第68話 最後の一回
意識が、浅い。
音が遠い。
風の揺れが、やけに遅く感じる。
レオナールは、地面に横たわったまま目を開いた。
視界が揺れる。
魔力の循環が、滑らかではない。
どこかで詰まり、どこかで漏れている。
「起きたのね」
黒装束の女が、少し離れた位置で膝をついている。
表情は変わらない。
だが、視線は鋭い。
「内部が割れかけている」
診断のような声。
「受け皿が限界。
次に全開で沈めれば、暴発する」
言い切る。
誇張はない。
レオナールは、ゆっくりと上体を起こした。
胸の奥が、ひび割れている感覚。
固定歪みが、一定の形を保てていない。
「……自覚はある」
「自覚では足りない」
女は冷静に続ける。
「あなたの構造は、もう均衡で保っているだけ。
最後は“溢れる”」
溢れれば。
自分だけでは済まない。
沈めてきた歪みが、逆流する。
それは災害だ。
女がわずかに視線を逸らす。
「方法は一つある」
それ以上は言わない。
レオナールも問わない。
今は、聞く段階ではないと分かっている。
遠くで、魔力の波が広がる。
制圧班が再展開している。
学園側も異常を把握した。
「出力が災害級に近い。
報告は上がっているはず」
女の声は平坦だ。
レオナールは立ち上がろうとする。
足が震える。
視界が暗くなる。
「無理をするな」
「無理はしてない」
嘘だ。
だが止まれない。
沈黙の中で、風が動く。
森の奥から、圧が伝わってきた。
違う。
今までとは、質が違う。
深い。
広い。
重い。
女が空を見上げる。
「……来るわね」
レオナールも、同じ方向を見る。
巨大な歪みの予兆。
過去最大規模。
胸の奥が、ひどく静まる。
恐怖ではない。
理解だ。
「次で終わるな」
独り言。
女は否定しない。
ただ、事実を重ねる。
「最後の一回よ」
風が強まる。
遠方の空が、わずかに歪む。
逃げれば助かる。
だが、街がある。
人がいる。
レオナールは、目を閉じ、息を整えた。
最後の一回は、必ず来る。
それは、もう避けられない。




