第66話 三者対峙
森は静まり返っていた。
だが、静寂は均衡ではない。
圧が、三方向からぶつかり合っている。
制圧班の結界が、半円を描いて迫る。
無駄のない展開。逃走経路を削る配置。
その内側に、レオナール。
さらに少し離れた位置に、黒装束の女。
距離は近い。
だが、並んではいない。
「レオナール・フォン・グラントヴァル」
制圧班の声が響く。
「独自処理は構造崩壊の危険を孕む。
管理下に戻れ」
秩序の声だった。
歪みは制御対象。
勝手な沈静は、全体の均衡を崩す。
女がわずかに口を開く。
「管理は停滞を生む。
遅い判断は損失を拡大させる」
合理の声。
世界は資源。
回収し、切り分け、使える形で残す。
レオナールは、二人の言葉を受け止める。
胸の奥が、鈍く脈打つ。
「止めないと壊れる」
短い。
だが、それが全てだった。
理屈ではない。
選択だ。
「管理下に戻れば、負荷は分散できる」
「あなたは壊れるわ」
制圧班と女の言葉が、同時に重なる。
事実だ。
レオナールは自覚している。
固定歪みは、限界に近い。
――あと二回。
沈めれば、二回。
それ以上は、持たない。
視界の端がわずかに滲む。
制圧班の結界が一段強まる。
圧が膝に乗る。
レオナールの身体が、わずかに沈む。
その瞬間、外周の圧が乱れた。
女が干渉した。
完全な援護ではない。
だが、拘束の精度を落とすには十分。
「決めなさい」
女が言う。
「管理されるか。
利用されるか」
制圧班の結界が収束する。
「従わない場合、拘束する」
三つの正しさが、同時に押し寄せる。
レオナールは、息を整えた。
「俺は止める」
それだけだ。
正義でも、合理でもない。
「あと二回だ」
誰に向けた言葉でもない。
だが、女は理解した。
「……愚かね」
否定ではない。
評価だ。
次の瞬間、女が結界の縁を鋭く切り裂く。
制圧班の陣形が一瞬だけ崩れる。
レオナールはその隙を突き、森の奥へ跳ぶ。
追跡圏が再展開される。
女は逆方向へ離脱。
制圧班は再編成に入る。
森に残ったのは、重い空気だけ。
正しさは三つあった。
だが。
レオナールの道は、一つしかなかった。
そして、その先に残された回数は――
あと、二回。




