第7話 使命を拒めない聖女
学園は、穏やかな日常を取り戻したかのように見えていた。
創立祭の成功は語り草となり、
聖女の名は誇らしげに口にされる。
救われた者たちは感謝を忘れず、
見ていただけの者たちも希望を語った。
誰もが前を向いている。
そこに、あの公爵子息の姿はない。
彼がいなくなったことを、
意識的に口にする者はいなかった。
代わりに、聖女リリア・アルヴェーンは忙しくなっていた。
朝から晩まで、呼び出しは途切れない。
軽い魔力不調。
原因不明の倦怠感。
不安からくる相談。
彼女はすべてに応じた。
「ありがとうございます、リリアさん」
「あなたがいてくれてよかった」
何度も繰り返される言葉に、彼女は微笑みで応える。
それが当然だと、信じているから。
昼休みも、放課後も、
彼女が一人になる時間はほとんどなかった。
それでも――
疲れているとは、誰にも言わなかった。
言う理由がなかった。
聖女は、そういう存在だから。
夕方、ようやく一息つける時間が訪れた。
人気のない回廊で、壁に手をつく。
ほんの少しだけ、息を整える。
胸の奥が、じんわりと重い。
魔力が、以前よりも戻りにくくなっているのは自覚していた。
回復に時間がかかる。
集中しなければ、魔法陣が安定しない。
それでも――
誰かが困っているなら、使わない理由にはならない。
「無理をしているようには見えませんよ」
声をかけてきたのは、教師だった。
「いつも落ち着いていて、笑顔ですから」
リリアは反射的に微笑む。
「大丈夫です。慣れていますから」
教師は安心したように頷いた。
「君しかいないんです」
その言葉は、責めるようでも、強制するようでもない。
ただの事実として、告げられる。
「君がいなければ、困る人が出る」
それだけで、十分だった。
逃げ道は、最初から用意されていない。
夜、自室に戻ってからも、
彼女の耳には昼間の声が残っていた。
ありがとう。
助かりました。
あなたがいてよかった。
その中に、ひとつだけ、異質な声が混じる。
「……それが、君を壊す」
公爵子息の低い声。
冷たくて、突き放すようで、
それでいて、不思議と残る言葉。
その時は理解できなかった。
今も、完全には分からない。
でも――
あの言葉を思い出す回数が、増えている。
窓の外を見下ろす。
学園の灯りは穏やかで、
世界は平和に見える。
救っているのに。
間違っていないはずなのに。
それでも、胸の奥に、
小さな引っかかりが残る。
リリアは、そっと目を閉じた。
そして、いつもの結論に辿り着く。
自分は、聖女だ。
選ばれた存在で、
使命を果たすためにここにいる。
疑うべきではない。
立ち止まるべきでもない。
救うことしかできないのなら、
それをやり続けるしかない。
たとえ、自分が削れていくとしても。
彼女は選ばれたのではない。
選ばれ続けるしかないだけだった。




