も、胸も、お尻も、急速に「体積」を失っていく。
「えっ、ちょっと、痩せるスピード早すぎ」
ベッドから立ち上がったリリィの衣服が、一気に床へと脱げ落ちた。
衣服を拾おうとして変なものが目に入る。それは、月光を浴びて白く輝く、一本の『腕の骨』だった。
「……え?」
声を出そうとした。しかし、声帯がない。口を開けても、カパカパと乾いた音がするだけだ。
慌てて姿見の前に移動したリリィは、鏡を見て精神が崩壊しかけた。
そこにいたのは、ピンクのリボンが頭に乗っている、完全な『スケルトン(動く骸骨)』だった。
「カパカパ! カパカパカパ(嘘でしょ! 皮膚も筋肉も、内臓すらなくなってるじゃない)」
薬の効果は「抜群すぎた」のだ。脂肪を消滅させるどころか、骨以外のすべての細胞を「無」へと還してしまったのである。究極のやせ薬、それは文字通り、これ以上痩せようがない限界値、骨へと至る薬だった。
翌朝、ルカの錬金工房の扉が、凄まじい勢いで叩かれた。
「おいおい、朝からなんだい。僕は昨晩、新型の図面を」
ルカが寝癖頭で扉を開けると、そこには、リリィがいつも着ているカバ柄のワンピースを不自然に纏い、麦わら帽子を深く被った不審者が立っていた。
「……誰だい? 新しい仕事は受け付けてないし、宗教の勧誘はお断りだよ」
不審者は無言で帽子を脱ぎ捨てた。
「カパッ!!」
「うわああっ!スケルトン!? なぜ街中にアンデッドが!」
ルカは飛び退き、近くにあったフラスコを構えた。しかし、そのスケルトンは涙をぬぐうような仕草をしながら、ルカの足元に縋り付き、ワンピースのポケットから『スリムマックスΩ』の空き瓶を差し出してきた。
ルカはそれを見て、額を押さえた。
「炭の臭い、そしてこの哀れをさそう身振り。リリィ、君か」
スケルトンは激しく頭を上下に振った。頭蓋骨がカタカタと音を立てる。
「はぁ。君というやつは、前回の泉で何を学んだんだ。確かに最近よく食べるなと思って、少しは運動しろと言おうとしていたけど、まさか骨になるまで痩せるとは」
ルカはため息をつきながらも、骨を工房の中へ引き入れた。
ルカは骨のあちこちを指でトントンと叩き、ナイフで骨の表面を削り、成分を分析する。
「重症だね。これは呪いじゃなくて、純粋に悪意ある錬金薬の暴走だ。身体の構成情報を強引に書き換えて、骨以外のパーツの存在率をゼロにしてしまっている。つまり、今の君は『ただの生きた骨』だ」
「カパカパ(どうすれば治るの?)」
「喋れてないから何を言っているか分からないけど、元に戻す方法はある。失われた肉体組織を一瞬で再生させる『肉体再構築ポーション』を作ればいい」
ルカは難しい顔で、古い書物をめくった。
「決定的に素材が足りない。ベースとなる魔力液は作れるけど、肉体を急激に膨張させるための『生命力の塊』が必要だ。
『時空を越えて太った幻のギガントボア』、それと『栄養過多で爆発寸前の大魔力カボチャ』。これらを新鮮な状態で手に入れないと」
リリィ(骨)は決意した。このままでは一生、座るたびに尾てい骨が床に当たって激痛が走り、スープをすすっても肋骨の隙間から床にジャブジャブたれるだけの人生、いや骨生になってしまう。
ルカは気を使って言わなかったが、スケルトンになってしまったリリィの寿命は3日しかなかった。
「カパッ(行ってくるわ)!」
骨なので羞恥心は捨てた。そもそも見せる肉がない。
リリィはワンピースを脱ぎ捨て、身軽な骨身ひとつで工房を飛び出した、のはいいものの、体の使い方に慣れていないから転んで骨がバラけてしまう。
気合いで人体の形へ引き寄せるまでに時間がかかる。倒れて起きてを繰り返しているとコツをつかんできた。
転びそうになったら骨をキュッと引き締めて、たわんだバネをしならせるようにすればいいのね。
骨リリィは『変なジャンプ』を編み出した。
スケルトン状態のメリットは「疲労を感じない」ことだった。筋肉がないのにどうやって動いているのかは魔術的な謎だが、とにかく息切れもしないし、筋肉と脂肪の重みもない。
リリィは驚異的なスピードで裏山を駆け跳んだ。
「カラカラカラカラ!」
骨と骨が擦れ合う不気味な音を山々に響かせながら、彼女はギガントボアの巣へと突入した。
突如現れた動く骸骨に、体重1トンの暴れギガントボアも驚いた。
「フゴッ!?」
「カパァーッ!!」
リリィは恐怖を捨て、ギガントボアの背中に飛び乗ったが、ものすごい勢いで跳ねられて振り落とされる、骨がバラバラに散らばりそうになってあわてたリリィは地面と天井を弾んで回避。
細長い岩を抱えると、必死の形相(ドクロなので変わらない)でイノシシと正面衝突して、見事に気絶させた。
ギガントボアの巨体を引きずりながら、山を駆け回り、怪しく光る『大魔力カボチャ』も見つけだし、力任せに引き抜いた。
リリィはルカの工房へと猛ダッシュで戻る。
扉を蹴り開け、ギガントボアとカボチャをルカの『絶対に焦げ付かない錬金鍋』へ放り込んだ。
「素晴らしいよリリィ、最高の鮮度だ!」
ルカは素早く魔力を安定させる粉末を投入し、鍋をかき混ぜる。鍋からは、信じられないほど濃厚でおいしそうな肉汁の香りが立ち上った。
「よし、完成だ。これを骨の隙間から……いや、頭蓋骨の口のあたりから一気に流し込むんだ!」
ルカが差し出したのは、ドロドロとした黄金色の液体だった。カロリーにして成人男性の一年分、超超高カロリーポーションだ。
リリィは覚悟を決め、頭蓋骨を大きく開けてそれを喉へと流し込んだ。液体は背骨を伝って、骨に染みてゆく。
ルカはリリイの頭蓋骨にもポーションをかける。
少し待ち、何も起きないかと思ったその時。
ドクン、と骨の奥で大きな鼓動が跳ねた。
黄金の光がリリィの骨を包み込む。
まず、骨の周りに赤い血管が急速に張り巡らされ、続いてピンク色の元気な筋肉が、見る見るうちに骨を覆っていく。内臓が元の位置に収まり、最後に、白く瑞々しい皮膚が全身を包み込んだ。
「ぷはっ、 息ができる!!!」
リリィは床に倒れ込み、大きく空気を吸い込んだ。
自分の手をみる。骨じゃない。ちゃんと柔らかくて、温かい。お腹に触れてみる。ふにふにと心地よい、ルカのご飯で育った「ぽっちゃり」も完璧に元通りになっていた。
「 戻ったわあぁぁ!」
リリィは泣きながらルカに飛びついた。ルカは「うわ、重い、組織が過剰再生したんじゃないか」と文句を言いつつも、ホッとしたように笑った。
脱ぎ捨てていったカバ柄のワンピースを着て、鏡を見ると、ただ元に戻っただけでなく、ポーションの美容成分のせいで、以前よりも肌がツヤツヤしている。
「大変な目に遭ったわ。骨になると、座るだけで本当にお尻が痛いのよ……もう二度と、怪しい薬には手を出さないって誓うわ」
「当然だ。反省しないとまた同じことをするぞ」
ルカは呆れつつも、棚から大きな器を取り出し、鍋に残ったイノシシとカボチャの溶液に特製ソースを混ぜ込んだ。
「まあ、命がけの運動をしたんだ。肉体維持のために、これを食べるといい。ポーション素材の残りで作ったシチュースープだよ」
濃厚なスープの香りに、リリィのお腹が「きゅるるるるー!」と、元気な音を立てた。
「わあ、美味しそう! いただきます!」
カップを両手に包み、幸せそうにスープを飲むリリィ。
忘れた頃にまたやらかしそうなポンコツ少女は、今だけは幸せな気持ちでいっぱいだった。




