第69話 最後の一回
空が、裂けた。
音ではない。
だが、空間そのものが悲鳴を上げる。
巨大な歪みが、都市上空に口を開く。
影が落ちる。
風が逆巻く。
地面が波打つ。
災害級。
制圧班が即座に包囲を展開する。
「外周封鎖開始!」
だが、遅い。
規模が違う。
黒装束の女が歪みの外縁へ走る。
切断を試みる。
魔力の刃が走るが、外殻が軋むだけだ。
「……深すぎる」
分析は即座。
「撤退する。街は捨てる」
合理的判断。
被害は限定できる。
全滅は避けられる。
だが。
「捨てない」
レオナールは、前へ出た。
胸の奥が、静かだ。
恐怖はない。
理解だけがある。
これが最後だ。
「あなたは死ぬ」
女が言う。
感情はない。
事実だ。
「分かってる」
それでも。
市街地の灯りが見える。
逃げ遅れた影がある。
レオナールは歪みの中心へ踏み込む。
固定歪みを、完全に解放する。
内側の受け皿が、軋みを超えて砕ける。
全開。
中枢へ落ちる。
圧が、全身を貫く。
血が口から溢れる。
視界が白く染まる。
だが止める。
沈める。
吸い込む。
巨大な歪みが、縮む。
空の裂け目が閉じる。
風が止む。
都市は、救われる。
その瞬間。
何かが、切れた。
身体から、音が消える。
地面に倒れる。
呼吸がない。
脈がない。
制圧班が沈黙する。
「……生命反応、停止」
女が、膝をつく。
初めて、判断が一瞬遅れた。
「愚か者」
だが、声は震えない。
決断は速い。
「方法は一つある」
歪みの残滓を掴む。
空間を、裂く。
生と死の境界へ、押し込む。
身体はその場に残る。
だが意識だけを、切り離す。
「戻れるかは、保証しない」
合理。
救済ではない。
処理。
レオナールの意識が、闇へ落ちる。
音が消える。
光が消える。
そして。
どこでもない場所に、立っていた。
背後で、都市は静まっている。
学園は異常消失を観測する。
制圧班が動揺する。
だが。
彼は、死んだ。
それでも。
終わってはいなかった。




