第77話 選別開始
歪みが、発生しない。
学園の観測室に、奇妙な静穏が落ちていた。
「発生率、急減」
担当者の声に困惑が混じる。
災害級の余波が消えて以降、歪みは激減している。
だが、安心ではない。
「代わりに、報告が増えています」
別の記録が映し出される。
複数の生徒。
共通証言。
“声を聞いた”。
波形を重ねる。
レオナールの異常波形と、酷似。
「……中心点がある」
静かな結論。
観測対象αが、周囲へ影響を与えている。
森の奥で、レオナールは立ち止まった。
歪みの声とは違う。
もっと不安定で、迷いのある波。
人間の気配。
「近いな」
女が隣で短く言う。
「選別が始まっている」
歪みが発生しない。
代わりに、人が揺れる。
均衡が、適合者を探している。
木立の向こうに、一人の生徒が立っていた。
学園の制服。
瞳は、焦点が合っていない。
「……綺麗なんだ」
少年は呟く。
空気の震えを見つめながら。
「歪みは、壊れてるんじゃない。
戻ろうとしてるだけなんだ」
声が、震えている。
だが恐怖ではない。
恍惚に近い。
レオナールの胸の奥が、冷える。
同じだ。
あの時の自分と。
「やめろ」
声をかける。
少年は振り向く。
「君も聞こえるんだろ?」
微笑む。
「楽になれる。
均衡の中は、静かなんだ」
背後で、上位構造の圧が高まる。
巨大歪みではない。
概念の選別。
――数は必要ない。
流れが震える。
――最適化する。
少年の影が揺らぐ。
輪郭が薄くなる。
「待て」
レオナールが一歩踏み出す。
だが、止まらない。
少年の瞳が、深く染まる。
「選ばれたんだ」
喜びに似た声。
次の瞬間。
身体が、光ではなく“揺らぎ”に変わる。
崩れるのではない。
溶ける。
粒子のように、世界へ散る。
音はない。
血もない。
ただ、存在が薄れる。
残ったのは、制服の布切れだけ。
女が低く言う。
「……始まったわね」
歪みは消えた。
だが、均衡は進んでいる。
レオナールは、その場に立ち尽くす。
胸の奥に、微かな同調が残る。
世界は均そうとしている。
数を減らし、最適化する。
レオナールは空を見上げる。
「俺一人で十分だ」
声は低い。
揺らぎは答えない。
だが、圧は強まる。
世界は均そうとしている。
だが。
人間は、削られる側ではない。




