第9話 歪んだ祝福
最近、学園の空気が少しだけ変わっていた。
誰かが倒れた。
誰かが体調を崩した。
誰かの魔力値が、測定のたびに上下する。
どれも決定打にはならない。
疲労だとか、成長期だとか、
そういう言葉で簡単に片づけられる程度の異変だ。
だから、表立って問題になることはなかった。
それでも、勇者は記録を続けていた。
創立祭で祝福を受けた生徒たち。
その後の魔力推移。
訓練時の出力と制御の精度。
数字は、静かに歪んでいる。
見なければ気づかない。
見続けていれば、無視できない。
嫌な予感が、胸の奥に沈んでいた。
異変が“事件”として姿を現したのは、
午後の実技授業だった。
複数人での魔法行使訓練。
結界が張られ、教師が監督につく、
いつも通りの安全な授業。
創立祭で祝福を受けた生徒の一人が、
前に出て魔法を放った。
最初の一撃は、見事だった。
威力も、精度も、申し分ない。
周囲から感嘆の声が上がる。
次の瞬間だった。
魔力が、跳ね上がった。
「――っ!?」
本人が息を詰まらせる。
制御を失った魔力が、暴風のように広がった。
結界が軋み、
周囲の生徒が弾き飛ばされる。
「下がれ!」
勇者が前に出た。
結界の内側に踏み込み、衝撃を受け止める。
だが、異常は止まらない。
魔力は“溢れて”いるのではなかった。
内側から、無理やり押し広げられている。
「やめろ……止まらない……!」
祝福を受けた生徒は、苦しげに叫ぶ。
力が欲しかったわけじゃない。
強くなりたかっただけだ。
それなのに、体が追いつかない。
教師たちが必死に制御魔法を重ねる。
結界が、かろうじて持ちこたえる。
もし、これが屋外だったら。
もし、一般生徒が近くにいたら。
想像するだけで、背筋が冷えた。
数分後、ようやく魔力は収束した。
床に崩れ落ちた生徒は、意識を失っている。
命に別状はない。
だが。
魔力値は、依然として高すぎた。
勇者は、その数値を見て、確信する。
これは“才能”じゃない。
成長でもない。
「……歪みだ」
口に出した言葉は、誰にも聞かれなかった。
混乱の中で、誰も気づかなかったことがある。
結界の一部が、通常とは違う形で補修されていた。
教師の魔法ではない。
勇者のものでもない。
気づかれないように、
余剰魔力の逃げ道が作られていた。
そのおかげで、被害は最小限で済んだ。
誰にも知られず。
評価されることもなく。
事件は「魔力事故」として処理された。
原因は、制御ミス。
疲労の蓄積。
偶発的な暴走。
そういうことになった。
後から呼ばれた聖女が、癒しを行う。
傷は塞がれ、痛みは消える。
だが、勇者の目には見えていた。
癒されたはずの生徒の奥底に、
まだ消えない歪みが残っている。
完全には、戻っていない。
その夜、勇者は一人で記録を見返した。
数字。
日時。
祝福の有無。
線で繋がる。
あの公爵子息の言葉が、
はっきりと蘇る。
「結果が遅れて来ることもある」
偶然ではない。
そう気づいた者は、
まだ、少なかった。




