第72話 新しい均衡
中規模の歪みが、廃街道の上に揺れていた。
空間が波打ち、地面の影が歪む。
制圧班が先行している。
「外縁切断準備」
統制された声。
だが、刃のような魔力が外郭を削った瞬間、歪みが跳ねた。
圧が逆流する。
「反転兆候!」
制圧班が一瞬たじろぐ。
黒装束の女は距離を保ったまま、状況を読む。
そして、前に出たのはレオナールだった。
「触るな」
低い声。
制圧班が一斉に警戒を強める。
「対象、介入を確認」
だが、レオナールは構わない。
歪みが“線”で見える。
流れ。
歪みの向き。
力の偏り。
吸収はできない。
抱え込めない。
代わりに、触れる。
指先が歪みの中心に届く。
衝撃はない。
ただ、流れが手の中を通る。
少しだけ、角度を変える。
外側へ向かっていた圧を、内側へ折り返す。
切るのではない。
抑え込むのでもない。
整える。
歪みが、ゆっくりと形を失う。
自己崩壊ではない。
自然収束。
制圧班が沈黙する。
「……構造変化」
報告が震える。
女が目を細める。
「同調している」
レオナールの視界が揺らぐ。
長く触れすぎた。
意識の輪郭が、薄くなる。
歪みと自分の境界が、曖昧になる。
――溶ける。
一瞬だけ、世界に混じりかける。
指を離す。
歪みは、完全に静まった。
息が荒い。
身体は軽いのに、意識が遠い。
「使用回数で進行する」
女が冷静に言う。
「触れるたびに、あなたの境界は薄くなる」
回数制限。
新しい代償。
吸収ではない。
同調の回数。
「……何回だ」
「まだ不明」
だが、無限ではない。
制圧班が再編成を始める。
「対象、処理方法が異常。
分類更新を進言」
管理不能。
災害級存在の再評価。
女が静かに言う。
「あなたはもう処理者じゃない」
レオナールは、歪みの消えた空を見上げる。
「均衡を戻すだけだ」
守るのではない。
抱えるのでもない。
触れて、変える。
だがそのたびに、
自分が薄れていく。
均衡は、守るものではなかった。
触れて変えるものになった。




